186. 温泉場で
道の近くの洞窟に住み着いた人間は10名ほどで今のところ大きな動きはないらしい。
ハーピーたちの監視に加え、アレア様、アーロア様も随時監視に行って、声なども拾って来ている。
そして、セカン、ディフィー、エレクによる記録の調査の結果も出た。
アリファ様の自分の武器防具が出来てからの訓練は凄まじいものだった。
セカンが提案したアリファ様の戦い方は重装歩兵とでもいうのだろうか、防具と大きな盾で全身を覆い、敵の攻撃を引き受け、短い手槍で反撃するという方法だった。 今まで僕らが作った防具などは、もちろん防具としての耐久性は考えてはいたが、大鳥の革を多用するなど軽さと動きやすさを重視するものだった。
でもアリファ様の防具は受ける攻撃が多いことを考え、耐久性と堅固さを思いっきり重視した。
結果、身に着ける防具も盾も鉄を多用し、大きく重くなった。
アリファ様の肘までしか動かない右手を考えると、どうしても大きくする硬くする必要があったのだ。
ヘルメットまで、軽いものではなく、鉄製の堅固なモノを作った。
出来上がった防具と盾を見て、作った僕とボブは、正直なところ
「これは、ねえな。 無理だろう」 と思った。
でもアリファ様はそれらを装備すると、
「大丈夫、動ける」
と言い、動きに邪魔になる部分の形を変えたりはしたのだが、基本的には僕たちが無理だろうと思ったままの装備を着けて、盾を持って、訓練に参加した。
そして訓練に参加すると毎回、誰彼構わずに攻撃してもらい、それを受けることを繰り返している。
訓練の終わりの時間になると、そのまま毎回崩れ落ち、アレア様とアーロア様、そしてケンが、アリファ様の盾を外し、防具を脱がしてやりに走るという状況だ。
そしてそのまま、汗まみれで半ば意識のないアリファ様を担ぐようにして温泉場に連れて行き、まだ動けないアリファ様の体を洗ってやり、温泉に入れている。
アリファ様の防具や手槍、盾はセカン・ディフィー・レンスが回収して手入れしている。
アリファ様の防具は鉄の部分が特に多いから、毎日の手入れが輪をかけて必要だからだ。
僕らはナーリアたちも含め、アリファ様の凄まじい訓練を目の当たりにして、訓練に対する態度が大きく変わった。
それまでも決して不真面目に取り組んでいた訳ではないのだが、アリファ様の鬼気迫る訓練に比べたら、自分たちでも、子供の遊びだったと認めざる得なかった。
アリファ様が加わってからの訓練は、時々、もう参加はできないが見て指導しているラーリア様たちが声を出して止める様な熱のこもったものになり、僕たちもその時間が終わった時には、地面に座り込んで少し休まなくては体を動かすこともできない程消耗する厳しいものになった。
そのかわり、実力はめきめきとつき、もう相手をしてくれるミーリア様たちと、誰もが一対一で渡り合えるようになった。
「今、ミーリベたちを起こして、人間たちと勝負させたら、面白いことになりそうね」
ミーリル様がそんなことを言ったら、ミーリファ様が
「もしかしたら負けるんじゃない。 少なくとも狼狽えることは確かね」
と言った。
「とにかく負けないことを願うばかりだ」
と、ミーリオ様が苦々しいような誇らしいような複雑な感じで言ったら、
「もうミーリベ以下も起こしましょう。
私たち4人で相手をして教えるのは、もう無理だわ」
ミーリファ様がそう言った。
午後何故かみんな温泉に足を浸けた状態で話をしている。
全身浸かるという訳ではなく、縁に腰掛けて尻尾と足を浸けているだけなら、なんとかみんな居られるのだ。
とはいえ、ハーピーの5人まで来ているから、ギュウギュウ詰めも良いところだ。
ハーピーは座るのが苦手なのだが、それは羽根が邪魔になるからであって出来ない訳ではない。 羽根も濡れてしまうのを覚悟すれば、温泉の縁に座ることもできる。
「ま、上半身が濡れる訳ではないですから、私たちも別に構いません。
今日は皆さんも服は着てますし」
