4 裏切らないです
正殿の玉座に座り、天璟は面々を見回した。天璟の左右には記録官が控えており、前には武官と文官が並んでいる。武官と文官の間、正殿の中央は大きく空間が開いている。
清蘭が雪瑛を連れて海月宮に帰った翌日、朝議が開かれた。
天璟は厳かな声で本題に入る。
「先日、劉帆とその一族に処刑の命を下した。また、劉帆に脅され、利用された雪瑛のみ、例外として降格処分とした」
海月宮を徹底的に捜査し、外出記録を照らし合わせた結果、推進派が誰であるかある程度の予想はついている。
天璟は並ぶ家臣たちをゆっくりと見回した。この中に劉帆の派閥、すなわち戦争推進派が何人もいるわけだ。
裏切りが発覚する前の劉帆の情報だから、どこまで信じていいものかは不明だが、とにかく推進派は数が増えていると言っていた。
「劉帆は私にとって信頼できる家臣であった」
大袈裟にため息をついてみれば、家臣たちの間に動揺が走る。天璟はその様子を注意深く窺った。
「これからは誰を頼ればいいものかまったくわからない……。ずっと私を励まし、支えてくれる者がまた現れればいいのだが……私の何が悪かったのだろうか……」
そこで言葉を切り、意図して沈黙を作る。息をのむ音が聞こえてきた。天璟はごほん、と咳払いをして再び口を開いた。
「しかし劉帆は私に黙って周辺国へ戦争の圧力をかけ続けていた! これを即刻中止とする!」
そのとき、武官の一人が列から出た。礼をして「申し上げます」と発言の許可を求めてくる。
天璟に発言を許され、武官は顔を上げた。
「お見舞い申し上げます。信頼していた武官がいなくなり、私どもには想像もできないほどの心労を感じていらっしゃるのでしょう」
「……わかるか」
武官は悲しそうに眉をハの字にした。天璟が共感を求める声をかけると、武官は鼻を啜った。
決して泣くわけではないが、天璟の心情を察して同情しているようだ。
「陛下は決して悪くございません。どうかご自分を責めないでください」
「……あぁ」
天璟は弱々しく、ほんの少しだけ微笑んでみせた。家臣たちがどよめく。無表情以外の天璟を初めて見せたからだ。
いつも険しく、厳格な皇帝を演じてきた天璟は、家臣たちの驚きようを見て自分の頑張りを実感した。
武官は一度深く頭を下げ、気を取り直すように大きく息を吐く。
「しかし、周辺国へはやはり強く出るべきだと思います。碧海国は大国でありますゆえ、友好関係などではなく、侵略をされる前に力関係をわからせておく必要があるかと」
──かかった。
「……そう思うか」
天璟は胸の内を悟らせないように、武官の進言に同調するふりをした。たちまち他の武官や文官が数名、「私もそう思います!」と列から出てくる。
同調の声が強くなり、列から出たがる者がいなくなった頃合いを見計らって、天璟は立ち上がった。
「……お前らが劉帆に付いていた者たちだな?」
「……!?」
家臣たち全員がお互いの顔を見合わせる。その中で列から出なかった者──劉帆派ではない武官たちが一斉に腰に携えた刀に手を添える。
「戦争推進派を捕らえよ!!」
天璟の号令に従い、天璟派の武官たちが捕縛を始めた──あらかじめ、劉帆派ではないと確信を得られた武官たちに段取りを伝えておいたのだ。天璟がわざと弱みを見せた瞬間、付け入ろうとする者たちを捕らえよ、と。
天璟は武官たちを見下ろした。戦争推進派である劉帆は死に、その次に権力がある者たちを一掃できた今、残党を捕らえるのも時間の問題だろう。
出口へ向かって天璟は歩を進める。
「くそ、弱ったふりをしていたな!?」
「ん?」
怒声に顔を向ければ、最初に列から出て天璟に同情を示した武官が床に跪かされていた。
「劉帆様から簡単に付け込めると聞いていたのに!!」
周辺国に舐められるどころか、家臣にすら舐められていたとは。
