211. 領主館
「さて、それでは領主様、領主様には分かっていて、我々は分かっていない、いえ知らないことをお教え願いますか。 それが分からねば、我々は今日のことが何も判断できません」
「そうだな、カーライル。 それにストームも。 あ、ブマー、お前もここに居て良いぞ、一緒に話を聞け」
領主様はキースリングとの橋渡しをした私もこの場に呼び寄せたのだが、どうも話が内密のことになる様なので、気を利かせて部屋から立ち去ろうとしたのだが、止められてしまった。 私などが、カーライル様やストーム様にさえ知らされていなかったことに関わって良いのだろうか。
「ブマー、そんなに緊張しなくても良いぞ。 これから私が話すことは、これからは広く知られることになっていくからな」
「はい」
領主様は私の態度を見て、声をかけてくれた。
「まず一番最初にお前たちの知識の大きな間違いを正しておこう。
ブマー、大火の起こった原因は何だ?」
「はい。 ラミアが森に火を放ったことです」
「ま、そうだな。 カーライル、ストーム、お前たちもそれで良いな」
二人も同じに考えていると思ったのだが、カーライル様が応えた。
「念押しをされるということは、それが間違いなのですか?」
「察しが良いな、まあこの言い方では他に考えようがないか。
そうだ。 その知識は大きな間違いだ。
大火はラミアが起こした事ではなく、ラミアは被害者の立場で、大火によってほとんど全滅に近い状況に追いやられたのだ」
「ラミアが被害者の方であったとすると、大火を起こした犯人は別にいるということになりますな。 その犯人も分かっているのですか?」
「ああ、その犯人も分かっている。
隠しておいてももう仕方ないから、はっきりと言おう、犯人と呼んで良いかは分からないが、大火という事態を引き起こした責任は、その時のフロードだ」
「フロードが森に火を放ったのですか? 何故、その様なことをしたのです」
「火を放ったというのは違うな。
大火が起こったのは事故なのだが、その事故は予見できたモノで、そうなる可能性が高いからと、その事故が起こらない様にする進言がさんざされていたのに、それをフロードが無視したのだ。
それにより大火が起こったという訳だ」
「話が良くわかりません。 詳しく説明してください」
ストーム様が領主様にさらなる説明を求めたが、私も同じ気持ちだった。
領主様は、その経緯を最初のきっかけのゴブの襲来から、しっかり説明してくれた。
「なるほど、大火の起こった訳は理解できました。
その事故の責任は確かにフロードにありますが、何故その様な事故を起こしてしまったかについては、同情するべきところも大きいと私は感じます」
「ま、その点はワシも認めよう」
カーライル様の言葉に領主様がそう言った。
「しかし、まだ疑問が残ります。
これだけの事実が知られているということは、今は滅んでしまった町の住人がいくらかは生き残って大火からは逃げられたということだと思います。
それなら何故、ラミアの仕業ということになって、正しいことが広まらなかったのでしょうか」
「それはな。 大火の直後はラミアは滅んだのだと勘違いされたからなのだ。
実は大火の時、その滅んだ町に住んでいたラミアと人間、そして実はハーピーもいたらしいのだが、種族に関係なく皆一緒にほとんどが逃げたのだ。
その逃げたほとんどが火にまかれて死に、ほんの僅かな数が生き残った。
その生き残りは人間だけだったのだ。
ラミアもハーピーも、肌や羽が人間より火に弱い、その差が生死を分けてしまったのだな。
それでも飛べるハーピーは先に逃げた者が確認されていたのだが、飛べないラミアは人の前で皆死んでいったのじゃ。
それでラミアは滅んでしまったと勘違いされた訳だ」
「それでは今いるラミアはどこから来たのですか?」
私は疑問を、つい立場を忘れて口にしてしまった。
「だから勘違いと言っておろう。
全滅してしまったと思われていたラミアだが、森の奥の洞窟にほんの僅かな生き残りと、卵が残されていたらしいのだ。
その辺はワシも詳細は知らない」
