224. 夕食の席
「それじゃあ、着替えて準備しましょう」
ディフィーの声掛けで、セカンは持ってきていた荷物を取り出した。
実は今回は、セカンとディフィーが飛ぶために用意した網には、他の荷物も括り付けられていた。
アンと一緒に来た時には、証拠資料やら何やら荷物が多かったので、ウスベニメが運べるギリギリまでに荷物を減らす必要があったのだが、今回は僕たちの分も含めて着替えだとかを持ってきたのだ。 本当は防具まで持って来れば絶対の安心感があるのだけど、それは流石に無理だった。
着替えには、とても綺麗な服が用意されていた。
ラミアの里で普通に作られる中では一番丁寧に織られた布が使われている。
「イクス様に、言われて作っておいた。
イクス様は大山蛾の繭から作った糸を使った布を使うかどうか迷ったみたいだけど、それは正式な調印の場でラーリア様たちが着る衣装に回すことにした」
セカンがそう説明してくれたが、僕たちの服もとても高級な感じだった。
「あなたたちは早く着ちゃって、私とセカンが着るのを手伝って」
ディフィーの言葉に僕たちは大急ぎで自分の着替えを済まして、二人の着替えを手伝った。
二人の衣装は、上半身の方もしっかりと床まで届く長さのあるものだし、それに加えて、尻尾を覆って見えなくする布が付いていた。
「何で尻尾を隠すんだ。 セカンもディフィーも綺麗な尻尾なのに」
キースがそう言って、疑問を口にしたが、僕も全く同じ気持ちだった。
ディフィーはキースに「綺麗な尻尾」と言われたことに気を良くしたみたいだったけど、
「少し考えがあるのよ。 後で説明するから、とにかく手伝って」
尻尾に何かを着せるのは、布に縫い付けられている小さな竹の板を、尻尾の鱗に1つ1つ挟んでいかないといけないから、手間がかかってしまうのだ。
自分一人でも出来ない事ではないのだけど、時間がかかってしまうから、今は何時夕食の迎えが来てしまうか分からないので急ぐ必要があるので、僕たちはデフィーとセカンの着替えを手伝った。
呼びに来たメイドに連れられて部屋に入って行くと、デイヴの家族はもう食卓に並んで座っていた。 正面に領主様と奥方様が並んで座り、正面を見て右側に、デイヴの兄のアルフレッド、もう一人少し離れて座っているのが、次兄バンタインの妻でフロードの娘だという、デイヴの義姉に当たる人なのだろう。 そこからまた少し離れて、カーライルさんとストームさんが席に付いている。
僕たちの席は左側に用意されていた。
デイヴ、セカン、僕、ディフィーと並ぶが、その列に加わるのをキースが躊躇した。
領主様が声を掛けた。
「キースリング、今宵はお前は、デイヴィッドの護衛でも騎士見習いでもない。
我が家の客であるデイヴィッドの友人として振る舞うように」
「はい、心得ました」
キースがそう言って席に着くと、領主様は話を続けた。
「デイヴィッドの友人たちよ。 遠路、よく我が館を訪ねてくれた。 我が家はそなた等を歓迎するぞ。 気楽に過ごしてもらいたい。
お嬢さん二人は初めてだし、我が次男の嫁のバーバラも初めて顔をあわせるので、まずは我らから紹介しよう。
儂がデイヴィッドの父で、隣が母じゃ。 そして兄のアルフレッドに次兄のバンタインの妻のバーバラ。 そして離れて座っているのは、ま、儂の悪友というか、家族同様にしているカーライルとストームじゃ。
儂を始めとして、それぞれに公的な肩書きなんて物もあるが、今は末の息子の友人と、その家族の会食じゃから、それは関係ないから良いであろう。
デイヴィッド、お前の友を紹介してくれ」
「はい、父上。
それでは順番に紹介します。 父上は公式な肩書きは必要ないとのことですが、一応話しておきますと、この三人はラミアの里では正式に上位という地位を持っています。
セカン、人間のアレク、ディフィー、ま、最後は紹介するまでもないですけどキースリングです」
僕たちはデイヴの紹介に合わせて頭を下げた。
デイヴが紹介してくれたところで代表して僕が言った。
「今日は家族の夕食に一緒させていただき、ありがとうございます。
とても光栄に感じています」
「アレク、単なるデイヴの家族との食事だ。 そんなに畏ることはないぞ」
