191. 生き残り
ミーリア様の一声で、僕たちは急に気がついたかの様に動き出した。
とにかく、商人とその護衛に生きている人がいないかを探したが、僕はすぐに諦めの心境になった。
商人とその護衛だったと思われる人たちは、戦闘で傷ついただけでなく、言い方は変なのだが、きちんととどめが刺されている。
襲った者たちは、最初から確実に皆殺しにする気だったのは明白だった。
いつの間にかハーピーたちも側にいて、今、ミーリア様に報告している。
「逃げた者はいませんし、他にここに近づく者もいません」
アライムは後の方の言葉を言う時に、ほんのちょっとだけ考える仕草をした。
それはどういう意味なんだろうと思った時、サーブに呼ばれた。
「アレク、来てくれ。 こっちにまだ息がある者がいる。
私たちでは怖がってしまって、近付けない」
僕は急いでその場に走って行った。
馬車の車輪に寄りかかる様にして、商人が血を流していた。
「安心して下さい。 僕たちは助けに来ました。
盗賊はもういません。 もう大丈夫です」
商人はもう腕を持ち上げる力もないのだろう。 それでも手にしっかりとナイフを握っている。
「後ろにいるラミアは何だ? ラミアとグルだったのか?」
「違います。 ラミアもあなたたちを助けようと盗賊と戦ってくれたのです。
盗賊の仲間ではありません」
「信じて良いのか?」
「大丈夫です。 信じて下さい」
商人の目の光はどんどん弱くなっていて、とうとうナイフもその手から転がって落ちた。
「頼む、この荷は全てお前にやる。 だから、中にいる娘二人を・・・」
商人は全部言い切ることができずに死んだ。
僕は商人の開いたままの目を閉じてあげて、ちょっと目を瞑って頭を下げて黙祷した。
少し離れたところで、様子を見ていたナーリアたちも、頭を下げて黙祷してくれた。
僕は、気持ちを切り替えて、立ち上がって、商人の最後の言葉を補足して、実行してあげねばと考えた。
僕は馬車の荷台に手をかけて、飛び上がって、荷台に登った。
鋭い、緊迫した、でも震えている声が僕を襲ってきた。
「来ないで!! それ以上ちょっとでも近づいたら、私も妹も死にます」
「落ち着いてくれ。 僕は盗賊じゃない。 助けに来たんだ。
もう盗賊はいない。 大丈夫だから」
「本当ですか。 信じられない」
「本当だから、もう誰も君たちを傷つける者はいない。
とにかく出てきてくれ」
しばし躊躇う様な間があった後、奥の荷物の陰から女性と子供が出てきた。
女性は恐怖と緊張で顔色は真っ青だし、震えて歯が鳴っている。
小さな子供は目を見開いているが呆然としている様だ。
僕は両手を広げて、何も持っていないことをアピールしたが、その女性の視線は腰の剣に固定されていることに気がついた。
「今、剣を外す。 手を動かすけど、驚かないでくれ」
僕は剣を外し、後ろを向いて声をかけた。
「ナーリア、ちょっとこの剣、持ってて」
ナーリアに剣を渡し、もう一度馬車の中に向き直る。
「ほら、これで武器は何も持っていない。 少しは安心できたか」
「今のは女性兵士ですか」
「まあ、そんなところかな。
そこにずっといる訳にもいかないだろうから、出てきてほしいのだけど。
えーと、妹さん?」
僕が視線で小さい子供のことを訊ねると、頷いて肯定してきた。
「妹さんに外の光景を見せたくないんだ。
君から言って、目隠しをさせてくれないかな」
僕の言っていることの意味を理解したらしい、女性は子供に話している。
「今から目隠しするけど、お姉ちゃんが良いって言うまで、取っちゃダメだよ。
絶対だからね」
子供は緊急事態に、何も言わずに頷いて従っている。
女性は近くの入れ物から布を取り出して、子供に目隠しした。
「それじゃあ外に出ようか。 君も気をしっかり持ってね」
奥の方から出てきて、外が見える位置まで来た時、悲鳴が上がった。
「ラ、ラミア!!」
その瞬間、微かな水音が聞こえてきた。
恐怖の中我慢していたらしいが、ラミアの姿を見たのが予想外の不意打ちだったのだろう、ついに堤防が決壊してしまったみたいだ。
「ラミアは僕たちと一緒に君たちを助けに来て、盗賊と戦ってくれたんだ。
君たちに危害を加えることもないし、怖くないから大丈夫だよ。
それから、ここに君の着替えってあるのかな?」
女性は少し顔を赤らめて頷いた。
「僕は外に出ているから、それなら着替えるといい」
外に出た女性は、もうラミアに悲鳴をあげたりはしなかった。
彼女は妹を馬車から下ろすのを僕に託し、自分は一人で飛び降りた。
そしてすぐに父親の亡骸に気がついた。
「君たちを守って最後まで戦ったんだ。
そして死ぬ間際に、君たちのことを僕に託して、そして逝った」
彼女は妹を抱きしめて、涙をボロボロ流したが、泣き声はあげなかった。
妹は目隠しされているので訳がわかっていなかったし、まだ小さくて死を理解しているかも分からないが、僕の言葉の調子や、感じられる姉の様子から普段と違うものを感じたのか、おとなしく為すがままにされている。
僕はナーリアとディフィーと共に、二人を少し離れた森の中に連れて行った。
