176. 2人の洞穴
近接戦闘の訓練を始めて剣を振ってみると、キースが一番上手なのが分かった。
デイヴもかなり振れるのだが、キースは別格だ。
大剣を主武器にしているラリオ様はデイヴが剣を振れることを見て喜んでいたのだが、キースの素振りを見ると、
「驚いた。 何も教えることがない。
いや、それ以上だ。 こちらが教わりたいくらいの腕だな」
と言うと、他の者を放っておいてキースとの木刀による実戦的な立会い稽古を始めてしまった。
正直僕には目で追うことも難しいくらいの激しい打ち合いだが、どちらも余裕でこなしている。
僕らが素振りで一汗かいた頃、2人は汗びっしょりになって立会いを終えた。
「ラリオ、ずるいわよ。
私がキースと立会い稽古をしたいわ」
ちょっとラーリン様がむくれて、ラリオ様に文句を言った。
「いや、お前じゃ無理だよ。
剣ではラーリアだってキースには敵わないだろう。
キースの相手ができるのは私以外ではイクス様くらいだろう。
同じ双剣でもラーリルでは役不足だ。
デイヴ、ちょっとむくれているラーリンの相手をしてやってくれ。
手加減しなくていいぞ。 負かしても構わない」
ラーリン様は何を馬鹿な、という感じで最初はプライドを傷つけられた様な顔をしていたが、デイヴと少し打ち合うと真剣な顔に変わった。
デイヴの剣はキースの様なスピードも激しさもなかったが、ラーリン様を追い詰めていた。
そして気がつくと
「ラーリン様、すみません。 俺の勝ちです」
デイヴの剣先がラーリン様の首筋で止まっていた。
「ほら、ラーリン、デイヴを舐めてかかるからそういうことになる。
私の見るところお前よりデイヴの方が強いぞ。
ま、この2人が別格で、あとは素人だけどな」
ラリオ様と打ち合っていたキースにもびっくりしたが、それでも何となくそういう事があってもおかしくない雰囲気がキースにはあった。
何というか、キースはどこかの騎士の家の出なのかなと思わせるところが、その振る舞いから透けて見える事があったからだ。
でもデイヴは違う。
僕らの中ではデイヴは食いしん坊キャラが定着しすぎていて、正直なところ、どこかのかなり羽振りの良い商人の家か何かの生まれで、何かやらかして勘当でもされて、それで仕方なしに狩人学校に入ってきたのだろうと思っていた。
体型だって、キースはいかにもという感じの締まった体型をしているが、デイヴは肥満体で少し動くと息が上がって一番に休みたがるのが常なのだ。
デイヴが実は剣が使えてかなり強いなんて考えてもみなかった。
そもそもこの前のゴブとの戦いで、ラーリア様たちは僕の目には全く別次元の強さを誇っていた様な気がする。
僕はラーリン様の得意武器を知らないのだが、例え得意武器と違っていたとしても、食いしん坊デイヴがラーリン様に勝つなんて考えてもいなかった。
驚いたのは僕だけではない。 みんな口が開いていた。
「ラーリン、反省しろ。
デイヴの素振りを見れば、強いだろうと分かったはずだぞ。
同じ負けるにしても、舐めてかからなければここまで一方的にはならなかったはずだ」
ラーリア様がラーリン様にそう言った。
ラーリア様たちはみな渋い顔をしていたが、ミーリア様たちは厳しい顔をしていた。
「剣の素振りが終わったなら、次はそれぞれの武器だな」
僕たちの近接戦闘の訓練はまだ半分だった。
修行の道は厳しかった。
これからは午前中は近接戦闘の訓練に当てられることになった。
サーブだけは純粋に喜んでいるし、セカン、ディフィー、レンスは真剣な顔をしている。
人間ではキースは涼しい顔をしているのだが、その他の人間とナーリアは、不安というか心配そうな顔をしている。
僕ももちろんその1人だ。
午後に何かする体力残るのだろうか。
とりあえず一日目の訓練の後、まだ筋肉痛が出ないうちにと思って、僕はボブとダイクに声を掛ける。
「おい、今日昼飯食った後で、アーリア様とアーリル様のところに行かないか。
俺、この前ハーピーのところに泊まった時、干し草に埋まって夜寝たんだ。 それが暖かくてかなり快適だったから、もう少し寒くなってきたろ、乾いた藁を持って行ってあげたらと思うんだ」
「なるほど、それは良いかも知れないな。
俺たち洞穴の中に敷く皮は持って行ってあげたのだけど、それだけじゃ寒さを凌ぐのは辛いだろうからな。 かといって常に火を絶やさないのも2人では大変だろうからな」
そんな話というか打ち合わせを3人でしていたら、バンジが加わってきた。
「アーリア様とアーリル様のところに行くのか。
それなら俺も行きたいから、連れて行ってくれ」
「お前も何か用があるのか?」
「ああ、ちょっとな」
2人のところに持っていく荷物を載せる荷車には、バンジの道具箱と数枚の板と柱にするのだろうか、杭が何本か載っていた。 その上に載せられるだけ目一杯藁束を載せて、僕たちは2人の過ごしている洞穴に向かった。
その洞穴まで荷車を持っていける訳がなく、最後は僕らは背中に背負って洞穴を目指す。 まあ、何往復かすれば運べる量だし、そんなに距離も荷車の最終地点から離れていない。
