219. 朝食の場で
朝、メイドさんが呼びに来てくれて、連れられて入った部屋には、すでにデイヴとキースが居た。
用意されていた朝食をいただきながら話をする。
「アン、良く眠れたか?」
「何だかみんなに心配かけちゃったみたいだけど、見てのとおり、もうすっかり元気。 一晩ぐっすり寝たら、スッキリしちゃったわ。
ありがとう、もう大丈夫」
「うん、それなら良かった」
デイヴは少し安心した様だった。
「何だか反対にアレクは何だか疲れた顔をしているな」
キースにそう言われてしまった。
「なんだアレク、別にアンと一緒の部屋だったからといって、緊張して眠れなかったなんて訳でもあるまい?」
「そんな訳ないだろ、いつも一緒の部屋で寝ているんだから。
いや、寝る前にアンと取り留めのない話をしていて、アンはそのまま寝ちゃったんだけど、俺はなんとなく色々なことを考え出したら、ちょっと眠れなくなっちゃって、少し寝不足気味なんだよ」
「あ、アレク、ごめんなさい。 私が色々、今のここでのことには関係ない話なんかを一杯しちゃったから」
「いや、アンのせいじゃない。 ただ、ずっと忙しさにかまけて考えないで来ちゃったことがたくさんあるなあ、なんて思っちゃったんだよ」
「ああ、それ、俺も分かる気がするな。 俺たちみんな、もうすぐ子供も生まれるしな。 そんなことも考えなくちゃと思うのだけど、今のするべきことが忙しかったから、結局考えないで流されてきた感じがするもんな」
「そうだろ、キース、そうなんだよ。
それで俺なんて、ナーリアたちがこの冬は諦めたけど、次の冬には必ず卵を作るなんて今から言っているんだぜ」
「アレク、お前だけじゃないよ。 俺も、ミーリン様とミーレン様がそう言っているよ。
今のところ人数はお前より少ないけど、まだ寝ている上位が起きたら、もっと騒がれるかと思うと、ちょっとタジタジだよ。
だいたいラーリン様が、卵の膨らみをミーリン様とミーレン様に見せつける様にしたりするのが良くないんだよなぁ。 それで2人とも次は自分たちがって、妙に気合が入っちゃって」
デイヴも思い当たることがあるのだろう、キースの話を渋い顔をして聞いている。
不意にクスクス笑い声が響いた。
「なるほど、こういうことなのね。
アレクが昔の話を聞いていた時に複雑な顔をしていたのは、こういう問題があったからなのね。 よ〜く分かったわ」
「おい、アレク、昔の話って何だよ、教えてくれ」
「セカンとディフィーが図書館で見つけたらしいんだけど、今は廃墟のあの町では、繁栄していた当時は、男1人に人間の奥さんが1人にラミアの奥さんが2人というのが標準的というか、推奨されていた家庭の形だったらしいんだ。
でも中にはもっと多くの奥さんを持っていた人もいるという話で」
「なるほど、それでアレクは夜、色々考えて眠れなくなってしまった訳か。
良く分かるぞ、それは。」
デイヴが同情心を隠さずというか、変な連帯感を顕に見せてというか、大きく頷きながら言った。
コンコンとノックが急に響いて、僕たちは不意を突かれて飛び上がりそうだった。
「デイヴィッド、儂だが、入っても良いか」
「あ、何だ、親父か。 別に構わないぞ」
おいおい、デイヴにとっては「何だ」かも知れないけど、僕らにとっては全然そうじゃない、というか一番緊張する相手じゃないか。
僕たちは急いで立ち上がって、デイヴの父親、つまり領主様を迎える態勢をとった。 驚いたことに領主様だけでなく、奥方様まで一緒だった。
「寛いでいたところにすまないな。 公式の場ではなく、私的な場で話がしたいと思ってな」
「ん、親父、何の話だ」
「デイヴィッド、黙ってなさい。 話は決まっているだろ」
「あ、そういうことか」
デイヴは沈黙した。
「ええと、アンさんだったかな」
