108. 命の実の収穫と失敗
水辺の命の実、つまりは稲だけど、その収穫時期を迎えた。
水辺の命の実と言うけれど、そんな風に栽培に適した場所がそうそう自然にある訳ないのであって、名前だけで、しっかりと手入れされた水田というのが実際のところである。
もう十分に実っているので、数日前に水の流入口は閉じ、排出口は開けて、しっかりと土地を乾かしておいた。
そして今回は豆の収穫の時とは違い、量も多いので、いつもの若い子だけでなく、友たちも収穫に駆り出した。
とりあえず僕らと友たちは、収穫の前に竿掛け用の竹をたくさん用意して、持って行った。
竹を打ち込むための木槌もさらに二つ作り、三つだ。
食事は作ったまま忘れていたイノシシの脚の燻製を丸のまま持って行って、そのそばでナイフで薄く切り分けることにした。
主食はそこまで手が回らないので、いつもの命の実をラミアの分と人間の分とだけど。
朝、用意を整えて、集落の広場に向かうと、すでにイクス様に先導されて若い子たちと、その向こうに友たちも待っていた。
「はーい、若い子ちゃんたち、今日はナーリアのお姉さんたちだけでなく、人間のお兄さんたちも一緒だからね。
頑張って命の実の収穫をしてね」
イクス様の号令もいつもより気合が入っている感じで、これは付いてくるのかなと思ったのだが、やはりあっさりと手を振られた。
友たちの荷車には、僕たちと同様に用意させた竹と一緒に、食器の類と莚もかなりたくさん載せてあった。
座って休むためだろう、気がきいている。
「ねえねえ、サーブ様。
大怪我して、死にそうになったって、大丈夫?」
「ん、もう大丈夫だぞ。
アレクがちゃんと治してくれたからな。
前と同じに、全然大丈夫だ」
「良かったぁ。
サーブ様が担がれて戻って来たの見たから、本当に心配したんだ」
「そうか、心配をかけてしまったな。
でも、本当にもう全然大丈夫だぞ」
人気のあるサーブが大怪我で担がれて運ばれたのは、若い子たちにはとてもショックな出来事で、とても心配していたらしい。
サーブの周りにみんな集まって、次々と心配した、もう大丈夫なのかと聞いている。
サーブは照れ臭くて困っているが、見ている僕たちは心が温かくなる風景だ。
「ところでお前たち、なんでまた私のことを『様』付けで呼ぶんだ?
前に『さん』付けで呼んでくれることになっていたじゃないか」
「だってラーリア様が言ってたじゃん。
ナーリア様たちは、アーリア様、アーレア様、アーロア様たちと同格だって。
それならやっぱり『様』付けでしょ」
あ、確かにラミアの里の全体集会で、ラーリア様がそう言ったんだった。
若い子たちにしてみれば、上位ラミアは皆『様』付けだった。
若い子たちの正論に、サーブは完全に困ってワタワタしている。
「確かにそれはそうなのだが、私たちを呼ぶ時は前と同じで構わないぞ。
な、そうだよな、ナーリア」
ナーリアは狼狽えるかと思ったのだが、余裕で。
「そうね、今まで通りアーリアやアーレアやアーロアだった人たちは『様』付けじゃなくちゃ駄目だと思うけど、私たちはただ『同格とする』と言われただけで、変わったところはないから、前と同じで構わないと思うな。
その方が私も嬉しいし、みんなもだよね。」
と僕たちの方を見た。
皆、頷いた。
「様」付けなんて、なんか変だもんね。
「おい、俺たちも『アレク様』って呼ばないといけないかな?」
「ククク、何しろ上位の御方だからな」
「そうだな、ちゃんと『様』を付けないとな、アハハ」
「ほら、そろそろ止めないと、アレクが爆発するよ。フフフフフフ」
「お前ら、いい加減に・・・」
「ブッファ〜!!! 駄目だ、我慢できない」
友たちが大爆笑しやがった。
「アレク、ごめん。
でも『アレク様』ってアレクが言われた時の顔を想像したら、ちょっと我慢できない。
腹の筋肉が捩れる」
エレク、お前まで。
「ね、わかったでしょ、私たちが『様』付けで呼ばれるのは、こんな感じに変な感じなのよ」
ディフィーが若い子にそう説明した。
「そうかな、『アレク様』って全然おかしくないけど」
若い子のこの一言で、また友たちが大爆笑しやがった。
ま、友たちの大爆笑のおかげで呼び名は今まで通りに『さん』付けになったから、良いんだけどさ。
田んぼに着いたら、その脇に豆の時と同じ様に、竹を地面に打ち込んでいく。
今回は豆の時とは違い量が膨大だから、みんなで手分けして行う。
驚いたことに竹を打ち込むのはデイヴが一番上手い。
今まではサーブが力があるから一番だったのだけど、流石にこういったことは男の方が力が勝るからなのか。
ま、僕らは食いしん坊なだけではなく、偶には役に立つこともあるんだ、くらいの気持ちでそれを眺めていたのだけど、若い子たちにとっては違って見えたようだ。
「デイヴさん、すごい」
「サーブさんより上手だよ」
「一番はデイヴさんだね」
などと口々に若い子に言われて気をよくしている。
まぁ、若い子にきゃあきゃあ言われながら纏わり付かれたら気分が良いのは分かるけどね。
ほら、サーブ、こんなことで悔しそうな顔しなくても良いから。
デイヴの天下はすぐに終わった。
打ち込んだ竹に竿をくくり付ける時になったら、
「エレクさん、ハキさんも上手だけど、やっぱりセカンさんよね」
「うん、スピードもだけど縛った後の形もみんな同じで綺麗」
「それに、きっちりとしてて緩みが全くない」
