177. 源泉とまたまた脱皮
午前中の近接戦闘の訓練は、木剣振りから始まるのだが、その木剣はあらかじめ用意されていた物を使って行われた。
剣は基本だからなのか、ラミア全体が練習するからか、練習用の木剣は大きさ重さも様々な物が用意されているらしい。
それぞれ個々に選ばされた武器に関しては、まずは練習用の道具を作ることから始まった。
僕たち人間はかなり長い棒に砂袋を結わえ付けた物を作らされた。
僕は槍ということで、自分が使う剣鉈を棒の先に付けた物のイメージで棒の先に重りとしての砂袋を取り付けるだけかと思ったら、先だけでなく、そこより手元に近い部分にも、そして反対側にも砂袋を付けさせられた。
何故だろうと思ったのだが、鍛冶屋として大身槍を知っているはずのボブも、たぶん大身槍を触ったことがあるだろうキースも何も不平を言わないので、何か意味があるのだろうと指示に従う。
僕たちだけでなく、ナーリアは僕たちより短いが同じような棒を作らされているし、サーブは僕らより短いが、より重いんじゃないかという感じで重りをつけられている。
セカンとミーレアさんはそれ自体が重い木で少し曲がった棒を作ったし、レンスはその重い木で短い棒を作った上に、両方の手首に砂袋の重りを括りつけられた。
ディフィーはやはり少し特殊で、自分の身長の1.5倍くらいの長さの棒なのだが、立てた時に頭の上の辺りから、少し棒が曲がっている。 そしてその曲がり始めたあたりに少し重りを付けられた。
こうして個々の近接戦闘用の練習用の武具が出来た訳だが、本物はこれからどんどんボブが作ることになっている。
という訳でボブは午後は鍛冶場で、それをデイヴとキースが何故か手伝っている。
エレクは大体の時はラーリド様に付き合って図書館に向かうことが多いみたいだ。
ケンは当然炭焼きで、農作業が今とりあえずないヤーレンが手伝っている。 とはいっても炭焼きは二週間に一度のペースだし、割と待ちの時間も多いので他のこともしている。
バンジはまだもちろん様々な木工に忙殺されていて、ダイクが手伝っている。
そして僕たちと残りのハキとギュートは何をしているのかというと、実は温泉を引こうと工事をしているのだ。
他の者も自分たちの手が空く時は手伝ってくれている。
空を飛んで帰ってきた時に見つけた源泉に、その話に興味を持ったディフィーとレンスの3人で、大体の見当で探したのだが、意外に簡単に見つけることができた。
何故今まで気がつかなかったのだろうと思う距離だったのだが、僕らの居る場所からは直接は見えない位置で、少し山の斜面を登って行った先の谷になっている部分だった。 その上、湯が出ている場所のすぐ下が荒れた岩と石と砂という場所で、吹き出ているお湯がすぐにそこで地面に吸い込まれてしまっていたのだ。
「本当だ。 お湯が噴き出している場所なんて本当にあるのね」
「なんだかとても熱そう」
初めて見た温泉の源泉に興奮し、興味津々で近づいていこうとする2人を僕は止めた。
「待って、もう少し観察してから近づこう。
もし急にたくさんの量が出てきて、それを浴びるようなことになったら目も当てられないことになる」
「そんな風に変化するの?」
ディフィーが訊いた。
「いや、知らない。 その可能性も考えられると思っただけ」
「なぜそんな可能性を考えたの?」
レンスも訊いてきた。
「何故って、草のない場所が、あれだけのお湯しか出てない割には広いじゃん。
だから用心した方が良いかなって」
そんなことを話しているその時に、今までより大量にお湯が吹き出て、先ほどより広い範囲にお湯を撒き散らした。
「本当だ。 近づいてなくてよかった」
2人だけでなく、僕も驚いた。
「とりあえず、もう一回沢山出るのを待ってみようか」
僕たち3人は少し離れた位置で、のんびりおしゃべりをしながら次の吹き上がりを待つと、その間はかなりの時間があるし、そんなに高くまで吹き上がらないことも確認できた。
「これなら、吹き上がってくるところに、隙間を空けて、少し大きくて重い石でも上に置けば危険が少なくなるんじゃない。
それでお湯を溜められる様にすれば良いんじゃないかしら」