「話を戻してください。
何故、大火がラミアのせいとされたのですか?」
ストーム様が私の脱線を正してくれた。
「大火の後、ゴブの姿を見なくなったのだが、まだその時はゴブに対する警戒を緩められる状況ではなかった。
それで軍事力を握っていたフロードに、大火の責任を取らせる訳にはいかなかった。 もちろん起こしてしまった理由への同情もあったと思う。
ただ、それでも大火というのは、当たり前のことだが事が大きすぎて、何がこんな大きな災害をもたらしたのだと犯人探しが行われることになった。
時の領主であった私の祖父は、これらのこと全てを知った上で、原因の1つとなることを人間がしていたが、1番の原因は急に大きく噴出した自然だということで収めるつもりだった。
しかし、フロードは自分に大衆の目が向くことを恐れて、全滅したなら構わないだろうと、ラミアのせいだという噂をわざと流したのだ。
祖父はその嘘に激怒した様だが、その時点では真実を公にして、フロードの権威を落として、軍事力を弱める訳にはいかなかった。
これが大火はラミアの仕業ということになった理由だ」
「ラミアにとってはとんでもない濡れ衣を着せられた訳ですね」
ストーム様の言葉に領主様は頷いた。
「のちに、ゴブの件がゴブも大火に巻き込まれて落ち着いたらしい事が確認され、事態が収束したのだが、ラミアの濡れ衣はラミアが全滅していると思われていたから訂正されなかった。
そしてしばらくして、ラミアが全滅していなかった事が分かった。
この時点で、祖父はラミアとの友好を果たすために、真実を公表しようとしたのだが、フロードがゴブへの備えとして掌握した軍事力を背景として、その公表を止めてきた訳だ。
ま、その時点から我が領主家とフロード家の確執が大きくなり、今の時点に至る訳だ。
祖父はこの真実が忘れられることを恐れて、その証拠書類も含めて全て二組づつ作り、一つは領主家の重要書類として保存し、一つは滅びた町でほとんど唯一焼け残った図書館に保存することにしたのだ。 それに自分の署名つきの証明書を付けてな。
キースリングたちの言っていた書類とは、そのことだ」
「なるほど、領主様がキースリングたちの言葉を信じた理由も、彼らの話に前のめりになったことも理解できました」
ストーム様はそう言うと、考えこまれた。
「私は祖父より、『私はラミアを知っている。 ラミアが森に火を放つ訳がない。 大火はラミアの起こしたことじゃない』と聞かされていました。
私は祖父を信じたい気持ちと、私の世代の常識と、どちらが正しいのかと思っていましたが、祖父が正しい事が分かり、嬉しく思います」
カーライル様がそんなことを仰った。
「とにかく、まずはキースリングたちの言ったことの裏付けを取らなくてはいけませんね。
彼らが置いて言った手紙には、何が書かれているのですか?」
私は知らなかったのだが、彼らは自分たちの言った事の裏付けを取るにはどうしたら良いかの策を書いた手紙を置いていったのだという。
検討してみてください、とのことだが、内容を見たカーライル様が唸っている。
「デイヴィッド様の下には、どうやらとんでもない策士がいる様ですな。
このまま実行してみましょう」
領主館の広間には、領主様の側にカーライル様とストーム様、それに長男のアルフレッド様とそのお付き、次男のバンタイン様とそのお付きが呼ばれた。
私も呼ばれて隅に控えている。
「私が狩人などから聞いたところによると、ゴブがこの地方に入ってきたのは確かな様だが、アルフレッド、お前の方はどうであった」
「はい、父上。
私が手の者をやって調べたところ、やはり心配していた通り、この地方に入る道というか、この地方から出て行く道の先にある村は壊滅していました。
痕跡からして、ゴブの仕業に違いないとのことです」
「やはり確かな知らせであったか。 狩人たちの間でも、その村が壊滅していたことは話題になっておった。
バンタイン、フロードの方でゴブとの戦闘があったということは聞いてないか」
「はい、私の耳にはゴブと戦闘したという話は入ってきていません」
