163. 食文化と温泉
ちょっと待っただけで、先ほどの女性ハーピーが準備が整ったことを伝えにやってきた。 すると最初のハーピーが少し説明してくれた。
「これからまた少し飛んで、お前たちを連れて行く。
場所もここよりは低く、水場もあるから、好きにゆっくり寛いでくれ」
「えっ、また飛んでいくのか?」
デイヴが露骨に嫌な顔をした。
「ハーピーの里とはそういうものだ。 諦めろ」
デイヴと一番おしゃべりをするハーピーがそう言って、からかった、慰めた、どっちだろう。
ここで女性ハーピーが声を掛けてきた。
「人間はウサギを食べれますか?
いえ、人間がウサギを食べることは分かっているのですけど、あなた達が調理できますか、という意味なのですが?」
「はい、普通に調理して食べますよ。
火は使っても構わないですか?」
「ええ、ここではダメですが、これから行く場所には昔使っていた竃もありますから、自由に使ってください。
私たちにも火を使う文化はあったのですが、人に近い形のハーピーが少なくなってしまい、火を使うことが絶えてしまっているのです。
見ての通り、鳥型のハーピーでは上手く火を操れません。 羽が邪魔で火を扱い難いですし、羽が火に弱すぎますから」
僕たち3人は、また広げた腕を掴まれて、空を飛ぶ羽目になった。
少しだけ慣れて、さっきの様に降りた時に腰が抜けて動けないということはなかった。
連れて行かれた場所は、やっぱり石を積んで作られた家で、中には使われていない竃があり、部屋の一方には干し草が大量に積んであった。 竃の近くには薪もきちんと用意されていた。
私たち3人を連れてきてくれたハーピーとともに、女性ハーピーも飛んで来た。
彼女は足にバスケットを持ってきてくれていた、片方に果物などの入ったバスケット、もう片方には皮を剥いで内臓を抜いただけのウサギが2匹。
僕は持って来てもらった食材の量が、僕たちだけで食べるには多いので、4人のハーピーに少し話でもしながら食事を共にしないかと誘った。
「火を使った食事は、私らの世代だともう話に聞くだけだから、それは嬉しいな」
と男のハーピーの1人が言って、一緒することになった。 この彼がこの場でのリーダーみたいだ。 僕を運んでくれたハーピーだ。
「期待させて悪いけど、ここには調理器具も何も持って来ていないから、焼いた肉しか出せないぞ」
「それでも十分珍しいよ」
ハーピーの4人は頷いている。
僕たち3人は僕が肉を切ったりを引き受け、デイヴが火を起こし、キースが薪として用意されている小枝から適当なのを選んで串に加工した。
僕たちは串に刺して焼いた肉をハーピーにも勧めて、一緒に食事をした。
「焼いた肉は香ばしいわね」
女性ハーピーが串肉を齧って、感想を言った。
「ハーピーは火を使うのが苦手というのは分かったけど、それじゃあ普段は生でしか食べないの?」
僕は疑問に思ったことを尋ねた。
「あら、そんなことないわよ。 というより生で肉は食べないわね」
「火を使うのが苦手なのに、どうやって調理するの?」
「簡単よ。 それはね、」
「待った、その答えは教えないでくれ」
デイヴとよく話すハーピーが女性ハーピーの言葉を止めると、残り2人のハーピーに話しかけた。
「あそこに連れて行こうぜ」
「あそこ? ああ、そういうことか。 いいんじゃないか」
「よし、食べ終わったらな。 向こうでも食べるようにここでは軽くにしよう。
お前はどうする?」
話の流れから、内容を当然理解している女性ハーピーにも声をかける。
「私も行くわ。 この話は私がしていたのだもの。
でも私は入らないわよ」
「ああ、調理を頼むよ」
僕たちは追加の肉串を焼こうとしたら彼らに止められた。 まだ半分肉は残っている。
「まあ、待て。 その肉串はバスケットに戻してくれ。
もう1箇所、別の場所に行くぞ」
肉串をバスケットに戻すと、女性ハーピーは
「私、ちょっと先に行って、あれも持って行くわ」
「ああ、分かった」
女性ハーピーはバスケットを両方とも持って、先に行ってしまった。
「ちょっと尋ねるが、もう1箇所って、また飛んで行くのか?」
キースが初めて自分からハーピーに話しかけた。
「もちろんだ。 今度はちょっと距離があるが、何、時間は大したことない」
キースが諦めの顔をした。 もしかしてキースの方がデイヴより空を行くのは嫌なのか。
僕らはまた腕を掴まれて空を飛んだ。
今度はちょっと距離があったが、確かに時間は大してかかっていない。
今度来た場所は少し変な臭いがしている。
降りた場所から6人で少しだけ歩くと、湯気が立ち上る池に出た。
「これ、もしかしたら風呂なのか?」
デイヴが驚いた声を上げる。
僕も驚いている、かなりの広さの池が広がっていて、そこから湯気が上がっているのだ。
「風呂ではなく、正確には温泉だな、ここは。
ま、とにかく浸かろう。 我らはこのまま入るだけだが、人間は服を脱がねばならないだろ、あそこに置けば良いだろう」
指し示された岩の上に服を脱ぎ、僕らも温泉に入った。
「場所によって熱いところがあるから、少し気をつけろよ」
ハーピーに注意されながら僕らは湯に入る。
「これが温泉という物か。 僕は初めて入ったよ」
「俺も知識としては知っていたが、初めてだ」
デイヴもそう言った。
キースは声もなく、やっと寛いだ雰囲気で湯に浸かっている。
