第107話:拳から始まる姉妹愛
西城赤鉄:瑠璃子、翡翠の兄。瑠璃子ラブ
宗谷廸子:前世は間宮廸子。小町の妹
「ここがF組寮か」(赤鉄)
「はい」
古臭い建物だった。雨だれの跡などが見て取れる。多分瑠璃子の事が無ければ一生縁のない場所だっただろう。
「ここがF組寮」
隣からも同じ言葉が聞こえてきた。宗谷廸子。南雲公爵の孫にあたる。分家でありながら目を掛けられているという噂だったが本当のようだ。分家の娘のために車を出すようなことはまずしない。
どういうことだ? 護衛に目をやるが彼らからの回答も困惑だった。そもそも車を出すこと自体褒められた行為ではないのだ。
F組の寮ごときで車を出すのか? 緊急事態でもないのに? 常識がないのか?
「ここがF組寮」
先に車から降りた男性が呟いていた。
西城赤鉄。西城家の長男だったはずだ。確か大阪領にいると聞いたけれどいつのまに東京に? なにかあったのだろうか? F組の寮に?
どういうことでしょう? 護衛に目で訴えますが、彼女達からの回答も困惑でした。そもそも車を出すこと自体褒められた行為ではないはずです。
F組の寮に行くために車を出したのでしょうか? 緊急事態でもないのに? 常識がないのでしょうか?
* * *
「瑠璃子!」(赤鉄)
「お兄様!?」(瑠璃子)
しまった。瑠璃子の姿を見てつい叫んでしまった。
「あ……あのどうしてここに?」(瑠璃子)
それはこちらのセリフだ。なんでこんなところに居る?
「それに……宗谷様?」(瑠璃子)
瑠璃子も西城の娘である、南雲家の孫くらいわかる。
庭に張られた決闘フィールドの境界線を挟んで。瑠璃子は気まずそうに兄を見上げていた。
兄は無言で腕を組んで仁王立ちしている。
「……」(赤鉄)
「……あの」(瑠璃子)
瑠璃子はもう一人の兄、赤鉄が苦手だ。睨むばかりで何も話さない。
赤鉄は赤鉄でどうしたらいいのかわからなくなっていた。さらに宗谷廸子との仲を誤解されている。
(違う! ど、どうしたら)(赤鉄)
(怒ってる……なんで!?)(瑠璃子)
さっきまでの獰猛な笑みはどこへやら、瑠璃子は完全にしゅんとしていた。
「「……」」
沈黙が重い。
周囲のF組も固唾をのんで見守っている。
(終わった……絶対怒られる……)(瑠璃子)
「戦い……」(赤鉄)
「え?」(瑠璃子)
「戦闘を続けろ!!」(赤鉄)
「ひゃっ! ひゃい!」(瑠璃子)
「えーー……」(黒田)
瑠璃子が再び構える
「さぁっ! 構えなさい!」(瑠璃子)
「えーー……」(黒田)
黒田も混乱しながらも構える。DRDでは母親の久子が登場する他、ユニークスキルを持たなかったために追放された兄のことは語られる。
だが、他の兄弟については皆無だった。
(あれが追放された兄……じゃないよな。もう一人お兄さんいたのか?)(黒田)
疑問を抱きつつも黒田も瑠璃子に剣を向ける。
「ほうほう、さてはシスコンだね、君」(白雪)
「な!?」(赤鉄)
フィールドの向こうで黒田と瑠璃子が火花を散らす中、いつのまにか隣にガスマスクがいた。
(なんだこいつ、いや、これが花籠白雪か。公爵家次期当主に馴れ馴れしい口を聞く奴だ。消すか!? いや、だめだ)
貴族、それも公爵家となればF組の生徒1人消したところでもみ消すのは容易い。通常は。だが、今、花籠白雪という少女は注目されている。
スキルコピー。Aランク満点。異常な風貌。無視する方が難しいだろう。
そんな人間が消えるのはまずい。別に疑いの目が向いた所で罪に問われることはない。日華に法律はない。だが、公爵家が平民を殺したというのはまずい。
貴族は何より面子を重んじる。何の理由もなく護べき平民を殺したというのはかなりの醜聞となる。
(多分こいつも、こちらが簡単には手を出せないと見て言ってきている)(赤鉄)
後ろに控える護衛にも聞こえているが知っているので反応はない。こちらも赤鉄のいきなりの行動に白雪の接近を許してしまった。
気がついたときには、瑠璃子の炎を帯びた斬撃が黒田の胸元を裂いていた。決闘フィールドが溶けるように消えて行く。
「……怪我はないか」(赤鉄)
「……え?」(瑠璃子)
「怪我はないのかと聞いている」
