182. 温泉場完成
訓練の後、ハキとギュートが声をかけて来た。
ハキはともかく、ギュートが声をかけて来るのは珍しい。
「アレク、お前1つ大きなことを忘れてないか」
と、言われても思い浮かばなかった。
ここのところ、まずは脱皮したナーリアたちの防具作りに追われ、それからヘルメット作りが、人間の分まで作らなければならなくなり、忙しかった。
えーと、他にはハーピーとの話は一段落しているし、イクス様から始まった懐妊というか、懐卵騒動もとりあえず今はもう落ち着いている。
えーと、あと、何があったっけ。
「なんかハーピーとの調印が終わったら、暇になるかと思っていたのだけど、逆に忙しくなっちゃって、正直何が終わって、何が終わってないのか、よく分からないんだ。
他人任せにしちゃっていることもたくさんあるし、どうなっているんだろう。
誰か陣頭指揮してくれないかな。
今は、ラーリア様とイクス様はダメだし、ミーリア様はこっちと集落の方との掛け持ちで忙しいし」
色々頭の中でゴチャゴチャ考え始めてしまったら、焦れたハキに言われてしまった。
「ああ、めんどくさいなぁ。 今はそういう話はいいから。
アレクが忙しかったことは分かっている。 だけど今はそれは横に置いておいてくれ」
「おう、すまない」
何となく我に返った感じで、ハキとギュートに謝った。
「アレクの頭から飛んじゃているみたいだけど、やっと温泉のパイプが全部繋がったんだ。
あとは最後の湧いているところにお湯を集める枠を埋め込んで、その枠に先端を取り付けるだけなんだ」
ギュートがそう説明してくれた。
そうだった。 僕は水浴び場の拡張と屋根付けが終わった時は感動していたのだけど、その後の工事は完全に頭から抜けてしまっていた。
いや、毎日訓練で汗をかいた後、家に戻って来た時に水浴び場は目に入るから、早く使えるようにならないかな、とは思うんだ。 でもそれで終わってしまっていた。
ま、1つには家の中は床を温めるために、もうほとんど常に小さな火が風呂のお湯を作る竃は点いていることがある。 煙が床下を通る仕組みになっているのだが、これがとても快適だ。 その副産物として、風呂を満たすのは大変で時々なのだけど、お湯で体を拭くのはほぼいつでもできる状態になっている。 そのおかげである。
「温泉の吹き出し口近くは地面の温度が高いから、ラミアでは無理だから、人間が枠を設置しないとダメだと思う。
そこで、お前も手伝え、という訳さ。
ま、それで完成だから、温泉を発見してきたアレクにも、完成時に立ち会わせてやろうと思ったんだよ」
ハキとギュートの気遣いが、何だかとても嬉しかった。
「何だか悪いな。 俺、ほとんど何も手伝わなかったのに」
「遊んでいたんだったら、俺とギュートでさっさと終わらせるけど、そうじゃないからな。 一緒に完成させた方が俺たちも嬉しいよ」
家に戻って昼食時に、午後は源泉に行って、温泉のパイプを完成させると言ったら、ナーリアたちも、
「分かっている。 もちろん見に行くわ」と答えた。
「ハキたちに頼まれていた物も、ちゃんとできている」
と、セカンが言うので何だろうと思ったら、分厚い履物だった。
「お湯の吹き出し口近くの地面は温度が高くて、ラミアの私は当然だが、ハキやギュートでもあまり近づけなかったんだ。
それで足を保護する履物を作ることにしたんだ」
サーブが説明してくれた。 パイプ作りはサーブも加わった3人が主に進めてくれたらしい。
「藁を編んで作った内側を、熊の一番厚い部分の皮で覆ってある。
外側にはアスファルトを塗ってあるから、お湯を通しはしないと思うけど、もしかすると、それが溶けてベタつくかもしれない」
うん、すごく工夫して作ってあるし、こんな分厚いところを縫い合わせるにはきっと苦労しただろうと思う。
少し待っていると、ハキとギュートが木枠を担いでやって来た。
「あれ、スコップは持って来てないのか?」
「ああ、スコップはもう向こうに置きっぱになってる」
