1 試練
天璟様の後ろに立って控えていた劉帆様が一歩前に出る。
「力自慢の武官がいます。彼と戦えば、その女官の強さがわかるでしょう」
「その女官、などではなく、月瑤です、むぐ」
わたしが訂正すると、月瑤が「いいって!」とわたしの口を塞いだ。無用な争いは避けたいのだろう。
……だからといって、月瑤の扱いがぞんざいなのは気に食わない。
「月瑤」
わたしと月瑤のやり取りに笑いを堪えながら、天璟様が説明を続ける。
「お前が武官で一番の腕自慢に勝利すれば、すなわち、ここで最も強い女官ということになる。そうでなくては清蘭を守れない。もちろん、命に関わるような危険な試合はさせない。いたずらに家臣が減るのは、私も反対だからな」
「では、どういった試合内容を?」
月瑤が真剣な表情で質問する。それには劉帆様が答えた。
「円の中から出たら敗北、もしくは負けを宣言したら決着と見なします。武官の間では、強さを計るためによくやる簡単な試合形式です」
確かにシンプルで、なんだか相撲みたい。体型が大きく体重が重いほうが有利そうなルールだ。
わたしがぼんやり考えている間にも、月瑤は質問を続ける。
「武器の使用は?」
「禁止です。素手のみで、相手を場外に出すか屈服させて見せてください」
範囲が決まっている中で、素手でタイマンか。月瑤は動きやすそうだが、相手が巨漢であれば、難しいかもしれない。
まぁ、負ける心配はしていないけれど。
「……殺すのは?」
「……ほう」
物騒なことを言い出す月瑤に、わたしは目を見張る。
ルール聞いてました? 素手ですわよ? 武器なしですわよ?
「もちろん、禁止です。どちらかが死にそうになったら、私が試合を中断させます」
「相手が規則を無視してアタシを殺そうとしてきたら?」
「……反撃を認めます」
「承知しました」
なんておっかない確認なんだ。万が一でも、殺し殺されそうになる事態に陥ってほしくない。
「質問は以上でいいか。三日後の正午に、武場で試合を執り行う」
武場は朝廷内にある武官たちの訓練場だ。後宮よりも南側に位置する。
「清蘭」
天璟様がわたしを見つめて言う。
「この勝負で月瑤が敗北すれば、お前は海月宮に行けないどころか、釣りも今後禁止とする」
「えっ!? 釣りもですか!?」
「当たり前だ。暗殺者がいるのに悠長に釣りなどさせられるか」
なんということ……!?
衝撃のあまり、月瑤の肩をがしっと掴む。
「月瑤! 絶対勝ってくださいね!!」
「は、はい……」
わたしの必死さに少々引き気味の返事が返ってきた。そこは一緒に「えいえいおー」ってしてくれないと! 後宮にそんな文化はないが。
「そもそも試合などせず、海月宮を諦めろ。護衛付きで近場の釣りを短時間だけなら許可してもいい」
天璟様に釣りの許可だけを頂ける選択肢を提示されてしまった。
天璟様はよっぽどわたしに、ハイリスクハイリターンな選択をしてほしくないみたいだ。
「どうする?」
「そっちのほうがいいんじゃないですか? 清蘭様。釣りがしたいんですよね? わざわざ賭けに出なくても……」
月瑤も天璟様の案に賛成らしい。わたしの釣り欲を慮ってくれている。
わたしは両条件を天秤にかけてみた。
試合を辞退したら、近場でちょっとだけ釣りができる。
試合に挑み、勝ったら海月宮で釣り三昧、負けたら釣り禁止。
……あれ?
「護衛は月瑤になりますか?」
「その限りではない。武官も複数人護衛につけるつもりだ」
天璟様の答えに、わたしはもう一つ質問を重ねる。
「それなら、月瑤が武官に昇格する話は白紙になってしまいますよね?」
わたしが確認すると、月瑤はぎくりと肩を揺らした。
天璟様は当たり前のようにうなずく。
「そうだ。月瑤が武官になれる機会はなくなる」
「では、やはり、月瑤に試合をしてほしいですわ」
わたしが単体で海月宮に行き、危険に身を晒してこそ月瑤の護衛が評価されるもの。
釣りもできるし、釣り道具がたっぷりありそうな海月宮に住めるし、一石三鳥レベルだ。
「ふっ、面白いな。わざわざ危険を冒すなど」
「危険ではありません」
わたしは首を横に振って断言した。
「月瑤は強いですから」
「……っ!」
月瑤が拳をぎゅっと握りしめる。
ね、と月瑤に笑いかけると、彼女は顔を隠すように拱手する。
「ご期待に添えるよう努力いたします」
「ふふ、期待していますよ」
「わかった。じゃあ三日後の正午に、武場へ来てくれ」
話がまとまったので天璟様が立ち上がる。わたしたちも退室するために腰を上げた。
退出前に拝礼をしたところで、劉帆様が一言付け加えた。
「くれぐれも気をつけてくださいね。危ないと思ったら、早めに負けを宣言してください」
彼も心配してくれているようだが、今の月瑤にとってそれは失礼だ。こちらとしては煽りにしか聞こえない。
劉帆様より身分が低い月瑤は何も言い返さない。無表情のまま、彼女はずっと大人の対応を続けている。
わかっている。
今だって、そうしたほうがいい──だが、わたしは違う。
煽り耐性が低いのだ。
「拝ませてくださいまし」
月瑤が開けてくれる扉に向かいながら、首だけで劉帆様に振り返る。
「吠え面」
言うと同時に扉が閉まり、わたしたちは四夫人にそれぞれ与えられている宮殿へ戻った。
***
「聞いたか、劉帆! 吠え面かかせてやるって言ったぞ!」
清蘭と月瑤が執務室から去ったあと、天璟は腹を抱えて笑い転げていた。
「聞きました……あの自信はいったいどこから湧いてくるんでしょうか」
笑いが収まらない天璟を横目で見ながら、劉帆は相槌を打つ。
「あー笑った」
天璟は涙を指で拭いながら、長椅子に座り直した。劉帆にも向かい側の長椅子に座るよう指し示すと、彼は素直に腰を下ろした。
「試合をせずに済む有利な条件を出しても、月瑤が武官になれる機会を選んだ。月瑤はいったい何者なんだ?」
首をひねる天璟に劉帆は言う。
「まあどんなに自信があろうと勝つのは武官ですよ」
「ほう? その力自慢の武官とやらはそんなに強いのか?」
「はい。彼は虎三匹と一人で戦い勝利した前例があります」
「虎三匹!?」
天璟は思わず長椅子から身を乗り出した。
「以前、地方の領地に遠征へ行った際、虎の群れに襲われたのだとか。虎の首を持って、自慢してまわっていました」
「それは……申し訳ないが、彼女たちに勝つ未来はないな」
天璟は頭をかく。
「いえ、別に死ぬわけではないですし、現実を知らないと何も守れないですから」
「うーん……」
「ですから、天璟様の判断は間違っていないですよ」
劉帆はそう断言して、天璟の執務室を後にした。
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