202. カッとした
「それでデイヴ、エレオンたちも含めての話って、一体何だ?」
「ああ、キースとも話していたのだが、一度近いうちに親父に会って来たいと思っているんだ。
まずはそこで、その時期を何時にしたら良いかの相談をしたいんだ」
この地方の人間との交渉の開始役を任されたからには、当然デイヴはそう考えるのは当然だと思うが、正直僕には、それを始める時期も、きっかけの作り方も見当がつかない。 デイヴにとっては、しばらく音信不通にしていた実家に顔を出すという簡単な気持ちなのかも知れない。
「ま、お前にとっては家だからな。 その辺のことは俺には分からないから、お前とキースに任せるよ」
「いや、アレク、俺だってそう簡単にはいかないよ。
そもそも俺、たぶん実家では確実にもう死んだ存在になっていると思うしな。
その死んだ存在がひょっこりノコノコ現れたら、どんな騒ぎが起こるか分からない」
「ま、下手すると、偽物呼ばわりされて、あっという間に消される可能性もあるな」
キースがとてつもなく不穏なことを言った。
「えっ、お前の実家だろ。 実家に戻ると殺される可能性があるというのか?」
デイヴが苦い顔をして答えた。
「ま、そういうことだな。 俺はそういう家が嫌で、家から離れてキースと狩人学校に入っていたのさ」
「領主の家ともなると、色々と大変なんだよ。
デイヴの兄二人も完全に対立しているんだ。
その一番の対立軸はフロード家と対立するか、親密になるかというところなんだけどな」
「は、なんていうか、俺のような庶民には分からない世界だな」
「いや簡単だよ。 デイヴの下の兄貴の嫁さんはフロード家の人だから、フロード家は下の兄貴を盛り立てて、実質的にはこの地方を手に入れたいという訳さ。
上の兄貴はそれを嫌って、フロード家を冷遇しようとしているという訳さ」
「そこも庶民の俺には良く分からない。
まず第一にフロード家というのは、この地方では領主家に次ぐ古い名家なんだろ。 それに庶民の話では、常に戦いの最前線に立つ勇猛なことを誇りにしている家という話だった気がするのだが。
領主の家としたら、優遇してもおかしくない気がするし、今回の件がなければ俺だって、優遇されていても当然だと思うよ。
でもまあ、俺は庶民だから、そんなこと全く気にもしなかったけどな」
「ま、確かに俺もそう思うよ。
そして事実、フロード家はこの地方では優遇されてきたらしいしな」
キースはそう肯定した。
「俺の親父は、昔からフロードが嫌いだった。
俺も正直フロードに関して知っていることなんて、アレクと50歩100歩だったよ、今のフロード家の人たちに面識があることを除けば。
そして上の兄貴は、長男として領主となるための教育を受け始めたら、親父以上にフロード嫌いに急激に変わったんだ。
フロードはそんな親父と上の兄貴に対抗するように下の兄貴に近づいて、娘を下の兄貴の嫁に入れたという訳さ。
俺は、親父と上の兄貴がフロードを嫌う訳も分からなかったが、まんまとフロードに取り込まれていく下の兄貴も馬鹿じゃないかと訳が分からなかった。
そうして、家の中で常に権力争いが起こっているような状態さ」
デイヴは楽天的な性格なのだと思っていたのだが、とんでもなくて、僕ら庶民には関係のないところでかなり苦労してきたみたいだ。
「そして、大火を誰が起こしたかを知って、俺は今まで見えなかった物が見えたという訳さ。
大火を起こしたものを証明する書類に、俺の曾祖父さんの署名が入っているということは、親父はその犯人を知っていたのだろうし、上の兄貴が急にフロードを毛嫌いする様になったのは、その事実を教わったからだろう。
そして、騎士団によるラミア討伐のための遠征が一度も成果をあげたことがないのは当然のことだったんだ。
そんなのは見せかけだけだったのだからな。
曽祖父さんも祖父さんも親父も、ラミアが大火に関わっていないことを知っていたのだから、その後のことは苦々しくずっと思っていたのだろうよ」
僕は領主家では、フロード家が嘘をついているのがわかっていたのに、何故そのままにしておいたのかが疑問だった。
「なんで領主家はフロード家をそのまま自由にさせているんだ。
領主家はフロード家の嘘を知っていたのだから、それを発表するだけで良かったんじゃないか」
「アレク、それは無理だよ。
まずは証拠となる物は全て燃えてしまっていただろうから、証拠がない。
発表したとしても、ラミアとここの滅びた町にいた人間が責任をフロードに擦りつけたのだと強弁しただろうと思うぞ。
それに、その当時、今もその傾向は強いけど、軍事力はフロード家が握っていた。
大火と、その前のゴブの大量発生で混乱していた時に、軍事力を握られていたら、手も足も出ないよ。
ゴブの大発生も終わりになったのかどうかも、混乱の中しばらくは警戒を解けないだろうし、そこで戦力を割って争う訳にもいかない」
「デイヴのひいおじいさんの、苦労は分かる気がする。
その忸怩たる思いが、きっとあの署名入りの書類なんだと思う。
ラミアとしては、複雑な思いだけど、デイヴの家がフロード家をそのままにしておいたことは理解できる」
僕たちの話を聞いていたセカンがそう言った。
「いや、俺の家でもフロードをそのままにしておく気は無かったと思うんだ。
今から考えれば、ことあるごとにフロード家と騎士達とかの関わりを減らす方向に動いていたと思うし、フロードの方でもそれが分かっているから、下の兄貴に取り入ろうとしていたのだろう」
デイヴはため息をついて話を続けた。
