3 試合
正午を回る少し前、わたしは月瑤を伴って武場に参上した。武場は体育館のような平屋だ。建物の横にはグラウンドのような整備された空き地がある。中でも外でも訓練が行われているのだろう。
時間前に到着したというのに、武場はすでに見物人で溢れかえっていた。
「あの金髪の小娘が相手!?」
「無謀すぎるだろ……」
女官も武官も宦官も、あらゆる役職の方々が好奇心に満ちた視線を向けてくる。その中にはわたしと同じ四夫人の姫様がたもいらっしゃった。
「来たか」
天璟様が武場の入り口で出迎えてくれる。
わたしたちが拱手をして挨拶をすると、劉帆様が案内のためにやってきた。
「見て、劉帆様よ。相変わらずお美しいわ」
「後宮では滅多にお目にかかれないですものね」
急に女官たちが色めき出す。どの時代でもイケメン好きは変わりない。
やっぱり劉帆様は人気なのですわね……。
劉帆様が女官たちに愛想笑いをすれば、たちまち黄色い歓声があがった。まるでアイドルのようだ。
「試合会場は外です」
劉帆様の後ろを歩いていくと、建物の横の開けた場所に到着した。
ならされた綺麗な土に、大きな円が掘られている。その円の中心、大男が腕を組み、仁王立ちでこちらを見ていた。
「対戦相手の武官、炎琥です」
劉帆様の紹介に合わせて、炎琥は組んでいた腕を解きわたしに拝礼をした。
身長は二メートルくらい、体重も百キロ超えていそうな巨漢。
体格にビビっているわたしをよそに、月瑤は躊躇いなく炎琥の前に躍り出た。
「月瑤です。よろしくお願いします」
炎琥より月瑤のほうが身分が下なので、月瑤は拱手の姿勢で自己紹介をした。
二人が並ぶと幼児と大人みたいだ。
「小娘が相手か。気が乗らないな」
炎琥は挨拶も返さず、丸太のように太い首をゴキッと鳴らした。髪のないツルツルとした頭が太陽の光に反射して眩しい。
「小娘、俺の英雄伝は知っているか?」
自分で英雄とか言っちゃうんだ。
「……いいえ」
「俺は一人で虎三匹を相手に圧勝した男だ!」
月瑤の素っ気ない返答を気にもとめず、炎琥は叫ぶ。それが自己紹介なのか。
「この国始まって以来の快挙。俺より強い人間はこの世にいない!」
バッと太陽に向かって両手を広げた。彼のパフォーマンスにオーディエンスが盛り上がる。
「いけーっ! 炎琥ー!」
「お前に勝てた武官は誰もいねぇんだ! やっちまえ!」
「手加減しろよー!」
試合というより、まるで見せ物。
天璟様を盗み見ると、いたって真剣な表情で円の中にいる二人を見ていた。
「月瑤! 怪我だけは気をつけて!」
わたしの声援に、月瑤はひらりと手を振って応えてくれた。
か、カッコいい……!
「賢妃様は俺に向けて仰ってるんじゃないのか? お前に怪我をさせてくれるな、と。姫様に願われちゃあ、俺も考えてやるよ」
炎琥に都合のいいように受け取られ、むかっとくる。
「ちょっと、口の利き方に……!」
「いいって、清蘭様」
いつものセリフなのに、やけに冷たく聞こえた。真夏の太陽の下、わたしだけが月瑤の言葉に冷や汗をかいていた。
月瑤は鼻で笑う。
「小物はよく喋りますから」
「……言うじゃねえか」
おでこにビキビキと筋を立て、炎琥は指を鳴らし始めた。
「ごほん!」
緊張感が漂う中、劉帆様が咳払いを一つして注目を集める。
「規定を確認します。どちらかが円から出るか、負けを宣言すれば試合終了。武器は使用禁止。命の危険が及ぶようなら即中断。いいですね?」
劉帆様が視線を配り、両者が首を縦に振る。
審判を務める彼が月瑤を侮っていることをわたしは忘れていない。目にものを見せてやりますわ。
「それでは、試合開始!」
ワッと見物人のボルテージが上がる。
「怪我をしないとか言ったか? それは無理だ」
二人は距離を保ったまま、円の縁を歩く。チャンスを窺っているようだ。強者同士の間の取り合いってやつだろうか。
「延々といたぶってやる、参ったなんて言えないほどにな」
炎琥が悪そうな笑みを浮かべ、見物人の武官らしき男たちが野次を飛ばす。
「死なない程度に加減しろよな〜! 息があればいいんだぞ!」
「内側にさえいれば試合続行だぞ〜! 思いっきりやっちまえ!」
炎琥と武官たちの害意に、わたしは奥歯を噛み締めた。ルールに従うつもりなんかなくて、炎琥は最初から月瑤を殺す寸前まで追い詰めるつもりだったんだ。
「恨むなら、こんな勝負を決めた自分のお姫様を恨むんだな!」
炎琥が土を蹴り上げ、勢いよく月瑤に襲いかかる。
速い──!
鈍そうな巨体の印象とは裏腹に、炎琥の動きはとても俊敏で。
大きな拳が月瑤に叩き込まれる、その瞬間。
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