181. ある日の話
ハーピーたち4人は、僕たちが近接戦闘の訓練をしたり、防具作りをしたりしている間も、三日毎くらいに遊びに来ていた。
建前としては、ラミアとハーピーの間の連絡事項の伝達と、今後のために互いの知識などを知り合うために来ているはずなのだが、もうほとんど遊びに来ているとしか思えない。
「しかし、何だな。 お前たち人間もラミアも、あんなに厳しく戦闘訓練をするのだな」
僕はハーピーの男3人にヘルメット作りを手伝わせながら、おしゃべりをしていた。
何でまたヘルメットを作っているかというと、今度はラミアのではなく、自分たち人間のヘルメットなのだ。
ラーリア様に、「何故自分たちの分も作らないのだ」と怒られて、作る様に厳命されてしまったのだ。
「エレオン、それは当たり前だろ。
これからゴブが襲ってくるだろうことが分かっているのだから、戦闘訓練くらいするだろう。
それに俺たちは訓練しないと戦えないしな」
「戦えないって、戦いなんて本能が命ずるまま、飛んだり、足で引き裂いたりすれば良いだけだろ」
アライムはそんなことを言って来た。
うーん、ハーピーにとっては戦いとはそういうものなのかもしれない。
「ハーピーにとってはそうなのかもな。
でも人間はハーピーみたいに飛べる訳じゃないし、剣でも斬れなくて鋭い爪の着いた足もないからな。
自分に元々付いている物ではない物を使って戦わなくてはならないから、練習しないと使えないんだよ」
「なるほどなぁ。 それってラミアも一緒か?」
「ああ、当然そうなる。
まあ、ラミアの場合、尻尾での攻撃と毒霧攻撃はちょっと違うけどな。」
ここで、ハライトが根本的なことを訊いてきた。
「ところで、俺たち何でお前の仕事手伝わされてるの?」
「それは決まっているだろ。 俺が忙しいからだよ」
「これって、お前の仕事で、俺たちのじゃないよね」
「ハライト、文句を言わずに手を動かせ」
エレオンがハライトにそう言った。
「いや、だって、俺たち連絡係りとしてここに来たんであって、アレク手伝うためじゃないよね」
「確かにそうだが、俺はお前が家の中に入りたいなら止めないぞ」
ハライトは文句を言わなくなった。
そう僕たちは外に机を出して、そろそろ風が身に沁みる季節になったのに、その風の中で仕事をしているのだ。
その理由は、1つにはハーピーに作業をやらせると、手を動かすと羽根も動くので広い場所が必要なこと。
そしてもっと重要なことは、今、家の中はラミア5人とハーピー2人に占拠されているのだ。
ウスベニメが女性ハーピーが1人では寂しいからと、もう1人モエギシュウメという仲の良いらしい女性ハーピーも連れてきたのだ。
ということで、家の中は女性陣のおしゃべり爆発中だ。
あの場に居るのは自殺行為であることは、僕らには明白だったのだ。
「そういえば、人間の道の近くで離れて暮らしているラミアがいるよな。
そいつらの近くに大きな洞窟があるけど、そこに人間が何人も入り込むというか、住み着いたみたいだが、その人間はアレクたちの仲間ではないのか?」
「えっ、それは初耳だ。 今頃そんな洞窟に住み着くなんて、ちょっと怪しいな。
悪いが出来る範囲で良いのだけど、ちょっと注意しててくれないか」
「やっぱり怪しい奴らか。 俺もそんな気がしたんだよなぁ」
エレオンが言った言葉に、ハライトが何だか余計に心配になる様なことを言い出した。
「ハライト、そんな感じなのか。
近くのラミアに何か悪い影響があると困るから、やっぱりなるべく良く見張ってて、何かあったら即座に教えてくれ」
「ま、それほどのことじゃないと思うけど、何となくな。
何かあったのが見えたら、すぐに知らせてやるよ」
アライムがそう言ってくれた。
そんな話をしばらくしながら、僕らはヘルメットつくりをしていたのだが、ハライトはこういった作業をすることに慣れないのか、すぐに嫌になった様だ。
家に入ることが出来ないから、食べ物が出る当てもないと思ったか、ハライトがハーピーの里に少し早めに戻ると言い出して、エレオンとアライムもそれに乗っかった。
「おい、帰るのは良いが、家の中の2人はどうするんだ?」
