237. ストーム剣術道場?
日が傾いて、夜目の利かないエレオンたちが飛べなくなる少し前に、ハーピーは戻っていった。
「ミーリア殿、ラーリア殿とイクス殿には私から会談の成功を伝えておこう。
ただし、ハーピーの方でもハルオン様とシロシュウメが首を長くして待っているだろうから、ほんの一報だけ伝えることになるが」
「エルシム様、よろしくお願いします。 ラミアの里でも知らせをじりじりしながら待っていると思うので」
「心得た。 それではまた会おう」
エルシム様は飛び去って行かれた。
「エレオン、お前たちはどうするんだ」
「俺たちはもう一日あそこの広場で待機しているよ。 ミーリオ様たちもいるしな」
「それに帰る時には一緒に帰りたいわ」
ウスベニメがそういった。
「そうだな、みんな一緒に帰る方がなんだか楽しそうだな。 な、メリー」
「うん、サーお姉ちゃん」
「とにかく、明日は朝すぐに戻るから、ミーリオに馬と馬車が入れるようにしておくように言っておいてちょうだい」
「はい、ミーリア様」
エレオンたちも飛び去った。
なんだか、それでもやはり精神的にはとても疲れたので、これで今日はおしまいだと思っていたら、ストームさんが直々に呼びにきた。
「今日は肩が凝るようなことばっかりでしたから、少しは体を動かしましょう。
木剣などを用意しましたから、少し素振りでもしましょう」
デイヴが静かに逃げ出そうとしたが、すぐに見つかった。
「デイヴィッド坊ちゃんはその今の体型を維持するために、一番積極的にやってもらわないといけませんね」
「だから、坊ちゃん言うな」
アンとメリーがクスクス笑っていた。
中庭はもう暗くなり始めたからだろう、松明がたくさん掲げられて明るく照らされていた。 僕たちだけなのかと思ったら、友たちも、この館にいる騎士や見習い騎士も集められていた。
僕たちはストームさんに息つぐ暇もなく、次々と館の騎士や見習い騎士と立会いをさせられた。
「いやあ、思っていた以上によく鍛えられていますね。 館の者が全く勝てませんね。 うん、これは鍛え直しだな」
確かに僕たちは勝ってはいるが、本当に薄氷の勝利という感じなのだが。
「ま、幾らかは私も二人の師匠としての意地を見せますか」
そう言うと、ストームさんはデイヴとキースを相手にして立ち会うのだが、驚いた事に二人が全く手も足も出ない。 ストームさんは平然としているのだが、二人は完全に顎が上がった。
キースが言った。
「師匠、ちょっと交代です。
サーブ、セカン、ちょっと交代してくれ」
キース、デイヴに代わってサーブとセカンがストームさんと立ち会った。
サーブと立ち会ったストームさんは言った。
「おおっ、周りで見ていた時よりも、実際に対してみるとより一層良い剣筋なのが分かりますね。 素晴らしく素直な良い剣です。 ただちょっと実戦には素直過ぎるかな」
そう言うとストームさんは立会いを止めて、サーブに近づいて何か喋りながら教えている。 サーブも真剣な顔で教わっている。 そしてサーブが素振りを始めると今度はセカンと立ち会った。
セカンは居合の構えで、ジリジリとストームさんに近づいて行った。
「ほう、珍しい。 居合ですね」
ストームさんはセカンの抜刀術も知っているようだった。
次の瞬間、あっと思った時には勝負は終わっていた。 セカンの首にストームさんの剣が寸止めされていた。
「いやあ、危ない危ない。 速いですねぇ。 ここまで速い剣を使う人はなかなかいませんよ」
「とても勝てるとは考えていませんでしたが、ここまで完敗するとは思っていませんでした」
セカンが妙にサバサバした感じで返答した。
「セカンさん、あなたもサーブさんと同じで素直過ぎますね」
ストームさんはセカンにもちょっと話したり、軽く剣を振って見せたりして、剣を教えていた。
しばらくするとストームさんは見ているミーリア様の方にやって来て、楽しそうに言った。
「私、あまり剣を教えるのは好きではないのですけど、今の二人は良いですね。 思わず教えたくなっちゃいました」
そして、キースとデイヴが少し休んで息が整ったのを見ると、二人に命じた。
「キース、サーブさんと立ち会ってみなさい。 デイヴィッド坊ちゃんはセカンさんです」
立会いが始まると、キースは大慌てだし、デイヴは一瞬で負けた。
サーブが自分のことなのに驚いている。
「私はキースには剣で全く歯が立たなかったのだが、何故か私の剣がキースに通用しているぞ」
デイヴはショックを受けている。
「セカン、お前、何をした。
俺は前の時に懲りたから、今回はしっかりとお前の剣の間合いを意識して、まだお前の剣の間合いに入っていなかったはずなのに」
ストームさんは苦い顔をしている。
「二人ともまだまだですね。
サーブさんにはただ単に剣には虚実、駆け引きというものがあると教えただけです。 セカンさんには間合いは一つのモノではなく、ラミアなのですからその体の特性を使えば間合いは色々に変化させることができると教えただけです。
二人とも実戦なら死んでいましたね。 もっと精進しなさい。
ま、今日はこのくらいで終わりにしましょう」
ストームさんは上機嫌で、館に戻って行った。
「ナーリア、今のストームさんのことわかった?
