185. デイヴの懸念
訓練の後の午後、僕はセカンと一緒に作業場でアリファ様の型を作っている。
流石にもう型作りはお手の物で、前日の夕方には粗く形を作っておいたので、今日はアリファ様に脱いでもらって、セカンに細かく指摘をされながら、アリファ様の体型に型を完全に合わす作業をしている。
だから作業場には僕とセカンとアリファ様の3人かというと、もう2人いた。
デイヴとキースが、今日はハーピーが来ることになっているから、訓練の後でそのまま残っていたのだ。
「それにしてもアレク、随分と精密に作るんだな。
俺にはもうアリファ様と寸分も違わない様に見えるぞ」
「デイヴ、そうなのか。 私の体はあの様な形なのか。
なんだか自分の体の形を見るのは不思議な気分だな」
「いえ、アリファ様、まだもう少し修正が必要ですから」
「セカン、まだ修正点があるのか。 俺には全然違いが分からないよ」
「キース、女は胸の形や大きさが少し違っているだけで、防具を着たときに息苦しくなるから、完全に合わせるのは大事なの」
「へえ、そんなものなのか」
そんなことを話していたら、ハーピーがやって来た様だ。
作業場の入り口の引き戸の向こうで、ナーリアたちがハーピーと挨拶している声が聞こえる。
サーブの声が聞こえてきた。
「アレクたちはそっちの作業場の方にいるぞ」
次の瞬間、作業場の引き戸が開いた。
「おい、来たぞ。 うわっ、すいません、失礼しました」
アライムが作業場に入って来ようとして、次の瞬間回れ右をして、引き戸を閉めて出て行ってしまった。
僕らはちょっと呆気にとられたのだが、男3人はすぐにその理由に気がついた。
「あ、忘れてた」
「ああ、アライムにはアリファ様の裸は刺激が強すぎたな」
僕とデイヴの言葉にアリファ様が
「えっ、どういうこと、私は何もしていないと思うけど」
と不思議そうな顔をして訊いてきた。
「あの、何も着ていないハーピーが変だと思うのですけど、ハーピーは異性に裸を見せないは言い方がおかしいな、体の線を直接には見せないのですよ。
具体的には濡れると羽毛が張り付いて体の線が見えるじゃないですか、そういう場はハーピーは完全に男女別々なんです」
「え、何それ、めんどくさい」
「セカン、ラミアは裸でいるのが基本の生活だけど、俺たちもラミア流に慣れちゃってそれが普通になっているけど、人間も本来は異性に裸は見せないんだぜ」
デイヴがそう言うと、キースが
「俺たちもラミア流に染まったなぁ。 裸を見るのも、裸を見られるのも全く気にしなくなっちゃってるもんな」
と、しみじみと言って、僕たち3人は笑ってしまった。
アリファ様とセカンの2人はそんな僕たちをどう評して良いのか分からないという顔をしている。
「とりあえずアリファ様、服を着てください。
そして家の方でお茶でもハーピーと一緒に飲みましょう」
家の方に行くと、即座にアライムがアリファ様に謝ってきた。
「先ほどは失礼しました。
なんの前触れもなく戸を開けてしまい、本当にすみませんでした」
「ハーピーとの文化の違いは、先ほどアレクたちから話を聞いたから、あなたが私に何を謝っているのかは理解している。
でも逆にラミアの文化では、あなたが私の裸を見ても、何も失礼には当たらないし、謝る様な事ではない。
だから、謝意は受け取るけど、何も気にしないで」
「はい、ありがとうございます」
アライムはアリファ様の言葉にホッとした顔をした。
「しかし、アライム、お前そんなまともな口調で女性には謝れるんだな。
見直したぞ」
デイヴがふざけてそんなことを言った。
