155. 裁きの場
「まず最初に、今回の件について時系列に沿って事実を確かめよう。
まずはミーレオ、見たこと、知っていることを包み隠さず全て話せ」
ラミアの里の広場は、ゴブとの戦いの後に集められたように、ラミアの里に住む者全てが集められていた。
ラミアたちは、上はラーリア様たちから、下は子供達まで、普段僕がほとんど見ることがない、様々な係のラミアもみんないる。
そして僕たち人間もラミアの里に暮らす者として、同様にこの場にいる。
ゴブとの戦いの後の時は、言葉一つ一つに歓声が上がったり、ため息が出たり、時によっては尻尾で地を打つ音が響いたりと、様々な音が交錯したのだが、今回は誰も物音を立てない。
自分の呼吸音が隣の人に聞こえることさえ恐れるような、そんな静寂の中でみんな聞き耳を立てている。
「はい、ラーリア様。
今回の件は、アーリルがミーレアに相談してきたところから始まったと思います。
アーリルはミーレアに、アーリアが思いついたことがあり、その対処をどの様にしたら良いかを相談にきたようでした。
私はミーレアにその内容を尋ねたところ、ミーレアは『今回の件は知る人が少ない方が、事を実行するかどうか、また実行したとしてその成否がどちらに転んだとしても、良い結果を生む。 特に実行して悪い結果を生んだ場合、最低限の人数であることが望ましいし、責任を取らねばならない人数は私だけに絞りたい。 だから、この件は見ていないことにして、黙っていて欲しい』と頼まれました。
その言葉の後、ミーレアは今回の件に関して、私には一切語ることはなく、完全に周りに秘密にしていたと思います。
次に私が今回の件に関わったのは、一昨日の晩から単独でミーレアを離れるから、何かの事態があった時には自分の代わりにミーレアの指揮を執るようにという依頼を正式な文章と共にもらった時まで飛んでしまいます。
何か秘密裏に動いていることは分かっていましたが、ミーレアの頼みもあり、あえて私も何をしているのか知ろうとはしませんでした。
それが今回の事件に繋がったかと思うと、悔やんでも悔やみきれません」
「よし、ミーレオは下がれ。 次にアーリル、お前が今回の件については一番詳しいだろう。
全てを話せ」
アーリルはもう全てを諦めきったという顔をして、淡々と言葉を発した。
もうなんの熱もなければ、逆に冷たさもない、ひたすら乾いている調子で。
「はい。
まず最初に、私はアーリアから相談を受けました、『私はハーピーの卵を取りに行きたいのだが、手伝ってくれないか』と。
私は当初反対していました。 ハーピー族と激しい戦いをしたのは、そんなに前のことではない、その行為はリスクが大きすぎる、と。
しかし、アーリアは『私は早急に何か手柄を必要としている。 今、得る事ができる手柄はそれしかない。 ラーリア様たちが子供を作る今だからこそ、それが手柄になる。 協力してくれないなら仕方ない、自分一人で行なう』と強硬でした。 私は途方にくれ、そこでミーレア様に相談しました。
ミーレア様もその行いに反対でしたが、止めてもアーリアが勝手に行動してしまうのではと怖れて、条件をアーリアに突きつけました。
その条件とは、まず第一にその行動の指揮はミーレア様が執ること。
第二に、ミーレア様の命令に絶対服従し、命令には完全に従わねばならないし、命令以外のことを絶対にしないこと。
第三に、行動が終わった時には、その成否に関わらず、アーリアは上位を自ら辞すること、およびその時には、他のアーリア、アレア様とアーレア、エーレア、そしてミーレナ様に対して、きちんと謝罪や礼を述べること。
以上の3つの条件をアーリアが飲むなら行動を許可する、もし条件が飲めない場合は許可しないし、勝手に行動した場合は、しようとした時点で命令違反として必ず断罪する、と言われました。
そしてアーリアは、その条件を飲みました。