ストームさんは弟子であるデイヴとキースに活を入れることを主目的に、私たちの実力をきっちり測り、なおそのテコ入れまでしてくれたのよ。
飄々となんでもないことのように振舞っていたけど、とんでない実力の持ち主だわ」
「はい、なんとなくミーリア様の仰ることがわかります」
「いいナーリア、指揮をしている時に、もし敵にストームさんの様なとんでもない人を見つけたら、絶対にそのままにしてはダメよ。
普通に戦ったら、どれだけの損害を被るか分からないし、それによって勝敗も変わってしまうかもしれない。 でも戦いの勝敗は一人の人の頑張りだけで決まるモノではないわ。 まずはなるべく損害を受けないように、そういうとんでもない人とは距離を取ること。 できる限り戦闘は避ける。 でもどうしても戦闘を避けられない場合もある。 そういうとんでもない人に乗り込んで欲しくない場所があって、行く手を遮らなければならない時とかね。 そういう時は、絶対に普通には戦わないで、その人に勝つための指揮ではなく、全体が勝つための指揮をするのよ。
例えば、ちょっとだけ足止めするだけとか、別の方向に誘導するとか、そこでは勝てなくても構わないのだから、なんでもありよ。
指揮官はそういう細かいところにもしっかり目を配って、自分たちの損害が少ないようにしつつ、全体の戦闘の目的はしっかりと果たすことを考えなくてはいけない。 どっちに偏ってもダメよ」
「はい、ミーリア様。
確かに今までは敵にストームさんや、ラーリア様やイクス様のような、私たちでは絶対に相手することができない人はいなかったから良かったけど、敵にもそういう人がいる可能性もありますよね。 そういう可能性を常に頭の片隅に置いておいて、なおかつ、そんな時のシミュレーションもしていないといけないということですね。 そして、絶対にその戦闘の目的を忘れずに遂行する」
「そう、難しいけど、ナーリアならできるわ」
「あまり出来そうにないのですけど、とにかく頑張ります」
僕は普段の訓練の時は常に誰かと試合っていて、周りを見る余裕なんてないのだが、ミーリア様は常にナーリアを近くに侍らせていると思ったら、こんな風にその時その時に指揮官としての色々を一つ一つナーリアに教えていたのか、とちょっと感動した。
でもそれ以上にミーリア様があの透明なナイフのような命令を出すまでに、どれほど頭の中で色々なことを考えているのだろうか、と思った。 そういえばゴブ戦の後でヤーレアが、命令を下す前のミーリア様を見ているのが苦しかった、というような事を言ってたけど、それってこういう事なのかな。
エレクとハキがぼやいているのが聞こえてきた。
「今回、俺たちはあまりやる事なくて、楽で良かったと思っていたのだけど、まさか、ここでこんなに激しい戦闘訓練をさせられるとは思わなかったな」
「ああ、俺たち狩人なのに、本職の騎士さんとその見習いさんと訓練なんて、聞いてないよな。 ま、良い経験にはなったけど」
「確かに、知らない人との対人戦は、こんなに疲れるんだな」
「きっと実戦だったら、もっと酷く疲れたんだろうな」
「今日の訓練から比べると、盗賊もどきは弱かったな」
「ああ、実戦もあんなものかと思っていたら、俺たち油断で逆にやられる可能性があったな」
そうか、僕たちは盗賊に偽装したフロードの手下に勝ったことで、随分と増長していたんだ。 それに手の内を知っている人とばかり訓練しているから、知らない相手と立ち会う怖さを忘れていた訳だ。
サーブとセカンは教えられた事をしっかりと覚えるためにだろう、まだ素振りをしている。
「サーブ、一体何を教わったんだ」
「ああ、アレク、実は大したことは教わっていない。 だけどストームさんは凄いな。 ストームさんに指摘されたことをほんの少し意識しただけで、今まで全く通用しなかった私の剣が、キースを驚かせるまでになって、私の方がびっくりしたよ」