「俺たちがあの状態の女たちに声を掛けれる訳ないだろ。
先に帰ったと伝えてくれ」
「良いのか、それで。 俺は知らないぞ」
「大丈夫だ。 俺は逃げるから」
「「うん、大丈夫だ。 ハライトに責任押し付けるから」」
うん、きっと大丈夫じゃないんだな、と僕は思ったのだが、3人は帰って行った。
僕は1人で外で作業をするのも嫌なので、作業場の方に場所を移そうかと考えていた。
でも作業場の方に入るには、家の入り口を入る必要があるし、どうするかちょっと迷った。
とりあえずハーピー用の足のついたテーブルは倉庫に戻すことにしようと、ヘルメットつくりの作業を片付けていると、アレア様とアーロア様がやって来た。
「何だ、こんなところに机を出して、アレク1人か?」
ちょっと不思議そうな顔をしてアレア様が訊いてきた。
「この足のついた机でわかると思うのですけど、ついさっきまでハーピーがいたんです。 まだ2人家の中にはいますけど」
アーロア様がピンと閃いたという顔をして
「もしかして男性陣は家から追い出された?」
「追い出された訳じゃないのですけど、何となく、おい、外に出ようか、という感じで」
アレア様とアーロア様はクスクス笑っている。
「今、まだ2人いると言ったが、それでは今日は女性ハーピーも2人来たのか?」
「はい、それでまあ、余計に話に花が咲いちゃって、僕らは身の置き所がなくなっちゃって」
とうとう2人に爆笑されてしまった。
「ま、それは仕方ないな」
「アレクたちも災難だったね。」
と、同情はしてくれているのだが、目に涙をためて笑っているから、ちっとも気持ちが伝わって来ない。
僕は強引に話を変える。
「それでアレア様とアーロア様は何をされに来たんですか?」
アレア様は背中に背負っていた弓を取りながら答えた。
「ああ、弓の調整をサーブとレンスにしてもらおうと思って来たんだ。
私たちで出来る範囲はしたのだけど、2人は名人級だと言うからな」
僕は2人の弓を見せてもらった。
僕が見ても、きちんと調整されていると思うのだが、確かにサーブとレンスが調整したらもう少し良くなる気がする。
「アレクから見て、どう、私たちの弓は?」
アーロア様がちょっと心配そうな声で訊いてきた。
「はい、とても良く出来ていると思います。
調整も僕がしたら、同じくらいの感じですね。
確かに、サーブとレンスか、それでもなかったらミーレナさんが調整すると、もう少し良くなる気がします」
「やっぱりそうか。 訓練の後に奥で昼食を頂いてそのままそこで弓の調整をしていたのだが、ミーレナ様がちょっとまだ気になるという顔をされたからな」
「それなら、そこでミーレナさんに教えて貰えば良かったじゃないですか」
「いやいや、ミーレナ様ですよ。 私たちが、そんなことをおいそれと頼める訳ないじゃない」
「そんなことないと思いますけど」
「いやな、アレク。 お前たちナーリアの接し方が普通じゃないんだからな。
お前らときたら、ミーレナ様もだが、ミーリア様やラーリア様、それにイクス様にまで、全く物怖じせず接しているが、普通そんなこと出来ないからな」
「ミーレナさんに『さん付けで呼ぶように』と言われた時だけは、ちょっとどうしようと思いましたけど、それ以外はミーリア様もラーリア様もイクス様も時と場合の使い分けを間違わない限り、普通に接してくれますよ」
「その感覚がもう普通じゃないのよ。
私たちミーリア様の前に出たら凍るから、ましてやラーリア様やイクス様の前ではそれ以上の緊張よ」
そうかなぁ、別に普段はそんなこともないと思うのだけどな、と思いながら僕は2人に言った。
「それじゃあ、サーブとレンスを呼んできますね。
こういう大義名分があれば、僕もあの集団の中に乗り込んでいけますから」
僕が家の入り口からサーブとレンスに声を掛けると、ナーリアたちだけではなく、ハーピーの2人も外に出て来ようとする。
僕は少し風が出てきたので、弓の調整は家の中の方が良いだろうと思い、作業場で行うことを提案して、アレア様とアーロア様も中に呼び入れた。
僕はヘルメット作りの道具も作業場の中に運び入れた。
サーブとレンスは、アレア様とアーロア様の弓を預かると早速調整を始めた。
