216. 証言
私たちはこの地方の領主様のお館の、豪華な広い部屋に案内された。
デイヴが案内してくれた人に、案内する部屋が違うと文句を言っている。
案内してくれた人はデイヴのことをデイヴィッド様と、様付けで呼んで話をしている。
デイヴって、本当にこの地方の領主様の息子さんだったんだ。
そう思ったら、なんだか自分とは遠い世界の人の様な気がして、改めて自分が場違いかな場所にいることを自覚した。
そして次に現れた人は、領主様の側近中の側近らしい。
デイヴとはずっと砕けた冗談口で話しているけど、私の様な一介の商人の娘が普通顔を合わせることのある訳がない人であるのは分かる。
緊張して、立っているだけで震えてしまう。
何かしゃべらねばいけないのかと思ったのだが、デイヴが私がしゃべらなくても良いように話を誘導してくれた。
助かった。 今、口を開いたら、緊張で声にならなかったかもしれない。
私はだんだんと自分で意識していなかったのだが、気づけばアレクに隠れるような位置に立っているのに気がついた。
私たちはすぐに別の部屋へと、領主様の側近の方に案内されていく。
階段まで来て、側近の方が上に足を進めたら
「おい、ストーム、なんで上に行くんだ。 上はプライベート空間だろうが」
「領主様の命令ですよ。 それに坊ちゃんは心配されてなかったとでも思っているのですか」
「いや、そりゃそんなことはもちろんない。 しかし、今回は俺個人としてここに来た訳じゃないし、俺の顔見せが目的で来た訳でもないんだぞ」
「そんな理屈が奥方に通る訳ないのは分かりますよね」
デイヴは渋い顔で沈黙すると、私たちの方を向いて
「巻き込んじまってすまん、ちょっとの間我慢していてくれ。」
と私たちに言った。
キースは困ったことになった、参ったという顔をしているが、私とアレクはどういうことか意味が良く分からなかった。
奥方という言葉があったから、デイヴのお母さんが関係しているのは分かるけど、母親なら息子の心配をしていたのは当然だと思うから、きっとそういうことなのかなと思った。
さっきの部屋よりちょっとだけこじんまりとしているけど、部屋の雰囲気はずっと暖かい感じの部屋に入ると、キースが部屋に入ってすぐの壁に近い位置で立ち止まるので、私とアレクもそれに倣った。
デイヴはそれより少し前に出て、一緒に来た見習い騎士さんもキースのすぐ脇に立っている。
側近さんが部屋の奥の扉を叩いて声をかけると、少し年配の男性と女性、それに私たちより少し年上らしい男性がその扉を開いて出てきた。 きっとそれがデイヴの家族なのだろう。
少し沈黙の時が流れて
「親父、元気そうだな」
「デイヴィッド、何度言ったら分かる。 他ではともかく、他の者がいる場ではきちんと父上と呼ぶようにと言っているだろ」
「今、この場にはそれが問題になる者はいないじゃないか」
「常に心がけていなければ、そういうことはぽろっと口から出るものだ」
デイヴはちょっとゲンナリとした顔を見せたが、対象を変えた。
「母上もお変わりなくお元気そうで安心しました」
「安心したはこちらの言葉ですよ、デイヴィッド。 まったく便りも寄越さず今までどこで何をやっていたのですか。 あなたは私の心配をなんだと思っているのですか。 だいたいお前は兄が2人いることを良いことに、小さい時から周りの者の迷惑もまったく顧みず、いつもフラフラと自由に歩き回っていて、一体何をしているのですか」
「母上、今はデイヴィッドだけでなく、他の者もいるのですから、その辺で」
デイヴの兄だと思われる人が止めようとして、そう声を掛けた。
するとデイヴの母親はやっとデイヴ以外の者がいることに気をとめたようだったが矛先が違うところに向いただけだった。
「キースリング」
「はい、奥方様」
「あなたが付いていながら、何なのです。 行方不明で連絡もないなんて、あってはならないことでしょう」
「はい、申し訳ございません」