「うーん、ゴブが入り込んだのは確かな様だが、狩人の話でも獲物が逃げてしまったことから確実とのことだが、その後のゴブの足取りがつかめないな」
「父上、ラミアの森に入り込んだのではないでしょうか」
「ああ、アルフレッド、その可能性は高いと噂にもなっている。
しかし、その噂を当てにすることもできないし、うかうかとラミアに対処を任せている訳にもいかん。
我々は領主として、この地方を守る義務があるのだ。
お前たち、それは十分解っているだろうな」
「「はい、もちろんです」」
ご兄弟二人は揃ってそう答えた。
「とにかく、村一つを壊滅に追い込んだゴブということは、少なくともある程度の数になっているはずだ。
我らもそれに備えて戦力を集めておかねばならない」
「アルフレッドは引き続き、この地方だけでなく周辺までの情報を集める様に。
バンタインはフロードに使いを出し、フロードとこの地方の有力者を廻り、全体としてどれ程の戦力となるかを纏めよ。
少なくとも男爵自身か、次期当主と一緒に廻る必要があるだろう、一度こちらに寄ってから、どちらかがその任に着けと伝えよ。
おお、そうじゃ。 忘れるところだった。
ブマー、お前はバンタインがフロード男爵に送る使いと共に、砦のフロード男爵に会い、こちらで得たゴブの情報を伝える様に。
春はもう迫っている。 そうすればゴブは何時動いてもおかしくない。 それぞれ、速やかにことに当たれ」
私がバンタイン様の使いと一緒に砦を訪れると、砦の中は異様な雰囲気に包まれていた。
私と使いの者は、そんな中フロード男爵に会った。
フロード男爵は明らかに私たちの事が迷惑そうであったが、領主からの正式な使いである、仕方なしという感じではあるが、速やかに会う事が出来た。
「すまないが今ちょっと取り込んでいて、あまり時間がない。 早急に用件を聞かせてほしい」
フロード男爵はそう言って、私たちを急かした。
バンタイン様の使いが用件を述べ、私がゴブについての状況説明をしようとするとフロード男爵が話を遮った。
「まことに申し訳ないのだが、今、私も息子もその任を受ける事が出来ない。
隠していてもすぐにわかる事だが、息子は今ここにはいない。
息子はある突発的な事態に対処するため、今、手の者を連れて遠征に出てしまっているので、私はここから動けないのだ。
この地方の軍事を預かる家として、領主様の命じる任は当然の事と思うのだが、いかんせんどうにもならない。
幸い、領主様の次男のバンタイン様は私の娘婿でもある。
領主家としてだけではなく、我が家の名代としても、その任を果たしていただけないかとお願いしてほしい」
「どの様な突発事態が起こったのでしょうか?
私としましても、流石にそれを領主様に報告できないでは叱責を受けるのは必定ですので、お教えください」
私がそう言うと、フロード男爵は一瞬困った顔をした気がするが、すぐにこう言った。
「どうやらラミアがまた悪さをした様なのじゃ。
それで大急ぎで息子たちが出て行ったのじゃ」
「なるほど、それは一刻を争う一大事ですね。
それで何故その様な一大事を領主様にまだ報告していないのですか? それとラミアが悪さをした証拠も上がっているのですか?」
「いや、その証拠がまだないので、領主様には報告出来ないでいたのだ。
その証拠を得るためにも、今息子はここにいないのだ」
「なるほど、合点がいきました。
領主様にはその様に報告しておきます」
「うむ、よしなに頼むぞ」
「はい」
私との会話をそれで終えると、フロード男爵はバンタイン様の使いの方に、
「そなたにはバンタイン様と、我が娘に付いて行った者への手紙を託すので、しばし待っておれ」
と言って、スタスタと座を外して行ってしまった。
私たちはその手紙をバンタイン様の使いが受け取ると大急ぎで領主の館に戻った。
私は領主様に報告した。
「予想通りの状態だったな。
これで裏付けは取れたという訳だ。 カーライル、ストーム、ゴブの件がある、ゆっくりはしていられないぞ、早急に動くぞ」




