234. バンタインの帰還と家族での話
「バンタイン、首尾はどうであった?」
「はい、父上、やはりどこに行っても少しづつゴブの噂は広まっていました。
それぞれにいつでも招集に応じられる様に用意しておく様にと伝え、皆の確約をとって参りました」
「目的は果たせたということだな」
「はい、その実感を持ちました」
「よし。 お前はちょっと待っておれ。
バンタインの供の者よ。 そなたたちもご苦労であった。 旅装を解き、しばし休んでくれ。 もうすぐ昼時だが、食事を終えたらまたここに集まってくれ。 とりあえず今は解散してよし」
バンタインの供をしてきた者たちが広間から姿を消したので、私は兄弟の口調でバンタインに言った。
「ぶっちゃけ、有力者連中の反応はどうだったんだ」
「ああ、やっぱりすごい危機意識が高かったよ。 思っていたよりもずっとゴブがこの地方に入り込んだことや、この地方への入り口にあたる町が壊滅した情報は広まっていて、不安が広がっている。
だから兵の招集に関しては、誰もが覚悟していて、当然あるものと思っていた様だ」
バンタインもより一層ゴブの脅威への認識が高まった様だ。
「で、兄者、この地方に入り込んだゴブに関しての新しい情報はあるのか。 まずはそれが先決問題だと思うからな」
「ああ、それは・・・」
私が答えてやろうとしたところで、父上が話を引き取ってしまった。
「そのことも含めて、色々とお前には話さなければならないことがある。 旅から戻ったばかりで疲れているとは思うが、上で話をしよう」
父上はそういうと返事も聞かずに移動を始めてしまった。 バンタインはちょっと面食らった顔をして、私の方を見たが、私としても父上がそう言われては何も言う訳にはいかない。 そのまま父上の後を追った。
父上は3階の自室兼執務室に入って行かれた。 公的な執務室は2階にあるのだが、父上はそこは好まずほとんどの執務はこの部屋でカーライルとストームの3人でこなしている。 とは言ってもかなりルーズで、家族や親しいものはノックもせずに勝手に部屋に入って良いことになっているし、父上もじっとはしていないでバルコニーの椅子に座って空を見ながら3人で話したりしているし、私もそれに加わることも多い。
部屋に入ると、当然カーライルとストームはいたのだが、ちょっと驚いたが母上とバーバラもいた。
「あなた、お帰りなさい。 お役目ご苦労様でした。 お疲れではないですか」
バーバラはバンタインに抱きついてそう言った。
「ああ、私は全然大丈夫だ。 疲れてもいないよ。 君はどうだい」
「はい、私もこの通り元気です」
バンタインはバーバラを一度抱きしめ返してから離し、母上の方に向かった。
「母上、ただ今戻りました」
「バンタイン、お帰り。 何もなく元気そうで良かった」
「はい、私はこの通り元気です」
それら家族のやり取りを待って、カーライルとストームもバンタインに挨拶した。
「バンタイン様、おかえりなさいませ」
「ご苦労様でした」
「ああ、ありがとう。 2人とも」
父上がちょっと咳払いをして言った。
「バンタイン、もう1人いるぞ」
デイヴィッドが物陰から出てきた。
バンタインは目を丸くして驚いた顔をした。
「デイヴィッドじゃないか。 お前無事だったのか」
「兄貴、おかえり。 『無事だったのか』は酷ぇな。 なんだか俺が死んだと思われていたみたいじゃないか」
「無事だったかと言われて当然だろう。 もう少しで一年近くも顔も見せず便りも寄越さず音信不通だったのだから。 無事に過ごしているなら、せめて便りくらい寄越すのが当たり前のことだろうが」
「兄貴、悪かった謝るから、久しぶりに会った初っ端からそう怒るなって」
バンタインはデイヴィッドを頭ごなしに怒っているが、それはデイヴィッドを心配していた裏返しだろう。 デイヴィッドもそれが解るから、素直に謝っている。
「バンタイン、デイヴィッドのことはそれくらいにしておいてやれ。 今はそれどころではないからな」