サーブが何度か弦を引いたり、弾いたりして調子を診て、レンスと相談すると、レンスは弓の本体を少し叩いたりして音を聴いたりすると、軽く簡単にナイフで何箇所かを削った。
そしてサーブに渡して、もう一度サーブが同じことをする。
それを何度か繰り返すと、
「アレア様の弓はこんなモノかと思います。
調子を診てください」
と弓をアレア様に渡し、アーロア様の弓に取り掛かった。
アレア様は弓を引いてみると、驚いたような、がっかりしたような顔で言った。
「うわぁ、もう別物だよ。 素晴らしい弓になったのは嬉しいけど、ここまで弓の調整の力の差を見せつけられると、自分が情けなく思うな」
僕もアレア様の弓を触らせてもらった。 確かにさっきとは別物だ。
すぐにアーロア様の弓も調整が終わり、アーロア様も同じ顔をしている。
「全くもう、この2人は何なの。 もう弓矢作りを一手に引き受ける係を作ったら良いんじゃない。」
アーロア様はそんなことを言い出した。
「アーロア様、そんなことはありません。
私たちは2人でやらないとまともな調整ができないんですけど、ミーレナさんは1人で簡単に私たちに出来ないような完璧な調整をしちゃいますから、私たちなんてまだまだです」
「うん、とにかくミーレナさんは凄い。 弓の勝負をしたらラーリア様にも勝っちゃったし」
サーブとレンスがそんなことを言った。
「ええっ、ミーレナ様は片方の手は使えないよね。
どうして弓の勝負がラーリア様と出来るの?」
アーロア様がそんな根本的な疑問を口にした。
「自分用の特別な弓を作られたんですよ」
僕はアーロア様にミーレナさんの弓の説明をした。
「それにしても、ラーリア様に弓で勝ってしまうのか。 凄いな。
剣の腕も、本当に鬼神の様だった。
流石に最後は疲れてきた感じになってきたので、私たちアーレアも弓を置いて、剣で助けに入ろうかと思ったところに、ラリト様とラーリン様が戻って来られたんだ。
剣で助けに入ってしまっては、戦線の維持ということを考えると、アーリアの二の舞になるのではないかと思って、あの時ほどどうしたら良いか分からなくて迷ったことはない。
私はミーレナ様やラーリア様たちとは違って、何匹ものゴブと1人で立ち向かえるだけの腕がないから、1人では助けに行けなかったから」
最後はちょっと自嘲気味に言ったアレア様の言葉にみんな静まりかえってしまった。
アレア様がレンスと一緒に訓練しているのは、こんな経験があったからかもしれない。
何かを倉庫から取ってきたディフィーも作業場の入り口を入ったところで立ち尽くしていた。
ちょっと場の雰囲気を気にしたアレア様が調子を変えて言った。
「それにしてもあのミーレナ様が、左手を斬られたことが私には信じられないよ。
ゴブにもそんな出来る奴がいたんだな。
そんなのと会わなくて良かったと思わないと」
「それなんですけど、ミーレナさんに訊いたら、本気で走っている最中に斬られたらしくて、『いつ斬られたかも気づかなかった』って言ってましたよ」
「ミーレナ様は、アリオとアーリドを救けようと、自分が斬られたのが分からないほど必死で走って駆けつけようとしてくれたということなのね。
ミーレナ様の、英雄の本気って、本当に凄いね」
アーロア様の言葉に、みんなその通りだなと感じていた。
ミーレナさんは、ここで僕らには普通に優しく接してくれているから、ミーレナさんが英雄だということを僕らは普段忘れてしまっている。
何となく流れでこの場にいたハーピーの2人も、何だかすごく感動している。
「あの、アレア様、アーロア様、弓を仕上げてしまいませんか。
私、道具などを倉庫から取って来たのですけど」
ディフィーがおずおずと声を掛けた。
「そう、そっちが今日の目的だった」
アレア様とアーロア様が調整の終わった弓に防水したり、補強の糸を巻いたりの仕上げをしている時に、僕はさっきハーピー3人と話していた、洞窟に人間が住みついたらしい話を2人にした。
2人はとても難しい顔をして、「少し調べる」と言った。
女性ハーピー2人は3人が先に帰ったことを聞いて、怒って自分たちも帰って行った。
あいつらの無事は、まあ、祈っても無理だな。




