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後宮の釣り姫  作者: よこすか なみ
第4章 黒幕を釣り上げる
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3 どうしようもなくなったとき

 わたしは部屋の奥へ駆け出した。壁をばんと叩く。石壁はビクともしない。


「無様ですね」

 微笑を浮かべながら劉帆《りゅうほ》様はゆっくり近づいてきた。刀は振りかぶったままだ。


「ここで殺したら、運ぶのが大変でしょう!」

 壁に沿って逃げるが、すぐに角になってしまった。


「大丈夫ですよ、あなたは軽そうですし。見つからない場所があると言ったでしょう」

 壁に背をつけて、劉帆様と睨み合う。


 もうここまでなんだろうか。


 彼の頭上に持ち上げられた切っ先がわたしを嘲笑うように見下ろしている。


 わたしが死んだら、みんなも死んでしまう。

 きっと天璟様も劉帆様の手にかけられてしまうだろう。天璟様は劉帆様を信じきっているから。


 いいのだろうか、こんな終わり方で。

 転生して、自分の好きなことを満喫できたのに、一緒に釣りをしてくれる友達もできたのに。


 鼻の奥がツンとして、涙が出そうになるのを堪える。


 泣いている場合じゃない。

 でも、どうしたら……!


 わたしは石壁をどんっと拳で叩いた。


「……?」


 手応えがおかしい。叩いた壁を見ると、妙なくぼみがあった。


 なんだこれ。

 くぼみというか、穴?


 石壁に空いているには不自然な穴だ。


「諦めなさい!」

 劉帆様は間合いに入れようとさらに歩を進めてくる。


 わたしの頭の中で、雪瑛《せつえい》様が笑いかけてくる。


 ──「どうしようもなくなったとき、思い出して」


「…………まさか」


 わたしは懐から雪瑛様からもらった簪《かんざし》を取り出して、壁の穴に差し込んだ。ぴったり嵌まる手応えを感じて、簪をぐるりと回すと、壁が向こう側に動く。


「え!?」


 先には長い道が続いていた。

 隠し通路!?


「なんで鍵を持っている!」


 劉帆様の驚きの声を背中で聞きながら、わたしは簪を引き抜いて再び駆け出した。


 折檻《せっかん》部屋でわたしを殺しても遺体を運ぶのを躊躇わなかったのは、折檻部屋と隠し場所がすぐ隣だったから。


 隠し部屋ではなく、隠し通路。


 ……死体が見つからない自信があるわけだ!


 どこに続いているかもわからない隠し通路を走る。狭い隠し通路を通るには、一度刀をしまう必要がある。その時間だけ、わたしは先に進むことができた。


 右手で壁をつたいながら足を動かす。ざらざらとした石壁で、手を切ってしまいそうだ。


「くそ! 待て!」


 後ろから劉帆様の怒号が聞こえてくる。隠し通路はかなり狭く、わたしでも肩が時々壁を擦ってしまうほどだった。武官なりの良い体格をしている劉帆様はカニ歩きしなければ入れないだろう。


 ……雪瑛様もここを通ったのだろうか。


 簪を握りしめる。それは簪ではなく、鍵だった。髪に挿していれば誰にも疑われない。


 劉帆様は“我々”と言っていた。その中に雪瑛様が入っているとしたら、色んな鍵を共有していてもおかしくはない。


 誰かを行方不明にさせたいときに、雪瑛様にも手伝わせるつもりだったのだろう。


 もしかしたら、折檻から逃れようとして……。


 明かりが一つもないので、時々躓きながら走り続ける。ようやく行き止まり、階段にたどり着いた。


 階段を駆け上り、扉を開く──そこは。


「釣り具の蔵……?」


 ここに繋がっていたのか。

 早くここから出て、後宮に向かわなければ。


 ……いや。


 このまま走ったところで後宮に辿り着く前に追いつかれるのは目に見えている。


 ならば、ここで時間を稼ぐしかない。彼に足止めを食らわせてから逃げるほうが、まだ分がある。用事を終えた月瑤だって海月宮に戻ってくるはずだ。


 わたしは有り余る釣り具を見渡した。


 何か使えるものはないか。

 刀を持った彼に一矢報いるものは。


 その中で二つ、足止めになりそうなものに当たりをつけた。一つはすぐ見つかった。もう一つは目視では見つからないが、確実に存在する。


 ……いけるだろうか。


 わたしがその一つを掴んだと同時に、隠し通路に続く扉が開け放たれた。


 劉帆様がゆっくりと姿を現す。彼はわたしを認めると、鼻で笑った。


「ほう、それで私と渡り合えるとでも?」


 わたしは、魚つかみを刀のように構えて、彼に向き合っていた。

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