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第三話 ハゼを調理しよう!

 魚の入ったバケツを持つわたしを、月瑤げつようが背負って後宮まで走る。


「は、速いですわ……!」

「あんまり喋ると舌噛みますよ」

「……っ!」


 月瑤に言われて、口を閉じる。林から後宮までそれほど遠くはないとはいえ、あっという間に到着した。

 しかもバケツの水もこぼれていない。

 どんな体幹をしているのかしら……!?


「アタシは階下に報告に行ってきます。賢妃けんぴ様は……」

「では、わたしは厨房に行って、ハゼを捌いて参りますわ」

「ハゼを捌く? どういう状況か分かってます? 殺されかけたんですよ?」

「でも、月瑤がいるから安心ですわ」


 わたしがニコリと笑うと、月瑤は慌てたように、片手で顔を隠した。頬が少しだけ赤い。

「あ、あんたねぇ……! 分かりました、厨房に行ってください。報告が終わったらすぐ向かいますから」

「あ、それと」

 くるりと踵を返してしまう月瑤の背中を呼び止める。


「わたしが月瑤を武官に推薦できないか、交渉してみますわ。見事な身のこなしでした」

 そして、月瑤に拝礼をする。

「命を助けて頂き、本当にありがとうございました」

「え、あ、それくらい、当然の……」


 月瑤は顔を赤くしてしばらく視線をうろうろさせてから、意を決したように、礼拝した。

「推薦の件、よろしくお願いします」

「お任せください。立派な実績だと思いますよ」

 わたしたちは、二手に分かれて後宮に入って行った。


 わたしは真っ直ぐに厨房を目指す。

「すみません、調理場所を、一部貸して頂けませんか?」

 厨房で声を張り上げると、夕食の下拵えに取り掛かっていた全員が振り向いた。そして驚きと困惑の声を口々に上げている。


「賢妃様、どうされましたか?」

 尚食局長しょうしょくきょくちょう──厨房のリーダーの女性が、丁寧な仕草で話しかけてきた。


「魚を釣ったので、捌いて調理したいのです」

「でしたら、我々に任せて頂ければ……」

「いいえ。わたしの手でやりたいのです」

 強く言い返すと、尚食局長は苦笑いで黙り込んだ。


「…………」

「…………」


 しばらく視線を交わし合う。

 やはりというか、折れたのは尚食局長のほうだった。


「分かりました、くれぐれも怪我には気をつけてくださいね」

「ありがとうございます!」


 わたしはいそいそと指定されたスペースにバケツを持っていく。

 ハゼ釣りに行く際、軽装に着替えてはいたものの、袖が邪魔なので、帯紐の一つを取って、タスキ掛けをしていく。

 バケツの水を捨てて、ハゼを掴むと、まだビチビチと暴れた。さすが、生命力が高い。


「まずは締めないと」

 まな板の上にハゼを乗せ、包丁の先を、ハゼの目の上あたりを目掛けて突き刺す。

 ビクッ!!

 ハゼは一瞬だけ暴れ、すぐに力を失ったように、動かなくなった。

 締められたようだ。


「じゃあ、鱗を剥いで……」


清蘭せいらんはどこだ!!」


 重低音が厨房に響き渡った。

 解き放たれた出入り口で、天璟てんけい様が無表情ながらも、わずかに汗をかいて視線を厨房中に巡らせている。

 その後ろでは頭を抱えて「あちゃー」とでも言いたげな月瑤の姿があった。見覚えのある宦官も一人引き連れている。


「ここにおりますが……」

 只事ではない雰囲気に、わたしはそっと手を挙げた。


 目が合うと、天璟様がズカズカと近づいてくる。

「お前、襲われたそうじゃないか! なぜ厨房にいる! 自分の宮で大人しくしているだろ、普通!」

「はぁ……」

 わたしは首を傾げる。


「しかし、後宮にはたくさんのお仲間がいらっしゃいます。頼れる女官も。ここにいて安心するなというほうが無理な話でございましょう?」

「仲間……?」

 わたしの言葉に、天璟様の眉がぴくりと動いた。


「お前は、誰の差金かも分からない人間に殺されかけた後に、後宮にその犯人がいないと思うか?」


「そうですね。少なくとも、わたしに厨房を貸してくださった、尚食局しょうしょくきょくの皆さんは違うと思いました。わたしを殺そうとする人が、台所を貸して下さるとは思えませんもの」

