217. 証言の後
気がついた時、というか冷静さを取り戻した時、私はまたアレクの胸に縋り付いて泣いていた。
簡単だけど柔らかいクッションのついた椅子に座らされ、アレクは私の頭を撫でてくれていた。
「アン、少しは落ち着いたか」
アレクが私に優しく声をかけてくれた。
「あ、ごめんなさい。 私、興奮しちゃって、何が何だか分からなくなっちゃって。
えーと、今って、ここは最初に通された部屋?
私、いつここに戻ってきたのだろう」
「ああ、ちょっと興奮しすぎて、急に意識を失う様に倒れかけたからな。
それで、またここに連れてきたのさ。
あ、大丈夫、話し合いは休憩になったから」
ドアが開いて、デイヴとキースが入って来た。
その後をこの館のメイドなのだろう、女性がワゴンを押して来た。
「そこに置いて行ってくれればいいぞ。 後は勝手にこっちでやるから」
デイヴがそういうとキースが女性からワゴンを受け取っていた。
キースはワゴンをテーブル近くまで持ってくると言った、
「とにかく何か食おうぜ。 せっかく用意してくれたんだからな、俺は腹がペコペコだよ」
「そう言われてみれば、そうだな。 思い出したら、俺も腹ペコだ」
アレクも私から離れてテーブルの方に向かった。
「アンも来いよ。 食おうぜ」
私は自分がしたであろうことが恥ずかしくて、下を向いてテーブルに向かった。
その姿をデイヴが誤解したのだろう、とても真剣な声で私に謝ってきた。
「アン、本当にすまなかった。
こんな辛い思いをさせちゃって、本当にごめんな。 許されるとは思っていないが、謝罪の気持ちだけ受け取ってくれ。
俺には謝ることしか出来ない」
「デイヴ、違うの。
私、興奮しちゃって、自分が何をしゃべったかも、まったくわからないの。
無様で、酷い有様だったろうなあ、恥ずかしいって思ったのと、デイヴたちの苦労を打ち壊してしまったんじゃないかと思って、顔を上げられなかっただけなの。
本当に私の方こそごめんなさい、たぶん力になれなかったよね」
「いや、そんな事はないぞ。 十分過ぎるほど力になったぞ」
「ああ、それは俺も保証する」
キースもそう言ってくれて、アレクも
「本当にアンのおかげで、みんな僕たちの話したことが真実であることを信用したよ。 アンがここまで来てくれて、本当に助かったよ」
と言ってくれた。
「ううん、そんなことない。
私、デイヴの言っている事は信用できないと言われたの聞いたら、体がカッと熱くなって、頭の中が真っ白になったと言うか、あの時の事が全部一度に頭の中に溢れ出して、もうそれを外に出さないと絶対にいけない、っていう気持ちになったと言うか。
とにかくとんでもないことを話したんじゃないかと思う」
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デイヴのことを侮辱する様な言葉を聞いた途端に、我を忘れて語り出したアンの言葉は、慟哭と言えば良いのだろうか、話すごとに泣き、泣くごとに語った。
襲われた時、護衛のリーダーが
「ダメだ、敵が多すぎる、すまないが守りきれそうにない。 死力は尽くす」と言って敵に立ち向かって行ったこと。
自分と妹を馬車の中に避難させた父親が、最後にナイフを自分に渡して、
「最後の時はこれを使いなさい。 でも、絶対にそうはさせないからな」と言って、自分と妹の上に分厚い布を掛けたこと。
それから妹の耳を両手で塞いで、自分は外の阿鼻叫喚の音を聞いていたこと。
父親の「お前らの好きにはさせない」という大声を聞いたこと。
隣の馬車の商人の
「荷物はくれてやるから、命は取らないでくれ!!」という言葉の後の絶叫と笑い声。
戦闘が終わったかの様な一瞬の静寂と、その後の「あっちを見ろ、新手の敵だ!」という慌てた声。
その後のまたしても阿鼻叫喚。
自分と妹の2人だけが助けられ生き残ったこと。
父親の無残に切られた亡骸を見たこと。 でも顔は安心した顔をしていたこと。
その顔を見て、何があったかを悟って、安心したこと。
一度その場を離れさせられ、どうしたのかと思ったら、デイヴたちとラミアたちが襲われて亡くなった人たちを可能な限り綺麗にしてくれていたこと。
賊と区別がつかなかった護衛の人を、自分が選別したこと。
父親の墓を作ってもらったこと。
墓に父親を埋葬するときに、やっと事態を理解した妹が大声で泣いたこと。
その後、優しく保護されたこと。
ラミアが馬車や荷物を自分に返そうとしたこと。
アンの話す言葉、その調子、話す顔付は、他のどんな証拠よりも、ずっと雄弁に悲惨な襲撃の事実を聞いている者に突きつけた。
そしてアンは糸が切れる様に、半ば意識を失い倒れかけたのだった。
その言葉を聞いていた者たちは誰も声を出すことも動くこともできなかった。
ただ、デイヴ、アレク、キースの3人はそんなアンを心配そうに見つめていた。
もう1人違っていたのは、デイヴに侮辱的な言葉を言った男だ。
最初は驚いた顔をして、あんぐりと口を開いたまま、青白い顔をして震えていたが、途中で耐えきれなくなったのか、1人走って部屋から出て行ってしまった。
倒れかけたアンは、アレクが支えていた。
「アレク、一度さっきの部屋に戻って、アンを落ち着かせてやってくれ。
このままじゃあまりに可哀想だ。