「はい、正式にはアンヌですが、普段はアンと呼ばれています」
「それでは儂もアンさんと呼ばせていただこう。
それで妹さんはなんていうのかな」
「妹はメアリーと言いますが、妹も普段はメリーと呼ばれています」
「そうか、アンさんとメリーちゃんだな。
もしかすると少しデイヴィッドから話を聞いたかも知れないが、辛い言い方を許してもらって、2人は今回の件で身寄りを全て無くし、行き場を失ったのじゃったな」
「はい、身寄りは全くありません」
「そこでだが、君たち2人のことは儂が後見となることにした」
そう言って、領主はちらっと一緒に入ってきた奥方の方を見た。
「そして、君たちの話を妻にしたところ、それならこれからの生活がしっかりと成り立つまでは、この家で預かることにしたらどうかと提案されたのじゃ。
急なことで驚いたかも知れないが、考えてみてくれないだろうか」
「親父、そんな話は俺も聞いてないぞ」
「デイヴィッド」
奥方様がデイヴを呼んだ。
「妾も話を聞いたわ。 こんなお嬢さんを心細い状態にしておく訳にはいかないでしょ。 話によると妹さんはまだ幼いということだから尚更です。 心配しなくて大丈夫だと、あなたからも説明しなさい」
「アン、俺の父親と母親だから、ま、確かに世話になっても何も心配することはないけど、どうする?」
あまりに急展開な話に、アンは目を白黒させている。
ま、そうだよな、領主様が後見人になってくれるというだけでも、もの凄い好待遇なのに、ましてやこの館に引き取ってくれるというのだ。
アンは一息、息をふうっと吐き出すと、答えた。
「領主様、奥方様、本当にありがとうございます。
私たち姉妹を思っていただいてのこの御厚意、心が本当に暖かくなりました。
でも、もう私たち姉妹は、ここに居るアレクとラミアたちと共に、新しい生活を作り始めています。
私も今までのラミアについての知識では考えられないのですが、とても優しいラミアの人たちと仲良くなり、楽しい生活を送っているのです。
それに妹は、母の様に慕う年長のラミアの方も出来ましたので、今またその場から離す事は、私にはとても出来ないのです。
ですから、とてもありがたい、とても嬉しいお誘いなのですが、辞退させていただきたく思います」
領主様はちょっと残念そうな顔をしたが諦めた様だったのだが、奥方様はまだ諦めきれない様だった。
「ここに来れば、着る物とかも、もう少し良い物を用意できるわ。 考え直さない?」
「母上、それは違う。
俺たちが着ているモノは、狩人らしい格好をする必要があったのと、空を飛んでくる必要があったからのモノだ。
着てるモノをそんな風に言うな」
アンは笑ってそのやり取りを聞いていた。
「はい、奥方様が私の今の格好を見て、心配してくれるお気持ちは私も理解できます。 確かに私でも、これはちょっと実用性ばかりに振りすぎかな、と思います。
でも、今デイヴィッド様が仰られた様に、この姿は今回の特殊事情の故なんです。
流石に空を飛ぶには、この上にもっと厚い防寒具を着るのですけど、それを着たり、まだ道なき森の中を歩かねばならない必要などもあっての姿なんです」
「そうなの、それなら良いのだけど」
「母上、もう少ししたら、昔あったこの町からラミアの里に行く道が復旧する。 そうしたら、アンとメリーをここに連れてきて、母上の心配を取り除いてやるよ」
デイヴがそう言うと、その言葉に領主様が反応した。
「デイヴィッド、この町からラミアの里に続く道があるのか?」
「ああ、正確にはラミアの里ではなく、廃墟となっている町へと続く道だけどな。
俺たちやラミアも驚いたのだけど、とても立派な道が昔は続いていたんだなぁ。
掘り起こしてみたら、あまり壊れていなくて、少し修理すれば今でも立派に使える道になりそうなんだ。