ただ、その行動をするには、ミーレア様、私、そしてアーリアの3人だけでは、さすがに人数が少な過ぎ、作戦行動が取れないので、私が頼み込んで、アーリベ、アーリナ、アーリンの3人に指揮はミーレア様が執るからと言って加わってもらいました。
作戦は行動できるハーピーが少ない夜に、ハーピーの巣に近づき、夜明け前には戻るというものでした。
先頭をミーレア様が進み、ハーピーの巣のはずれに放置されていた卵3個を見つけました。
ミーレア様は3個の卵を見つけた時に『ちょうど良い数だわ』と喜んで、私が頼んだ3人にそれを一つづつ持たせて運ばせました。
撤収時に私はミーレア様に少しでも危険性の低いところにいて欲しいと思い、自分が後尾を担当すると言いました。
いえ、それだけではありませんでした。 私は私が後尾を引き受ければその側にアーリアがいることになるので、後尾を引き受けたかったのです。
アーリアはこれが最後の上位としての仕事となるのだから、少しでも長い時間その時間を味あわせてあげたいと考えたからです。
私は判断ミスを犯しました。
ミーレア様は迷われていたみたいですが、私の熱意に負けて、私に後尾を任して、ご自分は先頭に立って、集落に向かいました。
ミーレア様が先頭に向かってすぐにアーリアが『自分が最後尾を行く』と私に言いました。 私は後尾を任されたのは私だからそれはダメだと言ったのですが、アーリアの『アーリアのリーダーだった私の最後が、守られてのポジションは悲しい』との言葉で、ここでも私は判断ミスをして、アーリアに最後尾を任してしまいました。
撤退が始まり、移動し始めても、アーリアはなかなか動かず、私が移動し始めても、卵を確保した近くをウロウロとしていたのに私は気が付いていました。 その時、私は立ち去りがたい気持ちなのだろうと軽く考え、その後も私と距離を取っていたのを、一人で最後の上位の時を味わいたいのだろうと軽く考えるというミスを犯しました。
集落に戻り私がアーリアより先に戻ったのを見て、ミーレア様は顔を曇らせ、アーリアが卵を持って現れた時には、顔を青くされました。 そして一瞬、全てを諦めたかのような顔をすると、次は決然とした顔をされ、私たちに命令しました。
『全員、集落の中に入れ!! そして私が立っている限り誰一人広場に出すな!!」と。
それからのことは、皆の知る通りです」
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ミーレアは一人で広場に立っていた。
もうすぐハーピーがやって来るのは分かっている。
そしてそれが自分の最後だとも分かっていた。
自分の指揮が甘かった、と悔いる気持ちはあるが、それはもう仕方ない。
最後の務めを果たすのみである。
来た。
「そこに佇むラミアよ。
状況から見て、そなたがラミアを代表して我らを待ち受けていたと考えるが、それで良いか」
「やって来たハーピーよ、その通りである。
我もまた、そなたがハーピーを代表してやって来たと考えるが構わないか」
「それで構わない。
そなたが一人佇んでいるのは、我が何故ここに現れたかを承知しているからと思う。
そこで、そなたに問う、何故、我らハーピーとそなたらラミアとの間で交わされた約定を破るのかと」
「我らラミアに約定を破る意思はなく、今回の件は手違い故のことと承知願いたい。
まずはこちらの卵をお返しする。 後ろに控えし方々はその役のためもあってのことと推察する。 早急にハーピーの巣へと戻していただけるとありがたい」
代表のハーピーの後ろから一羽のハーピーが進み出て、別にしておいたアーリアの持って来た卵を優しく足で掴むと飛び去って行った。
「受精卵は今の一つのみ、他はそなたらがいかに扱おうとも、約定通り文句は言わぬ。
しかし、返されればそれで全て水に流せる道理もない。
この件は如何に納めるつもりか、その心算を聞こう」
