222. ラミア領主館に向かう
「きゃあ〜〜〜っ!!!」
家の前から飛び上がり、父祖様の墓所を避けているからそんなに高くはないのだが、少し高度を上げた途端、ディフィーの大絶叫が空に響き渡った。
「怖い、怖い、怖い。 落ちる〜っ」
「ディフィー、落ち着いて、落ちないから」
モエギシュウメも大声で、ディフィーを落ち着かせようと声をかけているのだが、全く耳に入っていない。
「下げて、下げて、高度を下げて〜っ!!」
「仕方ないなぁ、モエギシュウメ、なるべく低く飛ぶぞ」
「うん、わかった。 これじゃあ、しょうがない」
「いやぁ〜っ、ぶつかる、ぶつかる。 木にぶつかるよ。 高度を上げて〜っ!!」
「ディフィー、ぶつからないから」
「いやぁ〜っ、早く、早く、高度を上げて〜っ!!」
「全く俺にどうしろというんだよ。 これどうしたら良いの」
「参った。 疲れた。 こんなに騒がれるとは思わなかった」
「ハライト、モエギシュウメ、ご苦労様」
ディフィーはというと、完全に地面に突っ伏している。
仕方ないので、僕は安全のために網を体に結わえつけたロープを解いてやる。
「アレク、こっちも解いてあげてくれる。」
ウスベニメが声をかけてきた。
そちらを見ると、セカンが空を飛んでいる姿のまま、固まっていた。
空を飛んでいる時には騒がないでいるから平然としているのかと思ったら、恐怖で固まっただけの様だ。
よく見ると顔も引き攣っているし、手は前側のアライムが引っ張っていたロープをがっちり掴んだままだ。
僕はセカンの体のロープを解いてやり、声をかけた。
「セカン、大丈夫か?」
「うん、ラミアは寒さに弱いし、防寒着を着ていても、尻尾の方は上側は毛皮を着ているけど、下側は何もないから、体が冷えた。
それで、体が冷えて固まって動けなくなった」
ディフィーがくたっと地面に崩れ落ちているのだから、そんなことはないだろうと思ったのだが、そこには触れず
「温石もお腹と腰のところに入れてきたんだろ。 それもあまり役に立たなかったか」
「そんなことはない。 まだしっかり暖かい」
「ま、とにかく掴んでいるロープを離せ」
僕はセカンの前に行き、ロープを掴んでいる手に自分の手を重ねてセカンに言った。
「今から深呼吸して力を抜くぞ。 まず深呼吸、ほら、大きく吸って、吐いて、もう一度、吸って、吐いて。
今度は息を吐く時に力を抜くぞ。 ほらまずは大きく吸って、吐いて、吐きながら力抜いて。 よし、ロープが離せたな。
おっとっと。」
セカンは、力が抜けた瞬間、そのまま僕の方に倒れ込んできた。
とりあえず、僕はセカンも優しく地面に寝かしてやった。
「これはダメだな」
「ああ、これはやっぱり無理だな」
「キースの一番最初の時も、酷いと思ったけど、この2人の比較にはならないな」
ハーピーの男3人が話している。
ウスベニメとモエギシュウメも何か言いたそうだったが、女の友情で黙っているという感じだ。
「アレク、やっぱり出来ないことはないけど、ラミアも空を飛ぶというのはダメなんじゃないか。
ここまで酷いと、お前たちみたいに慣れるという訳にはいかないんじゃないか」
「そうだな。 昨日試した時は大丈夫かと思ったんだけどな」
「昨日は、まともな高さにまで上がらなかったからな」
「ああ、失敗だった。 それを第一に試すべきだった」
確かにハーピーの男3人が言う様に、ラミアも空を飛ぶという構想はボツだろう。ここまでダメだとは思わなかった。
最初に飛んだ時、僕たちも腰が抜けた様になり、しばらく動けなかったのだけど、この2人はそんなものではない、完全にダウンしちゃっている。
腰を抜かしてしばらく動けなくなることを考慮して、少し早めの時間に出ることにしておいて本当に良かったと思った。
しばらくして、なんとか少しディフィーが復活してきて言った。
