189. 忙しい朝
まだ夜が明けないうちに僕は目が覚めてしまった。
昨夜は「英気を養うために、早めに寝ましょう」というミーリア様の言葉で早寝したのだ、というよりミーリア様たちとアリア様、アーロア様、アリファ様が仕事部屋に居るから、さすがに何も出来ないし、早寝しかなかったのだ。
それに、仕事部屋の方が寒いだろうからと、羽毛を詰めた布団をみんなミーリア様たちに貸したため、僕たちは久しぶりに上に何も掛けずに寝たのもあるかもしれない。
いくら何でもまだ起きるのは早いよなぁ、なんて思っていたら、いつもの朝の様に下半身に刺激を感じた。 僕は小声で言う。
「セカン、今朝は駄目だろ。 ミーリア様たちがいつ起きてくるかわからない。
もしミーリア様にバレると怒られそうだ。 こんな時に何してるの、って」
「大丈夫、まだ外も暗いから。 昨晩私の番なのにできなかったから、アレクも溜まっているはず、早めに出して」
「アレク、起きているの。 セカン、駄目じゃん。 アレクが起きた瞬間に出させなくちゃ」
ナーリアも起きていたのか。
「今朝はアレクが妙に早く起きただけ。 私のせいじゃない」
「話してないで、急いで。 ミーリア様が起きてくる」
「起きてきても問題ないんじゃない、別に」
レンスとイクス様も起きているのか。
「アレクが出したら、まずは温泉に入ろう。 久しぶりに布団を掛けないで寝たら、寒かったわけではないが、何となく体が冷えている気がする」
「そんなこと言わなくったって、別に温泉に入るのを誰も反対しないわよ」
はい、サーブもディフィーも起きてるね。
僕らがまだほんの少し明るくなってきたかどうかという感じの温泉に入りに家から出ると、すぐその後にアレア様、アーロア様、アリファ様も起きてきて、温泉に入ってきた。
「おはようございます。 寒くはなかったですか」
僕たちは3人に挨拶をした。
「おはよう。 大丈夫だったわ。 でも温泉の暖かさが嬉しいかな」
アリファ様がそう答えた。
「そんなことないでしょ。 ミーリアたちに気兼ねして、布団に入れなかったんじゃない」
「いえ、イクス様、そんなことはありません。 私のことも気にしてもらって、ちゃん私たち3人に一枚もらいました」
アレア様がそう答えた。
最近、毎日アリファ様の防具を訓練している広場から運んで、その手入れまでをしているサーブとレンスは、そのためにアリファ様ととても親しくなっている。
アリファ様は、それが毎日の習慣の様になってしまった今でも、そのことを毎回とても二人に感謝するので、二人の方がかえって恐縮するくらいで、それよりも何よりも僕もそうなのだが、アリファ様の訓練を見て尊敬の気持ちを持っているので、二人とも喜んで手入れをさせてもらっている、という感じなのだ。
レンスがアリファ様にこそっていう感じで言った。
「でも、ミーリア様たちの中にいるのは、ちょっと大変そう」
「レンス、ま、それはそうなんだけどね」
アーロア様が尻尾をパシャパシャさせて言った。
「それにしてもやっぱりここはいいなあ。 朝起きてすぐに温泉に入って体を温められるから、体動かすのに全然辛くないよ」
「そう言われてみれば、そんな気がします。
何だかこれに慣れちゃって、温泉がまだ出来てなかった時のこと忘れちゃいました」
ナーリアがそういうとディフィーが
「それに温泉が出来る前って、今ほど寒くなかった気がする」
うん、ここに来て急に寒くなってきたよなぁ。
ミーリア様たちもやって来て、温泉に入った。
また、挨拶から始まり、人数が増えた分、おしゃべりも激しくなってきた気がする。
さすがに温泉に入れる人数の限界という感じになってきたし、あの数の女性だけの中に男一人ではおしゃべりに上手く加われないから、僕は上がることにした。
夜はやっと明けて、太陽が顔を見せ、あたりは明るくなり始めて、周りをはっきりと僕にも見ることが出来る様になってきた。
そうして、僕が着替えに家に入ろうとした時、ハーピーが一人すごい勢いで空を近付いて遠くから声を掛けてきた。
「アレク!、アレク!」
アライムだ、僕はまだ裸なのを忘れて、そのまま待つとすぐに目の前に降りてきた。
「大変だ。 油断した。 隊商も洞窟の人間たちも夜明け前から動き始めてしまっていた」
予定外の事態だ。
僕とアライムの言葉の調子から何事か起きたことを察して、ミーリア様が温泉から飛び出してきた。
アライムがクルッと後ろを向いた。
「アライム、今は気にするな。 それより報告しろ」
「おう。 分かった」
アライムはこっちに向き直りミーリア様にもう一度言った。
「すみません、油断しました。
隊商も洞窟の人間も夜明け前から動き始めていて、もう移動している真っ最中です。
日が出て、それに気づき、とりあえずそれだけ伝えにきました。
詳しい情報はすぐにハライトか、エレオンが持って来ると思います」
「了解したわ。 私たちもすぐに準備して動きます。
次の情報をお願いするわ」
「はい、それでは失礼します」
アライムは大急ぎで戻って行った。 ちょっと動きがぎこちなかったのは、ミーリア様の後ろにどんどん裸のラミアが増えていったからかもしれない。
「ハーピーがラミアと違って夜目が利かないことを忘れていたわ」
ディフィーがしくじったという顔をして、そう呟いた。
僕らは大急ぎで装備を整える。