「俺だって、時と場合によっては、きちんとした話し方だってできる。
お前らにはそうする必要を感じないだけだ」
アライムももういつもの調子に戻ってデイヴに言い返している。
「私たちもウスベニメに話聞いたけど、でもなんだか不思議ね。
服を着るラミアが裸に抵抗がなくて、服を着ないハーピーが裸に抵抗があるって」
ナーリアがそんなことを言った。
「それ間違ってます」
ウスベニメが訂正した。
「ハーピーは今みたいに冬毛の時は羽毛がフワフワに厚くなっていますから服を着ませんけど、夏毛の時はほとんど肌が見えてしまいますから、服を着るんです」
え、そうなの知りませんでした。
「私もさっき逆に話を聞いて、前にアレクが私に向かって、『温泉に入りに来てくれればいいのに』と簡単に言った訳が理解できました」
ウスベニメはそんなことを言ってきた。
「うん、人間も異性に基本的には肌を見せないのだけど、さっきも話していたのだけど、僕たちもラミア流に完全に染まっていて、全く気にしなくなっちゃっていたんだ」
「そうみたいですね」
「ウスベニメはアレクにそう言われたことを、馬鹿にされた様に感じて、ずっと怒っていたのよ」
モエギシュウメがそんなことをばらした。
「え、そんな風に感じていたんだ。 それは悪かったなぁ、ごめんね」
「いえ、私の誤解ですから」
「なんて言うか、ハーピーも人間もめんどくさいわね。
裸なんて、見ても見られても減るわけでもないのに」
「私もそう思う。 なんだか面倒」
ディフィーとレンスがそんなことを言った。
ま、ラミアから見たらそんなもんだよな。
一通りアライムがからかわれたり、ラミアとハーピーの文化的な違いや、出来上がった温泉場の話題が続いてから、エレオンがちょっと口調を変えて話を始めた。
「それで、アレクから頼まれていた洞窟に住み着き始めた人間たちなのだが」
僕たちがみんな急に真剣な雰囲気になったので、ハーピーたち5人はちょっとびっくりした様だ。
「ま、それなりに色々な動きはしているのだが、その動きは俺たちハーピーの地へはもちろんだが、ラミアの森の方にも、関心を向けることはないみたいだ。
一応これからも監視は続けるつもりだが、我々にとってなんらかの害になるということは無さそうだから安心してくれ」
アライムは僕たちの真剣な雰囲気を解きほぐそうと、軽い感じでそう言った。
だが、僕たちはまだ真剣な雰囲気を崩しはしない。
「私が質問しても良いのかしら」
アリファ様が言葉と共に目で僕とナーリアに訊いてきた。
僕とナーリアは目で「どうぞ」と促した。
「その人間たちが住み着いた洞窟の近くの小さな洞穴に、ラミアが2人居ることを知っているかしら」
「ああ、それも知っているよ。
つい最近、人間たちが一生懸命見つかりにくい様にカモフラージュしたりしてたよね」
ハライトが軽い調子で答えた。
「洞窟に住み着いた人間は、その洞穴の方向に関心を示したりはしていないかしら?」
アリファ様はとても心配そうな調子で質問を続けた。
その様子がとても真剣だったので、ハライトは調子を変えて真剣な口調でもう一度答えた。
「大丈夫、少なくとも僕が見ている範囲では、洞窟に住み着いた人間は誰も森の中に深く踏み込もうとしてないし、その洞穴方向に関心を示してはいない」
アリファ様はちょっと安心した様で、体の力が抜けた。
「そうなの、良かったわ。 見ていてくれて、ありがとう」
「いえ、これからも注意して見ていることにします」
ハライトはアリファ様の感謝に、そう答えた。
「それでエレオン、色々な動きというのは、どんな事なんだ?
