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後宮の釣り姫  作者: よこすか なみ
第2章 坊主でもそばにいる
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4 信頼

 ドンッ!!!


 鈍い音が夏の空に響き渡った。


 静寂が会場を包み込み、誰もが息をのんでいた──数秒後、ズドンと砂埃を立てて炎琥《えんこ》が地面に沈んだ。


 円の中心で、月瑤《げつよう》一人が佇んでいる。


「よいしょっ」


 白目を剥いて泡を吹く炎琥を米俵のように肩に担いで、月瑤は淡々と円の外側へ運び、乱暴に地面に下ろした。落とした、と言ったほうが近いかもしれない。


 炎琥はピクピクと痙攣するだけで意識はなさそうだ。


 パンパンッと手についた土を払いながら、彼女は劉帆《りゅうほ》様に振り返る。


「これでいいですか?」

「勝者、月瑤!」


 劉帆様が月瑤の右手首を掴んで高くあげた。どこにいたのか、医官が倒れる炎琥の隣にひざまずき、容体を診ている。


「うおおおおお!!」

「勝っちまった! あの炎琥に!!」

「何者なんだ、あの娘!?」


 歓声の中から飛び出して、わたしは月瑤のもとへ走る。


「月瑤〜!!」

「わっ、清蘭《せいらん》様、そんなに勢いよく飛び込んできたら危ないですよ」


 感極まって泣きながら抱きつくわたしを受け止めて、月瑤はふわりと笑った。


「何したんですか!? とても素晴らしかったです! 動きが見えませんでした!」

「何って……鳩尾に拳を入れただけですよ、遅かったので」


 なんてことないという風に告げる月瑤に会場がどよめく。


「炎琥が遅かった、だと!?」

「ありえない!」


 ほら見たことか、強いんだぞ、わたしの女官は。


「さすがわたしの月瑤ですわ〜!」

「もう、落ち着いてください」


 化粧が付くことも厭わず、わたしは月瑤に頬擦りする。月瑤が落ち着けと言うだけで拒絶はしないのが嬉しくて、ずっとすりすりしてしまった。


 パチパチパチ。


 手を叩く音が聞こえて顔を向けると、天璟《てんけい》様が拍手をしながらこちらへ近づいてきた。


「見事だった、月瑤」

「じゃあ……!」


 わたしは目を輝かせ、天璟様の言葉を期待して待つ。

 天璟様は参った、というようにため息をついた。


「ああ。海月宮《くらげきゅう》への移住を許可する。また、暗殺者が捕まるまで清蘭を守り抜いたなら、月瑤も武官に昇格させよう」

「やったー! 月瑤のお陰です! これで釣り三昧の美味しい毎日ですよ!」

「だから危ないって」


 月瑤の両手を握って、くるくると踊る。彼女は運動神経がいいので、わたしが転ばないように注意しながら一緒に踊ってくれた。


「いいんですか、天璟様」

 劉帆様が天璟様に確認する声が耳に入る。


「約束は守るさ」

 大勢の家臣の前だからか、天璟様の表情は崩れない。無表情のまま、ハイテンションお化けのわたしの横までやってきた。


「清蘭」

「はい?」

 じ、と天璟様がわたしを見つめる謎の時間が流れた。


「約束は守るが、諦めないからな」

 右手を取られ、甲に唇が落とされる。


 ぎゃっ!


 女性陣から黄色い声があがった。


「あ、ありがとうございます……?」

 わたしは理解が追いつかないまま、お礼を言った。

「わかったならいいんだ」


 それだけ言い残して、天璟様は劉帆様を連れて武場を去って行った。


「清蘭様、良かったですね。海月宮に移住しても寵愛は薄れなさそうですよ」

 月瑤が耳打ちしてくる。寵愛だなんて大袈裟な。わたしは笑った。


「後宮にはたくさんのお姫様がいらっしゃいますから、わたしなんてすぐに飽きられてしまいますよ」


 今は天璟様からの愛よりも、魚を釣りたいのだ。天璟様もきっと一時の気の迷いに決まっている。


「えぇ……本気でそう思ってるんですか……?」

「? はい」

「アタシは天璟様に同情します……」


 月瑤が同情することがあるかしら?


 疑問は残るものの、この場はお開きとなった。わたしたちは並んで後宮へ歩き出す。


「……あの、ありがとうございました」

 月瑤が口を開いたと思ったら感謝を述べられ、キョトンとしてしまう。


「お礼を言うのはわたしのほうですよ、これで大手を振って釣りができるんですもの」

「そうじゃなくて……」


 彼女が足を止めるのでわたしも立ち止まった。真っ直ぐに見つめてくる瞳を受け止める。蝉の鳴き声がやけにうるさく感じた。


「信じてくれて、ありがとうございます」

 わたしは頭を下げようとする月瑤の両頬を手で挟み、無理矢理顔を上げさせた。


「これからも信じていますよ、わたしの月瑤」

「……はいっ!」


 月瑤は顔をくしゃくしゃにして笑った。何かが吹っ切れたような笑顔といい返事に満足して、わたしは鼻歌を歌いながら再び歩き出した。


 さんさんと降り注ぐ太陽光を浴びながら、わたしたちは宮殿へ戻った。

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