「だいたいあなたは従者としての自覚が足りないのです。 従者は友人ではないのですよ。 止めるべきところは体を張ってでも止めないでどうします。 この子が放っておいたら何をしでかすか分からない子であることは、あなたも重々承知していることでしょう」
「これっ、お前、やめなさい。 今回のことは重要な秘密の任務をワシが2人に課していたのだ。 その為のことだから、キースリングを責めるでない。
それに今はキースリングを含めて、後の2人もデイヴィッドの友人という立場で、この場に同席してもらったのだ。
母親として、息子の友人に言う言葉は別にあるじゃろう」
「そうですね。 デイヴィッドの無事な姿を見て安心して、つい感情的になってしまいました。
その方たち、妾はデイヴィッドの母です。
知っておろうが、デイヴィッドは頼りない、何をしでかすか分からない子です。 くれぐれもよろしく頼みます」
「奥方様に申し上げます。
母親の目から見ればデイヴィッド様は頼りなく見えるのかもしれませんが、私たちからしてみれば、とても頼り甲斐のある素晴らしい男です。
私たちは友人として遇していただいて光栄です」
「そなた、名はなんといいます」
「はい、アレクといいます」
「そうですか、覚えました。 もう一度言います。 デイヴィッドをよろしく頼みます」
「はい、ご期待に添えるように努力します」
奥方様は急にちょっと機嫌が良くなった。
そのちょっとした隙を逃さないという感じで、デイヴの兄と思われる人が口を開いた。
私は話が奥方様から離れて、ちょっと安心した。
デイヴは家族なのだからともかく、キースは責められて可哀想だと思ったからだ。
「デイヴィッド、随分と体型が逞しくなったじゃないか。
一体どうしたんだ」
「兄貴、俺も色々あって、少しは鍛えないといけないと思うようになったんだ。
兄貴もだいぶ鍛えているようじゃないか」
「ああ、こっちも鍛えないといけない感じになっていたからな。
考えることは一緒だな」
「うん、俺でも、考えざる得ない事態だからな。
それが分からないのも居るみたいだけど」
「仕方のない部分があるのも、分かっているだろう」
「ああ、もちろん分かっている。 だから無理をしてもらった」
デイヴが不意に私の方を見た。
その瞬間全員の目が私の方に向いた気がして、私はピクッとした。
「さて、下ではまだかと待っているだろう。 家族の時間はここまでだ。
儂とアルフレッドは奥から下に向かわねばならない。 デイヴィッドたちは一度先程の部屋に戻っていてくれ、すぐにもう一度迎えをやる。 ブマーはお前はそれを先導しろ。
これからは仕事の時間だ。 お前は部屋に戻っておれ」
領主様は最後の一言を奥方様に言いながら、扉の奥に戻っていかれた。
デイヴの兄様は戻ろうとして振り返って、キースに言った。
「キースリング、母上の言葉は気にしなくていいぞ。 いつものことだ」
「はい、ありがとうございます。 分かっています」
キースのその言葉を聞くと、デイヴの兄様は少しニコリとすると扉を入って行った。
「デイヴは兄弟仲が悪くはないんだな」
「ああ、別に悪くはないぞ。 上のアルフレッド兄貴とは仲が良いし、下のバンタイン兄貴とも別に仲が悪い訳じゃない。
でも、その取り巻き連中が関わると、そうも言っていられなくなるんだな」
そのデイヴの答えと顔を見て、アレクは急いで少し話題を変えたようだ。
「それに、お前、母親からも愛されているな。
そのおかげでキースは割りを食っているみたいだけど」
「ああ、まったくそうなんだよ。 俺にはいつでもあの調子なんだ」
と愚痴を言い始めたキースの言葉を遮るようにデイヴは言った。
「ああ、愛されているという自覚はあるぞ。 あの口うるさいのには閉口しているけどな。
そうそう、アレク、フォローありがとうな。 お前の言葉で母上の機嫌が良くなった。 案外ちょろいことはちょろいんだ、俺の母親は」
私の死んだ母親も、私やメリーのことを褒められると途端に機嫌が良くなった気がする。