ウスベニメがそう言うと、それを聞いたラーリア様がちょっとからかった。
「いや、我らは別に温泉に全身浸かりながら話すのでも構わなかったのだが、今日は人数が多すぎて、ここでは浸かりきれないから、尻尾をつけるだけにしたのだが。
もしなんだったら、ハーピーたちはどうせ羽根が濡れてしまったから、温泉に浸かっていても構わないぞ」
ウスベニメは慌てて言った。
「いえ、そのご好意は言葉だけで十分です。 私たちも足を入れているだけで十分です」
エレオンたちが爆笑して、ウスベニメに睨まれていた。
「それでは、洞窟に住み着いた者どもについて、あれから分かったことを聞こうか」
「まず我らハーピーから伝えます。
今のところ洞窟に住み着いた人間たちに新たな動きはありませんが、何度か馬による人の行き来が人間の砦との間にあります。
あとは森の中に入ってくる様子もなく、洞窟の周りと、道に沿って時々見張りを出す程度でしょうか」
アリア様が続けた。
「私とアーロアで近づいて偵察したところ、ちょっと事態が動きそうな気配があります。
今現在洞窟には10名ほどの人間がいるようなのですが、どうやらその人数を増やそうと画策しているみたいです。
エレオン殿から話があったように、何度か人間の砦との間に行き来がありましたが、その行き来では馬車に食料と武器などを積んで来て、洞窟の中に運び込んだようです。
人数を増やすための下準備の様です」
「我々も荷物を持ち込んでいるのは見ていたが、あれはそんな物であったのか。
もっと注意深く観察するべきだった。 すみません」
エレオンがアリア様の言葉を聞いてそう言った。
ラーリア様、ミーリア様をはじめ、みんな渋い顔をしている。
「デイヴから頼まれた、過去のラミアの記録の調査だけど、セカンとディフィーとの3人で調べてみたが、思った通りに冬の間にラミアが人間を襲った事実は1つもなかった。
僕は僕らの知識は完全に嘘を教えられていたのだと思う」
エレクが次にそう発言した。
ラーリア様が何の話かよく分からないという顔をしたのでデイヴが説明した。
「俺たち人間は、冬場によくラミアに襲われた隊商の話を聞いたのですよ。
到着する予定が来ないと思って調べると、隣の町を確かに出発しているのに、こちらには着いていない。
途中、このラミアの森近くの道を通るので、そこで襲われたのだろうということになり、何度も騎士団が派遣されたのだけど、何の手がかりも掴めなかった、という話になっていました」
「ところが、僕たちがここで暮らしてみたら、ラミアは冬は基本寝てしまうし、隊商からきっと奪ったはずの馬もいない。
どうも話がおかしいということに気がついて、ラミアの記録を調べてもらったのです」
キースが言葉を付け足した。
ラミアたちは、この話を知っているナーリアたちとアリファ様、そしてアリファ様から話を聞いたらしいアレア様とアーロア様を除くと、みんな「何それ」と訳のわからないという顔をしている。
「ん、何を言っているのだ。
何年かに一度、人間が人間を襲うのを我らは見ているが、それはそんなに珍しいことではないだろう」
アライムがそんなことを言うと、それにデイヴが鋭く反応した。
「アライム、それは今の様な冬のことか?」
「デイヴ、何を興奮しているんだ。
まあ、そうだな、今頃という訳でもないが、冬であったな」
デイヴは「やっぱり、そうか」と言うとポロポロっと涙を零した。
キースが沈痛な面持ちで、そのデイヴを見つめている。
正直僕らはデイヴとキースの態度が理解できない。
「カラクリがわかりました。
あの砦にいる人間は、自分たちが隊商を襲って、それによって私腹を肥やし、それをラミアのせいに偽っていたのです。
騎士団も何の手掛かりも見つけられない筈です。
何しろ身内が犯人だったのですから。
彼らだって、野盗などの仕業なら手掛かりを見つけられない筈はありません。
手掛かりが見つからないことで、ラミアの仕業と言われ、反論することができなかったのでしょう」