今度は若い子がセカンの周りに集まる。
「こんなことは難しくない。
ほらここで縄をこうやって、ここで捻ってこうすれば、簡単」
セカンが集まった子たちに縄の結び方を教えている。
「何度かやってみれば、すぐにコツがつかめる。
みんなもちゃんと覚えられるようにやってみて」
「は〜い」
若い子たちは素直にセカンの言葉に従って、自分たちも竿を縄で結んで、上手く出来たの出来ないのと賑やかだ。
そんなこんなで、そんなに時間もかからず採った束を干す竿が出来上がった。
さて、それでは収穫を始めようかと思ったら、なんだか若い子たちがワクワクと興奮しているのが伝わってきた。
「今回は負けない。 絶対勝つ」
「私たちこそ負けない」
「絶対返り討ちよ。 一位の座は明け渡さない」
前に競争で収穫した時と同じに、若い子たちはやる気満々だ。
「えーと、今回は競争はしないよ。
豆の時と違って今回は量がとても沢山あるから、そんなに頑張ったらすぐ疲れちゃうからね。
今回はそんなに急がないで、疲れたら休憩しながら作業するよ」
僕は若い子たちにそう告げる。
「えー、競争しないの。 がっかり」
「競争はしない。
今回はナーリアも人間も一緒に収穫する。
束がある程度になったら、自分で竿にかけてね」
若い子たちは競争がなくてがっかりしたようだが、ナーリアたちや人間と一緒の作業で、おしゃべりしながらというのもすぐに楽しそうな感じになった。
その日は昼食を挟んで、夕方まで作業したが、収穫は三分の一も終わらなかった。
それをイクス様に伝えると、もう15人ほど人数を増やすという。
僕は昼の食事の準備が人数的にとても大変になるので、流石に60人分以上を朝事前に作って行くのは無理がある、ちょっとお願いをした。
作業をしている、その場で火を使わせてください、と。
意外にあっさりと許可された。
次の朝、広場に行くと、待っていたのは若い子たちと人間に加え、ターリア、ワーリア、ヤーレアだった。
僕は戦いの前にヤーレアたちは打ち合わせで何度か会って面識があったが、ターリア、ワーリアは見かけたことがある程度だ。
こうして見てみると、確かにみんな、どことなくナーリアたちに似ている。
ワーリアがナーリアに言った。
「ナーリア様って呼ばないといけないかな?」
「やめてよ。
姉妹に『様』付けなんかで呼ばれても、気持ち悪いだけじゃん。
それにほら、若い子たちだって私たちのこと『さん』呼びだよ」
「良かったぁ。
私もあなたたちのこと『様』付けて呼ぶのは、どうも背中が痒くなる」
田んぼに着いたらディフィーが声を張り上げた。
「みんな〜、今日一緒に来たターリア、ワーリア、ヤーレアは収穫の仕方とか知らないから、みんなが一つ一つよ〜く教えてあげてね」
「はーい、わかりました」
「それじゃあ作業開始、一人に二人づつ付いて教えてあげるのよ」
「はーい」
ターリア、ワーリア、ヤーレアは訳も分からず、若い子たちに連れて行かれている。
僕は友たちに手伝ってもらって、石を拾い集めて来て、簡単な竃を作る。
ディフィーを中心にしてサーブ、レンスの三人で食べられる草を採って来てもらう。
ナーリアとセカンには持って来た肉を切ってもらっている。
竃が出来たら、友たちには柴刈りに行ってもらう。
僕は木桶三つに水を汲んできて、持って来た命の実を浸けておく。
昨晩から鍋に浸してあった豆を、半分木鉢に移し、そこに小さく切った燻製肉を混ぜて、オリーブオイルと塩で味をつける。
薪が集まったから、セカンとナーリアに次々と火をつけてもらい、先ずは豆を煮て、お湯を沸かす。
豆は煮えたら、取り出して、粗熱を取って先ほどと同じ様にする。
次に人間用の命の実を煮る。
最後に、肉と取って来てもらった草を炒めて、今日の昼食の出来上がりだ。
若い子や友たちは喜んだだけで普通に食べていたが、ターリア、ワーリア、ヤーレアたちは驚きの表情で、恐る恐る食べている。
考えてみたら、戦いの時の弁当しか食べたことがなかったから、そんなものかもしれないと思った。
ターリアが恐る恐るという感じで聞いてきた。
「ねぇ、ナーリアたちって火が使えるの?」
僕たちと、友たちがみんな固まった。
しまった、やっちまった。
ラミアは火が使えないことになっていたのを、完全に忘れていた。
ついいつも通りにナーリアやセカンに点けてもらったり、他のみんなにも薪を足してもらったりの世話をさせた気がする。
僕以外の人間も、それを普通に見て、違和感なくおしゃべりしていたりした。
全く隠してなかった。
「うん、あの、その」
ナーリアが完全にしどろもどろだ。
「えーい、もう完全に私たちのミスだわ。
仕方ないわよ、認めよう。
そう私たちナーリアは全員火が使えるわ」
ディフィーがもうしょうがないという感じで、火が使えることを認めた。
「サーブさんも使える?」
若い子がサーブに尋ねた。
「ああ、私も使える」
「うわぁ、なんかそれカッコいい」
若い子たちはきゃあきゃあ盛り上がっている。
ワーリアが言った。
「あなたたちが禁足地で暮らしている訳が理解できたわ。
そういうことだったのね」
「ごめんなさい、火の使用も含めて色々口止めされていることがあるの。
私たちの口からは言えないの」
「それじゃあ仕方ないよね。
私たちもここで見たことは言わない様にするわ。
みんなもわかった?」