「はい、父上」
バンタインは戻ってきてすぐにこの部屋に連れて来られたのは、デイヴィッドのことがあるからだったのかと、ちょっと早合点していたみたいだ。 「今はそれどころではない」という父上の言葉に驚いた顔をした。
「バンタイン、先程お前が心配していたこの地方に入り込んできたゴブに関してだが、それについては心配いらない。 撃滅されていることが確認された」
「誰が撃滅して、どの様にそれが確認されたのですか?」
当然の疑問をバンタインはした。
「前に可能性の話で出ただろう。 ゴブはラミアの森に入り込んで、ラミアによって撃滅されていた」
「それでは確認ができないのではないですか。 どの様にして確認されたのですか」
「兄貴、俺が確認しているんだよ。 俺はラミアの里に今まで居たんだよ」
「お前、そんな危険なところに居たのか」
バンタインは驚いた見開いた目のままでデイヴィッドに詰め寄った。
「いや、全然危険な場所ではなかったんだよ、実際は」
「その話は後だ。 とにかく、ゴブは撃滅されたのだが、その数が異常だった。 全体で250を超え、そのうち戦闘要員が200を超えていたというのだ。 もしラミアが食い止めてくれてなかったら、大変なことになるところだった。
ただし、話はそれでは終わらない。 そのゴブを分析したラミアは、その入り込んだゴブはゴブの集団の一部でしかないと結論付けたのだ。 ワシらも検討してみたが、そのラミアの結論は正しいと判断した」
「250のうち200以上が戦闘要員のゴブ、それが集団の一部でしかない」
あまりの予想以上の事態にバンタインは呆然としている。
「確かに、デイヴィッドを怒っている時ではないですね」
「この事態に、実はお前のいない間に、ラミアとハーピーから同盟が呼びかけられた。 本当のことを言うと、お前に有力者を回ってもらったのは、お前とフロードの手の者をここから遠避ける策略でもあったのだ。
フロードがいたら、ラミアとの話し合いはできないからな」
「父上、ラミアとの話し合いなどとは、それこそ話になりません。 ラミアは大火を引き起こした危険極まり無い存在ではないですか。 それとの同盟などと何を考えていらっしゃるのでしょうか」
バンタインは激しい口調で父上に反論した。
「ほら、その様に激昂するだろうから、遠避けたのじゃ。
まず先にお前に謝らねばならん。 ワシはお前が大火はラミアが引き起こしたと誤って信じていることを知っていながら、それを正してやることを意図的に怠ってしまった。 それが今のお前の視野を狭めている。
カーライル、例の物を」
カーライルに渡された書類を見たバンタインは震える声で言った。
「父上、ここに書かれていることは事実ですか?」
「ああ、事実だ」
「ということは、大火を引き起こしたのはラミアではなく、フロードの先々代で、それをフロードは代々その罪をラミアに擦りつけていたということですか?」
「大火を引き起こしたことについては同情の余地というか、仕方のないところがあり、責めることはできないかもしれないが、その罪をラミアに擦りつけてきたことは弁解の余地はないだろうな」
バーバラは真っ青になり、母上がバーバラを椅子に座らせた。
「私、そんなこと少しも知らなくて。 ラミアの人と会食した時も、内心では言い方が悪いですけど、蔑んで『この罪深きラミア風情が』なんて風に思っていました。 でも、義父上がラミアを客として待遇していたので、その様に振舞わねばいけないと、それだけを考えていました。 罪深い方は私だったのに。 全く知りませんでした」
ま、バーバラはそんなものだろう。
「私はやっと合点がいきました。 前からなんで父上や、兄者がフロードを嫌うのかと疑問に思っていたのですが、こういった訳があったのですか。
そして私がバーバラと仲が良く、結婚までしたので、その理由を話せなくなっていたのですね。
