157. 夜の密談
一度姿を消したレンスは、すぐに戻ってきた。
「あれっ、随分早く戻ってきたのね。 何かあったの?」
僕がレンスに声を掛ける前にナーリアが心配そうに疑問を投げ掛けた。
「尾行しようとしたら、すでにアレア様たちが待機していて、『私たちに任せろ』と帰って良いと命令された」
「流石ね。 誰の差し金かしら」
ディフィーがそう言ったのとほぼ同時にイクス様も家に入って来た。
「少なくとも私ではないし、ラーリアたちでもミーリアでもないわよ。
きっとアレアの自己判断ね」
「そうなのですか。 イクス様の指示でなければ、ラーリア様かミーリア様の可能性が高いと私は思ったのですけど」
セカンが疑問を口にした。
「あなたたちがこっち来ちゃってから、もう少し続きがあって、ラーリアたちもミーリアも謹慎処分なのよ。
だから指示を出すことは出来なかったのよ」
「ラーリア様たちとミーリア様が謹慎処分なんですか?」
「私には意味がわからない。 誰がラーリア様たちやミーリア様に処分を下せるんだ」
ナーリアとサーブが驚いて口を挟んだ。
「自分で自分を処分した」
「それしか考えられないわ、確かに」
セカン、ディフィーが推察した。
「そう正解よ」
「でもイクス様、ラーリア様たちやミーリア様にどんな罪があるというのですか?」
「ゴブの戦いの後に、意図的にアーリアの罪を問わなかったことよ」
「でもそれは、」
「そう、状況を考えるとそれが最善だと判断したわよね。
でも信賞必罰の軍法から考えれば、完全に逸脱しているわ。
そしてそれがこの悲劇を生んだ。
責任を問わない訳にはいかないわ、こうなってしまったからには。
本来は私も処分を受けなければならない立場だわ」
場を沈黙が支配した。
イクス様が雰囲気を変えるように言った。
「でもまあ、謹慎処分て言ったって、ラーリアたちは3日間だし、ラーリアとミーリアも10日間だから大したことではないわ」
僕は謹慎処分がどういうことなのか分からないから質問してみた。
「イクス様、謹慎処分とはどういう罰なのですか?」
「基本的に部屋を出てはいけないし、昼間は人に会ってもいけないという罰。
でも抜け道もあって、夜は人に会っても良いのよ。
ま、そうじゃないと色々困っちゃうからの抜け道なんだけどね」
「ラーリア様たちは奥で謹慎することにしたので、私はお世話係です。
イクス様の部屋を貸していただけることになりました」
イクス様と一緒に来たミーレナさんは、そういう役目か。
顔を会わしてはいけないからラーリナ様と一緒に家を使う訳にはいかないのか。
「ところでアーリアとアーリルの怪我の治療はどうなったの?」
僕はちょっと言い出しにくかったが、きちんと報告する。
「血は止めましたが、あまり出来ることはなかったんです。
二度切ってしまっているので、サーブの時の様にくっつけることは出来ないし、ラミアの尻尾の鱗の皮膚は伸びないので、引っ張って縫合することも出来ない。
血を止めて、切り口を洗って、傷薬を塗ることしかできませんでした。
それでも礼を言われて、なんか僕としては複雑です」
「そうね、あれは流石にアレクくんでもどうしようもないのね、仕方ないわ」
「それで最後にアーリア様が『ありがとう、これで私の望んだ罰になったわ』と言ったのですが、これはどういう意味なんですか?」
僕は何か悪いことを言ったのだろうか、全員がまたシーンとしてしまった。
「あのね、アレク、ラミアにとって尻尾を切り落とされるというのは、死よりも辛い辱めなの。
その状態で生き続けるということは、毎日毎日死よりも辛い拷問を受け続けているということなの。
アーリア様とアーリル様は、自分から罰としてその一番辛い状況を望んだということなのよ。
血を止めてもらったから、たぶん尻尾を切り落とした傷では死なないから、自分が望んだ罰になった、と言ったのよ」
ラミアにとって尻尾を失くすというのは、そんな深い意味があったのか、ナーリアの説明を聞いて、僕は声も出なかった。
「ところで、ちょっと話が変わってしまうのだけど、アレクくんは子枯れ病という病気のことを知っているかしら?」
イクス様が全く違う話をしてきた。
「子枯れ病ですか、もちろん知っています。
女性は風邪の様な軽い症状が出るだけですけど、男性が罹ると数年子供が出来なくなる病気ですよね。
それがどうかしましたか?」
僕は、今までのことと全く関連が分からないことをイクス様に聞かれて、戸惑いながら答えた。
「アレクくんは子枯れ病が何時頃流行したかを知っているかしら。
ラミアは知っての通り女性ばかりの種族だから、単なる風邪と子枯れ病の区別がつかないから、いつ流行したのかはっきりしないのよ。
というより、子枯れ病という病気自体を知る者が少ないの」
「そうなんですか。
僕はナーリアたちと若い子たちの間と、若い子たちと子供たちとの間が開いているのは、子枯れ病の影響かと思っていました。
人間たちも同じ様な感じになっていますから、その間はすごく少ないんです」
「あ、やっぱりそうなのね。
そうじゃないかなと思ってはいたのよね」
「そんな病があるのですか。 初めて聞きました」
ディフィーが言った。
「ほらね、アレクくん、ラミアは知らないでしょ。
と言っている私も実は文献でしか知らないし、何年かに渡って数回流行すると、次の流行はまたかなりの年数が経ってからになるとしか知らないのだけどね」