気持ちよく湯に浸かっていると、女性ハーピーもやって来た。
僕は彼女も入ってくるのかと思ったのだが、彼女はかなり遠い位置で立ち止まり、こちらには近付かずに声をかけてきた。
「私は向こうで調理していますから、適当に時間が経ったら来てくださいね」
「それにしても温泉は気持ちが良いなぁ。
ラミアの里にも温泉があれば良いのになぁ」
デイヴの言葉にハーピーが反応した。
「ラミアは温泉に入らないのか? 体の清潔が保てないではないか。 どうしているんだ?」
僕はラミアは水浴はとてもよく行って、体の清潔はとても保たれていることを話した。
「何故、温泉には入らないのだ?」
「ラミアの里に温泉はないから」
「いや、上から見ると近くにあると思うのだが」
「そうなの?」
「ああ、確かだ」
良いことを聞いた。 少し探してみようと思った。
そんなことを話しているとハーピーのリーダーみたいな男が言った。
「ラミアは冬ごもりをするから、温泉の必要度が低いのかもしれない。
それにハーピーは手の自由度が低いし羽毛なので、温泉に浸かることで寄生虫などを予防しているが、ラミアは鱗だから手で洗う方が良いのかも知れない」
「いえ、ラミアもお湯に浸かるのをとても喜びますから、たぶんその習慣が大火をきっかけにして絶えてしまったのでしょう」
僕がそう言うと、彼は
「そうかも知れない。
ハーピーもラミアも大火で失ったモノはたくさんあるのだろう」
と言った。
しばらく温泉を楽しみ、僕たちは湯から上がった。
僕たちは持っていた小さな布で体を拭いたのだが、ハーピーたちは体を揺すったり羽を振るったりして水気を飛ばしている。 こういうところは鳥に近いな、なんて考えてた。
それに気がついたのか1人が説明してくれる。
「羽は布で拭くようには出来ていないんだ。 逆に我々から見ると、布で拭かねば水気を散らせない人間は面倒に見えるけどな」
僕は自分のそんな視線に敏感に反応したハーピーの方に驚いた。
「自分たちと人との違いにもハーピーは詳しいんだな」
「忘れたのか、ハーピーは人とも交わるし、交わって出来た子供はこのような鳥型にもなるし人型にもなるし、その中間も居る。
それが元々のハーピー族だ。
今は人型がほとんどいなくなってしまっているが、昔はたくさん居た。
そもそもハーピーの里には昔はハーピーと交わった人も暮らしていた。
人について詳しいのは当然のことだ」
なるほどそうなのか。
ハーピーは自分たちだけでも子供は出来るけど、人との子供は人に近くなったり、鳥に近くなったりと形は色々で、男女共生まれる。
ラミアは人との間でないと子供が出来ないし、生まれる子供は全部ラミア型で女性のみ。
こういった違いがある訳で、ハーピーには人に近い形で生まれた者もいたから、人についてのことがラミアによりも詳しく残っている。
いや、それ以上に、ハーピーは僕の受けた感じでは、ラミアよりもずっと年長の者が居る気がする。
「ところで、先ほどお会いしたハーピーの長は、僕から見るとかなり年長の気がするが、どのくらいの年齢なんだろう」
「ああ、爺さんか、もう70歳だな。
大火のほんの少し前に生まれた訳で、もう大火の前に生まれたのは爺さんだけだな」
「えっ、お前、あの長の孫なのか。
それに、長はそんな年長者だったのか」
「驚く、ことではないだろ。
それにハーピーは今では数が少ないが、大火の時にはラミアとは違い、飛べるからずっと多くのハーピーが大火から逃げれたのだというからな」
僕の知らない歴史の事実がたくさんあることに、この会話から気がついた。
イクス様やラーリド様が僕らに対して図書館に通えと言う意味が、良く分かった気がした。
ナーリアたちもだが、僕もまだまだ知らないことが多過ぎる。
女性ハーピーが待つところに6人で行くと、彼女は少し怒っていた。
「全く、いつまで待たせるのですか。
せっかく調理した肉が温め直しです」
「いや、ちょっと話が弾んでしまってな」
「話が弾んだって、もうすぐ夜ですよ。
夜は見えないから飛べないのですよ、私たちは。
もう急いで食べてください」
出された料理は、蒸気で蒸された物だった。
温泉の近くには熱い湯気が立ち上るところがいくつもあり、それを利用して調理しているのだ。
蒸された肉も美味しかったのだが、僕たち人間3人は違う物がとても嬉しかった。
「アレク、芋だよ、芋。 美味いなぁ」
デイヴが感激して食べている。 キースも物も言わずに食べている。
「あの、なんで芋の蒸した物なんかで、そんなに喜ぶのですか?」
女性ハーピーが聞いてきた。
「ラミアの里には根菜の類がないのですよ。
ラミアは栄養というかエネルギーの取り方が、ちょっと違っているみたいなので」
「そうなのですか」
僕は軽い気持ちで女性ハーピーに言った。
「1人でこちらに居たのでは退屈だったでしょう。
温泉の方に来てくれたら良かったのに」
「それって、一緒に温泉に浸かれば良かったのに、ということですか?」
「はい、何か?」
「問題大有りではないですか。 お湯に浸かったら、羽が濡れて体に張り付きますから、体の線が全部見えてしまうじゃないですか。
それにあなたたちだって、女性の私に体を見られたら恥ずかしいでしょ。
私は少なくとも恥ずかしいです」
怒るように赤い顔で言われて、僕たちは自分たちがラミアの習慣というか文化に染まっていたことに気がついた。