己の不甲斐なさ、不出来さに頭が痛くなる。
「馬鹿だな」
自身へ向けた言葉か、裏切り者の家臣に向けた言葉か。
それだけ呟いて、天璟は混乱に陥った正殿を後にし、そのまま一人、海月宮へ赴いた。普段の移動なら輿に乗り、家臣を従えて移動するが、海月宮へ行くときだけは違った。
桟橋へ近づくと潮の匂いとともに、後ろ姿が見えてくる。
先に気づいた月瑤と雪瑛が拝礼をし、清蘭が振り返る。
「天璟様!」
釣り竿を手にしたまま、清蘭はパァッと顔を輝かせた。眩しいが、この眩しさが心に沁みわたる。天璟が先程まで、人間の暗くてドロドロした部分に直接触れていたせいもある。
「釣れているか?」
「全然! 坊主ですわ!」
「その割に嬉しそうだな」
「えぇ! やっぱり釣りって楽しいです!」
月瑤と雪瑛は釣り竿を持っておらず、どうやら今回は見守り役らしい。
天気は快晴。水面は太陽の光でキラキラと光り、海を覗くと魚が泳いでいるのが確認できた。
「澄んでいる海には魚がいないんだっけか?」
「魚影が見えるのはいいんですけどね……」
清蘭は釣り竿についている糸巻きをくるくると回し、釣り針を海から引き上げる。何もついていない。
「針だけで釣ってるのか?」
「ミミズがついていたんですけど、食われてますわ」
ミミズを素手で釣り針につけているのか。
姫なのに。
そういえば女官と見間違えるような動きやすい格好をしている。
「やっぱりお前は変だ」
「えっ」
清蘭は心外というふうに不満の声を上げた。その様子がおかしくて天璟はクスクスと笑った。
「朝議を済ませてきた」
「はぁ、いかがでしたか?」
政治の話はよくわからない、と顔に書いてある清蘭に、噛み砕いて起こったことを説明した。劉帆が率いていた戦争推進派を捕らえたと聞いて、清蘭は「すごい」とわざわざ釣り竿を欄干に立てかけ、右手を庇いながら拍手をした。
「清蘭のおかげだ、改めて礼を言う」
「えっ、わたし何もしていませんが……」
心当たりがまったくないような清蘭に天璟は笑う。
「以前、『動きを入れながら、時々隙を見せ、相手が乗ってくるのを待つ』と言っていただろう」
あぁ、と清蘭は思い出したように人差し指を立てた。
「釣りの話ですね」
「政治の話だ」
「……では、違いますね。やはりわたしは何もしていません」
清蘭は首を横に振った。それでもいいか、と天璟は思う。今日の海のように、穏やかな気持ちだ。
「まさかこんなに裏切り者がいたとは思わなくてな」
話を朝議に戻すと、清蘭は眉尻を下げた。
「傷つきますよね……」
「……父が亡くなる前に『誰も信用するな』と遺言を残してたんだ」
天璟は欄干に腕をおいて、前屈みに海と向かい合った。
「……前皇帝にも、劉帆様はお仕えしておられたんですよね」
清蘭も海のほうに顔をやった。二人で潮風を浴びる。風はそんなに強くなかった。鳥が空を渡っている。波が寄せては返す音だけが響いた。月瑤と雪瑛は気を遣って離れたところから見守っていた。
「少なくとも、わたしは天璟様を裏切りません」
清蘭が天璟に向き直り、ずい、と背伸びをして顔を寄せてきた。
「それでは足りませんか?」
パチパチと天璟は瞬きした。清蘭の瞳が天璟を映す。えらく戸惑っている自分が客観視できて、天璟は悩んでいるのが馬鹿馬鹿しく思えてきた。
「清蘭は……」
「?」
「いや、なんでもない」
清蘭は当たり前のように「裏切らない」と宣言した。今はそれでいい。
天璟は後ろに控える女官たちに振り返った。
「月瑤」
「はい!」
距離を置いて天璟と清蘭を見守っていた月瑤は、やや声を張って返事をしてから駆け寄って来た。
「武官の件はどうするんだ?」
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