「当然我も受精卵を返しただけで済むとは思っていない。
この落とし前は我の命で贖いたい。 それで納めてくれるよう心から伏してお願いする。
そして願わくば、我も武人、戦いの中に死を賜りたい」
代表のハーピーは後ろに控えた者に目配せをしてから答えた。
「そなたの覚悟は分かった。
それでは戦おうか、お前たちは下がれ、我一人で十分だ」
「願いを聞きとどけていただき感謝する。 それでは、いざ!」
ミーレアは剣を抜いて構えた。
ハーピーも翼を広げてはためかせ浮上すると、一瞬礼をする様に頭を前に傾けると、次の瞬間には足からミーレアに飛びかかって行った。
ミーレアはその攻撃に対して剣で払うが、剣を足で掴まれてしまった。
「その剣では、ハーピーの足に傷を付けることもできないことは知っておろう」
「もちろん知っている」
ミーレアは尻尾でハーピーを襲った。
「我もラミアに尻尾の攻撃があることは知っている」
ハーピーは襲って来た尻尾をもう一方の足で掴んでいた。
「そして毒霧もな」
ハーピーはそう言いつつ、剣だけを離し、また羽ばたいて空中へと浮かび、ミーレアを尻尾で引き上げる。
ミーレアは態勢を崩されて、毒霧をまともに噴射できなかった。
ミーレアは上体を力任せに起こして剣でもう一度攻撃しようと考えた様だが、その前に空中から地面に叩きつけられた。
勝負はついた。
ミーレアは剣を杖にして、やっとのことで立ち上がった。
ハーピーは小声でミーレアに問うた。
「なぜ立ち上がる、そなたは立ち上がることもできないだけの傷を負っているはず」
ミーレアはなんとか小声で途切れ途切れ答えた。
「私が立ち上がらねば、他のラミアが広場に出て来てしまう。
私が立っている間は誰も出て来るなと厳命している」
「なるほど。
そなたこの勝負、最初から勝つ気はなかったな。
勝つ気があれば得物は違ったはず」
ミーレアは声を元のみんなに聞こえる大きさに、無理をして戻した。 その声は弱々しくはなかった、むしろ雄々しかった。
「この立ち会いは、我の処刑を、立ち会いの形にして花を持たせて頂いたもの。
得物を気にしていただく必要はない。
ところで、これで納めてもらえるだろうか」
「あい分かった。
そなたの言葉に嘘のないことも分かった故に、今回はこれで納めよう。
最後に、そなた程の武人を失うは、ラミアのみならず、我としても残念なことだと言い添えよう」
「何よりの死出の餞、その言葉ありがたく頂戴する」
「ではさらばだ」
ハーピーは飛び去って行った。
その姿を見たのだろうか、ミーレアは倒れた。
事態に飛び出そうとしたミーレオは、震えて泣いているアーリルに縋りつかれて、止められていた。
「ミーレア様の厳命です。 私が立っている間は誰一人広場に入れるな、と」
倒れたミーレアをミーレオが抱き上げた時、すでにミーレアの心臓は動いていず、息をしていなかった。
ミーレオを離したアーリルは、力なく倒れているアーリアを殴り続けていた。
アーリルの拳から血が吹き出ているのを見て、アーリベ、アーリナ、アーリンが3人がかりで組みついて、アーリルをアーリアから引き剥がした。
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「私はアーリアを殴りつけてしまいましたが、一番殴りつけたかったのは私自身です。
私の甘さ、私の判断ミス、私がミーレア様から頂いた信頼を裏切ったことが、ミーレア様を死ななければならない状況に追い込んでしまったのです。
私こそが死すべき罪人であることを私は認めます。
ただ、私が無理に頼んで巻き込んでしまった3人には何の罪もなく、本当にただ巻き込まれただけなので、何の咎もない様にお願いいたします」
アーリルの紡ぐ言葉は、悲しみの色さえ失っている。
巻き込んだ3人についての言葉のみ、少し熱があり、そのことさえ広場に集まる者を憐憫の思いにいざなった。