僕たちは木枠を交代で担いで源泉を目指した。
分厚い履物はナーリアたちが運んでくれた。
源泉に着くと僕たちは大きく吹き出る時間の合間に作業を進める。
まず一番最初に、源泉の吹き出し口に、見繕っておいた大きめの石で、お湯が大きく飛び散らないようにカバーを掛けた。
次の大きく吹き出るタイミングに確認すると、まあ当然だが、かなり飛び散る範囲を限定することが出来て、近寄るときの安全性が上がったとともに、お湯が集まりやすくなったと思う。
僕ら人間3人は、吹き出し口になるべく近づいて、お湯がまだ砂地の地面に吸い込まれきっていない位置にスコップで穴を掘った。
お湯がとても熱いので、掘る時にそのお湯は跳ね散らさない様に注意して掘らねばならないので、木枠を埋め込めるだけ掘るのにかなり時間がかかってしまった。
それと作ってもらった履物を履いていても足が熱くなり、交代で履物を冷ましながらの作業になったからだ。
履物はセカンの危惧は杞憂だった、ほとんどベタつかなかった。 それよりもお湯が中に沁みて来なかったことが重要だった。
この履物のおかげで、より吹き出し口に近い場所に近づくことが出来て、お湯がより多く溜まる位置に木枠を埋め込むことが出来た。
そしてあらかじめ開けてあった穴に竹のパイプを突っ込んで、隙間を藁で急いで塞げば完成だ。
木枠にお湯が溜まるのを待っているとハキが言った。
「今度、木の板をもう少し持ってこよう。
枠の周りの砂地に板を広げておけば、地面に吸い込まれるお湯が少なくなって、もっと早く溜まると思う」
それでも木枠にそんなにしないでお湯は溜まりパイプに流れていった。
次の木枠にいたサーブが声をあげた。
「やった。 ちゃんとお湯が流れて来たぞ」
僕たちは次々と溜まっては次のパイプに流れるお湯を木枠ごとに確認しながら家へ戻っていく。
家が見える位置まで来ると、家にはラーリア様たちが集まっているのが見えた。
みんな温泉が出来上がるというので、見に来たというか、体験しに来たらしい。
僕はまだ最後まで流れていくには時間がかかると思ったので、ナーリアたちに先に戻って、ラーリア様たちの接待をしてくれと頼んだ。
同じことの繰り返しを見るのに少し飽きていたらしいナーリアたちは、その言葉にすぐに家に戻って行った。
僕たち人間3人とサーブだけ残った。
4人でお湯がしっかり流れるかを確認しながら徐々に家に近づき、最後の木枠にお湯が届いたので、サーブにみんなを呼んでもらう。
みんなが水浴び場に、これからは温泉場と呼んだ方が良いかもしれないけど、集まっですぐ、最後の木枠がいっぱいになった。
「もうすぐそっちにお湯が届くぞ」
僕は大声で告げた。
すぐに歓声が上がった。 お湯が届いたのだ。
「サーブ、お湯の温度は?」
「十分だ。 熱すぎるくらいだ」
僕たち人間3人は、互いに手を叩きあった。
水浴び場、いや温泉場の湯の出口ではサーブの後に次々と出て来たお湯を触っている。
温泉場の浴槽は水を全て抜いてあったから、その空の浴槽に出てきたお湯が溜まる訳だが、ダイクが頑張った結果広い浴槽になっていることもあり、なかなかお湯が溜まらない。
僕らも温泉場まで行って、出ているお湯を確認したのだが、溜まるお湯は浴槽自体が冷えていた為か、まだすぐに冷えてしまって、すぐにほとんど水になってしまっている。
これはちょっと時間がかかるかな、それに浴槽全体に蓋を作れば良かったと考えた。 僕たちはとりあえず家の中にもう一度入り、浴槽にお湯が溜まるのを待つことにした。
サーブだけは手桶を取ってくると、それに出てきたお湯を汲み、そのお湯で尻尾を綺麗にしたかと思うと、お湯の出口のすぐ脇に座り、お湯を時々尻尾に掛けながら座ってお湯の溜まるのを眺めている。
「私がお湯の溜まるのを見張っていよう。 みんなは家の中で待っていてくれ」
家の中に入ると、ラーリア様たちが全員で来た時にはいつものことなのだが、とにかく狭い。 それにみんな藁床にしてある部屋に上りたがる。