ディフィーの提案を聞きながら、僕は源泉に近づいてみる。
途中で2人に注意した。
「あまり近づかない方がいい。 地面もかなり熱くなっているから、火傷する」
出ているお湯は、とてもじゃないけど手を入れることができない程、熱いお湯だった。
僕たちはその源泉から、家の方にお湯を引くことにしたのだ。
ハーピーの4人はあれから三日毎くらいに家に来るので、また彼らに頼んで一緒に空を飛んでもらって、地形をよく観察すると、温泉と家との間は1箇所だけ尾根になっているところを切り崩すか、小さいトンネルにするかすれば、ほぼ直線距離でほんの500m程なのだ。
どうせ熱すぎて、源泉近くにそのお湯を溜めたのでは入れないから、そのお湯を家近くまで引こうと考えたのだ。
まず長い竹を切ってきて、それを2つに割って節の部分を綺麗に取り除く。
綺麗に取り除いたら、アスファルトを溶かして接着し、縄で数カ所縛って、補強しておく。
そうやって作った管を家の方から温泉に向かって繋げていった。
20m毎に木で作って防腐剤と防水を兼ねてアスファルトを塗った大きな枡を設置する。
この枡はお湯がきちんと来ているかどうかの確認と、管を掃除する時のためだ。
風呂は水浴び場をダイクの指揮で拡張して、4倍ほどの大きさに作り直した。
僕は大きすぎると思ったのだが、絶対に必要になるというのがダイクの意見で、ダイクに従ったんだけど、ほとんど集落の水浴び場の規模だよ。
その上にバンジもノリノリで竹屋根の覆いを付けた。
なんでも冬場は壁を作っておき、暖かくなったら、壁を外して、屋根も一部だけにするのだという。
尾根はサーブが中心になって掘ってみたのだが、脆くて崩れ易いので、結局トンネルではなく、切り通してしまうことにするそうだ。
崩れやすいから、作ったら埋まってしまって、トンネルを掘ったのと同じことになるか、それでもなければ一番壊れやすい場所になるかのどちらかになる、とサーブは言っている。
竹の管を繋いで設置していくのは、時々上からハーピーが確認してくれるので、間違った方向に進むこともない。
なんだか知らないが、みんなノリノリで工事に励んでいる。
「そりゃ、みんな風呂の気持ち良さを知っちゃったからね。 いつでも入りたいと思うのは当然のことだよ。
だけど風呂を沸かすとなると薪の使用量が半端無いじゃん。 柴刈りが大変になっちゃう。
それが温泉だよ。 この工事が終われば、いつでも気軽に好きな時に風呂に入れると思ったら、そりゃみんな力が入るよ」
エレクがそう言って説明してくれた。 うん、ま、確かに。
そんな感じで、みんなが工事に励んでいる時、僕は工事に参加していない。
暇が出来た時に前から考えていた防具作りを始めようとしていたら、全く予想外にナーリアが脱皮したのだ。
そしてまた体が大きくなり、今までの型では合わなくなってしまったのだ。
ナーリアは今度の脱皮で、なんというかとても綺麗になった。
体型としてはほぼミーレナさんに匹敵するような体型になっただけでなく、肌の色の白さが際立ち、青い瞳はキラキラと光を放つ様だ。 そしてどういう訳か分からないが、茶色がかっていた金髪が、日に日に煌めく金髪にと変わっていった。
なんだか、もう慣れ親しんでいたナーリアに、ちょっとドキドキしてしまった。
それはともかく、僕はナーリアの型の作り直しを、温泉の工事より優先することになったのだ。
胸当ても今までのが使えなくなったから、それをしないと弓も使えないという問題は放ってはおけないからだ。
そのナーリアの型が出来上がる前に今度はセカンが脱皮した。
セカンも体型がナーリア同様に変わり、肌の色は神秘的な青みを帯びた白になった。 瞳の色はなんと表現すれば良いのか、澄んだ水を湛えた泉のような、時と場所で移ろう水の色のような神秘的な色になった。 そして髪の色は水色というよりは空色に変わっていった。 もう一言で言って、とにかく神秘的な感じになった。
そしてセカン迄もがと思っているうちにレンスも脱皮した。
レンスで一番驚いたのは体の大きさだ。