「ここならもう見えないから、妹さんの目隠しを取っても良いよ」
女性は妹の目隠しを外した。 妹は辺りをキョロキョロと見回している。
「名前がわからないと呼びかけにくいから、名前を教えてくれるかな。
僕はアレクっていうんだ。
それからこっちの金髪のラミアがナーリアで、ピンクの髪がディフィー」
「アレクさんに、ナーリアさんに、ディフィーさんですね。
私はアンヌ、呼びにくいので普通はただアンと呼ばれています。
妹はメアリーです」
「あたしはメリーっていうの」
妹の方が初めて口を聞いた。 メアリーがメリーになっている。
「そうかぁ、メリーっていうのかぁ」
そう言ってナーリアがニコニコしたら、妹はニカッていう感じで笑った。
「えーと、歳、同じくらいだよね。 僕のことは呼び捨てで構わないよ。 “さん”はいらない」
「それでは私のこともアンと呼んでください」
「ちなみに私たちは17なんだけど、あなたはいくつ?」
ディフィーが訊いた。
「あ、同い年です」
「じゃあ、アレクが一番上ね、アレクは18だったよね」
「1歳くらい違いはないだろ」
妹のメアリーが訊いてきた。
「ねぇ、お姉ちゃんたち、足がないの?」
「うん、私たちはラミアだから足がない代わりに尻尾があるの」
「触ってみてもいい?」
「いいわよ、別に」
「うわー、スベスベで鱗があるし、ちょっと固い」
妹のメアリーは子供故の興味だけで何も考えずに、ナーリアとディフィーの尻尾を触ったり、叩いたり、登ったりしている。
姉のアンが焦ってやめさせようと動こうとしたから、僕は声を掛けた。
「別に大丈夫だから、そのまま放っておいて構わないよ。
子供が初めて見るラミアの尻尾に興味津々なのは当然だし、そんなことでラミアは怒ったりはしないから」
「それじゃあ、お姉ちゃんはメリーちゃんの足を触っちゃうぞ」
ナーリアがそう言って、触ろうとするとキャアキャア言って逃げている。
逃げるメリーをディフィーが捕まえた。
「ほら、楽しそうだから、大丈夫」
レンスが森に入って来て僕に近づいて、耳元で用件を言った。
「生き残ったのは結局この二人だけみたい。
それでミーリア様が、もし出来たら、人間の分別をして欲しいって」
「分かった、すぐに行けると思うと伝えて」
レンスは戻って行った。
僕は姉のアンに言った。
「お願いがあるんだけど、良いかな」
「何でしょうか?」
「僕たちには、商人と、護衛と、盗賊の死体の区別がつかないんだ。
いや、商人は区別がつくと思うけど、護衛と盗賊だと、傷の具合でしか判断できないから確信が持てないんだ。
少なくとも、商人と護衛はきちんと葬ってもあげたいから、君に教えてもらいたいんだ」
アンは急に現実に引き戻された顔をしたが、
「そうですね。 私もお父さんをきちんと葬ってあげたいですし、一緒に旅して来た皆さんも葬ってあげたいです。 わかりました」
「最初に断っておくけど、かなり損傷が激しい遺体も多い、覚悟してね」
「はい、もう大丈夫です。
メリー、お姉ちゃん、ちょっとここからいなくなるけど、待っていられるよね」
「メリーちゃん、私たち二人とここで待っていましょう。 大丈夫よね」
ナーリアがそう言うと、
「うん、大丈夫、待っている。 このお姉ちゃん二人と遊んでる」
戦った場所に戻ると、もうかなり整理されていて、死体は道の両側に並べられていた。
思った通り商人の遺体はすぐに判別がつき1箇所にまとめて安置されていた。
商人の遺体は服装も整えられ、血のりなども拭き取られていて綺麗になっている。
特にアンとメリーの父親は、きっとサーブやセカンたちがやったのだろう、入念に綺麗にされて静かに横たわっている。
護衛の人もとどめの刺され方などからはっきりと区別できる人たちは、商人たちの隣に並べられている。
こちらもある程度は綺麗に整えられている。
その数は10人だ。 エレオンの言っていた15人には5人足りない。
盗賊たちは僕たちが斬り捨てた27人はすぐに判別がつき、それらは道の反対側にまとめられている。
つまり問題は残りの護衛5人と、護衛の人か商人が戦って討った盗賊5人との、区別がつかないのだ。
その判断できなかった10人をアンに見てもらい、それぞれに分けてもらった。
分けられた5人の護衛は他の護衛の人たちの隣に運ばれて、姿を整えられた。
盗賊は道の反対側の集められている場所にとりあえず持って行った。
ちなみに全ての金属類はすでに回収されていた。
「死体をこのままにしてはおけないわ。
疲れているかもしれないけど、穴を掘って埋めるわよ」
ミーリア様の号令で、地味で嫌な作業が始まった。
「私たちはミーリア様に許可をもらっている」
と言って、サーブがアンにアンの父親の埋葬場所を別にすることを提案した。
「後できちんと墓参りできるようにするといい」
とセカンも勧めた。
僕たちは、道から少し離れた、ちょっと見通しの良いところに場所を決め、アンとメリーの父親の墓を作った。
二人の父親を埋葬する時には、レンスが呼びに行って、ナーリアとディフィーがメリーを連れて来た。
メリーが父親を埋めるところを見て、急に現実を理解したのか、その場で大泣きをした。




