106. 家にもまだ
ラーリア様たち、ミーリア様たちが戻ってから、僕はみんなに聞いてみた。
「みんなも、今度の戦いの前にはあんな風に考えていたの?」
「私は厳しい戦いになるだろうなとは思っていたけど、ああいう風に具体的には考えられなかったな。
実戦経験がないから、想像できなかったというのもあるけど。
ただ、こんなことになったら、どうしよう。
あんなことになったら、どうしよう。
って感じで、色々な場面を想像していたけど」
ナーリアが珍しく考えながらという感じで答えてくれた。
「私は、自分が弓を射ている姿や、剣でゴブと対峙している姿は想像したが、全体がどうなるかなんてのは考えなかったな。
私のキャラじゃないしな、そういうのは」
「脳筋」
サーブの言葉にレンスが茶々を入れた。
「そういうレンスはどうなんだ?
私よりも色々考えていたというのか?」
「私は逃げる時のために矢を半分取っておくべきかどうかを、真剣に考えていた。
現実的に考えれば、その可能性も高いと」
レンスが自分のために用意した80本という大量の矢は、逃げることも考えた上でのことなんだと初めて知った。
なんだレンスも色々考えていたんだ。
「作戦を考えた2人はどうなの?」
僕はセカンとディフィーに聞いてみた。
「私は、考えないようにしていた。
すでに賽は振られていた、もう私に出来ることは自分のことだけ、それに集中する」
セカンらしい割り切った合理的な考え方だ。
「私は、想像しちゃったわ。
頭の中で何度シミュレートを繰り返しても、すごい数の仲間が死んでいくの。
どうにか少なくできないかと考えるのだけど、あれ以上何も出て来なくて。
だから戦場に立っているのが怖かった。
想像した光景、夢に見た光景がこれから現実となるのだと考えたら、震えを止めることが全くできなかったわ」
僕は迫ってくるゴブの迫力だけで震えていたのだけど、ディフィーはそれ以上のことで震えていたんだ。
「でも、その私の目の前で、私が思い描いた通り以上のことをして、アーレアの人たちがゴブに追われて来た。
何とか1人でも助けたいと思ったら、震えている暇がなくなったわ」
「うん、確かにラーリア様が言う通り、震えている暇もなくなったな」
サーブがその言葉に同意した。 僕もだ。
「それで聞きたいんだけど、ディフィーの想像だと本陣の矢でどのくらいゴブの数を減らせていたの?」
「70匹」
「内訳は?」
「ラーリア様が20、あとは私たちで50。
サーブ、アレク、ナーリア、セカン、レンスで10づつ」
「あれ、ディフィー、計算がおかしいよ。
それならディフィーも入れて、全部で60じゃん」
ナーリアから計算違いが指摘された。
「間違ってない。 私の矢が実戦で役に立つとは思えていなかったもの」
僕たちは本人を除いてみんな溜息をついた。
ディフィーの自己評価の低さは毎度のことだが、どこからくるのだろう。
「でも実際は私やアレクと同じだけの戦果を上げていたな。
一番最後まで残って、射っていたし」
「それは単に遅いから、最後になっただけ」
サーブがちょっとからかい気味に言ったら、ムキになって反論してきた。
ディフィーは弓のせいで一射一射が遅いのだが、それでも確実に当てようと、無理な早射ちはしないで、しっかりとゴブを狙っていた。
それで持っていた矢の数は最少の30本だったのに一番最後まで射ち切るのにかかったのだ。
「逆にその時には、『残しておくかどうか』なんて言っていたレンスは、もう80本を射ち切っていた」
セカンがそう言うと
「そっちはなんか笑えるね。」
と可笑しそうにナーリアが言った。
「逃げなければならないことにはならないと判断しただけ」
「嘘、あの時点でそんなこと分かる訳がない」
レンスの言葉はセカンに即座に否定され、レンスは沈黙した。
「話ズレてきちゃったけど、みんな色々考えていたんだなぁ。
僕なんて、ギリギリまで何も考えてなかったよ。
なんか恥ずかしいな」
「それは仕方ない。
アレクが準備段階では一番最後まで働いていた。
食べ物のことがあるから、戦場に向かうその時まで、他の人間や、ヤーレアたちと打ち合わせしたりして忙しかった。
薬の手配や配布も結局アレクの仕事だったし」
もう恒例の様に、セカンが弁護してくれた。
「うん、忙しくて何かを考えている暇なんてなかったよね、アレクは」
ナーリアもそう労ってくれた。
「戦いの前にあれこれ考えたって仕方がないから、考える暇がなかったことは良かったと思えばいいのよ。
