232. 前夜の会食
領主館の裏口でキースが門番に声をかけると、すぐに馬車が入れる扉が開いた。
馬車を中に入れると、前と同じように離れの方にまず僕らは入っていった。
離れと本館の玄関とは反対側の建物の入り口から、どうやらブマーらしい人物がやって来た。 デイヴが声をかける。
「ブマー、宿舎の方は用意できてるか?」
「はい、もちろんです。 一棟完全に開けてありますから、好きに使ってください」
「分かった。 ご苦労だった。 ま、好きに使えと言われても、あまりそんな暇もないだろうけどな」
デイヴはみんなに馬車から降りてもらうと言った。
「ミーリア様とナーリアたち、それにアレクとボブは離れを使ってくれ。
ミーリア様とナーリアたちは、もう離れに入って休んでいてください。
セカン、ディフィー、もう鍵は開いているはずだから、案内してあげてくれ。
男どもには宿舎を用意してあるが、まずは馬の世話と馬車を仕舞わないとな」
そこまでは大きな声で話したが、キースを振り向いて、
「俺は、自分の部屋で寝起きしないと、母上に怒られそうだからそうするけど、キース、お前はどうする」
「俺はみんなと一緒に宿舎の方に泊まるよ。 みんなも勝手がわからないから、不安だろうしな」
「分かった。 確かにその方がいいな」
ボブがちょっと話に加わった。
「俺はみんなと一緒でなくて良いのか?」
デイヴは女性陣には聞こえないように言った。
「ボブ、そんなことしたら俺がミーリア様に恨まれるだろ。 俺はミーリア様の冷気を浴びるのは絶対に嫌だぞ」
他の連中も言った。
「ボブ、俺たちだって、デイヴと同じで、それは嫌だぞ。
誰もボブやアレクのことを特別扱いだなんて思わないから、安心して、お前らはお前らの務めを果たせ」
おいおい、務めってなんだよ、務めって。 と僕は思ったのだが、ボブは
「そうだな、そっちが優先だな」なんて応えている。
「ああ、ただでさえミーリア様、色々緊張からかピリピリしているのだから、お前は頑張ってミーリア様を少しでもリラックスさせてやれ」
あ、そうか、ミーリア様、やはり色々緊張したりしているのが馬車の中で見え見えだったんだな、と僕は理解した。
サーブが声を掛けてきた。
「アレク、お前の荷物は一緒に運んでおくぞ。
ボブ、お前の荷物とミーリア様の荷物もこっちに渡してくれ、運んでおくから」
「ああ、ありがとう助かる」
「すまねえな」
アンも声を掛けてきた。
「私とメリーは人間ですから、馬の世話とか手伝います」
僕はアンに言った。
「いや、男連中でやるよ。 それよりメリーのことを見ていてやってくれ。 貴族の館なんて珍しいから興味津々だぞ」
「そ、そうですね。 目を離したら何をしでかすか分からないですよね」
聞いてたデイヴが言った。
「アン、そんなに気にしなくても大丈夫だ。 俺の家なんて貴族なんて名ばかりみたいなものだから、迷子にさえならなければ、好きにさせていて良いぞ」
「デイヴ、そうは言っても」
「大丈夫だって。
さあ、それじゃあ、みんな動くぞ。 一段落したら、呼びに行くから、着替えておいてくれ」
キースとデイヴの案内で、馬車を片付けて、馬を厩舎に連れて行き世話をした。
物置や、厩舎には当然のことだが領主家の使用人がいて、僕らは遠巻きにされるような感じで、ほとんど必要最低限の関わりしかしないという感じだった。
僕らは何というか居心地の悪い思いをしていたのだが、デイヴは全く気にする様子がなく、必要なことを使用人に命じていた。 うーん、こういうところは、デイヴの育ちからくるのかなと思った。
使用人の子供なのだろうか、小さな男の子が好奇心を抑えられなくてという感じで近づいてきて言った。
「ねえ、僕、初めてラミアって見たけど、ラミアって怖くないの?」
「うん、ラミアは本当は全然怖くなんてないんだよ。 ラミアが悪いことしたり、怖いことしたりするっていうのは、全部嘘なんだよ。 本当はラミアはとっても優しいよ」
