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後宮の釣り姫  作者: よこすか なみ
第3章 生で食うな、焼いて食え
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28/40

8 怖い

 わたしたち三人は床に座り、壁に背中を預けた。足を真っ直ぐ投げ出す姿勢だ。


「これを清蘭《せいらん》様に預けるわ」


 そう言って、雪瑛《せつえい》様は簪《かんざし》を髪から引き抜いた。ふわりと髪が下ろされる。簪には白い石が嵌っていた。


「どうしようもなくなったとき、思い出して」

「お守りですか?」

「まぁそんなところ」


 右側に座っている雪瑛様は、差し出したわたしの手にポンと簪を置いた。


「お互い処刑されなかったら返してちょうだい」

「わかりました!」


 わたしは簪を懐にしまい込んだ。落とさないように大切にしよう。


「どうしても黒幕の正体は教えてもらえないんですか?」


 わたしの左側に座っている月瑤《げつよう》が雪瑛様に問いかける。雪瑛様は口を開いては閉じる、を繰り返した。


「ダメね、どうせ死ぬなら同じことなのに、どうしても言えないわ……」

 言えない?


「怖いのよ、あの人のことが、ずっと」


 雪瑛様は自身を両手で抱きしめた。震える肩にそっと手を置くと、だんだん震えが収まってくる。


「わたしたちで探すしかないですね、黒幕」

「探すってどうやってですか? 今のところ手掛かりなしですよ」


 月瑤が腕を組む。わたしもうーん、と考え込んでから、人差し指を立てた。


「一回、雪瑛様が自白した内容を整理してみましょう」


 二人がうなずいたのを確認してから、わたしは出来事を順番に話し始める。


「まず、わたしと月瑤が後宮外の川で謎の男に襲われましたが、これは雪瑛様が……?」

「そう自供したけれど、本当は黒幕が雇った者よ」

「では、アイゴを仕込んだ九嬪の方も?」

「えぇ。彼女に指示を出したのも黒幕。当時、私は何も知らなかったわ」


 じゃあわたしが前世の記憶を取り戻した時点で、黒幕に目を付けられていたことになる。他の四夫人《よんふじん》にはそういった事件は聞かない。


 いったいなぜ?


「天璟《てんけい》様に生サバを献上したのは?」

 雪瑛様はチラリと出入り口の扉に視線をやった。わたしと月瑤は雪瑛様に耳を寄せる。


「……皇帝暗殺のためよ」


 わたしは思わず口元を両手で押さえる。大きな声が出そうになった。

 まさか、黒幕は皇帝の座を狙っている……!?


 ──「周辺諸国へ軍事的圧力をかけるべきだと、進言されていて……」


 天璟様はそう言っていた。何か関係あるのかもしれない。

 狙われていたのはわたしの命だけではなさそうだ。


「ご自身でも生サバを召しあがろうとしたのは……」

 雪瑛様は視線を逸らした。


「……自殺を図ったのよ。死ねないと聞いたときは驚いたわ。商人の話をよく聞いてなくて」


 頭に手をやり、ため息をつく雪瑛様。毒がある、というワードに飛びついてしまった、と彼女は言った。


「生サバ事件が失敗して、今度は清蘭様を殺めようと海に……?」

 月瑤が言いながら眉をひそめる。雪瑛様はうなずいた。


「そうしろ、と言われたのよ」

「なんだか、黒幕は異様に清蘭様だけを嫌ってませんか?」

「確かに、わたしだけ狙い撃ちされている気がします」


 黒幕の真の狙いが皇帝暗殺だとしたら、わたしに執着する必要はないはずだ。

 わたしがいると都合の悪いことがある……?


「私が言えるのはここまでかしら。これ以上言おうとすると、心臓がすごく嫌な感じになるわ」


 胸のあたりに手をやる雪瑛様の額には、脂汗が浮かんでいた。呼吸も荒くなっていて、走ってもいないのに短い息を繰り返している。


「たくさん教えていただいて、ありがとうございます」

「これらのことは陛下にもまだ伝えないほうがいいでしょうね」


 月瑤の進言にわたしはうなずく。どこで誰が聞いているかわからないし、天璟様から黒幕に伝わってしまう可能性だってある。


 何より、皇帝暗殺を目論む者がいるだなんて怖がらせたくない。


「あまり力になれなくてごめんなさいね」

「そんなことありません! お陰様で一つ気づきました」


 謝る雪瑛様にわたしは両手をブンブン振った。


「アイゴを仕込んだ九嬪の方って、まだ牢にいらっしゃいますよね?」

「……!」


 雪瑛様と月瑤が顔を見合わせた。


「確か、掖庭《えきてい》に送られていたはずです……!」

「月瑤、彼女に会いに行って、話を聞いてきていただけませんか? 賢妃《けんひ》の使いとして来た、と言えば面会させてもらえるはずです」

「わかりました!」


 掖庭は、罪を犯して位を剥奪された妃嬪《ひひん》が働いている場所でもあり、位の低い宮女たちの働く場所でもある。雪瑛様が掖庭送りではなく北の蔵に入れられているのは、四夫人という立場ゆえだ。


 わたしと月瑤は立ち上がり、お尻についた土埃を払う。


「では、そろそろ参りましょうか」

「もう行っちゃうのね」


 夕方まで遊んでいた小学生みたいなことを言ってくれる雪瑛様に、わたしは笑顔で返す。


「雪瑛様の無実を証明してきます」

 言うと、雪瑛様は笑顔でわたしたちを送り出してくれた。


 わたしと月瑤は北の蔵を出て、再び天璟様の執務室へ舞い戻った。

「どうだった?」


 天璟様は椅子に腰掛け、机に肘をついた姿勢で尋ねてくる。横に劉帆様も控えていた。


「意見は変わりません」

 真っ直ぐに天璟様の瞳を見据える。


「雪瑛様を処刑したところで、黒幕が他にいます」

「本当にそれでいいのか?」


 天璟様はしばらくわたしを凝視していた。深い海のような瞳に、心配と期待の波が押し寄せている。


「わたし、後悔した釣行はございません」

 断言する。行かなきゃよかったと思った釣りなどない。


 意図を察した天璟様は鼻で笑う。迷いが消え、皇帝の顔になった。


「期限は三日だ。三日以内に黒幕を見つけ出せなければ、雪瑛も清蘭も月瑤も処刑する」


 久しぶりだ、低い声で背中を撫でられるこの感覚。


 釣り竿を持って海月宮《くらげきゅう》に移住したいと懇願したとき以来だ。


「いいな?」

 怖気付いたか確認するような視線に、わたしと月瑤は拱手《こうしゅ》で応えた。


「ありがとうございます」

「良い報告を待っているぞ」


 真顔を崩さない天璟様に「失礼します」と言って退室する。扉を閉めてすぐ、わたしは大きく息を吐いた。


 この両肩に雪瑛様と月瑤、二人の命が乗っている。


 三日、か……。


 今日はもう正午を過ぎている。残り二日半、といったところだろうか。


 ……時間は少ない。


 でも、やることはもう決まっている。


「月瑤は先程指示した通りに」

 力強くうなずいてくれる月瑤。わたしも気合いを入れなければ。


「清蘭様は?」


「わたしも少々やることがあるので」


「?」

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