「奥の家の全体が暖かい感じも悪くないのだけど、この部屋の床の暖かい感じはまた特別なのよね。
私はどっちかというと、こっちの方が好きかな」
ラーリベ様は部屋の中からそう言ってきた。
僕らは普段6人、時々イクス様も入れて7人でそこに寝ているのだが、目一杯で8人程度しかそこには寝転べない。
みんな部屋でゴロゴロしているので、イクス様とラーリア様、そしてラーリド様がそこからあぶれてしまっている。
ミーレナさんは最初から僕らの側で、竃でナーリアとセカンと、何かつまむものを作っているようだ。
ディフィーとレンスはお茶を入れて配っている。
僕たち人間3人はギュートの
「なんか混み過ぎていて、居場所がないな」
という言葉で、作業場の方に避難した。
そこで僕はふと思い出して、2人に話をした。
「この間、ハーピーたちが『道に近い洞窟に人間が住み着いている』って言ってたんだ。
この事をアレア様とアーロア様に言ったら、『調べてみる』と言っていたのだけど、どう思う?」
ハキが言った。
「なんだか怪しいな。 こんな季節になってわざわざ洞窟に住み着くか?
前から住み着いていたのなら話は分かるけど」
「それにさ、俺、なんか変だと思ってたんだよ。
よく、冬に道でラミアに襲われたって話あったじゃん。 その時は、冬で物が不足してきて、それを補うためにラミアが襲っている、っていう事だったんだけど、実際はラミアって冬は寝ちゃっているじゃん。
これじゃあ、道のところで襲うなんて無いよな。 俺たちがいるから、ってことも考えてみたのだけど、どうも冬にラミアに襲われたっていうのは考えられないと思うんだ」
「すごいな、ギュート、そんなこと考えていたのか」
僕はちょっとギュートを見直したというか、初めてギュートの事を知った様な気がした、目立たない男だったから。
「いや、俺の知り合いの行商人が、前に冬の道で襲われて全滅しているんだ。
だから俺、本当はラミアが憎くてしょうがなかったんだけど、自分がこういう立場になって、色々ラミアと接してみたら、そのイメージと辻褄が合わないんだよ。
どこか間違っているというか、騙されている感じがする。
そして騙しているのは、なんだかラミアの方じゃない気がするんだ」
僕はなんとなくギュートの言っていることが分かる気がした。
冬に道を通る行商人を襲うというのは、なんとなくラミアでは無い気がするのだ。
ハキも考え込んでから言った。
「なんか、やっぱり、そいつら怪しいな。
もし襲っていたのがラミアでなかったとしたら、誰が行商人を襲っていたか、ということだろ。 そして洞窟に今頃住み着いた奴がいる」
「でも確証はないよ。
それにラミアが襲わなかった、という保証もない」
「いっそ、イクス様かラーリア様に聞いてみようか」
僕がギュートの言葉にそう言うと、2人に反対された。
「それは幾ら何でもないだろう。 もしかしたら、俺たちには隠しておきたいことかもしれないだろ。
ハーピーの卵みたいに、止むに止まれぬ事情があっての行いがあった可能性だってあるし」
そうだな、そういうこともあり得るな、と僕も思った。
とにかく洞窟の人間は、ちょっと人間を警戒するというのは嫌な気もしたのだが、細心の注意を払って様子をみようと話した。
ハキとギュートは、この事を他の友たちにもしっかり伝えると言っていた。
温泉場は次々とサーブの真似をする物が増えていった。
いくらか溜まったお湯に、みんな尻尾を浸けて縁に座っている。
手には蒸した芋を持って食べている。
ハーピーがお土産に持ってきた芋だ。
僕たち3人も大急ぎでそれに加わる。
「ミーレナさん、僕らにもその芋ください」
結局その日はお湯は溜まりきらず、時間切れになってしまって、ラーリア様たちは奥の家に戻って行かれた。
でも、お湯に尻尾を浸して、みんなで縁に腰掛けて芋を食べたのが楽しかったらしくて、ニコニコ顔で戻って行った。
イクス様はこっちに泊まっていくらしい。




