231. 領主館へ
翌朝、僕たちは予定通り、他の人たちより少し遅めに出発することになった。
僕たちは全員が領主の町に行くことになっていて、家に誰もいなくなってしまうので、その間はイクス様とミーレナさんが留守番をしてくれるのだそうだ。
イクス様はともかく、ミーレナさんは自分の家もあるのに良いのだろうかと思ったのだが、イクス様一人が留守番よりは自分の家はラーリナ様に任せて、こっちに来ることを選んだようだ。 とはいえ、ミーレナさんはバンジとの別れがあるから、今は自分の家に方にいて、まだこっちに来ているのはイクス様だけだ。
「メリー、帰ってきたくなったら、ポケットに入れておいたハンカチをお外で振るのよ。 そうしたら、ベニお姉ちゃんか、モエお姉ちゃんがすぐにメリーのところに飛んで行って、すぐここまで連れてきてくれることになっているからね。
でも一番は、お姉ちゃんや、ナーお姉ちゃんたちの言うことを良く聞くのよ。
きっとデイヴお兄ちゃんのお母さんが優しくしてくれるから大丈夫だと思うけど、みんなから離れないように気をつけるのよ」
「うん、イクス母様、メリーちゃんと覚えているから大丈夫」
メリーはハンカチの入っているポケットをポンポンと叩きながらイクス様に答えていた。 でもメリーはみんなでお出かけということで、服装も余所行きになり興奮して落ち着かない。
「アンは当然気をつけているでしょうけど、みんなもメリーから目を離さないのよ。 レンス、あなたもしっかり見てるのよ」
「お母さん、そんなに心配しないでも大丈夫。 みんなメリーを一番に考えている。 メリーとアンを危険になんて晒さない、絶対に」
「頼むわよ、本当に。 この年頃の子供は絶対に目を離せないんだからね」
「はいはい、わかってる」
「その軽い感じが心配になるのよ」
今回は僕たちは着替え以外に、それぞれの武器や防具も馬車に積んでいる。 予定ではもう一度、ここに戻って来ることになっているが、上手くいかない時のことを考えてと、デモンストレーションというか、見栄えと言うか、要するにいくらかハッタリのためでもある。
「いい、みんな、油断しないのよ。
今までのところはセカンとディフィーの策が、完全に上手くいっているけど、突発的に何が起こるか分からないんだからね。 まずは安全第一。 自分たちの身を守ることを一番に考えるのよ。 その他のことは後から考えても良いのだからね。
とにかく、気をつけて行ってきなさい」
「はい、イクス様。 十分に気をつけて、きっと成果をあげてきます」
代表してナーリアが答えて、みんなは馬車に僕は馬に乗る。
メリーはいつも通り、僕の膝の間にいる。
「メリー、今日は長く乗っていることになるから、疲れて眠くなったら言うんだよ。 そうしたら馬車の方に乗ろうね。 ここで寝ちゃうと落っこちちゃうからね」
「お兄ちゃん、メリーは大丈夫。 メリーは馬車の中より、お馬さんに乗っている方が好きなの」
「アン、だってさ。 とりあえずは僕の前に乗せていくよ」
「アレク、ごめんね。 大変でしょ」
「大丈夫。 僕の方もメリーを膝の間に抱えて馬に乗るのに最近は慣れてきたから」
馬車の御者席にはアンとセカンが座っている。
僕たちはまずは友たちと合流するために奥に向かう。
奥ではもう準備を終えて、僕たちを待っていた。
ミーリア様はどっちの馬車に乗るのだろうかと思っていたのだが、友たちの馬車に乗ることにしたようだ。
馬車の他に、デイヴ、キースに加え、ハキとヤーレンも騎乗している。
ま、考えてみれば、ラミアが4人乗っている馬車の中よりも、人間が5人乗っている馬車の中の方がスペースに余裕がある気がする。 それにそっちに乗っていれば、ミーリア様はボブとイチャイチャ出来るという特典もあるしな。
友たちはそれぞれのパートナーのラーリア様たちに最後の激励をされている。 そしてそれぞれに馬車に乗ったり騎乗したりすると最後にラーリア様が
「ミーリア、そしてみんな、頼んだぞ。 だが無理はしないでくれ。 不測の事態が起こったら、身の安全を第一に考えて戻ってきてくれ。 いいか、決して無理はするなよ」