「でも、そのフロードの嘘と権力もここまでだ。
大火に関しては、責任をラミアに擦りつけたことは別にして、確かに仕方がなかった面があることは俺も認める。
しかし、その後にラミアを騙って、商隊を襲って、尚且つ証拠隠滅を図ったことは絶対に許せないことだ。
俺が絶対にフロードを排除する。 絶対に許さない、命をかけてもだ」
「デイヴ、だからそう熱くなるなって言っているだろ」
キースはデイヴにそう言って宥めている。
「なんかこいつ、今回のことでからくりが分かったら、急に貴族の義務に目覚めちゃったみたいで、見てくれよ、これ。 態度が豹変しちゃっているだろ。
らしくないし、もっと冷静になれって言っているんだけど、どうにもならないんだ」
「俺は冷静だぞ、キース。
だからこうしてみんなに相談している」
デイヴはとても冷静と言える状態ではないのは明白だけど、それを指摘しても始まらない。
「ま、とにかく、具体的にどうしようかという話だな」
僕がそう言うと、キースが賛成したのだが、
「具体的には決まっている。
俺が行って、直接に親父に今回の件を伝える。 それでお終いだ」
「お前の言いたいことは分かったから、とりあえず静かにしてろ」
「キース、お前、俺の護衛だろ。 黙っていろとはなんだ」
「護衛だったのは遠い昔の話だし、俺は『黙っていろ』なんて言ってない。
『とりあえず静かにしてろ』と言ったんだ」
「デイヴ、キースのことを『俺の護衛だろ』なんて言うのは、お前らしくないぞ。
そういう立場を捨てて、一緒に狩人学校に入って、今はラミアの里の仲間になっているんじゃないか。
その言い方は俺も不愉快だ。
そのお前の言い方だと、俺にも『庶民は黙っていろ』って言うのか」
「いや、そんなつもりじゃなかったんだ」
「そんなつもりじゃなかったら、どんなつもりだよ」
「おいおいアレク、そのくらいで許してやれよ。
デイヴも興奮していて、変に口が滑っただけだよ。 それが本心という訳じゃ決してないよ」
「まあ、キースがそういうなら」
デイヴはちょっとシュンとして、言った。
「キース、今のは俺が悪かった。 許してくれ。
俺はお前のことは1番の悪友だと思っている。 それなのについ興奮してあんなことを言ってしまった。
アレクも、それに他のみんなも不快にさせる言葉だった、すまなかった」
「ま、デイヴもあんな風に変に興奮しちゃうこともあるのね。
それにアレクも今、本気でカッとして怒ったでしょ。
それもらしくないよ。 まあ、珍しい姿を両方とも見れたって感じだけど」
ディフィーが場の雰囲気を変えるためだろう、そんなちょっとふざけた感じで、口を出した。
「そうだな、俺もちょっと頭に血が上ったみたいだ。
デイヴ、悪かった」
「いや、アレク、俺が悪かったんだ、気にしないでくれ」
今のこの場は、デイヴ、キース、セカンにディフィー、それにエレオンたち男性ハーピーの8人で作業場の方で話していたのだが、デイヴと僕が興奮して大きな声を出してしまったので、何事かとナーリアたちもやってきた。
「何大きな声出しているの?」
「いや、ちょっと僕とデイヴが話に興奮しただけで大したことじゃないんだ。 うるさかったよね、ごめん」
「まあ、大したことじゃないなら良いけど。
今こっちはお茶淹れたから、みんなもお茶でも飲んで一息入れない?」
「おい、そうしろよ。
俺とギュートの二人だけでこっちに混ざっているのは、かなり辛いんだ」
ハキが泣き言を言った。
その後みんなでお茶を飲み、セカンとディフィーを除いた女性陣は温泉に入ることになった。
モエギシュウメがエレオンたち男性陣だけが、ここの温泉に入ったことがあるのではずるいと言い出したのだ。
それなら二人とも入ってみれば良いと、ノリノリのサーブの提案に、メリーが喜んでしまって、それに押し切られる形でウスベニメも同意した。
「あなたたち男性陣は、私たちがここに戻るまで、絶対に家から外に出ないように。 分かっていますよね」
ウスベニメはハーピーの男3人に言い聞かせる風を装って、しっかりと僕らにも念を押していった。
サーブはそんなこと聞いてもいなかったし、レンスはやれやれという顔をした。
アンはなんとなく安心した顔をした。
「ウスベニメは気にしすぎなのよ。
あいつらが見にくる度胸はないし、ここはラミアの里なのだから、ラミア流にそんなに気にしなくても大丈夫よ。
それにアレクの裸は見たんだから、お互い様でしょ」
「モエギシュウメは簡単に染まり過ぎ」
「いや、だからわざわざ見に来ることはないから大丈夫という話よ」
モエギシュウメはウスベニメとそんなことを言いながら家から温泉に向かった。
「おい、モエギシュウメって、あんなにサバサバ気にしないのか?」
僕がハーピーの3人に聞くと、ハライトが
「いや、あれはワザとウスベニメをからかっているだけだ。
モエギシュウメも普通に恥ずかしがって気にすると思うぞ」
「そうなのか。 気にしないタイプなのかと思ったよ」
それから僕たちは、どういう風にして領主家、つまりデイヴの実家との接触を図るかを綿密に打ち合わせた。
アライムたちには洞窟にやってくるだろう使いの者を見張ってもらうことになり、調べたりしなければならないことも出て来た。
デイヴはもっと直接的な行動をしたかったみたいだが、僕たちの意見、特にセカンとディフィーの意見に従うことにしたようだ。
作戦を考えたりは、この二人の方が僕たちよりずっと頭が回ることは、今までで十分判っているから、デイヴも二人には無理を言えないのだった。