「そんなの、腹の底では何を考えているかなんて、分からないじゃないか」


 天璟様の目は心底不安そうだった。

 月瑤がアクアブルーの瞳なら、天璟様は、深い藍色だった。底が見えない海の色。何がいるかも分からない、海底。


「そうですね、確かに海底には何がいるか分かりません……」

「海?」

 天璟様が怪訝な形相になるが、わたしは続ける。


「だからこそ、探ってみる価値があるのです。仕掛けを着底(底につくこと)させて、動きを入れながら、時々隙を見せ、相手が乗ってくるのを待つ。そのやりとりは、とても胸が高鳴ると思いませんか……!?」


 わたしが同意を求めるようと、天璟の顔を見るが、すでに別のことを考えているようだった。


「動きを入れながら、時々隙を見せる……」

 何やらぶつぶつと呟いている。

「獲物がかかった時の快感は、ひとたまりもありませんよ……!」

「なるほどな……」

 天璟様が何かに納得している。


 釣りの魅力に気づいて頂けたのだろうか?


「天璟様も釣りに……!」

「いや、魚は嫌いだ」

 キッパリと断られてしまった。


「だが、お前の言っていることは参考になった。礼を言うぞ、清蘭」

 天璟様にふわりと優しく微笑まれ、心臓が高鳴ったのを感じた。

 ずっと無表情で活かされなかった整った顔立ちが、全ての力を発揮してくる。

「い、いえ……! わたしは特に何も……!」


「お前の腹の底は、澄んでいるのだな」

「澄んでいる海って、魚があまりいないんですよね」

「何の話だ?」

 すんっとなって言い返すと、天璟様は怪訝な顔に逆戻りした。


「痛い! 痛い痛い!」


 厨房のどこかから悲鳴が聞こえた。一人の女官が腕を押さえてうずくまっている。

「どうしましたか!?」

 わたしと天璟様、そして月瑤の三人で、女官の元へ向かう。


「あ、あれを捌こうとしたら……突然、手が痛くなって……」

 しゃがみ込んだ女官は、台所の上のまな板を指差す。一匹の魚が横たわっていた。


「これは……アイゴじゃないですか!」


 二十センチはある。濃い茶色がベースの斑点模様の魚。釣り人の間では、毒魚として有名で、釣れてもすぐにリリースされることが多い。憎き、餌取りの魚だ。

 そのアイゴの背びれが一部千切れている。おそらくここを触ったのだろう。


「知ってるのか?」

「知ってるも何も、ヒレに毒を持った魚です! 誰か、触れるくらいの熱湯を用意してください!」


 厨房にいた一人の女官が返事をして、水を沸かしに走った。

「天璟様は、お部屋にお戻りになったほうがよろしいかと」


 月瑤の助言に、天璟様はハッとする。目の前で事件が起きてしまった。皇帝の彼こそ、安全な場所で待機していたほうがいい。


「分かった。仔細が明らかになり次第、知らせよ」

「御意」


 わたしと月瑤は礼拝して、天璟様と連れの宦官たちの背中を見送った。

 天璟様と入れ替わりで、熱湯の入った桶を持った女官がやってくる。

 痛みにうめいている女官の元へ走り、患部を熱湯に浸からせた。


「もう大丈夫です。毒は熱に弱いですから」

「あ、ありがとうございます……」

 女官は、弱々しいながらも、少し安心したらしい。脂汗が引いていく。

 その様子を見て、わたしも胸を撫で下ろす。


「この魚、あなたはご存知なくて?」

 わたしが尋ねると、女官はアイゴのほうをチラリと見て答えた。

「はい……。我々、尚食局の人間は、仕入れてきたもので献立を作るだけですので……」

「この食事はどちらへ?」

「四夫人様の夕餉でございます……」


 また四夫人狙い……。

 さっきはわたし、でも今度は、四夫人の誰かが……。


 わたしは毒にやられた女官を別の者に任せて、尚食局長のところへ行く。

「アイゴをご存知で?」

 尚食局長は、首を横に振った。

「いいえ。初めて見る魚でしたが、メジナの仲間だと言われ、宦官から渡されたので、特に疑いませんでした…。後宮に仕入れる食材は、すべて担当の宦官が目を通しているはずです」

「宦官が……」


 わたしは顎をつまんで考える。

 宦官が魚の種類を正確に把握しているとは思えない……。

 きっと宦官も「メジナの仲間」だと言われて、仕入れたんだろう。


「月瑤」

「はい」

「大変申し訳ないのですが……」

「いいえ、何なりとお申し付けください」

 月瑤は両膝を床について、拱手した。

 わたしも膝をついて、月瑤の耳に口を寄せる。


「少々荒っぽいことなんですけれど……」

 ゴニョゴニョと指示を出すと、月瑤はニンマリと笑った。

「お任せください、賢妃様」

読んでくださり、ありがとうございます!

評判が良かったら長編化するつもりなので、ぜひ☆やリアクションをポチッとよろしくお願いします!

感想を頂けたら舞います。

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