俺とキースもすぐに後を追って戻る。 とにかく頼む」
「そうだな、俺もその方が良いと思う。
先にアンを連れて、さっきの部屋に戻っているよ」
「私が先導しましょう」
ブマーが近寄ってきてそう言ったが、デイヴが断った。
「いや、いい。 お前がいたら、気にして、アンが落ち着かない。
アレク、戻れるよな」
「ああ、大丈夫だ。 任せてくれ」
「ああ、任せたぜ」
アレクがアンを連れて部屋を出て行くと、デイブは語り始めた。
「私は、今、アンをここに連れてきて、証言させたことを後悔しています。
私は彼女が辛い思いをすることが分かっていながら、この部屋から逃げて行った男の様な者が出ることを考えて、彼女に証言を頼みました。
彼女は自分が辛い思いをすることを承知していながらも、ここに来て証言することを請け負ってくれました。
付け加えれば、辛い思いをしているのは彼女だけではないのです。
彼女の幼い妹は、こんな経験をして、姉しか頼れる肉親がいないのに、彼女がこの証言をするために、自分から離れることを我慢して待っているのです。
その幼い心にとって、それがどれほど辛いことであるかは、誰でも察することができるでしょう。
とにかく、あれほど辛く悲しい証言を聞いて、まだ疑う人はもうここにはいないでしょう。
確かに、私の言葉の信用を得るには、彼女の証言が一番であったと思います。
でも私は今、あんな辛い悲しい思いをさせるなら、私の言葉など信用してもらわなくても構わなかった、と後悔しているのです」
沈黙の中、デイヴの兄のアルフレッドが言った。
「デイヴィッド、彼女には本当に辛い思いをさせた。
だが、その意味は大きかったぞ。
言えるのは一つだけだ、決して彼女の思いを無駄にはしない。
必ずや、意味があったと思ってもらえる様な結果を得る。
皆、分かったな」
無言の頷きだけが部屋を満たした。
デイヴの父親である領主が口を開いた。
「一度休憩とする。
皆も決意を固め、冷静になるには少し時間が必要だろう。
食事でもとって落ち着いてから、今後の方針を考える。
とりあえず一度解散じゃ」
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「それで、これからはどうなっているんだ」
「今は全員休憩で、他も食事でもとっているんじゃないか。
その後でこれからの方針を考えることになっている」
キースがそう言うと、デイヴが
「親父たちとしては、このまま一気に行動計画を決めてしまいたいんじゃないか。
時間を置くと、また変なことを言い出す奴が出てきかねないからな」
「ま、あまりそういうのは、もう居ないと思うけどね。
アンのおかげで、一致団結できたと思うな」
「キース、油断はダメだ。 ここはどうしようもないのが跋扈しているところであることは骨身に沁みているだろ」
「分かっている油断はしない」
「お前らの言葉を聞いているだけで、ああ、全くもう、という気分になるよ」
「だろ、アレク。 俺たちがここから逃げ出すのも理解できるだろ」
「賛成しちゃいけないんだろうけど、正直なんとなく理解できちゃうんで、なんて言って良いのか分からない」
「そうだろ、アレク。 俺もそれだから、護衛の騎士見習いだったはずなのに、気が付いたらラミアの里の一員になっていたんだよ。 ここに居ると分かるだろ」
「キース、俺のことをお前の同類にしないでくれ」
僕たち男3人は、アンの気分を変えたいと思って、馬鹿話をしたのだが、あまりアンの表情は変わらなかった。
うーん、困った。
「アン、辛いなら今から帰るか?
夜だけど、モエギシュウメは絶対にこっちを注意深く見ていてくれるだろうから、合図をすればすぐに迎えに来てくれると思うぞ」
「ううん、それはやめておく。
こんな時間に合図したら、本当に何か危険なことが起こったのかと思って、モエギシュウメだけじゃなくて、他の4人も見えない危険を冒して、モエギシュウメの声だけを頼りに、飛んで来ちゃうよ。
そんな危険なことはさせられない」
うん、確かにあいつらなら、やりかねない、いや、絶対にやるだろう。
「うん、そうだな。 やっぱり、合図を出して今帰るのはやめておいた方が良さそうだな」
どうしようかなと思ったらデイヴが言った。
「それじゃあ、今日はもうアンとアレクは休めよ。
アンは疲れただろ、部屋を用意するから早めに寝ると良いよ。 1人では心細いだろうから、アレクはアンに付いててやれよ。
普段から一緒の部屋で寝ているんだから、安心できるだろ」
「そうだな、それが良いな。
セカンとディフィーが考えた今後の計画は、俺とデイヴもしっかり頭に入っているから、俺たち2人だけでも大丈夫だ。
今夜の会議くらいなら十分乗り切れるから、こっちは任せてくれ」
キースもそう言って勧めてくれた。
「良いのか、俺は外れちゃって」
「良いのかって、アンを1人にはできないだろ」
「アンだって1人じゃ困るだろ」
「私は1人でも」
「アンはもう十分すぎる仕事をしてくれたんだ。 褒美に少しくらい我儘というか、本音を言っても良いんだぞ。
1人は嫌だろ」
「うん、ちょっと心細いかな」
「そうだろ、だからアレク付いててやれよ」
ラミアの独り言 ep.20 「メリーの」 が、この話の裏の話です。