2人はすぐに僕たちに気が付いた。
「今日はまたアレクも来てくれたのか。
それにもう1人はバンジだったな」
「はい、そうです。 アーリル様、俺の名前と顔を知っていてくれたんですね」
「お前のパートナーの1人であるミーレナ様に私たちは多大な迷惑をかけてしまったからな。 間接的にはお前にも大きな迷惑を掛けたと思っている。 それで名前と顔を覚えていたんだ」
「そうですか。
でもミーレナさんはそんな風には思っていないですから、気にしなくて良いのではないかと思います。 ましてや俺は迷惑を掛けられたなんてちっとも思っていません。 何も問題ないです」
「ありがとう。 そう言ってもらえて、少しは気持ちが楽になったよ」
「ところで、今日は何しに来たんだ。
私たちは何かをしてもらえる様な身ではないのだが」
「またすぐそういう言い方をする。
僕たちはラミアではないから、自分の意思でここに来ても構わないんです。
来たいから来たんです」
「分かっているよ、ダイク。 ありがとう」
「ほら、アーリア様も荷物を取りに行くの手伝ってください」
ボブがアーリア様に声を掛けて行動させようとしている。
アーリア様も声は出さないが、そんなボブの行動を嫌がらずに従っている。
「今日はアレクの提案で乾いた藁をたくさん持ってきたんですよ。
その藁に埋まって寝ると暖かいらしいです」
藁とともに板や杭も運んできた。 道具箱はバンジが自分で担いできた。
「で、バンジは何を作るんだ?」
「ああ、ミーレナさんが気にしているんだよ。
アーリア様とアーリル様の洞穴は風が入って寒いんじゃないかって。
だから俺が扉をつけてきてやるって約束したんだ」
「ミーレナ様がそんなことを気にしてくださったのか」
2人はポロポロと涙をこぼした。
それを見たバンジは焦って言葉を付け足した。
「そんな大した物ではありません。
本当にただ、雨風をやっと防ぐ程度の簡単な物です」
いや、バンジ、そういうことではないだろ。
ま、バンジにも分かっているよな。
洞穴の入り口には扉が付き、中には藁の山が積まれている。
「風も吹き込んで来ないし、この中に埋まるととても暖かい。
これなら夜は火を焚かなくて済む。 ありがとう」
アーリル様は僕たちがここにやってきた目的を完全に理解して、そう礼を言ってくれた。
少しは僕たちのしたことが役に立ったかなと、僕たちは満足した。
「アレク、アーリア様とアーリル様の怪我の治りを見てやってくれ」
ボブがそう言ってきた。
僕としても2人の尻尾の先がどうなったかは、常に気になっていたことだから、即座に見せてもらうことにした。
2人とも尻尾の先の傷口をどこかにぶつけないように、ボブかダイクが作ったのか、竹かごで先を覆っていた。
僕は、よく竹かごが外れてしまわないな、と思ったのだが、傷痕を見せてもらってその理由が分かった。
ラミアの尻尾はとても滑らかに徐々に細くなっていくので何かを止めようとしても難しいのだが、アーリア様とアーリル様は切った部分の肉が治る過程で少し盛り上がって、切った部分を縁取るみたいになっている。
その為、カゴを被せて紐で固定すれば外れないのだ。
カゴを外し、切った部分を見せてもらうと、当たり前だが尻尾が再生するような気配はなく、断面は鱗も生えず、それでも薄い柔らかそうな皮膚が出来ていた。
「アレク、どう思う?」
「うん、とりあえず保護膜のような薄い皮膚が出来ているな。
この皮膚を破かなければ、血も出ないだろうし、雑菌も入らないだろうから、とりあえず良いんじゃないかな」
「で、俺は2人に先に尖った棒をつけたカバーを鉄で作ってやろうかと思うんだ。
ラミアは尻尾の先の硬い部分で色々なことをするだろ。
それが出来ないと、やはりとても不自由そうなんだ。
それで少し考えてみたのだが、どうだろう?」
「うーん、断面に直接当たらないように、鱗の部分にあたる部分の面積を広くして、ぴったりと収まる形にすれば可能な気もするな」
「俺も、そんな気がするんだ。 試してみる価値はありそうだな」
「ま、そうだな」
「よし、挑戦してみよう」
立ち去る前に珍しくアーリア様が声を出して僕を呼び止めた。
「アレク、私は最近になって気がついた。
私は裁きの場で尻尾を切るための小枝の束や丸太をエーレアに用意してもらった。
その行為はもしかしたらエーレアたちをまた傷つけたのではないかと。
私はそのことを後悔している、自分で無理をしても用意するべきであったと。
すまないがエーレアたちにすまなかったと謝っていたと伝えてくれないだろうか」
「はい、アーリア様、そのように伝えます。
でも、きっとエーレアたちは大丈夫ですよ。
エーレアたちはもうアーリア様のことを怒っても恨んでもいませんから。
エーレアたちも2人のことを心配しています。
そんなことは気にしなくても大丈夫だと思います」
「それなら良いけど。
でも私は心配してもらえるような資格はない」
そう言ってまたアーリア様は沈黙に戻られてしまった。




