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後宮の釣り姫  作者: よこすか なみ
第1章 魚嫌いに魚を食わせる
6/6

5 毒魚

 魚の入った桶を持つわたしを、月瑤が背負って後宮まで走る。

 ミミズを入れていた桶は持てなかったので置いてきた。いずれまた取りに行くつもりだ。


「は、速いですわ……!」

 前世で数回やっていた、わたしの始業ギリギリ全力疾走チャリより速いんじゃないかしら……!?


「あんまり喋ると舌噛むよ」

「……っ!」

 月瑤に言われて口を閉じる。林から後宮までそれほど遠くはないとはいえ、あっという間に到着した。


 しかも桶の水もこぼれていない。

 どんな体幹をしているの……!?


「アタシは階下に報告に行ってきます。清蘭様はご自身の宮殿に戻られて……」

「では、わたしは厨房に行って、ハゼを捌いて参りますわ」

「はぁ!?」

 大きなリアクションだ。


「ハゼを捌く? 料理人に預けるじゃなくて? どういう状況か分かってます? 清蘭様、殺されかけたんですよ!?」

「でも、月瑤がいるから安心ですわ」


 ニコリと笑いかけると、月瑤は慌てたように片手で顔を隠した。頬が少しだけ赤い。

「あ、あんたねぇ……!」

「照れてます?」

「照れてない!」


 ピシャリと否定されてしまう。月瑤はため息をついて、

「わかりました、厨房に行ってください。報告が終わったらすぐ向かいますから」

 くるりと踵を返してしまう。

「あ、それと」

 その背中を呼び止める。


「わたしが月瑤を武官に推薦できないか、交渉してみますわ。見事な身のこなしでした」

 月瑤に拝礼をする。

「命を助けて頂き、本当にありがとうございました」

「え、あ、それくらい、当然の……」


 月瑤は顔を赤くしてしばらく視線をうろうろさせてから、意を決したように、拝礼をした。

「推薦の件、よろしくお願いします」

「お任せください。立派な実績だと思いますよ」

 わたしたちは、二手に分かれて後宮に入って行った。


 真っ直ぐに厨房を目指す。

「すみません、調理場所を一部貸して頂けませんか?」

 厨房で声を張り上げると、夕食の下拵えに取り掛かっていた全員が振り向いた。そして驚きと困惑の声を口々に上げている。


「清蘭様、どうされましたか?」

 尚食局長しょうしょくきょくちょう──厨房のリーダーの女性が、丁寧な仕草で話しかけてきた。


「魚を釣ったので、捌いて調理したいのです」

 わたしは手に持っていた桶を見せる。ハゼは水中でじっとしていた。

「でしたら、我々に任せて頂ければ……」

「いいえ。わたしの手でやりたいのです」

 強く言い返すと、尚食局長は苦笑いの表情のまま黙り込んだ。


「…………」

「…………」


 しばらく視線を交わし合う。

 自分で釣った魚を、自分で捌いて、天璟様に召し上がっていただく。

 わたしはそれをやり遂げなければならない。


 みなまで言わずとも、料理を生業にしている尚食局長には伝わる気がした。

 やはりというか、折れたのは尚食局長のほうだった。


「分かりました、くれぐれも怪我には気をつけてくださいね」

「ありがとうございます!」


 わたしはいそいそと指定されたスペースにバケツを持っていく。

 バケツの水を捨ててハゼを掴むと、まだビチビチと暴れた。


「まずは締めないと」

 まな板の上にハゼを乗せ、包丁の先をハゼの目の上あたり目掛けて突き刺す。


 ビクッ!!


 ハゼは一瞬だけ暴れ、すぐに力を失ったように動かなくなった。

 締められたようだ。

「じゃあ、鱗を剥いで……」


「清蘭はどこだ!!」


 重低音が厨房に響き渡った。

 解き放たれた出入り口で、天璟様が無表情ながらも、わずかに汗をかいて視線を厨房中に巡らせている。

 その後ろでは頭を抱えて「あちゃー」とでも言いたげな月瑤の姿があった。


「ここにおりますが……」

 只事ではない雰囲気に、わたしはそっと手を挙げた。


「清蘭!」

 目が合うと、天璟様がズカズカと近づいてくる。

「お前、襲われたそうじゃないか! なぜ厨房にいる! 自分の宮で大人しくしているだろ、普通!」

「はぁ……」

 わたしは首を傾げる。


「しかし、後宮にはたくさんのお仲間がいらっしゃいます。頼れる女官も。ここにいて安心するなというほうが無理な話でございましょう?」

「仲間……?」

 わたしの言葉に、天璟様の眉がぴくりと動いた。


「お前は、誰の差金かも分からない人間に殺されかけた後に、後宮にその犯人がいないと思うか?」


「そうですね。少なくとも、わたしに厨房を貸してくださった、尚食局の皆さんは違うと思いました。わたしを殺そうとする人が、台所を貸して下さるとは思えませんもの」

「そんなの、腹の底では何を考えているかなんて、分からないじゃないか」


 天璟様の目は心底不安そうだった。

 月瑤がアクアブルーの瞳なら、天璟様は深い藍色だった。底が見えない海の色。何がいるかも分からない、海底。


「そうですね、確かに海底には何がいるか分かりません……」

「海?」

 天璟様が怪訝な形相になるが、気にせずわたしは続ける。


「だからこそ、探ってみる価値があるのです。仕掛けを着底(底につくこと)させて、動きを入れながら、時々隙を見せ、相手が乗ってくるのを待つ。そのやりとりは、とても胸が高鳴ると思いませんか……!?」


