↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
後宮の釣り姫  作者: よこすか なみ
第1章 魚嫌いに魚を食わせる
PR
8/20

7 差金

「おい、両手を上げてしゃがめ。こいつを傷つけられたくなけりゃな」

「んーっ!」


 わたしは身を捩らせてみるが、びくともしない。


「聞こえねぇのか!?」


 行動に移せない月瑤《げつよう》に男が怒鳴りつけると、月瑤は「わかった!」と両手を上げた。


「言う通りにするから、清蘭《せいらん》様に乱暴するな!」


 両手を上げたまま、片膝を地面に下ろす月瑤を見つめながら、わたしは策を巡らす。


 確か、ミミズを切った後の小型剣は月瑤が持っているはず。

 きっと、男に一瞬でも隙が生まれれば、月瑤がなんとかしてくれる。


 顔を掴まれていて動けないので、眼球だけであちこちを探る。

 何か、何かないか、隙を作る何かが……!


 視線は月瑤の近くで止まった。そうだ、月瑤がしゃがみ込んだ近く、草むらの影に隠れて“アレ”を置いたはずだ。“アレ”が目眩しになるかもしれない。月瑤なら上手く使ってくれる。


 月瑤……! 気づいて……!

 わたしが必死で何度かパチパチとウインクをする。


「……?」

 怪訝な表情をしていた彼女だったが、後ろの草陰にある“アレ”に気づいたようだ。

「おい!」と月瑤は声を荒げて、男と交渉する。


「言う通りにする! するから! 清蘭様だけは離してやってくれ!」


 月瑤は目に涙を浮かべ、掠れた声で懇願した。膝をつきながら、頭を下げる姿は演技とわかっていても痛々しい。


 悲痛な叫びに、男は下品に笑った。布巾で口元が隠れていてくぐもった声が不気味さに拍車をかける。


「ものわかりがいいね、金髪は高く売れそうだからな。俺について来い」


 男はわたしを掴む手を緩めないまま、一瞬だけ月瑤から目を離し、進行方向へ体を向けた。


「あの、でも、なんか……妙じゃないか?」

 月瑤が不審そうに呼びかける。心の底からおかしなものを見たような物言いに、男は無防備に振り返った。


「あ? どこが……」


 すでに月瑤は足元にあった“アレ”──桶を振りかぶっていた。暴漢の顔に、ハゼごと水を叩きつける。


 バッシャン!


「ぶわっ!?」

 ナイスすぎますわ!


 勢いよく水を顔面に食らって男が怯み、わたしから手を離す。その隙に飛び出し、月瑤の元へ駆け寄った。


 月瑤は滑らかな動きで、手品みたいに体のどこからか一瞬で小型剣を取り出すと、姿勢を低く保ったまま、男との間合いを一気に詰める!


 わたしが月瑤のいた場所へ辿り着く前に、月瑤は男の懐に入ったようだ。


 ゴッ!


 背後から鈍い音がした。


「ぐはっ!」


 振り向くと、月瑤の小型剣の柄が鳩尾に深くめり込んでいた。唾液か胃液かわからないものが、男の口から吐き出される。


 男が苦しそうに腹を押さえてしゃがみ込むのに合わせて、月瑤が男の背後に回り、首に小型剣を突きつけた。男の目元を手で覆い、視界も奪っている。


 なんて鮮やかなの。


 つい拍手をしそうになって、場にふさわしくないと思いとどまる。わたしはこの一瞬を美しいとすら感じてしまった。


「誰からの差し金だ?」


 月瑤が小型剣を男の喉に当てると、わずかに血が流れた。今までのやり取りでは聞いたことのない、月瑤の低い声音だった。


 男はよだれを垂らしながら、息も絶え絶えに答える。


「し、知らねえ……取引相手は顔を隠していた……」

「依頼内容は?」

「せ、清蘭を殺せ……」


 さっきも「清蘭の死をご所望」とか言っていた。

 心当たりがまったくない。


「た、頼む、命だけは……がっ」


 月瑤が男の首裏を強く叩き、男は気を失った。

 ガクン、と男の体から力が抜けたのを確認して、月瑤は立ち上がる。


「清蘭様、一度後宮に戻り、報告しましょう。こいつはしばらく起きませんから、武官たちに回収してもらえばいいかと」

「は、はい……」


 緊急事態により、月瑤の砕けた喋り方が敬語になっていた。わたしはその提案に従う他なかった。それが一番正しいと思ったし、自分ではどうすればいいか、わからなかった。


「月瑤、本当に強いですね……」

 感嘆が漏れると、月瑤はいつもの調子に戻った。


「そう? あいつが弱かっただけだよ」

 ゴキゴキと指を鳴らす彼女は、先ほどの可愛らしい少女の印象とは裏腹に今だけゴリラに見えた。


「それより、後宮に急ぎましょう」

「あ、一つだけ……」


 くるり、と背を向ける彼女にわたしはおずおずと声をかけた。もしかしたら「こんなときに」と怒られてしまうと思ったが、提案せずにはいられなかった。


「なんでしょう」

「釣れたハゼを持ち帰っていいでしょうか……?」


 わたしの問いに、月瑤はポカンと口を開けた。猫のフレーメン反応みたいな顔をしている。


 や、やっぱりダメかしら……?


「く、くく……」

 半開きだった月瑤の口元が次第に弧を描く。


「あっはっは! 変な人!」

 月瑤はお腹を抱えてのけぞった。


 何もそこまで、とは思ったが、自分もこの状況に適さない発言だった自覚があるので、わたしは大人しく月瑤の笑いがおさまるのを待った。


 ひとしきり笑い終わると、月瑤は「はーっ」と息を吐く。


「いいでしょう! ハゼ、持って帰りましょう!」

「ありがとうございます!」


 わたしは両手を顔の前で組み、お礼を言った。


「ていうか、ハゼはまだ生きてるんですかね?」

「ハゼは生命力が高いですから」


 桶に水を汲んで、地面で瀕死になっているハゼをつかみ入れる。ぬるっとしていてつかみにくいし、手が少し汚れた。

 ハゼは水を得た途端、ビチャビチャと活発に桶の中を動き回る。


「ね?」

「すごい! それじゃあ、清蘭様が桶を持ってください。アタシが清蘭様を背負って走りますから」


 なんでもないふうに言うと、月瑤はわたしに背中を向けて片膝をつく。


 背負って走るって、すごくない……?


 わたしは桶を、月瑤が釣り竿を持つことになった。


 おずおずとその背中に乗る。柔らかい女の子の背中だ。この子が、わたしのために身を挺して暴漢から守ってくれたのだ。


 こんな、小さな背中で。


 ……わたしなんかのために。

読んでくださり、ありがとうございます!

ぜひ☆やリアクションをポチッとよろしくお願いします!

感想やレビュー、励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。