身分が違っても母親ってそういうものなのかもしれない。
先程の部屋に入って、椅子に座る暇もないくらいすぐにまた迎えが来た。 今度は領主様の側近の方ではなく、本当にただ迎えに来ただけのようだった。
私たちは、というかアレクと私は、最初から一緒にいるブマーさんという騎士さんに連れられて、今度は階段を下に向かい、大きな扉の前に来た。
ブマーさんは扉に向かって少し大きな声をあげた。
「ただいま、お連れしました」
「よし入れ」
ブマーさんと私たちを迎えに来た人が、扉を左右に押し開いた。
デイヴを先頭にして、私たちは部屋の中に入って行った。
正面には一段高いところに領主様がいて、その左右に一歩下がって2人の方がいた。
片方は先程の人だから、もう1人がもう1人の特別な側近の方なのだろう。
一段下がった右正面には先程のデイヴのお兄さんがいる。
そして部屋の左右には人が並んでいる。
私たちはデイヴの動きに合わせて進んで行き、正面の少し手前まで進むと、膝まづいた。
「父上、デイヴィッド、ただいま戻りました」
「うむ、ご苦労。
して、そこに持参しているものが証拠の品々ということだな」
「はい、それぞれお確かめください。 まだ他にもあるのですが、ここに持参することができたのはこれだけです」
私はいっぱいいっぱいで気がついていなかったが、キースが数本の剣、そしてアレクが書類の束を抱えていた。
「こちらが賊が持っていた剣、そしてこちらが商隊に残されていた書類です。
どうか改めて見てください。」
剣を受け取った人は、剣を簡単に見て、直ぐに言った。
「確かにフロードの紋章のついた剣に間違いはありません」
書類を受け取った人は、もう少し時間をかけて書類を見て、その後で言った。
「これは酷い。 この書類からは明らかにフロードの計画的な犯行であったことがわかります。
名のある男爵の家令から、この様な取引を申し入れられたら、商人であれば誰でも飛びつく事でありましょう。
サインもフロードの家令のモノである事に間違いありません」
部屋の中に衝撃が走った。
「それでもまだ、偽造されたモノという可能性は捨てきれないのでは」
デイヴの兄に近い側の列に並んだ1人からそう言った声が上がった。
デイヴは自分で持ってきた剣を前に掲げて、
「この剣も調べてください。 この剣は賊のリーダーが持っていたモノです」
デイヴの剣は、デイヴの兄がわざわざ自分から受け取った。
デイヴの兄はその剣を受け取って眺めると大きな声で言った。
「なんと、この剣は過去に我が家からフロードに下賜されたモノではないか。
この剣はフロードの次期当主が腰に佩く習わしだったはず。
この剣がここにあるということは、その賊のリーダーはフロード男爵の長男だったということか」
「付け加えますと、その事は私とここに控えるキースリングが確認してもおります」
部屋の中は逆に静まりかえってしまった。
それでも緊張からだろうか、小さな悲鳴の様な声で意見を言う者がいた。
「僭越ながら、デイヴィッド様が計略を持ってフロード男爵の長男を討ったという可能性が捨てきれないのではないでしょうか。
聞けばデイヴィッド様はラミアと共に商隊を襲った賊を討ち取ったとか。
ラミアがその様なことに力を貸すなど、考えられぬ事だと思います。
領主様の御子息に向かってこの様なことを言うのは心が痛みますが、デイヴィッド様の言は信用が出来ませぬ」
私は身の内がカッと熱くなった様な気がした。
私は自分でも気づかず、大声をあげていた。
「私は、その商隊にいて、ここに居るデイヴィド様たちや、ラミアの皆さんに命を助けていただいた者です。
あなたは私たちが襲われたことが嘘だと言うのですか。
私の父や、その友人の方々、そして護衛を引き受けてくれた人たちが、みんな殺されていったことが嘘だと言うのですか」
そこから私は我を忘れて大声で色々話した気がするのだが、何を話したかはまったく覚えていない。