ラーリア様がそう言っている時にハーピーが飛んできた。
ウスベニメとモエギシュウメは来るだろうと思っていた。 エルシム様も後に領主の町に来ることになったから、見送りに来るかもしれないと思っていた。 でもそれだけでなく、シロシュウメ様と、なんとハルオン様もわざわざ見送りに来てくれた。
「ハーピーの長として、儂からもよろしく頼む。 上手くいくことを願っているからな」
「はい、ハルオン様。 わざわざ見送りに来ていただいて、本当に恐縮です」
ミーリア様がとても緊張した雰囲気でハルオン様に答えている。
ハルオン様は父祖様の親友だったという事が分かって、ただでさえ重みを感じる人なのに、余計にラミアは緊張してしまうようだ。
こっちではウスベニメとモエギシュウメがメリーに言い聞かせている。
「メリー、いい、もし帰りたくなったり、助けてって思ったら、ポケットからハンカチ出して振るんだよ。 んーん、もしハンカチがなかったら、手を振ってもいいからね。 ベニお姉ちゃんか、モエお姉ちゃんのどっちかは必ずいつでもメリーの方を見ているからね。 夜だって見てるからね」
「うん、分かってる。 イクス母様にも言われた」
「あら、その子がメリーちゃんね」
シロシュウメ様が話に加わった。
「メリーちゃん、シロおばあちゃんのお名前も覚えてくれると嬉しいな」
「シロおばあちゃん」
「まあ、偉いわね。 すぐに覚えられるのね」
メリーは褒められて嬉しそうにしている。
「それではそろそろ出発します。 成果をあげられるように精一杯の努力をしてきます」
「ああ、ミーリア任せたぞ。 でも本当にくれぐれも無理はするなよ」
「はい、その辺は心得ています。 何かしら不測の事態でダメな時は、さっさと諦めて、必ずや全員を引き連れて戻ってきます」
「ああ、そうしてくれ。 みんなの安全が第一だ」
「はい、それでは行ってきます」
僕たちは本格的に出発した。
先を行く友たちの馬車の後を僕たちも付いて行く。
今から緊張していても仕方ないから、適当におしゃべりをしながら進んでいく。
「今は馬車一台分の道だけど、完全に復旧させれば、馬車二台が並んで通れる道になるんだよなぁ」
「でもアレク、工事はやっぱり大変。 ラミアの里からどんどん遠くなって、工事するのに移動が大変になるのが一番の問題」
「セカン、それなんだけどさ。 暖かくなれば、いちいちラミアの里に戻らないで、工事している近くで何日か泊まってもいいんじゃないか」
「下には敷き革を敷くにしても、もし雨が降ったら悲惨」
「だから布で屋根をかけるんだ。 布にアスファルトを塗りつければ水を通さないから、簡単な屋根になると思うんだ。 そうすれば、結構途中途中に水場はあったから、温泉に入ることはできないけど、水浴びくらいは出来るだろうし、食料を運んでくれば、何日かは泊まれると思うんだ」
「なるほど、確かにそれは可能かもしれない。 それならもう少し楽に工事を進められる」
馬車の中から声が響いてきた。
「アレク、それ春になって暖かくなったら、私たちで一番最初に試してみよう。
なんだかとても楽しそうだ」
セカンの横で御者をしているアンも言った。
「私もサーブと同じで、なんだかとても楽しそうに思うわ」
「その屋根の下で昼寝したら気持ち良さそう」
「春になると、色々忙しいよね。 図書館の花壇に花を植えないといけないし、トンネルのところの桜の花見もしなくっちゃ。 お弁当持って行こうね」
「待て待て待て、今はこの道の完全復旧のための工事をどうやったら良いかをセカンと話していたんだぞ。 遊びの話じゃないんだ」
「アレク、何ケチなこと言っているのよ。
仕事の前に楽しく遊ぶのは必要なことよ」
ディフィー、いかにも真理のようにいう必要がある言葉じゃないと思うぞ。
「おっとアン、一度止まってくれ」
僕の膝の間で、疲れたのか揺れていて気持ちよくなったのか、メリーが寝てしまった。
僕たちが道の最末端に着くと先に出発していたみんなが忙しそうに働いていた。
「ミーリア、もういつでも森の端を開いて、森から出られるわ。
あなたたちが出た後は、洞窟の方の入り口みたいにカモフラージュする準備も終わっている。