領主様が「デイヴ」と呼んだことに兄のアルフレッドが気づいたみたいだ。
「何だデイヴィッド、お前、デイヴと呼ばれているのか」
「ああ、兄上、友の間や、ラミアの里では、俺はデイヴ、そしてキースリングはキースと呼ばれているんだ」
「いいなあ、俺もアルフとでも呼ばれたいよ。
俺を呼ぶ奴はみんなアルフレッド様だからな。 肩が凝ってしょうがない」
「兄上は長男だからな。 それは仕方ないんじゃないか」
「ま、そう言われてしまうと、それっきりなんだけどな。
そうだ、お前たち、デイヴィッドのことをデイヴと呼ぶのだから、私のことはアルフと呼んでくれ給え」
僕たちが困った顔をしているとデイヴが言った。
「兄上はそう呼ばれたいのだ。 構わないからそう呼んでやってくれ」
僕が応えた。
「それではアルフ様と呼ばせていただきます」
「様はやめてくれ。 様をつけられては略した意味がない」
「それではアルフさん」
「おう、それが良い。 キースリングじゃなかった、キース、お前もだぞ」
キースが驚いた声をあげた。
「えっ、私もですか」
「お前もデイヴィッドの友人扱いなのだ、当然同様だ」
「私にそれはちょっと敷居が高過ぎます」
「頑張ってよじ登って、その敷居は超えろ」
キースは本当に困った顔をした。
「ま、とにかく食事にしよう」
領主様の言葉で、それぞれの席に食べ物が運ばれてきた。
「儂は本当はこういう形式の食事は好きではないのだが、ここでは仕方ない。 せめて気楽に食べてくれ」
領主様はセカンとディフィーに気を使って言ったのか、それとも前にも聞いたから本当に本心で言ったのか分からないが、そんなことを言って食事を始めた。
庶民の僕はテーブルマナーなんて知識として知っているだけで、これは狩猟学校で習った知識だ、ぎこちないのだが、セカンとディフィーは完璧にこなして見せている。
セカンはチラッと周りを見るだけでこなせるのではと思うのだが、ディフィーもしっかりこなしているということは、きっと事前に知識を仕入れてあったのだと思う。 本当にこの二人は用意周到になり、隙がなくなっている。
食事中に奥方様がデイヴに言った。
「デイヴィッド、あなたが言ったことがわかったわ」
「ん、母上、何のことですか」
「今日はあなた達もだけど、ラミアのお嬢さん二人はとても美しい衣装を身に纏っているわね」
「ああ、何だ、そのことか。 まあな、ラミアの里にも綺麗な衣装もあるぞ」
デイヴの言う事はぶっきら棒な感じなので、セカンが口を出した。
「奥方さま、今日はデイヴのご家族に会うということで、ちょっと特別なんです。
私たちは普段は森に入って狩をしたり、農作業をしたりするので、それに合わせた物を着ているのです。
この様な衣装を着る事は、あまり機会がないのです」
「あら、さっきデイヴィッドはあなたのことを上位の地位を正式に持つ者だと言った気がしたのだけど、ラミアではそんな地位を持っていても、狩をしたり農作業をしたりするの?」
「はい、ラミアは地位が一番高い者であっても、何の地位もない者と同じ様に働きます」
セカンがそう答え、デイヴが言葉を足した。
「ラミアはとても平等な社会で、地位は特権を持つ訳じゃないんだ。 かえって地位を持つという事は、責任を持ち、義務が増えるという事なんだ」
デイヴの言葉はどこか誇らしげだ。
「正しい地位のあり方だな。 我らも本来そうであったはずじゃ。 そこはラミアを見習って、元の様なあり方に正していかねばならない事だな」
領主さまがそう言って、アルフレッド、カーライル、ストームの方を意味有り気にチラッと見た。
「ラミアも人間と同じ様に食事をするのですね」
会話に参加するつもりなのだろうか、次兄の妻であるバーバラがそう話しかけて来た。
僕は最初からずっとさりげなくこの女性を観察していた。
バーバラは静かに食事をしていて、他の人の会話に耳を傾けている姿勢を取っていたが、目はとても良く動き、セカンとディフィーを観察していた。
ディフィーがその言葉に答えた。
「はい、ラミアは人間とはエネルギーの得方が少し違っている様で、人間の食べ物から得られるエネルギーは少ないのですけど、食の楽しみという部分では全く人間と変わりません。