「そうなんですか。
僕も詳しくなくて、というか、流行したのは僕がまだ物心つかない頃と子供の頃ですから、あまり詳しくは知らないんです」
「ま、そんなものよね。 今流行している訳ではないのだから。
でもありがとう、今の言葉で確信したことがあるわ」
イクス様は一人物思いに少し耽っていた。
「とりあえず私は、もう暗くなるから、今聞いたことをラーリアに話に行くわ。
ミーレナも私と一緒に行って、私に用意された部屋に居ることを、みんなに教えないとね」
イクス様とミーレナさんはすぐに出て行こうとしたのだが、僕がちょっと声を掛けた。
「イクス様、僕もご一緒しても良いですか。
出来れば、ラーリア様にイクス様も一緒の場で、話したいことがあるのです」
イクス様はちょっと首を傾げたが、
「あら、ま、いいわよ。 一緒に行きましょう」
ナーリアたちは、素早く目配せをし合って、ナーリアが言った。
「それじゃあ、私も一緒に行きます。
夜道の帰りがアレク一人になったら心配ですから」
「何だか子供みたいな扱いだな。 ちゃんとした道なんだから大丈夫だよ」
「アレクは夜目が利かない。 ナーリアが一緒の方が安心」
セカンにそう言われ、みんなも頷いて、問答無用でナーリアも行くことになった。
共同住宅に向かっている途中で、日が隠れた。
これで話が出来ると思ったのだが、その一方で、あの二人は今どこでこれからの夜を迎えようとしているのだろうかと思った。
もう少し考えて、何かしてあげれば良かったと、ちょっとだけ考えた。
最初はアーリル様への同情だったのだが、治療した後の様子などを見た今は、アーリア様への同情みたいな気持ちもあるのに気がついた。
ラーリア様の部屋で、話をする。
ミーレナさんは最初に挨拶と、自分が食事の手配などをすることを告げるとすぐに出て行ってしまったので、4人で話す。
まずイクス様が、アーリア様とアーリル様のその後の経緯と、今現在はアレア様たちが監視していることを伝えた。
その後で、僕が質問した。
「あの、今回の件で僕には分からないことがいくつかあるのですが、質問をしても良いでしょうか?
大勢の前で話して良いことなのか分からなかったので、今まで待っていたのですが」
イクス様が応えてくれた。
「何が知りたいの。
ここなら何を言っても構わないわ。
ナーリアにももう何を聞かせても構わないでしょうから」
「はい、それじゃあまず最初に、何故アーリア様はハーピーの卵を取ることが手柄だと考え、ミーレア様の命令に逆らってまで、一個多く取って来たのですか?
僕はそこが全く理解できないのです」
ラーリア様が悲しげな顔をして答えた。
「ラミアには、私はこれは単なる誤解というか間違った言い伝えだと思うのだが、ハーピーの卵には単なるエネルギーだけでなく、子供を授かり易くする力があるという言い伝えがあるのだ。
私たちがこの冬、子供を作ることを公にしたので、アーリアはハーピーの卵を取ってくることが手柄になると考えたのだろう。
それも一つでも多くの卵を手に入れた方が良いと考えたのだな」
「それなのだけど、ラーリア・・・」
イクス様はラーリア様と、少し前に僕と話した内容を一緒に吟味していた。
「やっぱり、ハーピーの卵は迷信だったのだな。
その迷信を信じて、アーリアはこの騒ぎを起こし、ミーレアが死ぬ羽目になったという訳か」
ラーリア様はとてもやるせないという感じで声を震わせた。
部屋の中を暗く深い沈黙が支配している。
「あの、もう一つ良いですか。
ラミアとハーピーの間の約定というのが、話に出たのですが、それはどういうモノなのですか」
「ハーピーの卵を巡って、子供の欲しいラミアと卵を当然渡したくないハーピーの間で大きな争いが少し前に起こってしまったのだ。
ラミアも上位の半分が死に、ハーピーにも同様の損害が出た激しい戦いになってしまい、双方が損失が大き過ぎて、そのまま戦っていたら種族の存続が脅かされることが明らかだったため、停戦の約定が結ばれたのだ。
その時まだどうしてもハーピーの卵が欲しかったラミアは、他のことを譲って卵を得ることを目指した訳だ。
ハーピーも有精卵は当然渡せないが、無精卵は無用のモノなので、そちらはラミアに渡しても構わないということになった。
そういう約定だ」
ラーリア様が説明してくれた。
「でも、ハーピーに譲った部分も大きかったから、詳しくは公表されなかった訳。
ミーレアはその約定を知っていたけど、アーリアは知らなかったのね。
そしてその約定を主導して交わしたラミアは、みんな自ら目一杯子供を産んで、もう死に絶えてしまっているの。
ま、もう少し問題があるのだけど。
あと、その時の戦いで死んだのは上位だけに留まらず、年長のラミアの多くが命を落としたのよ。
それほどまでに、子枯れ病を認識していなかったラミアにとっては子供ができないことが大きな問題になっていたという事ね」
イクス様が補足した。
「子供ができなかった原因が分かってしまえば、なんと愚かなことをしてしまったのかと思うしかない。
ハーピーに対してはとんでもない迷惑をかけたという事だな」
ラーリア様は言葉を続けた。
僕はこれらの話を聞いて、頭の中にチラチラと思いついていたことが、逆に可能性があることの様に思えてきた。




