161. 空を行く
僕が先頭で山の峰に向かって道らしいところを進んでいると、デイヴが声を掛けてきた。
「アレク、その旗、俺に貸してくれ。 振りながら歩くというのも楽しそうだ」
ま、別に僕は旗を振りたい訳じゃないから、デイヴに旗を渡す。
「良し、先に行け、俺は旗を振りながら後ろから行く」
デイヴに促されて、僕とキースは前を進む。
キースが小声で言った。
「デイヴは旗を振りたいんじゃなくて、杖にしたいんだよ。
登りになったら、途端にバテてきたのさ」
「デイヴは狩人にしては太り過ぎだよな、あれじゃあ」
「あの喰いっぷりだから」
僕とキースは小さく笑った。
少し登って、一つ丘を越えたという感じになると、僕らがやって来た森が隠れて見えなくなった。
するとそれを待っていたかのように、ハーピーが三羽僕らの視界に現れ、目の前近くに降り立った。
「お前たち、ここはハーピーの領土だと分かっていて入って来たのだな。
その旗は降伏の印と受け取るが、それで間違いはないな」
僕はハーピーを初めて間近に見て、ちょっと狼狽えていた。
僕が口を開く前に、デイヴがしゃべった。
「あ、この旗を降伏の白旗だと思ったのか、それは悪かった。
そういう意味ではなかったんだ」
「なら、どういうつもりなのだ」
ハーピーはちょっと身構えた。
「身構えないでくれ。
降伏の印ではないが、私たちは君たちに危害を加える気もないし、敵対する気もない。
持っている武器も、君たちにとって何の脅威にもならないだろう、この小さなナイフしかない」
そう言ってデイヴはその場でくるりと体を一周回転させて、ハーピーに他に何の武器も携えていないことを見せた。
「それではその旗はどういった意味なのだ」
やっと僕も口を出す余裕が出来た。
「ハーピーは目が良いと聞くから、こんな旗を振らなくても僕たちが接近していることに、きっと気付くだろうとは思ったけど、こうして僕たちの接近を自分からわざわざ知らせれば、少なくとも問答無用に攻撃をされることはないと思ったんだ」
「なるほど、その理屈は理解できる。
それでは問いを変えよう。
そうして何故そのように自らの接近を知らせてまで、わがハーピーの領土にやって来たのだ?」
デイヴが何を言っているのだ、という調子で言った。
「そんなの、話をしたいからに決まっているだろ。
それ以外の目的があったら、教えて欲しいくらいだ」
ハーピーの3羽は、いや3人と言った方がいいのか、なるほどそれはそうだと納得した様な顔をした。
「確かに、お前の言う通りだな。
森の中では、お前たちの後ろに最初2匹、後からもう1匹増えて3匹のラミアが続いていた。
森からお前たちが出た時に3匹は去っていったが、それで少し必要以上に警戒してしまったところがあるようだ。
まずお前たちの立場と、お前たちの要望を聞こう」
僕はラミアが僕たちの後ろを追っていたと聞き、すぐに心配して追っていてくれたのだなと思った。
そしてきっとイクス様に止められたのだろうと見当がついた。
こんな時だけど嬉しかった。
「今回、僕たちはまずラミアに代わり、今回の事態を引き起こしたことに、ラミア全体の意思として、謝罪しに来た。
そしてそれだけでなく、ラミアとハーピー全体に関わる重大な提案を持って来た。
ハーピーの長と呼べは良いのだろうか、ハーピーをまとめている者に会いたい」
3羽のハーピーは僕の口上を聞いてちょっと驚いたようだ。
3羽で小声で、どう対応するかを相談をしている。
「我々では、今のお前たちの話を判断できない。
とりあえず上に取り次いで、その指示を待つ。
しばらくここで待ってくれ」
1羽のハーピーが飛び立って行った。
残りの2羽にデイヴが話しかける。
「今は待っているだけの時間だから、くだらないことを聞いてもいいか?」
「何だ、言ってみろ。 答えるとは限らないがな」
ハーピーも雑談に応じる様だ。
「お前たちを数える時には、何羽と言えばいいのか、それとも何人と言えば良いのか、どっちなんだ?」
「なるほど、それは難しい問題だな。
人間は何人で決まりだが、ハーピーは迷うのは分からなくはない。
自分たちでは、姿形は鳥寄りの生物だが、話したり顔の作りから人寄りと判断して何人と数えるぞ。
それにハーピーは人とも交わるしな」
僕もちょっと興味を引かれた。
「ハーピーも人と交わるのか。
ラミアみたいに人と交わらないと子が持てないのか?」
「いや、ハーピーはそんなことはない。
人と交わることも出来ると言うだけで、ハーピー同士で普通に子を成すことができる。
それにハーピーはラミアと違って、人と子を成すと、その子がどちら寄りになるかは分からない。
人寄りになることもあるし、ハーピー寄りになることもある。
その中間になることもあって、今の住処ではなかなかに難しい」
僕はちょっと気になることを聞いた気がしたが、デイヴが話を続けてしまった。
「そうか、ハーピーは何人で数えるんだな。
