4 執務室に残された者たち
嵐のように清蘭が去ったあと。
天璟の執務室に残された宦官と、金髪の宮女──月瑤は、呆気に取られたまま立ち尽くしていた。
「それで、お前たちはどうした?」
天璟の呼びかけで、宦官はハッとする。釣り竿を持ってくるはずが清蘭に奪い取られてしまった。
「実は、先ほどの釣り竿の処分について、いかようにすべきかお尋ねしに参ったのですが……」
「では用事が済んでしまったようだな」
「そうなりますね……」
宦官は苦笑した。
「ああは言ったが、私の妃には変わりない。清蘭に何かあったら、私の面目が潰れてしまう。彼女に護衛を付けてやってくれ」
天璟に言われ、宦官は月瑤を見やった。
「そういえば、月瑤は武術の心得があるんだったよな?」
「ずっと前から武道が得意だと言ってるじゃないですか、アタシは武官希望だって。いい加減、武官に推薦してくれません? 元々、師匠が朝廷に武官として推薦してくれてたのに、女だからって勝手に洗濯係の宮女にされて」
「わかったわかった」
月瑤の訴えに被せ、宦官は雑にうなずいた。
「よし、賢妃様の護衛をして、成果が出せたら考えてやる」
「厄介払いしてるだけですよね? そう言われたら、やらざるを得ないですけど」
護衛の成果なんて、出ないほうが平和なのだが──月瑤はその言葉を飲み込んだ。
「では、天璟様、我々はこれで失礼します」
「ああ」
月瑤と宦官は、拝礼をして執務室から退室して行く。
バタンと閉まった扉を見つめて、天璟はようやく「ふぅ」と息を吐いた。
「人がいると緊張する……」
そう言って、天を向き、両手で顔を覆った。
天璟はなりたくて皇帝になったわけではない。
前皇帝である父親が、突然死んでしまったのだ。
父の死は暗殺も疑われたが、過労という判断が下された。真面目な父らしい終わり方だと思った。
故に、何も心の準備ができていないまま、いきなり位が与えられた。
後宮も、家臣から「この中から後宮入りする女を選んでください」と言われ、適当に選んだに過ぎない。
誰でもいいから、と選んだ女たちと、いきなり子作りをする気には到底なれず、形だけの後宮となってしまっていた。
「いけない、誰が聞いてるかもわからないからな……」
小さく独り言を呟いてから、天璟は仏頂面を作り直し、背筋を伸ばす。
母は父より先に他界していた。
急に政界へ放り出された天璟は、誰が味方で誰が敵かも判別できていなかった。
まだ若い天璟を利用しようとする輩は大勢いる。その悪意を見定めなければいけない。
それができないなら、誰も信用はできない。
──「誰も信用するな」
それが、父が亡くなる直前に残した言葉だった。
天璟は、自分の身を守るため、王として振る舞うため、隙を見せないように、表情を一貫して引き締めて生きてきた。
そんな中、ふと、破顔してしまったことを思い出す。
絶対に美味しい魚を食わせてやる、と豪語した清蘭。
今の天璟に、そうやって何かを成し遂げると断言できるだけの自信は、まだない。
「あんな自信を、俺も持ってみたいものだな……」
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