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後宮の釣り姫  作者: よこすか なみ
第3章 生で食うな、焼いて食え
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6 お粗末な嘘

 月瑤《げつよう》は桟橋で誰も見ていないらしい。


 翌朝、桟橋に残した手提げ灯籠《とうろう》などを回収してから、月瑤に背負われて後宮へ赴いた。


 わたしが後宮に現れた途端、全員が幽霊を見たかのような顔をこちらに向けてくる。

 命を落としかけたので天璟《てんけい》様に報告へ訪れたのだけれど。


「なんでしょうね?」

 首をひねっていると、月瑤が提案してくれる。


「聞いてみますか?」

 そう言って、手近な宮女の首根っこを捕まえてわたしの前まで連れて来てくれた。


「手荒な真似はやめなさい」

「任意ですよ」


 注意してみるが悪びれる様子もない。連れてこられた十代半ばほどの宮女はすっかり怯えきっていた。洗濯物が入った桶を持つ手が震えている。


「清蘭《せいらん》様が幽霊に突き落とされるのを見たって噂が……」

「誰がそんなこと……」


 噂の出どころなんてわかるはずもないのに、つい口をついていた。

 意外にも洗濯係の宮女は首を横に振らなかった。


「雪瑛《せつえい》様が……」


 わたしと月瑤は顔を見合わせる。天璟様への報告も忘れて、わたしたちは雪瑛様の宮殿へ急いだ。


「雪瑛様! どういうことですか!?」

 驚く女官たちに案内されて、雪瑛様の部屋に入る。ソファに座っていた雪瑛様はわたしを確認すると、一瞬で顔を青ざめさせた。


「……生きてたのね」

 観念したように目を瞑り、天を仰ぐ。


「雪瑛様がわたしを海に突き落としたんですか?」

「そうよ」


 やたらとはっきりした声で彼女は罪を認めた。女官たちが一斉にざわつく中、雪瑛様は表情を変えない。


「貴女、宦官《かんがん》を呼んできて」

 指名された女官は戸惑いつつも言われた通りに走って行った。


「どうしてですか?」

「…………」


 すぐに数名の宦官がやってきて雪瑛様を捕らえた。彼女は抵抗しない意を見せたので暴力的なことはされず、宦官に囲まれて部屋を出て行く。


「私も生きたかったからよ」

 そう言い残す雪瑛様の背中は、なんだかとても小さく感じた。


 モヤモヤした気持ちのまま、天璟様の執務室で事の顛末を報告すると、第一声に怒号が飛んできた。


「女官もなしに夜釣りをする馬鹿がどこにいる!」

「ここに……」

「そういうことを言ってるんじゃない!」


 月瑤がいないなら後宮に帰ってこい、という天璟様の指示を無視して夜釣りをした挙句、海に突き落とされたわたしはこっぴどく怒られた。


 ローテーブルを挟み、ソファに座ったまま天璟様のお叱りを受け続ける。月瑤はソファの後ろで待機している。


「だいたい、約束が違うだろ! 月瑤がいるなら海月宮《くらげきゅう》に住んでもいい、という話だったはずだ!」

「仰る通りでございます……」


「死んでしまったら取り返しがつかないんだぞ!」

「はい……」

「まったく……」


 言いたいことを粗方言い終えたのか、天璟様は腕を組んでソファに深く座り直した。


 軽く咳払いをして、「少々怒鳴りすぎてしまった」と付け加えた。長時間の説教だったが彼からは疲労の色も感じられない。


「天璟様、よろしいでしょうか」

「入れ」


 ノックの音がして、劉帆《りゅうほ》様が現れる。いつもの飄々とした顔つきで「雪瑛様が自供しました」と報告した。


「動機は?」

「皇后の座だそうです。寵愛を受けるために、賢妃《けんひ》様が邪魔だった、と」

「まぁ、そんなところだろうな」


 天璟様と劉帆様のやりとりにわたしは違和感を覚えた。


 寵愛のために、わたしが邪魔?


「賢妃様へ送った男や毒魚を混入させた九嬪も、雪瑛様の指示だそうです」

「一連の事件が雪瑛の仕業だったのか……」


 え? は?


 月瑤がワンパンしたハゼ釣りの男が雪瑛様の指示? アイゴも?


 いつからわたしを脅威に感じていたの?


 もしかして、前世の記憶が蘇る前から?


 でも、それっておかしい。


 まぶたに浮かぶのは、サバの塩焼きを美味しいと笑って食べる雪瑛様の顔だった。


 理解できない。納得できない。


「雪瑛様は処刑いたします」

「待ってください!」


 気づいたら立ち上がって大声を出していた。劉帆様と天璟様が驚愕の表情でわたしを見やる。


「処刑は待ってください!」

「……なぜだ。雪瑛は私の後宮を恐怖に陥れたのだぞ」


 天璟様の鋭い目つきに気圧されそうになる。


 ここで負けちゃいけない……!