「みんながいなくて良かった。 私、凄い声出してた気がする。
そんなの聞かれていたとしたら、恥ずかしくて顔を合わせられないわ」
いや、ディフィー、その希望は無理だろう。
道の延長工事をしている上をしっかりと通ったし、僕からも働いている姿が見えた。 その時も大絶叫が響き渡っていたから、あれでは誰でも気がつく。
「高度を低くして」とディフィーが頼んだからなんだけどね。
普段ならもっと高いところを飛ぶから、ほとんど下にいる人には気づかれない高さなんだけど。
「でも、ディフィーはよく声が出た。
私なんて、高さが高くなった瞬間に体が固まって、声も出せなかった」
セカンも観念して、怖くて固まっていたことを認めているが、そこまでかよ。
やっぱりラミアが空を行くのは諦めよう。
ちなみに僕らは軽く昼食を家で食べて出てきたのだが、他はみんな朝一からかり出されている。
訓練よりも道の延伸を優先するということで、朝早くから馬車に乗って出て行ってしまっていた。
僕の乗る馬にはメリーが乗り、その手綱はサーブが持って歩いている。
馬車にロープで繋げば、僕の馬も一緒に行動するのだが、メリーが乗りたがるから、安全のためにサーブが付いているのだろう。 メリーが馬から落ちたら危ないから。
馬車の御者はもちろんアンがしている。
ちなみに上位は、やはり全て起こされることとなり、即座に道の延長工事に向かわされたらしい。
何も分からずに起こされたと思ったら、工事にかり出されるのか、かわいそうに。
なんとか復活した二人と共に、僕たちは森の際に向かう。
今回は少なくとも数日滞在すると思われたから、着替えなどの荷物も持ってきた。
流石に防寒着なんかは必要ないので、ハーピーにとりあえず持って帰ってもらったが。
森の際に着き、ほんの少し待っていると、幌は付いているけど、オンボロな感じの農作業に使う様な馬車がやって来た。
操っているのは、よく見たら、ちょっと変装したキースだった。
セカンとディフィーは幌で周りからは見えない荷台に乗り、僕はキースの隣に腰掛けた。
「セカン、ディフィー、初めての空の旅はどうだった?」
キースが、ちょっとからかい口調で二人に尋ねた。
僕はキースの脇を肘で突いて、注意を促した。
ディフィーが苦い口調でキースに答えた。
「キースにこんなことを言うのは、とても悔しいのだけど、私は空の旅はもう二度と御免よ。
それから、今まで、空を飛ぶのをキースが最初とても怖がったというのを笑っていたけど、そのことを謝るわ。
自分で体験してみたら、怖いなんてもんじゃなかった」
「ディフィーに同じ。 私も二度と嫌。 謝るのも同じ」
なんかセカンは空を飛ぶということにも触れたくない感じだ。
僕は話題を変えた。
「それで館の方では何か進展はあったか?」
「いや、お前たちを待っているという態勢のままだ。
ま、あとはアルフレッド様がアンが帰ったのを残念がっていたぞ」
「何それ?」
ディフィーが興味を示した。
「アルフレッド様というのは、デイヴの上の兄貴なんだけどな、デイヴの両親がアンとメリーを引き取るという話をしたらしくて、男3人兄弟で妹がいないから、よし妹の様に可愛がるぞという決心をしたらしいんだ。
それなのにあっさり帰っちゃったから、がっかりしてたんだ」
ディフィーとセカンが大笑いをした。
「でも、何ていうか、良い人なのね」
セカンがフォローなのかな、そんなことを言った。
「ああ、デイヴの家族は基本みんな良い人だぞ。
領主様、奥方様は当然だが、下の兄のバンタイン様も、早くにフロードの娘と結婚したから、なんというか他の家族と溝みたいなモノがあるけど、基本良い人だぞ」
「ま、そのデイヴの下のお兄さんが、今現在の一番の問題なんだけどね」
ディフィーがそう言ったが、今はまだそういう話をする時ではない、続けて僕は言った。