デイヴはとても重苦しい口調でそう言った。
デイヴの大きな体が、(デイヴも毎日の訓練のおかげで腹は引っ込み引き締まった体となっていた、それだけでなく筋肉が膨れ上がり、今では偉丈夫と言った方が良い体つきになっていた)、どことなく小さく見えて、肩を震わせて話している。
この話をしているデイヴは、今までの大食漢の楽天家というイメージでは全くない。
デイヴ、お前は一体何者なんだ、僕は心の中でそんなことを思っていた。
「ちょっと待った。
だとしたら洞窟に住み着いた奴らは、今また、誰かを襲おうと考えていると言うことだな」
ボブがそう言うと、重く物思いに沈んでしまって口を閉ざしてしまったデイヴに代わって、キースがその問いに答えた。
「きっとそういうことだろう。
ただまあ、奴らも10人で隊商を襲うことはないと思う。 10人では返り討ちの危険があるからな。
今はきっとそのために人数を増やす準備をしている最中じゃないか」
「それなら被害が出ていない今のうちに、俺たちで奴らをどうにかしないとならないな」
「それはダメよ。
まだ彼らがそうだと決まった訳じゃない。
本当にただ洞窟に住み着いただけという可能性だってまだ残されている」
ボブの少し逸った言葉にディフィーが冷静に反論した。
それまでの話を冷静に聞いていたラーリア様が言う。
「まず第一に、洞窟に住み着いた奴らが、そういった隊商を襲う様な輩であるかどうかを確認する必要がある。
だがそれが分かるのは、実際に事が起こってからのことになってしまう。 それまでは疑いが濃厚であっても、断定することはできない。
そういうことだな」
みんなラーリア様の言葉に頷いでいる。
「そして、もし洞窟に住み着いた奴らが、そういう輩であった時、我らはどういう対処をしなければならないか、ということだな」
「そのまま放っておくという選択肢もありますね」
ミーリア様が冷たく言い放った。
「確かに人間同士のつまらぬ小競り合いに、他種族のラミアや我らが出て行くこともないですね。
我々ハーピーは今までも、この様な場合は傍観していました」
エレオンがミーリア様の言葉にそう言って、暗に賛成した。
ハーピーはラミアと同盟したとはいえ、ラミアのすることに直接口を挟める訳もなく、ちょっともってまわった言い方だ。
「それは違うぞ。
今のラミアの集落には正式な仲間として人間たちもいる。
人間のしていることを他種族のことだと傍観して良い時はもう過ぎ去っている。
ここはデイヴたちの決断を尊重して、それに我らが出来る限りの手を貸してやるべき時だ。
我は、必要ならば卵で産んで、デイヴを助けるつもりだ」
ラリオ様が大きな声で反論し、その言葉にラーリン様が続いた。
「そうね、どうやらキースはデイヴと行動を共にするつもりみたいだから、私も仕方ないからラリオに付き合うわ」
その2人の言葉に、デイヴとキースは声も出ず、2人を見つめるばかりだった。
ちょっと沈黙が支配した後、
「ラリオ様とラーリン様が卵で産む必要はありません。
ミーリオがそんなことはさせてなるものかと、すごい顔して私を睨んでいますし、私もお二方にそんなことをしてもらいたくはありません。
ミーリアの下5名を起こします。
そうすれば、ミーリア10人、人間たちがアレクも含めて11人、アレア、アーロア、ナーリアたち、アリファも参加すると言うでしょう。
それだけいれば、今の実力なら、洞窟に集まる者どもがかなりの手練れだとしても、もし戦いになっても不覚は取らないでしょう。
指揮はもちろん私がとります」
それらの言葉の途中から、言葉と共に圧倒的な冷気が襲ってきた。
ミーリア様が指揮官モードになってしまい、「氷のミーリア」が降臨してしまった。
何も知らないはずのハーピーたちまでもが体を身震いさせた。
「ラミアの独り言」ep.16 負けてはいられない が、この時期の話です。 暇があれば、そちらも読んでくださると嬉しいです。