「都合が良すぎます」

「なんだと?」


 天璟様が片眉を吊り上げる。劉帆様も疑わしげにわたしの言葉を待っていた。


「雪瑛様はわたしが寵愛を諦めて海月宮へ移住したことを知っています。わたしが邪魔なはずありません。しかも男とアイゴの事件はわたしが離宮へ行くための試練の中で起こりました。本当に寵愛のためなら、遠回しに襲ったりせず、さっさと移住させたほうが姫を減らせて効率的です」


 わたしの意見を聞いて、天璟様は右手で顔を覆った。一理ある、と受け取ってもらえたようだ。


 雪瑛様のやっていることはあまりにも投げやりすぎる。


 幽霊に突き落とされるのを目撃した、なんて、一歩間違えれば目撃者である雪瑛様が疑われるのに。現にそうなってしまった。


 まるで自分なんてどうなってもいいような、お粗末な嘘。

 彼女が本当に突き落としたかもしれないが、それにしたっておかしい点が多い。


「雪瑛様の処刑まで時間をください。彼女以外の犯人を見つけて見せます」

「無責任すぎませんか?」


 待ったをかけたのは劉帆様だった。


「これで雪瑛様が犯人だったらどうするおつもりですか?」


 彼は処刑人としての責任があるからだろう。わたしが不用意に処刑を遅らせて、結局犯人だったとなれば、責められるのは劉帆様になりかねない。


「無駄な前例を作る羽目にもなります。今後様々な凶悪犯が処刑に猶予を設ける口実になり得ます」


 言い分はもっともだと思った。劉帆様は職務を全うしているにすぎない。


「劉帆は雪瑛が犯人だと確信しているわけだな」

「自白をしていますから」


 それでもわたしは……!


「他に犯人が見つからなければ、わたしの首を刎ねてください」

「!?」


 劉帆様の目が大きく見開かれる。


 覚悟を示す必要があった。わたしなりの覚悟が。


 何もできないお姫様が戯言で徒に処刑を引き延ばしているわけじゃない。


「それは違います。賢妃様を代わりに処刑して、何になるんですか」


 慌てた劉帆様が考え直すよう促してくる。わたしは首を横に振った。


 ──「いつかね」


 上品に笑う雪瑛様が思い浮かぶ。


「わたしの我儘で処刑を止めるんですから、これくらいの対価は当然です」


 何を言われても譲れない。頑なな姿勢を貫いていると、後ろからため息が聞こえた。


「それなら、アタシの首も差し出します」

「月瑤……!?」


 月瑤まで巻き添えにならなくていいのに、と言いかけたが、月瑤が口を開くほうが早かった。


「一心同体でしょう?」

「……!」


 抱きしめたくなる衝動をグッと堪えて、わたしはゆっくりうなずいた。


「ですが……!」

「わかった。清蘭の意見は変わらないようだな」


 劉帆様が反論をする前に天璟様が場をおさめた。


「一度、牢にいる雪瑛と話をしてこい。それでも意見が変わらないなら、少しは検討してやろう。清蘭の推理は決して的外れではなかったからな」

「天璟様……!」


 雪瑛様と対話する機会まで頂けるなんて。どこまで話がわかるお方なんだろう。


「これを見張りに見せろ」


 天璟様は紙と筆でサラサラと簡易的な許可証を書いてくれた。


 牢にいる者と対面するのに、これがあれば話が通しやすい。


 わたしと月瑤は拝礼して心の底からお礼を述べた。天璟様は「話が終わったらすぐ戻って来い」と言い、わたしたちは雪瑛様がいる牢へ向かった。




***




「……甘すぎませんか?」


 清蘭と月瑤の退室を見送ってから、劉帆は扉から視線を逸らさないまま天璟に尋ねた。


「そうか? 矛盾した自白をする雪瑛を早急に処刑するほうが危ないと思ったぞ」


 天璟は劉帆にも長椅子に座るよう手で示した。劉帆は大人しく従った。


「雪瑛の自白が出鱈目だとしたら、雪瑛を処刑すれば一生真相に辿り着けないまま、真犯人に後宮の者たちを傷つけられるかもしれない。そうすれば、俺の権威にも関わる。みすみすと自分のものに手を出された哀れな皇帝だとな」


 劉帆は両手の指と指を合わせる。天璟はため息をついた。


「お前が俺を心配して言ってくれているのはわかってるよ」

「……ありがとうございます」

「ただでさえ戦争推進派が良くない動きをしている最中だっていうのにな」


 天璟は首をゆっくり回した。ゴキ、と音が鳴る。


「どうだ? 指導者の目星は付いたか?」

 劉帆は目を伏せる。


「目星はついていますが、確定とまでは……」

「そうか。疑いだけで処罰したくはない。確信に至ったら教えてくれ」

「御意」


 劉帆は立ち上がって拱手《こうしゅ》をした。


「それにしても、まさか自分の首を差し出すとはな」


 清蘭と月瑤を思い出し、天璟はくっくっと笑いを堪える。


「一体何が彼女たちにそこまでさせるんだろうな」

「…………」

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