「そうなの。 それなら良かった。 僕、ちょっと怖かったんだ」
そりゃそうだよね。 僕らだって本当にはラミアのことを知らなかった時には、会った瞬間に人生終わったと思うほどだったんだから、怖く思うのが当然のことだ。 この認識をこれから変えていかなければならないんだ。
馬の世話を終えて、ボブと2人で離れに入っていくと、部屋の中でみんな寛いでいるようだった。
「レンお姉ちゃん、今度はあっちの方を探検しよう」
「よし、メリー、分かった」
「あっちの高い方もメリーに見せてくれる?」
「メリー、レンお姉ちゃんの肩に乗って、頭に掴まれ。 そうすれば上の方も見える」
「うん」
どうやら、レンスがメリーの探検に付き合っているようだ。
ディフィーが言った、
「お湯沸かしてあるから、タライに入れて、体を拭いてくるといいわ」
体を拭いて着替えて戻ると、みんなはお茶を飲んでいた。
きっとセカンかディフィーかアンが淹れたのだろうけど、僕たちにはサーブが手渡してくれた。
ボブがミーリア様に近づいて隣に座ると、ミーリア様はちょっとだけ微笑んで、言った。
「アレク、このお茶は美味しいけど、なんていうお茶なの?」
「さあ、僕には分からないです。 僕は高級な物には縁がない生活をしていましたから。 デイヴに後で聞いてみましょう」
メリーはアンに捕まって、着替えをしている。
その後、僕たちはこの前のプライベートな感じの食堂ではなく、広間という感じの一階の部屋で、デイヴの家族たちと夕食を共にした。
この前の人たちが部屋の前のテーブルに着き、僕らはその前の2列のテーブルに着くという形だ。
「おっと、アンとメリーはこっちだ。 メリー、デイヴお兄ちゃんのお母さんなんだけど、メリーのお話が聞きたいんだって。 メリー、いろんなお話を聞かせてあげてくれるかなぁ」
「うん、分かった。 デイヴお兄ちゃんのお母さんにいろんな話してあげる」
「ああ、メリー、頼んだぞ」
メリーは任せろと胸を張った。
「奥方様、よろしいのでしょうか」
「本当に私がデイヴィッドに頼んだのよ。 だからアンも気楽にして、それと解らないところの解説をお願いするわ」
「はい、ありがとうございます」
領主一家との会食が始まった。
最初に簡単にデイヴがそれぞれの紹介をした。 まずは自分の親兄弟を紹介し、それから僕たちを家族に紹介した。
「まず、こちらがミーリア様」
「おお、デイヴィッドが様付けで呼ぶということは、こちらは高い地位の方なのかな。 わざわざご足労いただき、感謝する。 儂がデイヴィッドの父親で、この地方の領主をしているロンダイル_ヴェスターだ」
「私はミーリアと言います。 いえ、私は領主様にそんなに丁寧にされる程の身分ではありません。 ラミアを代表するラーリア様たちが今現在はみなさん卵を抱えていて動けないので、私が代理として来ただけですから」
「その卵というのは、この息子たちの子供ですかな」
「はい、ここに一緒に来た人間たちとの間の卵です」
「えーと、失礼だがラミアは捕まえた人間の精を得て、子を為していると噂されているが」
「はい、確かにラミアが人間と離れて暮らすようになり、人間からあらぬ誤解を受け、種族存続のためにそのような行為に及んだこともあったことは認めます。
しかし、過去においても、ほとんどはそういった一方的な行為ではなく、合意の上で精を提供してもらっています。 ましてや、現在においてはそれだけではなく、ここにいる人間に好意を持ったので、その子供を作ったのです。
これが本来のラミアの子供の作り方で、基本が今の人間は一夫一婦制らしいですが、ラミアはその種族の特質から一夫多妻制であるという違いはありますが、配偶者に対する心の持ちようはラミアも人も変わらないのではないかと思います」
「なるほど、理解した。