「それでデイヴはどうなった?」
「朝から奥方様に呼ばれて、根掘り葉掘り、みっちりと尋問を受けているよ。
最初は俺も付き合わされて、参った参った。
何人ものラミアと仲良くしているみたいだけど、一体どうなっているの、って話になって、俺まで全部白状させられちゃったよ。
奥方様のあの様子だと、デイヴにも人間の嫁を娶らせないといけない、という話になったみたいだな」
「ま、それは分かるわ。 そうでないと男の子が生まれないもの」
セカンがあっさりそう言った。
「それはいいんだけど、どうやら奥方様経由でさ、俺の家にも連絡を入れるという話になりそうなんだよ。
『キースリング、あなたの母親だって、あなたに息子が生まれないとしたら、心配するに決まっているでしょ。 それ以前にまだ自分のことを伝えていないなんて問題外です。』って奥方様に怒られちゃって、参ったよ。
で、まあ、とりあえず俺はお前らを迎えに行かないとならないからと、早めに逃げ出したんだけどな」
まあ、なんていうかご苦労様というしかないのかな。
「でも、家族にお前の無事が伝わるのは悪い話じゃないじゃないか」
「ああ、それな。 全員の家族に伝えるって話になりそうだぜ。
なんでも、領主様の密命を受けて、生死を隠し、特別な任務に選抜されて着いていた、ということになるらしい。
どこの秘密機関だよって話だよな」
ええっ、領主の使いがおばさんのところに僕の無事を伝えに行くのかよ、おばさんたち、僕の無事を喜ぶより、領主の使いが来たっていうことの方を驚くだろうなぁ、なんて僕は考えた。
「ま、家がここから遠い奴のところはまだ後回しだけど、ハキのところは近いし、伝えて少し働いてもらうことになりそうだ」
「そうだな、ハキの実家は大きな商会だから、物の調達だとかが必要になった時力になるからな」
「そういうことだな」
馬車が館の裏口に近づくと、今回はキースが手を挙げただけで、門番が門を開いてくれた。
馬車が通るから、潜り戸の方ではなく、きちんと門を開けた。
中に入ると、館の正面ではないところにキースは馬車を留めた。
すると館の正面入り口ではない、別の出入り口からデイヴが出て来た。
「キース、てめえ、この野郎。 俺を置いて逃げやがって」
まったくどこのゴロツキだよ。 仮にも領主家の三男がその言葉使いで良いのか。
キースは怒りもせず笑っている。
「あ、セカン、ディフィー、隠れていなくても大丈夫だ。 出てきてくれ。
ようこそ、俺の実家に」
今度はデイヴはセカンとディフィーに優雅にお辞儀をして見せた。
なんだやれば出来るじゃないか。
「こっちに馬車を留めさせたのは、この入り口はこの館の離れに直結しているからなんだ。
離れを俺たちで使う様に準備させたから、まずは一度そっちに行くぞ」
僕たちはデイヴに案内されて、離れに入った。
「とりあえず、何日かここで過ごすことになると思う。
ここにある物はなんでも自由に使ってくれ。 足りないものがあったら、言ってくれれば用意する」
離れの中を一度確認した後、僕らはとりあえずお茶を飲むことにした。
離れには簡単な調理場も付いていたのだ。
セカンとディフィーが竃に火をつけて、準備をしている。
ディフィーがお茶のためのカップを用意しながら言った。
「焼き物のカップね。 ラミアには珍しいけど、人間の町だと珍しくはないのかしら」
「ま、ここにあるのはちょっと高級品だけど、焼き物自体は人間の町では珍しくないな。
ハキが『良い粘土があるのにもったいない』って言ってたから、ラミアの里でもすぐ作れる様になるんじゃないか」
キースがそう答えた。
「えーと、数は足りるわね」
ディフィーはセカンと共にカップ7つにお茶を注ぎだした。
注ぎ終ると、少し大きな声で、言った。
「お茶にしますから、扉のところの人も、壁の中の人も一緒にお茶を飲みませんか」




