159. 不穏
今朝は朝早くからアレクが動き回っている。
「アレク、何をしているの?」
「昨日の二人に予備の薬と覆うための布も渡さないで行かれちゃっただろ。
後でそれが気になってしょうがないんだ。
だからそのくらい持って行ってやっても良いかなって。
僕はラミアじゃないから、そうしても問題にならないんじゃないかと思うんだ」
セカンの言葉にアレクが答えている。
「レンス、あの二人の居る場所はアレア様に聞いたんだよな。
教えてくれ、僕一人で行って来るから」
「場所は教わったけど、一人で行ったら阻止されると思う。
見張りは付いていると思うから」
私がアレクに答えていると、こんな早朝なのに誰かやってきた。
「おはよう。 早くにごめん。 良かった、アレクまだ居たか」
入って来たのはダイクだった、その後ろからボブとアレア様、そして憔悴しきった顔をしたアリファ様が入って来た。
ボブとアレア様はともかく、アリファ様はここに来るのも初めてだろう。
私は戦いの後に痛々しい姿を見て以来だ。
「やっぱり、アレクも行く気になっていたな。
ボブ、やっぱりだよ」
ダイクはアレクの用意していた薬や布を見てボブにそう言った。
「ボブ、良いところに来たわ。 ちょっとこっち来て」
ナーリアがボブの腕を引っ張って、少し離れた場所に行き、私たちに聞かれないように小さな声でボブに真剣に話している。
ボブは一瞬驚いた顔したが、それからとても真剣な顔をしてナーリアと話している。
「そうか、その荷物はそういうことか。 俺、そこまで気が回ってなかったよ、薬のことしか考えてなかった」
「いや、お前はそれが一番だろ。 俺たちは逆にそれ以外の事は何が必要かを考えただけだから。
とにかく、二人と面識がちゃんとある俺とボブで行って来るから、今回は譲ってくれ」
「ああ、お前らが行ってくれるなら、俺はそれで構わないけど、アリファ様は?」
「アリファ様は食料を持って来ているんだ。
今の状況だと、二人はほとんど食料を得ることもできないはずだって。
それで、『私なら、二人も受け取る』って付いて来てくれたんだ」
「俺、それも考えてなかったよ。 つくづくダメだな、俺は」
「なんでも一人で出来る訳ないだろ。 そんなの当然だ。
とにかく今回は俺たちに任せてくれ」
「ああ、わかった。 二人には謝っといてくれ、『薬や布を渡すのも忘れてしまい、すみませんでした』って」
「はは、きっと逆に二人とも恐縮すると思うぞ」
アレクはダイクと打ち合わせというか、話をしていた。
「ダイク、ボブ、もう良いか。 今日は予定が立て込んでいる、急ぐぞ」
アレア様が声を掛けた、アレア様が直々に道案内をするつもりなのだろう。
「ナーリア、話は分かったから、任せてくれ」
ボブはナーリアにそう声をかけるとアレア様に先導されて、ダイク、アリファ様と森に入って行った。
今日は午前中にミーレア様の葬儀が予定されている。
もちろんラミアの里の者は全員参加で、謹慎中のラーリア様たちとミーリア様も、その時だけは特別に参加が許される。
その為になるべく早く朝の仕事を済まさねばならない。
私たちは急いで森に向かった。
森に向かうのに私とディフィーとセカンが先を歩く感じになった。
アレクは何か考えこむという感じで、自分に集中していて周りが見えていない。
ナーリアはなんとなく態度がおかしくて、サーブが側に付いている。
「ねぇ、昨日の晩から、何だか態度がおかしくない?」
「私もそう思う。 ラーリア様のところに行って、帰って来てからだよ」
「お母さんの態度もちょっとおかしかった」
ディフィーの言葉にセカンと私が答える。
昨晩3人が帰って来てから、普段より少し遅く食事をした。
お母さんは「私はここのところご無沙汰だったから、今夜は私がアレクくんとしたい」と駄々をこねた。
