7 大馬鹿者たち
雪瑛様が閉じ込められている牢は後宮の北に位置する蔵だった。およそ四夫人がいるとは思えない粗末な小屋の前には、見張りとして武官が二人立っていた。
「何用ですか?」
武官たちはわたしたちの姿を認めると警戒を露わにした。特に、月瑤に対して厳しい睨みを利かせている。炎琥との試合に勝ってから、目をつけられているようだ。
「天璟様より、雪瑛様とお話する許可を頂きました」
天璟様直筆の許可証を見せる。見張りの一人が許可証を受け取り、丹念にチェックをして、わたしたちは蔵へ入ることを許された。
「何かあったらお呼びください」
それだけ言い渡され、扉が閉められる。
小屋の中は湿っぽく、埃くさい。わたしと月瑤は思わず袖口で目鼻を覆った。
光は上部にある縦の格子窓一つのみで、室内全体を照らすには足りない。壁に灯籠も設置されておらず、日が落ちれば真の暗闇になるだろう。
「誰……?」
心許ない声が蔵の奥から微かに聞こえた。目を凝らすと、人影が床に腰を下ろしている。
「清蘭でございます」
「清蘭様……?」
驚きと戸惑いが混じった声を上げ、人影がゆらりと動いた。駆け足でこちらに向かってくる。
格子窓から入ってくるわずかな光に照らされ、疲れ切った雪瑛様が現れた。
「お身体は大丈夫ですか?」
「えぇ……汚れただけよ」
可憐なお召し物は埃や土で汚れてしまっていた。捕らえられてからそんな時間も経っていないが、髪はボサボサになり、化粧も崩れている。
とはいえ、怪我などはされていなさそうだ。
「とりあえず、ご無事でよかったです」
わたしが笑いかけると、雪瑛様の顔が歪んだ。
「私が無事でよかった? どうしてそんなことが言えるの?」
キッと吊り上げられた眉に、わたしは少したじろいでしまった。同時に、月瑤がわたしを庇うように前へ出る。
「私は貴女を殺そうとしたのよ?」
突き飛ばしたのは本当に雪瑛様だったのか。
「それは……」
月瑤も心配そうにわたしを見つめている。
「雪瑛様がそんなことをするようなお人だとは、どうしても思えなかったからです」
雪瑛様はわずかに目を見張った。しかし、すぐに攻撃的な目つきに戻ってしまった。
「……そんなの、わからないじゃない」
唇を震わせながら彼女は言う。
「私と貴女は少ししか話したことがないのよ」
「少し? 本当に、少しでしょうか?」
「はぁ?」
わたしが首を傾げて見せると、雪瑛様から気の抜けた声が出た。
「だって、一緒にサバの塩焼きを食べて、お茶会をして、幽霊がいるかいないかで盛り上がったでしょう?」
指折り数えながら、雪瑛様との思い出を語る。彼女は黙って聞いてくれていた。
「サバを美味しそうに食べる雪瑛様を見て、塩焼きを提案してよかったと思いました」
「…………」
「わたしと月瑤の関係を羨ましい、と笑ってくださったことも嬉しかったです。自慢の女官ですから」
「…………」
「月瑤が武官になれるよう口添えしてくださると提案してくださったときも……」
「あれは!」
雪瑛様が話を遮った。
「貴女から女官を離して、一人にさせるためよ! その隙を狙って海に突き落としたの!」
「……わたしを殺すために、月瑤を……」
わたしは指折り数えていた手を胸に当て、きゅ、と拳を握った。
「もうわかったでしょ! 私は寵愛を受けるために、同じ四夫人である貴女が憎たらしいから殺そうとしたの!」
「……では」
わたしは月瑤を押しのけ、雪瑛様の両手を取る。雪瑛様の手は拳を握り、震えていた。
「どうして今にも泣きそうなのでしょうか?」
「……!」
眉間に皺を寄せ、泣くのを我慢している小さな子どものような雪瑛様は、わたしと目が合うと遂に泣きじゃくった。
涙が次から次へと落ちていくのを拭いもしない彼女に、わたしは話し続ける。
「先程もお伝えしましたが、わたしには雪瑛様が望んで犯行を行ったようにはどうしても思えないのです」
「ひっく……う……」
鼻を啜りながらも雪瑛様は目を逸らさない。
「わたしを突き落としたのは雪瑛様かもしれません。ですが、黒幕は別にいると思っています」
「……っ」
雪瑛様が息をのんだのがわかった。
「教えていただくことはできませんか?」
「……どうせ殺されるわ、貴女も私も」
雪瑛様は自嘲しながら言った。
「その点については心配なさらず」
「え?」
「黒幕が判明しなければ、わたしも月瑤も処刑される約束をしてきました」
雪瑛様はわたしと月瑤を見比べる。
「じゃあここに来た理由って……」
わたしはうなずく。
「雪瑛様と一度お話をしてから、黒幕を探すために首をかけるか決めてこい、と天璟様が」
「……馬鹿じゃないの」
なんてことを。
「馬鹿ではございません」
「大馬鹿よ! 貴女たち二人とも! なんで会ったばっかりの、自分を殺そうとした女を助けようとしてんのよ!」
雪瑛様は叫んだ。涙をボロボロとこぼして、唾を飛ばしながら。わたしは雪瑛様の手をぎゅっと握り返す。
「だってわたしたち、まだ一緒に釣りをしていないでしょう?」
「……!」
約束したのだ。いつか一緒に釣りをしよう、と。忘れたとは言わせない。なかったことになんてさせない。
わたしも月瑤も自然と笑みが浮かんでいた。
「あ、ぁ、うぁ、あぁぁぁぁ」
雪瑛様はわたしに手を掴まれたまま泣き崩れた。わたしたちも一緒にしゃがみ込み、月瑤は彼女の背中を優しく撫でていた。
「ご、ごめんなさい……清蘭、私、貴女に……!」
俯いているので雪瑛様の表情は見えない。謝罪を口にする彼女に、わたしは明るい口調で応える。
「いいんですよ、生きていましたから」
「月瑤もごめんなさい……! 武官になれると期待させておいて……」
「いいですよ、自力でなるんで!」
「あ、ぁ、あぁぁ……」
雪瑛様が泣き止むまでわたしたちは団子のように固まっていた。
しばらくして落ち着いた雪瑛様は、鼻水を袖で拭いながらわたしを見た。
「貴女に渡したいものがあるの」
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