これはまだ全体では話さないでここだけにしておいて欲しいのだけど、今、馬車が一台通れる幅で、とりあえずの道を大急ぎで通している。
そうすれば、ここまで馬でたった半日だ」
「そうなのか、ワシは昔話でそういう道があったという話は聞いたことがあったが、やはり実在していたのじゃな」
「ああ、とても立派な道だぞ。 きちんと繋がったら、親父をラミアの里に招待してやるよ。 なかなか良い所だぞ」
「そうか、それは楽しみだな。
だが、その楽しみを現実にするには、するべきことがたくさんある。
何としても乗り越えねばな」
「ああ、その通りだ」
僕はそんな会話をするデイヴと領主様を見ていて、やっぱり親子だな、似ているなと思った。
「デイヴィッド、妾はあなたに訊ねたいことがあります」
「何ですか、母上」
奥方様の強い口調に、デイヴはちょっとたじろいだ感じだった。
「あなたはさっきから、空を飛んでと言ってますが、それはどういうことですか?」
「はい、言葉の通りです。 僕たちはラミアの里から、この近くまで空を飛んで来ているのです。」
アンが捕捉した。
「まだ道が直っていないので、私たちはハーピーに空を運んでもらって、この町の近くまでやって来たのです」
「おお、そうであった。 ハーピーとはもう正式な同盟をしているのであったな」
領主様がそう言葉を発すると、
「そんなことより、空を飛んで来るって、危なくはないの?」
あ、これ、心配しての同じ反応だ、と思った。
奥方様は何よりもデイヴの安全が気になったのだろう。
「ああ、全然大丈夫。 何の問題もないですよ、母上」
デイヴの説明は短すぎる。 またアンが捕捉した。
「私たちととても仲の良い、信頼できるハーピーが運んでくれますから、少なくとも私は全く危険を感じません。
何事にも絶対ということはありませんから絶対とは言いませんが、私は安全だと感じています」
「そうなの、安全なら良いのだけど。
それからデイヴィッド、あなたちょっと私の前に来て、もっとしっかりと答えなさい。
あなた、さっき子供が生まれると話していたわよね。 さあ、しっかりと詳しく説明しなさい」
奥方様のこの言葉は、デイヴを完全にノックアウトした。
デイヴはその言葉を聞くと、仰け反ったが、しぶしぶ奥方様の前に移動していく。
移動しながらデイヴは領主様に言った。
「親父、一体どこから聞いてたんだよ」
「ん、デイヴィッド、すまんな。
ノックしようとしたら、ちょうどキースリングが『俺たちみんな、もうすぐ子供が生まれるしな』と言った声が聞こえてしまったのだよ。
それでタイミングを逸してしまって、ノックできなくてな」
「ほぼ最初からじゃねえかよ」
デイヴは恨みがましい目でキースを見たが、これはキースのせいではないだろう。
ま、僕も同じ立場なんで、口を挟むことができない。
きっと叔母さんが聞いたとしたら、今の奥方様と同じ態度になるだろうなあ、と考えてしまった。
「デイヴィッド。 話から察するに、あなたとラミアの間に、もうすぐあなたの子供が生まれるのですね。
ラミアとの間に生まれるということは、生まれる子供はラミアとなる訳ですが、あなたの子供であるということは、私にとってもラミアとはいえ可愛い初孫です。
さあ、しっかりと最初から全て説明しなさい」
鍛えられて、太っていた時よりも一回りも二回りも大きく見える偉丈夫となったデイヴだけど、奥方様の前に呼ばれて、説明しなさいと命令されている姿はとても小さく見えた。
そんな目で見たって、誰も助けることはできない。
僕もキースも我関せずの姿勢でいたが、気がつくと領主様も同じ姿勢だった。
アンだけはちょっと困ったという顔をしていたが、アン、無理する必要はないぞ。
そもそもデイヴを助けることは不可能だから。