その上で、ラミアに種族存続のために本来のあり方から外れるような行為をせざる得なくなった原因を作った人間の一員として、深くお詫び申し上げる」
「いえ、こちらの領主家が苦渋の選択をせざる得なかった理由も、私たちラミアは把握しています。 そのような謝罪は不要です。
それにそれを言うなら、ラミアも追い込まれていたとはいえ、人間に対して確かに数は少ないですが罪を犯している事実もあります。 それを謝罪せねばなりません」
「もう過去のことで、取り返しのつかないことも多い。 だが間違った過去を正せるところはきちんと正さねばならない。 まずは過去をしっかりと正すことから一緒に始めたい。 よろしく協力していただきたい」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
領主様とミーリア様は、どちらも大きな仕事を終えた感じで一息ついた。
「親父、紹介を始めたところで、最も重要な話を進めるな。 まずは紹介だ。
ミーリア様の次がボブで、ラミアの里の俺たち人間たちのリーダーだ。
その次がナーリアで、ミーリア様を除いた今日来ているラミアのリーダーだ。
隣にいるアレクも同じグループに所属している。
それからセカンとディフィーは前に会っているからいいな。
その次がサーブ、そしてレンスだ。
そして向こうの列が、ボブもアレクも含めてだが、狩人学校時代からの友で、手前から、エレク、ケン、ダイク、ハキ、ヤーレン、バンジ、ギュート、最後のキースは紹介するまでもないな」
領主様がまた言葉を発した。
「みんな気楽にして、どんどん食べたり飲んだりしてくれたまえ。 儂は領主などをしてはいるが、単にデイヴィッド、いやデイヴの父だとだけ思って、気楽にしてもらえる方が嬉しいからな。
儂もちょっと緊張していて、一番最初にこの場の最大の目的をミーリア殿と済ましてしまった。 もう、あとは気楽に雑談をしながら食事を楽しもう。 難しい話は食事を不味くするからな」
やっぱりデイヴの食いしん坊は父親譲りなのだなと、僕は再度確認した気分で少しクスリと笑ってしまった。
セカンにそれを気づかれて聞かれた。
「アレク、何を笑っているの?」
「いや、デイヴの食いしん坊は父親譲りだったんだな、と思ったら、ちょっと笑いがこみ上げてきた」
「あ、俺も今そう考えていた」
「俺も」
友たちが僕の言葉に同調して笑って、ちょっと場の緊張がほぐれた。
その雰囲気を維持しようとしたのだろうストームさんが声をあげた。
「それにしても君たちは狩人と言っていたけど、とても狩人には見えない体型をしているね。 ま、デイヴィッド坊ちゃんの体型を見てもかなり鍛えたというのはわかっているけどね」
ミーリア様が答えた。
「ええ、これから生き残るためにもと思い、かなり鍛えたつもりです、人間たちもナーリアたちも」
と普通にしていたのはミーリア様だけで、友たちは下を向いて笑いを堪えている、僕も前は1人だったから無視できたのだが、同じ風に友たちが感じていると思ったら、笑いが込み上げてきて下を向いて何とか耐えている。
デイヴも僕らのその様子から理由がわかって、苦い顔をしている。
ちょっと離れたところから、大きな声が響いた。
「デイヴお兄ちゃん、坊ちゃんて、デイヴお兄ちゃんのこと?」
メリーのこの一言で大爆笑になった。
僕らは当然だが、領主様やデイヴの兄のアルフさんも笑っている。
「ストーム、お前が坊ちゃんなんて言うから、メリーにまで興味を持たれちゃったじゃないか」
「すみません。 つい癖になっちゃっているんで」
この後は雑談が色々と弾んだ。
ラミアが最近まで火を使わなかったことに、デイヴの家族は驚いていたが、領主様だけは沈痛な顔をされてしまった。
「それにしても、今夜は尻尾を覆わないスタイルなのですね。
尻尾の色も皆さんそれぞれで、すごく綺麗ですね」
次兄バンタインさんの妻のバーバラさんがそう言って、ナーリアたちの尻尾を褒めた。