俺はそれにとても興味があるのだが」
デイヴはらしからぬ真剣な声で質した。
「1つは、人間の町の方、正確にはこの森の一番外れに人間の砦があるだろ、そこと洞窟に住み着いた人間とは連絡を取り合っている様だ。
数日に一度、馬の行き来が定期的にある。
それから、道に沿って反対側に何度か斥候を放っている様だ。
とは言ってもそれらも1日か2日で行ける距離まで行くと、すぐに戻ってくるので大したことはしていないし、道沿いから離れることもない。 ま、それでも馬での移動なので、ある程度の距離は動いていることになるが、我らハーピーから見ればすぐ近くの距離でしかないが」
デイヴ、そしてキースの顔は曇った。
僕もなんだかきな臭さを感じていた。
ハーピーたちは気軽な調子に戻ったし、ラミアたちも真剣な調子は薄れてしまった。
僕たち人間3人だけが、まだ考え込んでいるという感じだ。 僕はエレオンたち3人に言った。
「悪いけど、もう少し注意深く監視を続けて、何かあったらすぐに教えてくれ」
「それは構わないが、まだ何か気になることがあるのか。 あいつらが我らハーピーやラミアに関わってくることはない様な気がするのだが」
「確かに直接的に向こうから関わってくる可能性は低くなった気はするのだけど、ちょっと色々とな」
エレオンは少し真剣な顔をして言った。
「人間とも同盟を進める上での、何か問題がありそうなのか」
エレオンは流石にハーピーの長のハルオンの孫だけあって、僕の心の中を読んできた。
「いや、まだ何もわからない。 今のところはただ気になるだけなんだ」
「そうか、とりあえず今まで通り、いやもう少し注意深く監視しよう」
「よろしく頼む」
「ああ、任せろ」
ハーピーが里に戻って行ってから、デイヴがセカンとディフィーに訊ねた。
「こんなこと訊くのもなんなんだけど、ラミアが冬に人間を襲ったという記録はあるのかな」
セカンはこのデイヴの言葉を悪くは取らなかった様で、淡々とした感じで答えた。
「ラミアはデイヴも分かっている通り、冬は普通は寝ちゃうから、少なくとも私は冬に人間を襲ったという話は聞いたことがない。
でもそれは寝ていた私が知らないだけで、もしかするとそういったことがなかったとは言い切れない」
アリファ様が話に加わった。
「私はアーリアとして、何度か冬の間に当番で今までに起きたことがあるわ。
でも私も知る限り、冬にラミアが人間を襲ったという話は聞いたことがないわ。
だいたいにおいて冬はラミアは動きが鈍くなるから、人間を襲うにはとても不利な条件だわ。 そんな危険を冒してまで、冬なんて時期に襲う必要があったとは思えないのだけど。
逆にラミアを襲いに人間が来たというなら、話としては辻褄が合うんじゃない」
アリファ様の言うことは、なるほどと思わせる説得力があった。
「そうですね。 アリファ様の言う通りです。 その方が納得できます。
でも僕の知る限り、冬に人間がラミア討伐に行ったという話はないのですよ。
ラミアに襲われたという話はちょくちょく聞いたのですけど」
キースがそう言った。
「何だか話が食い違っているけど、どちらも確証があっての話じゃないから、話が進まないわね。
ラミアが襲ったとしたら、図書館に記録が残っているはずよ。
私とセカンと、そうねエレクも入れて公平を期して調べてみるわ」
ディフィーがそう言って話をまとめた。
「ああ、よろしくお願いするよ。 エレクには俺からも頼んでおく」
やっぱりデイヴはとても真剣に重々しく言った。
僕もモヤモヤしたものを抱えていたのだが、デイヴの沈痛な感じはちょっと異常に思う程だ。
「デイヴ、お前、何を考えている?」
「いや、なんて言うか、嫌な考えなんだけど、もしかしたら人間が人間を襲って、それをラミアの仕業だと吹聴している可能性があるんじゃないかと思ってしまったんだ。
そうすれば話の辻褄が合うし、今洞窟に住み着いた奴らの目的というか、行動も、その理由がはっきりと分かる気がするんだ」
僕は目から鱗が取れた思いがした。
なるほど、そう考えると、辻褄が全て合う。
「おい、だとしたら、次は」
「ああ、あの道を通ってくる商人かなんかが、きっとあいつらに襲われるな。
道沿いの偵察は、その獲物探しだろう、きっと」
キースがそう答えた。




