↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
後宮の釣り姫  作者: よこすか なみ
第4章 黒幕を釣り上げる
PR
33/40

5 賭ける

「天璟《てんけい》様! ご無事ですか!?」


 月瑤《げつよう》が天璟の執務室に飛び込んできた。息を乱して駆けつけた月瑤のただならぬ様子に、天璟は執務机から顔を上げた。


「無事だが……何があった?」

 肩で息をしていた月瑤は、呼吸を整えながら拱手《こうしゅ》をする。


「……掖庭《えきてい》へ送られていた、元九嬪《きゅうひん》の杏蕾《きょうらい》様から証言をいただきました……“陛下のお側にいる武官”の指示で毒魚を仕入れた、と」


「馬鹿を言うな! 劉帆《りゅうほ》が黒幕だと言いたいのか!?」

 立ち上がり、声を荒げる天璟に月瑤は一歩も引かなかった。


「アタシは“陛下のお側にいる武官”としか申し上げておりません。天璟様もわかっているのでしょう?」


「そんな、そんなはずは……」

 天璟は額に手を当てて黙り込んでしまった。


「杏蕾様に指示した人物は清蘭《せいらん》様目当てだと仰っていました。また雪瑛《せつえい》様に指示した人物も、やたらと清蘭様の命を狙っています。お二人に指示を出した人間は同一人物で間違いないかと」


 月瑤は拱手を解き、天璟に近づく。


「劉帆様はどこでしょうか?」

 月瑤の質問に、天璟は首を横に振った。わからない。天璟の執務室から出て行き、己の職務を全うしているのだろうとばかり思っていた。


「海月宮《くらげきゅう》へ使いを出しましたか?」

「いや、誰も送っていないが……」


 月瑤はゴクリ、と唾を飲んだ。


「今、海月宮で清蘭様がひとりです。囮のつもりでしょう」

「清蘭を劉帆が殺しに行っているとでも言いたいのか!」


 いつも無表情を貫いていた天璟の顔は酷く歪んでいた。杏蕾から証言が出てしまった以上、劉帆に疑いの目を向けざるを得ない。しかし、天璟の中で劉帆はたったひとりの信用できる臣下だった。


「劉帆様が黒幕でなくとも、清蘭様の身が危ない状況なのは確実です」

「それは……わかっている……!」


 皇帝のものである後宮の姫を毒殺しようなど、重罪である。劉帆がそんなことを企んでいるとは思いたくない。


 海月宮へ行くということは、劉帆を疑うことにならないか?


「理由がないだろう、劉帆が清蘭を殺す理由が」

 藁をも掴む思いで、劉帆が黒幕ではない可能性を探す。


「それはわかりませんが」

 月瑤は言葉を切る。


 一瞬ほっとした天璟に、月瑤は続けた。

「劉帆様は、雪瑛様に皇帝暗殺を命じています」


 天璟は目を見開いた。

「……なんだと……」

 絞り出した声はそれだけだった。


 劉帆が俺を暗殺?


 なぜ?


 あんなに慕ってくれて、心配してくれて、俺を一番に考えてくれていたのに──俺を殺す?


「本当、なのか……?」

「雪瑛様本人から聞き出しました。黒幕に命じられた、と」


 二つの証言が事実ならば、導き出される答えは一つだった。

 それでも天璟は信じたくなかった。


 捕らえられた姫たちが嘘をついているかもしれない、劉帆に濡れ衣を着せるために……。


 ──「誰も信用するな」


 亡き父の声が天璟の頭に響く。


 誰を信じて、誰を信じてはいけないのか。

 皇帝になってから、家臣たちすら敵になっていた。


 俺に味方はいなかったのか?


 劉帆だけは、唯一の……。


「天璟様」

 ぐるぐると混乱する天璟は、月瑤の呼びかけでふと我に返った。


「アタシは清蘭様を守りたいです」

 月瑤は真っ直ぐ天璟を見据えていた。澄んだ波打ち際のような色の瞳は、純粋に己の希望を訴えていた。


「天璟様は、どうしたいですか?」


 俺は……どうしたいのか……。


 劉帆を信じたいのか、清蘭を守りたいのか。


 戦争を進めたいのか、民を守りたいのか。


 誰を信用して、誰を疑うのか。


 ──「ご自身が納得できるご決断をしてください」


 満月の夜、釣り好きの彼女はそう言っていた。


「アタシは雪瑛様も杏蕾様も信じています、もちろん、清蘭様もです」

 天璟には、迷いなく言い切る月瑤が眩しく思えた。


「そんなに簡単に信じるなどと……」

「簡単ではないのは、天璟様が一番わかっていらっしゃるでしょう」

 月瑤は苦笑した。


「お忘れですか? アタシ、清蘭様に命賭けてるんですよ?」


 あぁ、そうだ。月瑤は清蘭の主張に乗っかっていた。


 仕える主人の末路に女官は巻き込まれるものだが、本来自ら首を差し出す必要はない。


 天璟は月瑤に向き直る。月瑤の目に怯えの色はない。


「それほどに、か……」


 腹の奥底から笑いが込み上げてきた。なんだか悩んでいる自分が馬鹿らしい。


 彼女たちが信頼関係を築き上げている間、自分は何をしていたんだろうか。


「いいだろう」

 天璟は大きくうなずいた。


「お前の信頼に、私も乗ってやろう」

「……! ありがとうございます」


 月瑤はパァッと顔を輝かせて拱手をした。


「とにかく、海月宮へ向かいましょう。清蘭様が危ないです!」


 海月宮に到着するやいなや、月瑤は真っ先に桟橋へ向かった。


「え……」

 言葉を失う月瑤の後ろから、天璟が覗き込む。


 置かれた釣り竿、放りっぱなしの網、そして大きな魚の入った透明な入れ物が残されていた。


「清蘭様は絶対ここにいらっしゃった……」

「わかるのか?」


 月瑤は「はい」と答える。


「こんな見覚えのない釣り竿を使うのは清蘭様しかありえません。しかも、釣った魚をそのままにして場を離れるなんて……男に襲われたときのハゼすら持って帰るような人ですから」


「拐われた……!?」


 月瑤が言い切る前に、天璟は結論を弾き出した。


「清蘭はどこに行ったんだ!」

「落ち着いてください」


 月瑤は桟橋の水滴を見る。天気は曇りだが気温は夏。水滴はすぐ乾いてもおかしくない。だが、桟橋はまだ濡れている。


「まだ近くにいるかもしれません」


 そのとき、どこからか大きな物音がした。

読んでくださり、ありがとうございます!

ぜひ☆やリアクションをポチッとよろしくお願いします!

感想やレビュー、励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。