ナーリアが意外にもあっさりとそれを認めたので、私たちもそれに従った。
お母さんは、「この前は私が上でしてあげたけど、下になっても凄いことを教えるわ」と言って、今度はアレクを上にして精を受けようとしていたのだが、娘の私が言うのも変なのだが、それこそ全身全霊でアレクの精を受け止めるという感じで、何だか神々しい様な感じだった。
そして凄く感じていたのが分かった。
アレクは出し終わると、力尽きたかの様にそのまま眠ってしまった。
お母さんは、そのまま私たちと一緒に寝て行くのかと思ったら、アレクが完全に眠ってしまうと、優しくアレクを床に降ろして、自分は里に戻って行った。
寝ているアレクにはナーリアがぴったりと寄り添っていた。
ナーリアはお母さんに順番を譲ったから、朝はナーリアの番だからそうしていても良い権利はあるのだけど。
朝も普段のナーリアなら、アレクが起きた瞬間に出させることを目標にしているのだけど、今日は違って、自分の気持ちを込める感じでとても丁寧にゆっくりと刺激していた。
アレクに「ナーリア、もうそろそろ」と言われて、やっとアレクを出させて、その後アレクから離れるのが何だかとても嫌そうだった。
「何かラーリア様の部屋できっとあったに違いないわ」
「それは確定だと思うけど、きっとナーリアもアレクも話さない」
「話して良い内容なら、一番に話してくれているはず。
話せない理由がきっとある。 私も経験があるから分かる」
サーブが落ち込んだ時のことだろう、セカンも話せなくて困ったことがあったのだった。
「今、私たちが尋ねてはダメよね。
とにかく慎重に注意していましょう。
絶対に何か重大なことを隠しているわ」
ディフィーがそう結論づけて、私とセカンは同意した。
ミーレア様の葬儀はラミアの里全体が悲しみに包まれた雰囲気の中で行われた。
ミーリオ様が中心となって葬儀はとり行われていく。
ミーレア様の今までの功績が語られ、ミーレア様が今果たされていた役目が語られた。
私はあまりミーレア様と接点がなかったので、ミーレア様のことをよく知らない。
私の知っているミーレア様の姿は、戦いの時にミーレア全体を指揮している姿と、この間の、ミーレナさんとエーレアたちにアーリア様を許してやって欲しいと頼まれていた時の姿だ。
私には指揮をしていた勇ましい姿と、許してやって欲しいと頼み、エーレアの言葉に涙した姿があまり一致しない。
それがきっとミーレア様の大きさなのだと、その時には思ったのだが。
「本来、謹慎中の私がここで皆に向かって言葉を発する事は許されない。
だが、どうしてもミーレアの最後の功績の意味を私は皆に語りたい。
それでミーリオ以下のミーリア、そしてミーレアたちに頼んで、特別に許してもらった」
ラーリア様が前に出て話を始めた。
謹慎中の者が公に話をするのは、たとえラーリア様といえども異例の事なので、里の者全員が緊張して話を聞いている。
「私はここで、何故ミーレアが自分から死ななければならなかったかを、そしてまた、ミーレアの死を理由にしてハーピーに対して不満を持たない様に皆に注意を与えなければならない。
そしてまた、今回の事態を生んだ根本的な誤解を解いておかなくてはならないのだ」
ラーリア様は何を言おうとしているのだろう。
「まず最初に、今回の事態に関して、ハーピーには全く非はなく、それどころかハーピーにはかなりの温情をかけてもらっているということを、ここにはっきりさせておく。
今回アーリアが引き起こした事は、我々ラミアとハーピーの間に交わした約定から完全に違反しており、本来なら、ハーピーに一気に攻め滅ぼされても仕方がない様な行いだったのだ。
多くの者が知っている通り、少し前に我々とハーピーは大きな戦いをした。
その時に双方に種族存続が危ぶまれる程の損害になった。