色々と納得しました」
バンタインは項垂れた調子でそう言った。
それを聞いて父上は悲しく辛そうな調子で言った。
「バンタイン、バーバラ、お前たちに告げねばならないことは、まだあるのだ。
今の話よりも、今度はもっとお前たちに衝撃と深い悲しみを与えるだろうが、今ここで告げなくてはならない。 気をしっかりと持って、覚悟して、しっかりと聞け」
この言葉を聞き、バンタインは蒼白になりながらも、これからの厳しさに耐えるためだろう歯を食いしばった顔で立っている。 バーバラは椅子の上で青い顔をして震えている。 母上はバーバラの近くに立って聞いている。 誰もが沈痛な面持ちだ。 これからの話で、これからの動きが変わってくる。 もうこの部屋の扉の向こうには、ブマーをはじめとするカーライルとストームの手の者が音も立てずに配置されているだろう。
「今回、フロードはラミアを騙って商人を襲っていたことが発覚した。
今までのこととは違い、明らかに法の裁きを受けねばならない事態だ。 よって我らはフロードを処断する決心を固めた」
バーバラが椅子の上で意識を失い、椅子から落ちかけたのを母上が素早く支えた。 きっと用意していたのだろう、母上が奥の部屋に声をかけると母上付きのメイドが現れて、バーバラを介抱している。
それを心配そうな顔でちらっと見てから、バンタインは父上に言った。
「それは事実ですか? 証拠はあるのですか?」
「ああ、証拠はたくさんあるし、証人もいる。
みなさん、入ってきてくれたまえ」
脇の壁が動き、隠されていた通路が現れ、そこから離れの客たちが姿を現した。
バーバラは意識を取り戻したみたいだ。
バンタインはそれを見ると、少し安心した顔をして、言った。
「バーバラがそちらの方々を見ても驚いていないところを見ると、バーバラはそちらの方々と面識があるのですね」
「ああ、昨晩はこの方々に加え、あと8人のデイヴィッドの友人と一緒に会食をしたからな」
デイヴィッドが口を出した。
「兄貴、俺たちとラミアが、襲われている商人を助けに入ったんだよ。
それで今回の事態が完全に発覚したんだ」
「そういう事だったのか」
バンタインは力なくそう言った。
バーバラが声を出した。
「あの、もしかしてなのですが。 昨晩、義母上と一緒のテーブルで食事をされていたそちらの女性たちは?」
デイヴィッドが言いにくそうに言った。
「うん、義姉上。 想像通りだ。 その襲われた商隊の生き残りだ」
「そうだったのですか」
バーバラは力なくそう言った。
バンタインは意を決して、という感じで聞いた。
「それで商人を襲ってきたフロードの手の者とはどういった者だったんだ」
デイヴィッドは自分が隠れていた物陰に戻ると剣を取ってきて、バンタインに渡した。
バンタインはその剣を受け取り眺めると、
「そういう事か、フロードはそこまでか」
と絶望した様に言った。 バーバラもその剣に気がついた様だ。
「バンタイン様、その剣は」
「ああ、義兄上の剣だ。 つまり商人を襲ったのは義兄上たちだったという事だ。 そしてこの剣がここにあるということは、義兄上たちは討ち取られたということだ」
バンタインのもう仕方がないという感じの容赦のない解説に、今度は誰も手を出す隙もなくバーバラは気を失って椅子から崩れ落ちた。
私はバンタインに言った。
「お前、今のはいくら何でも、ちょっとバーバラが可哀想だろう」
「いや、兄者。 ここに至ればもう仕方ない。 それに完全に気を失ったことで、これからの話を聞かせずに済む」
「確かに、それは言えているな。 お前意図的にバーバラが気を失うようなことを言ったのか」
「ああ、完全に気を失ってくれれば良いな、と思いながら言った」
「そうか」
バーバラはメイドによって奥に連れて行かれようとしている。
母上が言った。
「私が一緒に行って、介抱しているわ。 それに私が行かないと、バーバラのお付きの者を拒めないでしょ」