「で、何を教わったんだ」
「剣も、ただ強く綺麗に振れるだけではダメだということかな。 私の剣は最も威力のある攻撃が出来る様に、効率の良い攻撃が出来る様にと鍛えた剣で、ストームさんにとても美しいと褒められたよ。
でも当たらなければ意味がないだろ、と言われてなるほどと思った。 その当てるための工夫が徹底的に足りないと指摘されたんだ。
私の剣は威力と効率ばかりを重視していたから、全ての攻撃が一本調子で見切り易いということだったんだ。 相手が見切りにくい様に、ワザとタイミングをずらしたり、威力を求めずに小手先だけで相手の出鼻をくじいたりとか、攻撃を当てるための工夫は限りなくあると諭された。
虚実というか駆け引きというか、そういうことが出来る様に鍛えないとこれ以上強くなれないと言われて、簡単なタイミングをずらした剣の振り方を教わったんだ。
そして、キースに対してみたのだけど、当てるためにはどうしたらと思いながら戦ってみたら、何故かキースにも通用してしまった。 どうやら私の剣はもう一度根本的に考え直さねばいけないということが分かった」
サーブが長々と教わったことの解説をしてくれたのだが、僕には全く参考にならない話だった。
そもそも僕はサーブの様にまともに剣を振るえている自信もない。 威力と効率を最大限になんていうレベルには全くなく、ただガムシャラに振っているだけだから調子も何も出鱈目だ。 なんだかサーブの話を聞いて、自分の剣のダメさを思い知った気分だ。
「セカンはどうだったの」
「ストームさんは凄かった。 私に剣をまともに抜く暇も与えてくれなかった」
「えっ、セカンはあの時、剣をまともに抜くこともできなかったの?」
「うん、実戦だったら、私は抜く前に斬られていた」
「それでストームさんに、サーブみたいに今後のヒントみたいなことを教わったの?」
「私はサーブと違い、もっと具体的に教わった。
まず第一に私は間合いというものを少し誤解していることを教わった。 今まで私が間合いと思っていたのは、動かないで静止している時の話で、実際の間合いはそれとは違うのを教えてもらった。
それから静止している時の間合いも、私は自分では一つのもので、私は今まで私の間合いに相手が入る瞬間を正確に捉えることばかりを意識していたのだけど、それは間違いで、体の使い方で間合いは大きく変化させることが出来ることを教わった。 特にラミアは体の性質上自在に変えられるはずだと指摘された。 目から鱗だった。 デイヴに試したのはそれ。
他にも居合の欠点とか、それに対する対処法とか、奥の手みたいなことも教わった。 でもそれは秘密」
そうか、セカンは具体的な指導をされたのだな。
「それじゃあ、戻ったらミーレナさんにも教えて練習だね」
「確かにミーレナさんにも教えないといけない部分もあるし、残念だけどミーレナさんには出来ないこともある。 でもそれはミーレナさんなら自分で別のことを考えると思う」
そうか、やはり左手が使えないミーレナさんでは無理なこともあるよな。 どちらにしろ僕には全く関係のないというか、別次元の話しだ。
「アレク、さっきの間合いの話だけど、人間の基本は一足一刀の間合いと言うんだって。 つまり構えた位置から一歩踏み込んで剣を振り剣先が届く範囲が間合いとなる訳。 だから剣で重要なのは、ある程度振れる様になった後は、どんな風にその一歩を踏み出すかなんだって。 ストームさんはその一歩がとても速くて広くて私は全く対応できなかったのだけど、今のは序の口の動きで、もっと変幻自在に動かれるぞと脅された。
アレク、戻ったら私の特訓に付き合って。 きっと調べれば人間の剣の足さばきに関する本もきっとある。 アレクはそれを身につけて、私はそれに対処できる様に特訓する。 アレクも足さばきを覚えれば強くなれる、一石二鳥」
僕も特訓することになりそうだ。