その結果を踏まえ、ラミアとハーピーの間には約定が交わされた。
その中の一番大きな問題に、ハーピーの卵がある。
我々はハーピーの卵を欲し、ハーピーは当然のことだが卵を守ろうとする訳で対立が生まれてしまう。
そこに一つの解決策があった。 ハーピーが産む卵には無精卵と有精卵があることだ。
ハーピーにとって問題なのは当たり前だが有精卵であって、無精卵は無用の物であるからだ。
そこで、ラミアは決して有精卵には手を出さない約束で、無精卵は提供してもらうという妥協がなされたのだ。
勘のいい者は気づいたかと思うが、これだけではラミアにだけ都合が良い約定の様に思うだろうが、実際はその他の部分でラミアがハーピーに譲っている。
その部分は今は関係ないから触れないが、その為もあって、約定の存在はあまり公にされなかった。
だが、その約定をアーリアは知らないこととはいえ、一方的に破ってしまった訳だ。
それによって即座に攻め込まれることも有り得たし、そうでなくとも約定違反としてどれだけの賠償を求められてもおかしくないことになる。
ハーピーも攻め込む事は、前と同じで、種族の存亡に関わるからしなかっただろうが、だからといってそのままに黙認できる事態ではない。
かなり最小限の抑えた形でここにやって来たのだろう。
ミーレアからしてみれば、その辺りの事情も分かっているので、何としてもただの現場の手違いで、ラミアの里としての意思ではなかったことをハーピーに証明して、可能な限り穏便にことを終わらせる必要が、里のことを考えるとあったのだ。
そこでミーレアが取ったのが、自分の身を犠牲にして、その証明とすることだった訳だ。
ハーピーもそのミーレアの心を汲んで、矛を収め、退いていってくれるという温情を見せたのだ」
ラーリア様は一気に語るとちょっとだけ間をあけた。
「この様にミーレアは自らの命で里を助け、ハーピーもその心に可能な限り応えてくれた訳で、今回の件は我らが悪く、ハーピーを恨んだりする事は出来ない」
ラーリア様ははっきりとこう言うと、集まったラミアを見渡した。
「しかし、この騒ぎを起こしたアーリアにも同情すべき点もある。
アーリアは何故この様な暴挙をしたのか。
それはアーリアが、ハーピーの卵には子供を得られる特別な力があると信じていたからだ。
きっとここに集まった皆にもそういった知識が頭にあると思う」
ラーリア様は、ここで一旦言葉を切り、静かにラミア全員に視線を巡らせた。 そうしてから徐ろに話を続けた。
「ところで、人間の病に子枯れ病というものがある。
今、私は人間の病と言ったが、本当は人間だけの病ではなく、我らラミアもその病に罹る。
しかし、その病の症状は普通の風邪と変わることがなく、ラミアにおいては普通の風邪と子枯れ病を区別する事は出来ない。
それでは何故人間だと子枯れ病だと分かるかというと、人間の男がこの病に罹ると、それから数年の間、子供が出来ないのだ。
それによって、普通の風邪か子枯れ病だったかが分かる訳だ。
今回の件があって、人間の町で過去いつ頃、子枯れ病が流行ったかを確認してみたのだが、それは我らラミアに子供が出来なかった時期と完全に一致していた。
つまり子供が出来なかったのは子枯れ病の影響で、それはラミアだけでなく、人間も同じことだった。
その後子供が出来たのは、ハーピーの卵の力でも何でもなかった訳だ」
ラリア様は自分の言葉がラミア全員に浸透するのを待つように、また少し話を止めて、待ってから続けた。
「ハーピーの卵の不思議な力は完全に否定された。
ラミア全体の間違った知識が、今回の悲劇の1番の原因だったことを、皆にしっかり分かって欲しくて、私はここで話を特別にさせてもらった。
こんな悲劇はミーレアの犠牲だけで、もう終わりにして、これからは絶対に起こしてはならない」




