4 信頼
ドンッ!!!
鈍い音が夏の空に響き渡った。
静寂が会場を包み込み、誰もが息をのんでいた──数秒後、ズドンと砂埃を立てて炎琥が地面に沈んだ。
円の中心で、月瑤一人が佇んでいる。
「よいしょっ」
白目を剥いて泡を吹く炎琥を米俵のように肩に担いで、月瑤は淡々と円の外側へ運び、乱暴に地面に下ろした。落とした、と言ったほうが近いかもしれない。
炎琥はピクピクと痙攣するだけで意識はなさそうだ。
パンパンッと手についた土を払いながら、彼女は劉帆様に振り返る。
「これでいいですか?」
「勝者、月瑤!」
劉帆様が月瑤の右手首を掴んで高くあげた。どこにいたのか、医官が倒れる炎琥の隣にひざまずき、容体を診ている。
「うおおおおお!!」
「勝っちまった! あの炎琥に!!」
「何者なんだ、あの娘!?」
歓声の中から飛び出して、わたしは月瑤のもとへ走る。
「月瑤〜!!」
「わっ、清蘭様、そんなに勢いよく飛び込んできたら危ないですよ」
感極まって泣きながら抱きつくわたしを受け止めて、月瑤はふわりと笑った。
「何したんですか!? とても素晴らしかったです! 動きが見えませんでした!」
「何って……鳩尾に拳を入れただけですよ、遅かったので」
なんてことないという風に告げる月瑤に会場がどよめく。
「炎琥が遅かった、だと!?」
「ありえない!」
ほら見たことか、強いんだぞ、わたしの女官は。
「さすがわたしの月瑤ですわ〜!」
「もう、落ち着いてください」
化粧が付くことも厭わず、わたしは月瑤に頬擦りする。月瑤が落ち着けと言うだけで拒絶はしないのが嬉しくて、ずっとすりすりしてしまった。
パチパチパチ。
手を叩く音が聞こえて顔を向けると、天璟様が拍手をしながらこちらへ近づいてきた。
「見事だった、月瑤」
「じゃあ……!」
わたしは目を輝かせ、天璟様の言葉を期待して待つ。
天璟様は参った、というようにため息をついた。
「ああ。海月宮への移住を許可する。また、暗殺者が捕まるまで清蘭を守り抜いたなら、月瑤も武官に昇格させよう」
「やったー! 月瑤のお陰です! これで釣り三昧の美味しい毎日ですよ!」
「だから危ないって」
月瑤の両手を握って、くるくると踊る。彼女は運動神経がいいので、わたしが転ばないように注意しながら一緒に踊ってくれた。
「いいんですか、天璟様」
劉帆様が天璟様に確認する声が耳に入る。
「約束は守るさ」
大勢の家臣の前だからか、天璟様の表情は崩れない。無表情のまま、ハイテンションお化けのわたしの横までやってきた。
「清蘭」
「はい?」
じ、と天璟様がわたしを見つめる謎の時間が流れた。
「約束は守るが、諦めないからな」
右手を取られ、甲に唇が落とされる。
ぎゃっ!
女性陣から黄色い声があがった。
「あ、ありがとうございます……?」
わたしは理解が追いつかないまま、お礼を言った。
「わかったならいいんだ」
それだけ言い残して、天璟様は劉帆様を連れて武場を去って行った。
「清蘭様、良かったですね。海月宮に移住しても寵愛は薄れなさそうですよ」
月瑤が耳打ちしてくる。寵愛だなんて大袈裟な。わたしは笑った。
「後宮にはたくさんのお姫様がいらっしゃいますから、わたしなんてすぐに飽きられてしまいますよ」
今は天璟様からの愛よりも、魚を釣りたいのだ。天璟様もきっと一時の気の迷いに決まっている。
「えぇ……本気でそう思ってるんですか……?」
「? はい」
「アタシは天璟様に同情します……」
月瑤が同情することがあるかしら?
疑問は残るものの、この場はお開きとなった。わたしたちは並んで後宮へ歩き出す。
「……あの、ありがとうございました」
月瑤が口を開いたと思ったら感謝を述べられ、キョトンとしてしまう。
「お礼を言うのはわたしのほうですよ、これで大手を振って釣りができるんですもの」
「そうじゃなくて……」
彼女が足を止めるのでわたしも立ち止まった。真っ直ぐに見つめてくる瞳を受け止める。蝉の鳴き声がやけにうるさく感じた。
「信じてくれて、ありがとうございます」
わたしは頭を下げようとする月瑤の両頬を手で挟み、無理矢理顔を上げさせた。
「これからも信じていますよ、わたしの月瑤」
「……はいっ!」
月瑤は顔をくしゃくしゃにして笑った。何かが吹っ切れたような笑顔といい返事に満足して、わたしは鼻歌を歌いながら再び歩き出した。
さんさんと降り注ぐ太陽光を浴びながら、わたしたちは宮殿へ戻った。
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