もちろんディフィーちゃんみたいに最後までもう少し良い案はないのかと頭を絞ったり、ナーリアちゃんみたいに頭の中で色々な事態を想像してその対処を考えておくというのも重要なことだけどね」
えっ、ナーリアの「こんなことになったら、あんなことになったら」って、そんな重要なことを言っていたのか。
イクス様に言われなければ軽く流していたよ。
で、何でイクス様だけ残っているんだ。
「そんなイクス様、重要だなんて、私はちょっとだけもしもの時に何を言ったら良いか考えていただけです。
みんながリーダーなんて押し付けるから、仕方なしです。
考えておかないと、何も言えないですから、それではリーダーとしては恥ずかしいかなって」
「そのナーリアちゃんのおかげで3番鉦を鳴らして、事態が鎮静化したのよ。
私は今回の戦いの1番の功労者はナーリアちゃんだと思っているわ。
太鼓と鉦による指揮の仕方を考えたことも含めてね」
「そんな、褒めすぎです、イクス様」
ナーリアは顔を真っ赤にして、照れ臭そうに手を振った。
「褒めすぎじゃないと思うけど、まあいいわ。
さっきアレクくんが私のことを、なんで残っているんだ、って不思議そうな顔をしていたから、こっちの話に切り替えてもいいかしら」
げっ、そんな顔をしてたの見られていたのか。
「もちろんです。 僕はみんなが何を考えていたか聞けましたから」
「それじゃあ、アレクくんの許可も出たから、話を変えるわよ。
みんなもあっちの部屋の水場は使うことがあるよね。
水場の反対側を見てなんだと思った?」
「はい、私はあの大きさですから水か何かを溜めておくところかと思いました。
でも二つに別れているし、小さい方の下は竃みたいな焚口が空いているし、何なのだろうと不思議でした」
ナーリアは結構良く観察しているんだな。
「私はナーリアが毛を抜く作業をしているのを見て、あ、きっとそのための作業場なんだろうと思ったのだけど」
サーブの言葉に、セカンとディフィーも頷いた。
実は僕もそうではないかと思って、使ってみようかと考えもしたのだが、臭いがこもりそうで躊躇っていたのだ。
「良かったわね、そんなことに使わなくて。
レンスは分かっているわよね」
「それは、昔使ったのを覚えているから」
「でも、アレクくんも分からなかったのは、ちょっと意外かな」
「レンス、勿体ぶらないで教えて」
セカンがレンスに催促した。
「あれはお風呂。 水浴びの代わりに、お湯に浸かって体を洗う」
あ、風呂か、納得したけど、僕は貴族じゃないから見たことないよ。
イクス様に意外に思われる方がびっくりだよ。
「アレクくんは納得したみたいね」
「僕も貴族や金持ちではないですから、実物を見たのは初めてなんです。
全然なんだか分からなかったです」
「でも風呂という物を知っていたから、すぐに納得は出来たよね。
レンスを除けば、他のみんなは風呂という物さえもちろん知らないから、まだ良く分かっていないのよ」
「レンス、昔使ったって言ったわよね。
あなた、ここに昔住んでいたの?」
ディフィーがレンスの言葉の疑問を口にした。
確かにレンスの口ぶりだとそういうことになるよな。
「ん、父親が死ぬまで、ここで暮らしていたから」
「あなた、父親も覚えているの。 珍しいわね」
「ラミアの中で珍しい存在であるということは、大きくなってから気がついた」
「つまり、私とレンスとその父親は、昔ここで暮らしていたのよ。
レンスがあなたたちと一緒になる前の事だから、ほんの小さい時少しだけだけどね。
よく記憶に残ったな、って感じだわ。
母親としては父親の記憶が残っていてくれて、とても嬉しいわ」
イクス様がレンスの母親としての気持ちを口にしたのは初めてのことかも知れない。
「ま、それは今は関係ないから、もう終わりにして。
さっきの話で、あなたたちは集落の奥での冬籠りはしないことになったのは理解したよね。
そうすると、今はまだ良いけど、冬になり寒くなると、風呂が必要になってくるのよ。
そしてもう一つ、風呂のための火の煙は、二つの方向に出せる様になっているの。
片方は普通に外に出るのだけど、もう一方はこっちの部屋の床下を通る様になっているの」
「その為に風呂の部屋は一段低くなっていたのですか」
「アレクくん、さすがに理解が早いわね。
そう煙を通すのに都合良くする為にね」
ラミアの独り言ep5「自問」が、この頃の裏話です。 良かったら、そちらもどうぞ。