ラミアも迷うんだよ。 さっきお前たちは何匹っていう風に数えていたみたいだけど、ラミアも半分人間だろ、何人の方が合っている様な気がするんだよなぁ」
「ああ、それも分かる気がするよ。
今、ハーピーはラミアと仲が悪いから、蔑んだ意味合いを含んで何匹って数えるが、見た目だけならハーピーよりも人間寄りだからな、ラミアは」
うん、何だかデイヴは急激にハーピーと打ち解けている。
キースは自分ではしゃべらずに、デイヴのことをやれやれという感じで見ている。
一度飛び去ったハーピーが戻って来た。
「長たちはお前たちに会うと言っている。
ついて来い、といっても羽のないお前たちでは地を登っていくしかないのか。
時間が掛かるな、仕方ない、我らがお前たちを運んでやろう」
僕たちは腕を横に広げさせられた。
「動くなよ。 我らハーピーの足の爪はとても鋭い、動くと怪我をするからな」
広げた腕を足で掴まれて、僕たちは空高くへと連れて行かれた。
デイヴの悲鳴が聞こえる、僕も我慢しているが同じ気持ちだ。
「落とすなよ。 絶対に落とすなよー」
「静かにしていろ。 暴れさえしなければ危険はない」
「そんなこと言ったって、怖いものは怖いんだ」
デイヴの悲鳴は聞こえるが、キースの声は聞こえない。
頭を巡らしてキースを見ると、駄目だ完全に固まっている。
ほんの僅かな時間で、僕たちは元いた尾根から、違う尾根へと移り高度も高い位置になった。
僅かに広場の様に広くなった所に、僕たちは着陸した。
「よし、長たちの所に行くぞ。 すぐ近くだ、お前たちが歩いてもすぐに行ける」
と言われても、正直まだ足が震えて立つことも出来ない。
「すまない。 申し訳ないが、まだ足が震えて立つことも出来ない。
少し休憩させてもらえないだろうか」
「何だ、たったあれだけの事で腰が抜けたのか」
「そう言われると面目無いのだが、その通りの状態だ」
先ほどの一人がハーピーの長たちの所に報告に行った様だ。
すぐに戻って来た。
「少し休んで落ち着いてからで良いとのお達しだ。 良かったな」
僕たちは、やれやれと楽な姿勢に腰を下ろして、少し休むことにした。
すると女性のハーピーが水の入った桶と、コップを持って来てくれた。
「このハーピーの里に人間が来るなんて珍しいですね。
空を飛んだのは初めてですか?
人間は空を飛ぶ様には出来ていませんから、初めてでは仕方ないでしょう。
水でも飲んで、少し休んでください」
「ありがとうございます。 助かります」
僕にはハーピーのする事なす事が全て珍しい。
女性のハーピーと分かったのは、顔つきと胸があるからだ、声も高い。
そしてハーピーは羽の途中に3本指の手がある、というか、羽の途中に指が生えている。
その手というか指を使って、桶やコップを持って来てくれた。
女性のハーピーが桶を置いたり、コップを渡してくれたりするごとに、綺麗な羽があちこちにと動き、まるで舞を踊っているかの様な美しい光景になる。
つい見惚れてしまった。
「ハーピーをあまり見たことがないのですか?」
「はい、実は間近に接するのは初めてです」
「そうですか。 ハーピーは手が羽の途中にあるというか、人間で言うところの腕の部分が羽になっているから、どうしても何かすると羽が動いてしまうのですよ」
「とても美しく、優雅に見えます」
「人間からはそう見えるのですか。
私たちハーピーにしてみると、空を飛ぶ時以外は邪魔に思えてしまうのですけど」
「そうなんですか、ちょっと意外だなぁ」
「意外とは?」
「いえ、ハーピーは空を飛ぶ種族ですから、羽をとても自慢にしているのだと思っていたので」
「ま、確かにその通りなのですけど。
悔しいけれど、日常生活の中で邪魔に思うことも、かなり多いのです」
「少しそれ分かる気がします。
僕は今、ラミアと共に暮らしているのですけど、ラミアも尻尾が邪魔って言う時がありますから」
女性のハーピーは急に僕たちのことを警戒したようだ。
「ラミアと暮らしているって、それじゃあ、ここに何しに来たのですか?」
「あ、ごめんなさい。 警戒しないでください。
僕たちラミアと暮らしていますけど、ハーピーに対して何の害意もありませんから」
「そうなんですか、騙して卵を盗っていこうとしているのではないですか?」
「そんなことしません。
僕たちのここに来たまず最初の理由は、今回の件のラミアの正式な謝罪を伝えることなんです。
それにそういう事態を引き起こす、根本的な認識の間違いがはっきりしたので、今後二度とこのようなことは起きないことを説明に来たんです」
「信じて良いのですか?」
「はい、まだ信じられないでしょうけど、僕の話していることは嘘ではありませんから、信じてください」
ハーピーの女性は疑わしいという顔をしていたが、とりあえず信じてくれたようだ。
「今はまだとりあえずですけど、あなたたち3人の人間の言うことを信じます」
「ありがとう。 その信頼は裏切りません」
僕が頭を下げると、デイヴとキースも頭を下げた。