 わたしが同意を求めるようと天璟の顔を見るが、すでに別のことを考えているようだった。


「動きを入れながら、時々隙を見せる……」

 何やらぶつぶつと呟いている。

「獲物がかかった時の快感は、ひとたまりもありませんよ……!」

「なるほどな……」

 天璟様が何かに納得している。


 釣りの魅力に気づいて頂けたのだろうか?


「天璟様も釣りに……!」

「いや、魚は嫌いだ」

 キッパリと断られてしまった。


「だが、お前の言っていることは参考になった。礼を言うぞ、清蘭」

 天璟様にふわりと優しく微笑まれ、心臓が高鳴るのを感じた。

 ずっと無表情で活かされなかった整った顔立ちが、全ての力を発揮してくる。

「い、いえ……! わたしは特に何も……!」


「お前の腹の底は、澄んでいるのだな」

「澄んでいる海って、魚があまりいないんですよね」

「何の話だ?」

 すんっとなって言い返すと、天璟様は怪訝な顔に逆戻りした。


「痛い! 痛い痛い!」


 厨房のどこかから悲鳴が聞こえた。

 声の主を探すと、一人の女官が腕を押さえてうずくまっている。

「どうしましたか!?」

 わたしと天璟様、そして月瑤の三人で女官の元へ向かう。


「あ、あれを捌こうとしたら……突然、手が痛くなって……」

 しゃがみ込んだ女官は、台所の上のまな板を指差す。一匹の魚が横たわっていた。


「これは……アイゴじゃないですか!」


 二十センチはある。濃い茶色がベースの斑点模様の魚。

 釣り人の間では毒魚として有名で、釣れてもすぐにリリースされることが多い。憎き、餌取りの魚だ。

 そのアイゴの背びれが一部千切れている。おそらくここを触ったのだろう。


「知ってるのか?」

「知ってるも何も、ヒレに毒を持った魚です! 誰か、触れるくらいの熱い湯を用意してください!」


 厨房にいた一人の女官が返事をして、水を沸かしに走った。

「天璟様は、お部屋にお戻りになったほうがよろしいかと」


 月瑤の助言に、天璟様はハッとする。目の前で事件が起きてしまった。皇帝の彼こそ、安全な場所で待機していたほうがいい。


「分かった。仔細が明らかになり次第、知らせよ」

「御意」


 わたしと月瑤は拝礼して、天璟様の背中を見送った。

 天璟様と入れ替わりで、熱湯の入った桶を持った女官がやってくる。

 痛みにうめいている女官の元へ走り、患部を熱湯に浸からせた。


「もう大丈夫です。アイゴの毒は、熱に弱いですから」

「あ、ありがとうございます……」

 女官は、弱々しいながらも少し安心したらしい。脂汗が引いていく。

 その様子を見て、わたしも胸を撫で下ろした。


「この魚、あなたはご存知なくて?」

 わたしが尋ねると、女官はアイゴのほうをチラリと見た。

「はい……。我々、尚食局の人間は、仕入れてきたもので献立を作るだけですので……」


「この食事はどちらへ?」

「四夫人様方の夕餉でございます……」


 また四夫人狙い……。

 さっきはわたし、でも今度は四夫人を無差別に……。


 わたしは毒にやられた女官を別の者に任せて、尚食局長のところへ行く。

「アイゴをご存知で?」

 尚食局長は、首を横に振った。


「いいえ。初めて見る魚でしたが、メジナの仲間だと言われ、宦官から渡されたので、特に疑いませんでした。後宮に仕入れる食材は、すべて担当の宦官が目を通しているはずです」

「宦官が……」


 わたしは顎をつまんで考える。

 宦官が魚の種類を正確に把握しているとは思えない……。

 きっと宦官も「メジナの仲間」だと言われて、仕入れたんだろう。


「月瑤」

「はい」

「大変申し訳ないのですが……」

「いいえ、何なりとお申し付けください」

 月瑤は拱手した。

 わたしはそんな月瑤の耳に口を寄せる。


「少々荒っぽいことなんですけれど……」

 ゴニョゴニョと指示を出すと、月瑤はニンマリと笑った。

「お任せください、清蘭様」

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