6 武官になりたい
女性が武官?
聞き慣れない言葉同士の組み合わせに、すぐにはリアクションがとれず、妙な間が生まれてしまった。
「やっぱり変だと思う?」
月瑤は自嘲気味に笑った。
無言になってしまったわたしの表情の変化を悟ったのか、それとも、言われ慣れてきたのか。
「……いいえ、聞かせてください」
わたしは月瑤の目を見て言った。
「変なんかではありませんわ。月瑤が何を志してきたのか、わたし興味があります」
真っ直ぐに視線を受け止めた月瑤は、そっか、と恥ずかしそうに笑った。
「もともと、アタシ、孤児でさ。小さい頃にお母さんがいたんだけど、流行病で死んじゃって。そんなアタシを、師匠が拾ってくれたんだ」
立って話していた月瑤はわたしの隣にしゃがむ。月瑤の明るくも穏やかに話す声が近くに聞こえてきて、耳に心地よい。
「師匠の運営する道場で育って、その道場で一番強くなった。だから、道場に恩返しするって誓ったんだ。でも……」
月瑤が言葉を切る。
わたしもミミズを切る手を止めた。
「でも……?」
首を傾げて次の言葉を待っていると、月瑤は泣いてこそいないものの、声が震え始めた。
「師匠も武官に推薦してくれたんだけど、いざ朝廷に行ったら女だから後宮に入れって言って……」
「そんな……!?」
道場で一番強いのに……!?
朝廷に推薦できる権限があるということは、よっぽど名の知れた大きな道場のはず。
だが、朝廷側の決定に月瑤サイドが逆らえるはずもない。
「後宮に入っても機会はあると思った。どの妃の担当にもならなかったし。宦官様に訴えかけてみたけど、それが逆に男に媚びてるって言われちゃって。この国では珍しい金髪と相まって、後宮では陰口ばかり……」
そう言って、月瑤が軽く頭を振ってみせると、ポニーテールの金髪が、サラサラと揺れた。
うちの女官も金髪について酷いことを言っていた。あのとき注意できなかったのが申し訳ない。
月瑤の金髪が、太陽光を反射して天の川のようにキラキラと輝く。
こんな美しいものに対して、なぜ醜い言葉をぶつけられるのか、不思議でたまらない。
「みんな、月瑤の綺麗な髪に嫉妬してるんですかね?」
「え……」
パッと顔を上げた月瑤の瞳に光が入る。よく見れば、瞳は美しいアクアブルーだった。
「嫉妬なんてしてるわけないだろ、母親が異国生まれだから、珍しいだけで」
「まあ、お母様が。その髪色、キラキラしていて、とっても綺麗です。名前の通り、月みたいに」
「月みたいって……そんな、恥ずかしいこと……」
月瑤の頬が赤く染まって、腕で顔を隠した。
「え、照れてます……?」
「照れてない!」
覗き込もうとすると、月瑤はさらに顔を隠してしまう。
か、可愛い……!
思わず口角を上げながら、月瑤の腕で隠しきれていない頬を人差し指でつんつんとつつく。ぷにぷにで柔らかかった。
「それに、キラキラは、海の中なら魚がいっぱい寄ってきますよ?」
「例えがよくわからないけど……」
月瑤は頬をつつく人差し指を優しい力で払いのけてから、顔を隠すのをやめた。
「ありがとな」
言われ慣れていないであろう賞賛を月瑤が受け止めたとき、わたしの胸の奥からじわじわと波のように庇護欲が湧いてくる。
「月瑤はわたしが守りますからね……!」
「いや、アタシが賢妃様を守りに来たんだけど……」
何言ってんの、とジト目で苦笑いする月瑤。
ん? 賢妃様?
その呼ばれ方に違和感を覚えてしまう。
「なんだか他人行儀ですわ。清蘭と呼んでください」
「え、あ……」
月瑤は視線をしばらく漂わせる。
散々タメ口で話していたくせに、いざ名前で呼ぶとなったら抵抗するのか。そんなことは許さない。
わたしはずいっと距離を詰め、満面の笑みを月瑤の顔面スレスレまで押し付けた。
「せ、い、ら、ん」
「せ……」
「はい?」
「清蘭、様……」
弱々しく、照れくさそうに呼んだ。
その姿に、既に庇護欲に襲われていたわたしの胸はいとも簡単に貫かれてしまった。
両手で心の臓あたりを押さえる。ドクドクと釣り竿を握ったときとはまた違った動き方をしていた。
ちょっともう無理かもしれない。
道場で一番強いのに、褒められ慣れてない恥ずかしがり屋なんて。しかもハーフで美人。
きっと今まで一人でも強く生きてきたんだろうな、と勝手に月瑤の人生を想像して涙が出てくる。
「えっ!? なんで泣いてんの!? もう〜」
月瑤は戸惑いながらも袖で涙を拭ってくれた。
「わたし、月瑤が武官になれるよう、応援しますわ!」
「あ、ありがとう、ございます……?」
「じゃあ、次はわたしが釣りますね!」
わたしはミミズを刻んで、小型剣を月瑤に返した。ミミズを釣り針にセットして、得意げに竿を振る。
あぁ、手に馴染む……!
わたしが前世で愛用していたオレンジ色のアジング竿。重さや先端の感覚が驚くほど知っているそれだった。
月瑤は隣に立って、着水したあたりを見ている。
ミミズが水底に着いた感覚を得てから、ずるずるとリールを巻いていく。
「そんな釣り方もあるのか」
「底のほうを探っていくやり方です。ただこれ怖いのが……」
ぐっ。
鼻高々と語っているうちに、リールが巻けなくなった。
「どうした?」
冷や汗をかきながら竿をグッと引っ張ってみるが、糸がピンと張られるのみでミミズは戻ってこない。
角度を変えて、釣り竿を色んな方向から引っ張ってみる。みょんみょんと糸が張ったり緩んだりを繰り返す。
「魚、かかったのか?」
月瑤が目を輝かせてくる。
残念ながら、魚がかかったときのブルブルという震えはない。しかし、何かにつっかかってしまったかのように、リールは巻けない。
とても言いにくいけれど、誤魔化してもしょうがない。
「根掛かりました……」
「根掛かり?」
「底にある障害物に、針が引っかかってしまったということです……」
「えっ!? どうすんの!?」
「思いっきり引っ張るしかないです……!」
とはいえ、さっきからそれをずっとやっているが、一向に針が取れる気配はない。
このような場合、糸自体を手で引っ張り、最悪、糸が切れる。
「力なら任せて!」
むん、とガッツポーズを見せる月瑤に釣り竿を渡す。月瑤は躊躇なく、強い力で釣り竿を引っ張った。
「あ、待ってください、竿が折れちゃうかも……!」
大事にしていた竿だから、もっと丁重に……!
言いかけたちょうどそのとき、釣り糸がふわっと浮いた。針が抜けたようだ。仕掛けも竿も無事だ。
「やった……──」
「悪く思わないでくれよ」
月瑤と喜びを分かち合おうとした瞬間、体格のいい男が草むらから現れた。
臭い手に鼻と口を覆われる。
「むぐっ!?」
「清蘭様!?」
誰……!?
殺される……!?
混乱する思考を叩き直して、わたしは後ろにいる男を目だけで確認する。
全身黒の動きやすそうな服を着ている男は、身長百七十後半くらいありそうだ。薄手の服だから、たくましい筋肉がよくわかる。顔の下半分は布巾で覆って隠されていた。
「依頼人は清蘭の死をご所望だが、金髪は高く売れそうじゃねぇか」
人攫い!?
しかも、誰かに依頼されている!?
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