レンスは上半身の防具をつけて双剣を腰に差しただけの状態で飛び出して行った。
奥の人間への伝令をミーリア様に命じられたのだ。
速さといえばレンスかアレア様なのだが、アレア様はアーロア様と共にアリファ様の装備を手伝ったり、とりあえず戦場まで盾を運ぶことになっているからだ。
アリファ様の装備は重厚で重いので、装備の付け外しに時間もかかるし、移動も遅くなる。 それをいくらかでも軽減するためだ。
レンスの他の装備や弓矢などは僕たちで分担して持っていく。
とりあえず、いつも訓練に使っている禁足地入り口の門の所の広場に集合することになったのだ。
僕たちが広場について、少し待っていると、友たちとラーリア様たちもやって来た。
レンスはもう先に着いて、僕たちの持って来た、腰から下の防具や手甲、ヘルメットなどを身につけている。
ラーリア様がミーリア様に話している。
「予定外に忙しい朝になったな」
「はい、夜が明ける前に隊商が移動を始めるのは、全く予想していませんでした」
ディフィーがミーリア様の後ろから、その話に口を挟んだ。
「申し訳ありません。 ハーピーが夜目が利かないことを完全に忘れていて、この事態を想定していませんでした」
「想定していなかったことが起こるのは、当たり前のことだし、誰もがハーピーが夜目が利かないことが問題であることに気がつかなかったのだ。 ディフィーやセカンがその責を負うことはない。 それよりも今後のことを考えろ」
「「はい。」」 二人は頷いた。
セカンが今後の行動をどうするかを考える為に、地図を広げた。
図書館にあった地図を書き写し、それに今現在の状況を書き加えたものだ。
エレオンが、飛んで来た。
「監視は任せてくれなどと豪語していたのに、申し訳ありません。
夜のうちに動くことを想定していなくて、監視に夜目が利くものを配置していませんでした」
「ハーピーにも夜目が利くものが居るのか?
ハーピーは人間よりも夜は見えないのだと思っていたのだが」
僕は意外だったので、つい訊いてしまった。
「ああ、数は少ないけど、夜目が利くのもいるんだ」
しまった、ブワッと冷気が襲ってきた。
「そんなことは後で話しなさい。 現状の報告が先です」
完全に指揮官モードの氷のミーリア様の冷静な声と冷たい視線が僕とエレオンを貫いた。
エレオンは背中の羽毛を波立たせたかと思うと、焦った様に報告を始めた。
「現在、隊商はこの位置をいつもの速度で道を進んでいます。
洞窟の人間は二人先行していますが、その他はまだこの位置です」
エレオンは棒を持って、地図でその位置を指し示すのだが、そのたびに翼が大きく動いてしまうので、周りは余裕を持ってあまり近づかないでいる。
「双方の速度を考えると、どの辺りで鉢合わせしそうかしら?」
「先行している二人を除いて本体のみで考えると、この辺りかと」
セカンとディフィーが目で打ち合わせすると、セカンが言った。
「ミーリア様、だとすると洞窟の人間たちが待ち伏せして襲うとしたら、きっとこの位置かと」
その位置はミーリア様とナーリア、セカン、ディフィーが以前から想定していた位置の一つだった。
ミーリア様もその言葉に頷き、もう一つエレオンに質問した。
「あと、双方の人数などは分かりますか」
「はい、洞窟の人間は先行した二人を含めて32人で変わりません。
隊商の方は、多分護衛が15人、商人が8人、それに女と子供が一人づつの25人です」
「洞窟に残った者はいますか?」
「いえ、32人で全員です」
「洞窟の人間の武器は分かりますか?」
「すみません。 そこまで確認していません。 次の報告までにできる限り確認します」
「弓などの飛び道具を持っている者がどれだけいるかを、重点的に確認してください」
「了解しました」
エレオンが即座に飛び去った。
「大急ぎでこの位置に向かいます。 良いですね」
距離から考えて、隊商が襲われるとしたら、それまでにちょっと間に合いそうにない。 とにかく急がなければならない。
ミーリア様が指し示した位置は、隊商が襲われると予想される位置のほんの少し手前だ。
「私が先頭を行きます。 最後尾にはナーリアが着きなさい」
「ミーリア、任せたぞ」 ラーリア様が声をかけた。
「みんな、気楽にね。」 イクス様も声を出した。
他のラーリアの方たちも口々に「お前らの実力なら大丈夫だ。 頑張ってきなさい」などと友たちに声をかけている。
「みなさん、ご武運を。 アリファ、頑張ってね」 ミーレナさんが、アリファ様に声をかけた。
アリファ様が少し感激した感じて応えた。
「はい、ミーレナ様、ありがとうございます」
全速力の移動が始まった。
先頭を行くミーリア様の槍が朝日を浴びて煌めいている。
それになんだか釣られていく様に僕たちは足を速める。
僕はこの時に初めて、ミーリア様とナーリアの槍が煌びやかな意味が分かった気がした。
ミーリア様は時々後ろを振り返り、ナーリアの槍を確認し、進んでいく。
決められた位置に僕たちは思っていたよりは早く着いた。
自分でも驚いたことに、これだけ全速力で走ったのに、決められた場所について走るのをやめた途端に呼吸が整ってしまった。
訓練は少なくとも体力を確実に上げている。
僕らが止まるのを待っていたのだろう。 立ち止まったと思ったら、エレオン、アライム、ハライトの3人が空から降りてきた。
「もう戦闘が始まっています!!」




