195. アンの挨拶
風呂から上がり、僕とナーリアは武器と防具の手入れをしているみんなのところに行った。
今は作業場は使えないから、テーブルの上でその作業をしている。
「もうすぐ終わるところだし、場所が狭いからここは私たちだけで良いわ。 他のことをして」
ディフィーにそう言われて、僕とナーリアは何をしようかとちょっと考える。
「私はサーブを手伝って、洗濯物を処理してくるわ。
もうすぐ暗くなっちゃうけど、それでも干しとけば風で少しは乾くわよね」
ナーリアはそう言うと外に出て行ってしまった。
僕はちょっと困った。
実はもう一人困っている人がいる、アーロア様だ。
食堂になってしまっている作業場には、ラーリア様たちとミーリア様たち、そしてイクス様が居る。
その中にアレア様が小さくなっていると思うのだが、アーロア様はそこに助けに入る気は毛頭無いようだ。
一段上がった部屋は、普段ならラーリア様たちが占拠するのだが、今はアンとメリーが疲れて眠っているので、誰も入っていこうとはしていない。
アーロア様はミーレナさんの手伝いを選んだようだ。
ミーレナさんはまた新たにお茶を淹れようとしている。 お茶は湯上りだからか、それともマール草の在庫がもう少なくなっているからか、ハイク草の方を使っているみたいだ。 特有のちょっとスッキリした感じの芳香が漂っている。
「ミーレナさん、僕も手伝います」
「え、アレク、人手は足りているのだけど、まあ良いわ」
ミーレナさんはふふっと笑うと、僕にカップの用意などを手伝わせた。
カップに淹れられたお茶をお盆に載せて、アーロア様と僕は次々と作業場で配っていった。
アーロア様はアレア様に恨みがましい目で見られていたけど、気づいていないふりをして、そのままお茶配りを続けている。
そんなことをしているうちに、遅くなって温泉に残っていた友たちも出てきて、ナーリアとサーブも、そして武器と防具の手入れをしていた者も仕事を終えて集まってきた。
お茶を飲みながら、僕たちはみんなそれぞれにちょっと軽いおしゃべりをしていた。
「ラーリア様、ハーピーとの同盟ですが、今回の事でも大きな成果を上げていると、私は思います。
洞窟に人間が集まりだしたのに気づいたのもハーピーたちが先ですし、その後の監視も、戦いの直前の情報でも随分と私たちは助かりました。
例えば前回のゴブとの戦いの時には、当初ゴブの所在の把握にとても困難を極め、アーレアたちを疲弊させてしまいましたが、ハーピーたちに監視して貰えば、そのようなことはありません。
これは大きく今までより有利になった点です」
「直接戦闘に関わらない部分での貢献もすごく大きいということだな」
「それなのですが、私が女性ハーピー、ウスベニメから聞いたところによると、ハーピーは我々以上に種族の数の問題が大きいようで、戦闘に関わってもらうことは実質的には難しい印象です。
そもそもの数が150名ほどでラミアより少ないですし、ハルオン様を筆頭に高年齢の方も多くいらっしゃるようで、若者の数が足りていないようです。
同盟が人間にも広げられず、ゴブの襲来を受けるというもしもの場合には、残念だがすぐに我らは逃げる、とおっしゃったハルオン様の言葉は、その辺りにも理由があるのだろうと私は思います」
「なるほど、ラミアだけでなく、ハーピーもまた、苦難の時なのだな、今はまだまだ」
つい耳をそばだててしまったけど、ラーリア様、ミーリア様、そしてイクス様は常にこういった情勢分析と意見交換をしているみたいだ。
ふと、急にディフィーが立ち上がり作業場から出ていった。
どうしたのかな、と思ったら、アンを連れて戻ってきた。 どうやらアンが目を覚ましたのに気がついたかららしい。
「目が覚めたのか、体調はどう? 大丈夫?」
「はい、大丈夫です」
僕の問いかけに軽く答えると、アンは部屋にいるみんなの方に向き直り、居住まいを正して挨拶をした。
「みなさま、今回は私と妹を助けていただいて、本当にありがとうございました。
みなさまのおかげでこうして私と妹は生き残りました。
私は父やその仲間の方、そして護衛していてくれた方の遺体を見て、襲って来た者どもがどれほど残忍な者たちだったかを、ひしと感じました。
そのような者たちを相手にして私たち姉妹を助けていただいたことに、本当に心より感謝いたします。
その上、私たちを保護して、こちらに連れて来ていただいて、風呂、食事などの世話までしていただきました。
本当にありがとうございました」
アンはとても丁寧にみんなに向かって頭を下げた。
近くに来ていたセカンが言った。
「あなたは被害者なのだから、そんなに恐縮する必要はない。
困っている人を助けるのは当たり前」
僕もセカンの言葉に付け加えた。
「きっとアンの教えられていたラミアの姿からはかけ離れていて想像できないと思うけど、ラミアの社会では人間に優しくするのは当たり前のことなんだよ。 もちろん今回の盗賊のように敵対する者は、その範疇には入らないけど。
だから、このラミアの里にいる分には安心していて大丈夫だから」
「それに僕たちもいるしね。
ラミアがとても優しいのは僕たちが保証するよ」
エレクもアンに言葉をかけた。
アンは心細かったのだろう、ポロポロっと涙をこぼした。
アンが落ち着くのを待って、ラーリア様が声をかけた。
「もし今、私の言葉に答えられると思えるなら、少し話をしたいのだがどうだろうか?