今回も事前に伝えていただいた様で、ラミア用の主食も用意していただいて、感謝に絶えません」
「そうなのですか。 私は食事がただ単に人間に付き合っているだけでは可哀相な事だと思ったのですが、そんな事はないのですね」
「はい、大変楽しませていただいています」
バーバラはそれだけの会話をすると、すぐにまた聞くだけの体勢に戻ったみたいだ。
徐々にバーバラの目はセカンとディフィーの尻尾に注意がいっているみたいだった。
まあ、ラミアの上半身は人間と変わらないから、見ていても色の違いだけしかわからない。 セカンの空色の髪や神秘的な瞳そして青みを帯びた白い肌、ディフィーの艶やかなピンクの髪にキラキラ輝く赤い瞳そして桜色に染まった柔らかそうな肌は、人間とは違った見た目なのだが、形が違う訳ではないし、もしかしたら人間にもいるのではないかと思ってしまう類だ。
だが尻尾は完全に人間ではあり得ないので、そっちに注意がいってしまうのだろう。
そして僕はそれ意識したことで、もう1つのことに気がついた。
セカンとディフィーは、この部屋に入ってから、と言うより、離れを出た時からほとんど尻尾を動かしていないのだ。 動かす時もなるべく付け根に近い部分だけを動かして、いかにも尻尾と思われる部分は棒の様に伸ばした状態で動かしていない。
何となく、離れを出た時から違和感を感じていたのだが、その理由が分かった。
何か意図があってしていることだろうと、僕はちょっとワクワクした。
「それで、今回来ていただいたお嬢さん二人は、誰から精を得ているの。
もしかして、どちらかはデイヴィッドから得ているの」
「母上、何を言い出すのです」
デイヴが焦って母親を制止しようとした。
「えっ、だってラミアってそういう種族なんでしょ。 私はそうだと思っていたのだけど」
デイヴはまさかそんなことを母親が言い出すとは思っていなかったのだろう。 もう少しラミアのことを説明しなければと焦った様だが言葉が出てこない。
セカンが奥方さまの言葉に答えた。
「残念ながらと言って良いのか、安心してくださいと言って良いのか判りませんが、私とディフィーは二人ともアレクから精をもらっていて、デイヴからもらっているラミアは別にいます。
同様にキースからもらっているラミアも別にいます。
ただ、これはよく人間がラミアに対して誤解しているらしいことなのですが、ラミアは人間の男性の精が絶対に必要という訳ではなくて、どちらかというと、人間の男性に精をもらっていないラミアの方が、現状では多いのです。
今は私とディフィー、それとあと何人かはアレクから精をもらっていますが、それはみんなアレクのことが好きだからで、他の男性からもらう様な事はありません。
同様にデイヴにも、キースにも数人ずつそういったラミアが存在します」
「そうなの、何だか残念ね。
私はあなたたちはとても美しいから、どちらかがデイヴィッドの相手なら良いのにと思ったのに」
「いえ、デイヴの相手はみなさん私たちより上位の方々ですから、残念だと思う事はないと思います」
ディフィーがそう答えた。
「そうなの。 デイヴィッドはそういう事は頑なに話してくれないのよ。
えーと、一昨日来てくれた人間のアンていう娘はあなたたちと一緒に暮らしているの」
「はい、アンも妹のメリーも私たちと一緒に今は暮らしています。
昔、推奨されていた人間の男性一人に対して、人間の女性一人にラミア二人という組み合わせを私たちは逸脱してラミア五人になっているのですけど、今はまだラミアの人数が少ないので、アンにも納得してもらっています」
えっ、セカン、何を奥方さまに話しているの。
「あら、ちょっと待って。
ラミアの社会では、ラミアの相手となった人間の男に、ラミアとは別に人間の女の妻も持つことが推奨されているの」
「はい、ラミアの社会ではそれが推奨されています。
というか、ラミアには男性は生まれませんから、そうしないとラミアは滅んでしまいます」
「それは良いことを聞いたわ」
奥方さまの目がキランと光った気がした。
デイヴとキースは、「うわっ、セカン、なんてことを話してくれたんだ」と天を仰いでいる。