それからここだと場所がないから、先に来ていたウスベニメとモエギシュウメと相談して、ここから広場に行く道を簡単に切り開いておいた。
そっちで昼でも食べながら最後の打ち合わせをしよう」
僕たちは広場へと歩いて入った。
なんだかこの広場に空からではなく、歩いて入ってくるのは僕には違和感があった。
周りを見回してみると、デイヴもキースも変な顔をしているけど、セカンとディフィーはなんか複雑そうな顔をしている。 デイヴとキースは僕と同じで、セカンとディフィーは空を飛んでここに来た時のことを思い出しているのだろう。
僕はもうすでに広場にいたウスベニメとモエギシュウメに声をかける。
「あれっ、男3人はいないのか。 最終の打ち合わせのために来てると思っていたのだけど」
「彼らは少し遠出をして見張っている。
デイヴの次兄が予定通りに町に現れてくれないと上手くないから、どの辺りにいるかを確認している。 それともし回った先々で兵を集めて戻ってくる最悪の可能性がないかどうかを、できたら確認してくると言ってた。
そっちの方が安全のためには打ち合わせより優先事項だって」
「できれば、あなたたちが森を出るまでに戻ってくるつもりだけど、間に合わない可能性が高い。 もし偵察の結果、危険だと分かったら直接伝えに行くと伝えてくれと言われたわ」
「直接伝えに来るって、それはすごく危険じゃないか」
「でも、それ以外伝える手段がないから。 それにその時はアレクたちも危険な訳だからお互い様よ。 私たちもその時は先にメリーとアンを救出するために一緒に向かうわ」
「なんかすまないな」
「何言ってるのよ。 私たちは友達でしょ。 それに、セカンとディフィーの見込みでは10中8か9は、そんなことにならないのだから大丈夫よ」
「それでは私たちがここを立ち去ってからの行動を確認しておくわよ、私たちが森を出たら、一応森の入り口はカモフラージュをして。
その作業が終わったら、今日はミーレアを除いて、里に戻るように。
ミーレアは寒い中大変だろうが、ここで警戒して一応待機。
そして明日はその役をミーリアと交代。 そこにはアレア、ロア、アリファも加われ。
もし何かあるとすれば、明日の午後から夜にかけてのことになる可能性が最も高い、そのための配置よ。
ハーピーたちはすまないが、監視を交代で続けて。 そしてもし何かあった場合はできればアンとメリーを救出して欲しい、そうすれば全体の助かる可能性がかなり高まるから。
明後日の朝を無事に迎えられたら、最低なんらかの連絡が入れられるはず。 考えたくはないけど、明後日の昼までになんらかの連絡がない場合は、我々より敵が上手でこの作戦が完全に失敗したと考えられる。 その時は入り口のカモフラージュだけをなるべく念入りにしたら、可能な限り速やかに撤退し、その後のことはラーリア様、イクス様に指示を仰げ。
以上、何か質問はある?」
指揮官モードのミーリア様が、厳しい口調で次々と命令を下していく。 誰も身動ぎもせずにミーリア様の言葉にただ頷いている。
「それでは行動開始!! 森からの出口を開け!!」
結局僕たちが森を出るまでにエレオンたちは戻ってくることが出来なかった。
森の外に出るのに、今度はセカンも馬車の中に入り、簡単にはラミアの姿が周りからは見えないようにした。
太陽はだいぶ傾いているが、まだ町に入っていくのに都合が良い夕闇には早い。 だけど、カモフラージュをして、これから戻るのでは、みんなは明るいうちには里までたどり着けないだろう。
僕たちは森を出たばかりの草原で、暗くなってくる時間を待っている。
さっきまでの陽気な雰囲気は全く影を潜め、誰も声を出さない。
この作戦が成功して、人間との同盟が完全に結べなければ、ゴブへの対抗は不可能になってしまう。 それはラミアの里の壊滅を意味するのだ。 少なくとも今いる場所を捨てて、他の場所に活路を見出す必要が出てきてしまうだろう。
みんながそれを分かっているからの沈黙だ。
僕たちは、山の端に近づき、妙に大きく見える赤い太陽を見ながら領主館へと向かった。