まだ落ち着かなくて出来そうになければ、それで構わないし、落ち着いてからで良い、無理をすることはないのだが」
「はい、すみません、大丈夫です。 どのようなことでしょうか」
「ありがとう。 でも無理はしないでくれ。
この地方にやって来た経緯をもし知っていたら、教えてくれると嬉しいのだが?」
「すみません、私はその辺のことは全く知らないのです。
私と妹は今までは隊商に加わらなかったのですが、最近母親が亡くなり、その為に家で待っていることができなくなり、父親に初めてくっ付いて隊商に加わったので、細かいことは知らないのです」
「そうなのか、それで今回、父親まで失うことになってしまったのか、気の毒なことになってしまったな」
「いえ、私と妹の命が助かっただけでも、とても幸運だったと思います」
「えーと、それでは今後なのだが、お前たち姉妹は家に戻って暮らすことが出来るのか? もしそうならば、そう出来るように我らとして可能な限りの便宜を図ろう」
「いえ、今回の旅に出るときに、家も全て手放してきたので、それもできません」
「それではこれから向かう先に何らかの当てがあったのかな」
「いえ、とりあえず今回の旅の結果で、どこかに親子3人で店を構えるか、このまま隊商を続けるか考えることになっていました。
父にはもしかすると何らかの計画があったのかも知れませんが、私は何も知りません」
「とすると、今後の身の振り方に何か当てがあるということではないのだな」
「はい」
ラーリア様の質問に答えているアンは、見る見る元気を失って行き、消え入りそうな雰囲気になってきた。
「ま、それならこのラミアの里で暮らすが良いぞ。
今現在人間は男しかいないが、ラミアはみんな女だから、そんなに問題ではないだろう。
そうして落ち着いたら、ゆっくりと今後の暮らしをどうするかを考えれば良い。
どこか知っている人間の町に行くのでも良いし、元居た町に戻ることを考えるのでも良い、もちろんこのラミアの里にいつまで滞在してくれても構わない。
ま、ここにずっと滞在するなら、他の人間と同様に自分に出来る仕事をしてもらうことになるがな」
ラーリア様は明るい口調で、そう言った。
「はい、ありがとうございます」
アンは少し明るい口調で答えた。
「そうそう、お前たち姉妹と父親が乗ってきた馬車と荷物、それに馬は明日になればこちらに持って来れると思うから、その時に返すからな、安心しておれ」
「いえ、それらの物は私たちの私物はともかくとして、他の物はもう私たちの物ではありません。
父は今際の際に私たちのことを、ここに居るアレクさんたちに頼んで死んだと聞きました。
アレクさんたちには、それしか聞いていませんが、父がそのように頼んだのだとしたら、必ず積み荷をその代償として提供したに違いありません。
そして私たち二人は命を盗賊から救ってもらって、もう十分以上に積み荷の代償を頂いています。
積み荷などに関しては、ぜひお納めください。 そうでなければ私たち姉妹は、亡くなった父に合わす顔がありません。
馬は、私たち姉妹は愛着があるので、当座その世話をさせていただけると嬉しいのですが」
ラーリア様は感動した面持ちで、アンの言葉を聞いていた。
他の者たちも皆、静かにそっとアンの言葉を聞いている。
「そなたの言う事は理解した。
娘のそなたがそう言うのであれば、きっとそういう事だったのであろう。
そうだな、アレク」
「はい、まあ」
僕は曖昧に答えることしかできなかった。
「とはいえ、我らは積み荷と引き換えにお前たち二人を助けた訳ではない。
よって、父御の気持ちは喜んで受け取るが、積み荷まで我らの物にしようとは思わない。 とりあえず預かるということにしておこう。
馬も希望に添うように出来る限りしよう。
皆、それで良いな」
「はい、それで良いかと」
ミーリア様が代表してラーリア様の言葉に答えた。
「さて、それで当座のことなのだが、ナーリア、他に場所が思いつかん、この姉妹をこの家で預かってくれ」
そりゃそうなるよね、誰が考えたってそれしかない。
「はい、了解しました」
ナーリアが答えた。
「それじゃあ、私は奥の部屋に戻らないといけないわね」
イクス様がそう言うと
「ボブ、奥の臭いはどうだった?」
ラーリア様がボブに訊ねた。
「はい、風が山に向かって吹いたからでしょうか、さっき奥に入った時にはもうほとんど臭いはしていませんでした」
「イクス様、今回はもう大丈夫そうですね」
「そうね、ラーリア。 ラーリド、あなたはどう思う」
「今までの記録ですと、二度三度と繰り返して噴出したという記録はありませんから、そこまで臭いが薄まればもう大丈夫なのではないかと私も思います」
「良かったわ。 寒い思いをしないで済みそうだわ」
イクス様がそう言うと、ラーリア様たちが歓声をあげた。
地味に炉に火の点いていない生活は、ラーリア様たちに堪えていたようだ。
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数日ぶりに火の燃えている炉の側に座って、ラーリア様とミーリア様、そしてイクス様が話をしている。
ミーリア様は直接ラミアの集落には戻らずに奥に立ち寄ってから戻ることにしたようだ。
「とてもしっかりした良い娘だな」
「そうですね。 歳もナーリアたちと同い歳だそうです」
「今回商人たちを助けることができなかったのは残念ではあるが、あの姉妹を助けられただけでも、もしかすると大きなことだったかも知れない」
「そうね。 これでナーリアたちは人間とハーピーの同性、同年代の交流を持つことになった。
日常的に異種族が集まって交流を持つなんて、きっと大火以前に遡らないとなかったことだわ。
私たちが理想とする、大火の前の町が復活する第一歩になるかも知れないわ」
「そうですね、イクス様。
そのためにも、なんとか今回のゴブの大発生を乗り切らねば」
ラーリア様がとても厳しい顔をした。