レンスはディフィーに次いで小柄だというイメージだったのだが、今回の脱皮でナーリアとセカンに変わらなくなってしまった。
もちろん体型も変わっている。 もちろんまだイクス様に追いつくまではいかないのだけど、今までの小さいイメージは完全になくなり、しっかりとメリハリのある体型へと変化した。 その上白い肌は他の人とは一線を画す吸い付くような滑らかな肌触り、そして髪と目は濡れた黒曜石の様に光る。 なんていうかとにかく色っぽく変わってしまった。
結局僕は3人もの型を作り直すことになって、大忙しだった。
まあ、大忙しは僕だけでなくて、脱皮した3人も服の仕立て直しなどに忙しそうだった。
特にこういうことにかけては右に出る者はいないセカンは、自分の分だけでなく、ナーリアとレンスの分まで、アドバイスしたり手伝ったりで、忙しそうだった。
イクス様は週に一度程度、僕たちの家に泊まっていかれる。
一応イクス様も順番を考えて、なお少しだけ遠慮して、ナーリアたちが二回に一回のペースで来ているらしい。
ナーリアたちも、その方がまだマシと考えているのか、イクス様が来ている時はイクス様を優先している。
「イクス様、脱皮したので、これで私もアレクの子供作れますか?」
ナーリアがそう言ってイクス様に訊いた。
「そうね、この冬は無理だけど、来年の冬なら良いんじゃないかしら。
きっとラーリアもそのつもりで考えると思うわ」
「思っていたより早かった。
これで私が産むアレクの子供と、お母さんが産むアレクの子供が1つ違いの姉妹になることが確実になった」
「私もまだ2-3年は駄目かと思っていました」
ナーリア、レンス、セカンは喜んでいる。
「私もまだ2-3年掛かると思っていたわ。
普通ならそうなんだけど、あなたたち余程この前のアレクのハーピーの里に行ったのが心配だったのね。
それで脱皮の時期が早まっちゃったのよ」
「そういうのが、関係するのですか?」
「ラミアは関係しちゃうのよね。
自分が心からこの人との子供が欲しいと思っている人が命の危険なんかに晒されると、本能的に早く子供を作らなければならないと体が思って、妊娠できる様に体が変わっていってしまうのよ。
私がレンスを産む時がそうだった。
レンスの父親が一時とても体調を崩して死にそうになった時があって、それを心配していたら、私も脱皮しちゃったという訳」
「あれ、もしかしたら、お母さんはそれですぐ私を身籠ったんじゃないの」
「あら、バレちゃった」
「そんなの歳を考えて、今の自分の状況を考えると分かるよ。
それなら今、私がアレクと子供作っても大丈夫ということだよね」
ナーリアとセカンもとても真剣な表情に変わった。
「えーと、来年にしなさいと言っているのは、その自分の反省を踏まえてのことなのよ。
脱皮しても、体がそれに完全に慣れるには少し時間がかかるのよ。
それに、あなたたちの脱皮は私より一年早いからね」
レンスとナーリアとセカンはがっかりした顔をした。
「まあ、そういう訳だから、もしかするとディフィーもサーブも近いうちに脱皮するかもね。
アレクのことを心配したのは同じでしょうから」
「そうでしょうか。
私もレンスみたいに体が大きく変わるでしょうか。
そうでないと私だけ来年も子供が作れないかもしれません」
「ま、その時になってみないと分からないけど、あなたの母親は今のあなたとそんなに違わない体の大きさであなたたちを産んだわ。
それが少し無理だったのか、あなたたち姉妹の母親の中で一番最初に亡くなってしまったけど、その時と違ってあなたたちは1人だけ産むのだし、アレクも生きているわ。
ディフィー、悲観的になるより、楽観的になれる要素の方が大きいわよ。
きっと大丈夫」
「はい、ありがとうございます」
ディフィーは少し安心したようだった。
「じゃーん、1つ重大発表があります」
イクス様はなんだか勿体ぶっているのか、ふざけているのか分からない調子でそう言った。
ナーリアたちは何を言い出すのだろうと注目したが、レンスは「まったくもう」という娘の顔をしている。
「私、お腹の中にアレクとの卵、もう出来ちゃいました」
レンスは「あ、あの時だ」と思った。