「……ない、です。決闘カードを使っているので当然では?」
「む、いや、そうだったな」
「あ、あの、それでお兄様はどうしてここに?」
「いや、それはだな……」
「お兄さんは、ヨーグルト作りの腕を磨くために来たのだよ」(白雪)
「は……はい?」(瑠璃子)
「おい!?」(赤鉄)
「そうなのですか?」(瑠璃子)
「そうだよ」(白雪)
「違う!」(赤鉄)
「むう。どうやら2択を外してしまったようだ。じゃあところてん職人だったか」(白雪)
「違う! そ、それはだな、お前がF組なんかと組むからだな。まさか剣聖ともあろうものがF組とくむのだ、お前の腕がそこまで落ちたのかと思ってきた」(赤鉄)
「そうだったんですね」(瑠璃子)
「だが、杞憂だったようだな。あのような戦いを繰り広げるとは」
赤鉄の双眸が黒田を捉えた。
「……お前か」
「はい!?」
黒田がビクッとする。
「妹に剣を挑んだのは」
「いや、模擬戦ですけど!? あと挑まれたのは俺の方……」
「そんなことは関係ない!」
「理不尽!」
「だが……加減はしたのか?」
「いえ! まったくしていません」
「そうか……妹は強いからな」(赤鉄)
「……え?」(瑠璃子)
瑠璃子が思わず顔を上げる。
「だが、まだ甘い。詰めが遅い。踏み込みも浅い。【剣聖】の称号を使いこなせていない!」
「……」
兄とは片手で数えられるほどしか手合わせしたことは無い。それでも兄に勝てたことはなかった。
「だが、成長している」
赤鉄は少しだけ視線を逸らす。
「……見違えた」
赤鉄の呟きに、瑠璃子は目を瞬かせた。
「お兄様……」
「ただし!」
急に声が大きくなる。
「男と二人きりで剣を交えるのはどうかと思う!」
「関係ないでしょう!」
「だいたいだな!」
赤鉄は黒田を指さす。
「こいつ、なんか危険な匂いがする!」(赤鉄)
「どこがですか!?」(瑠璃子)
「直感だ!」(赤鉄)
「理不尽!」(黒田)
「それにF組だぞ!」(赤鉄)
「関係ないでしょう!?」(瑠璃子)
「……む……」
赤鉄は言葉に詰まり、視線を逸らした。
「……いや、なんでもない……大阪に帰る」
「え、もう?」
「用は済んだ」
(思ったより怒ってない……むしろ……褒められた?)(瑠璃子)
「お兄様!」
「なんだ」
「また模擬戦してもいい?」
「……やるからには勝て」
「!」
瑠璃子はぱっと顔を輝かせた。
「うん!」(瑠璃子)
その笑顔を見て、赤鉄はそっと目を逸らした。
「あの、それで宗谷様とは何故一緒に? 車まで出して」(瑠璃子)
「いや、それはだな……」(赤鉄)
「あら、そういえば宗谷様は?」(瑠璃子)
廸子は練習場を見渡すが、そこに小町の姿はなかった。
「あの、ちょっとよろしいでしょうか?」(廸子)
「はい、どうしました?」(千鶴)
普通は貴族に話しかけられるだけで委縮するものだが、彼女は物怖じせず聞き返してきた。近くに居た忍が驚いて千鶴の背に隠れるようにしていた。
「間宮小町さんに会いたいのですが、どちらにいますか?」
「小町さんですか? この時間なら食堂かしら、案内しましょうか?」
「はい。お願いします」
千鶴が先導するかのように歩いていく。なぜか忍まで一緒についていく。食堂に着くと小町を探すまでもなく声がかけられる。
「いらっしゃい。まだお昼の用意はできてないわよ」
学食のはずなのに何時から食事処になったのだろうか?
だが、最近は加藤達と手合わせのために訪れたD組や、ダンジョンテレビの奈々美と同僚、他の学年のF組、嵐山達までもが利用するようになり、いつのまにかメニュー表まで壁に張り出されている。
そのうちのれんまで入口に掛けられそうだ。
「いえ、小町さんに用事だそうです?」(千鶴)
「あら、あなた」(小町)
……
2人で話したいという廸子を連れて小町が自分の部屋へ案内し、護衛は他に誰か隠れていないか確認する。そのときシャルロッテ(棍棒)は一応護衛が預かることになった。
確認が終わったあと廸子は部屋から少し離れたところで護衛に待つように指示をだす。
「あなた達はここで待っていてください」(廸子)
「なにを言うのですか!?」(護衛1)
「そうです、何かあったらどうするのですか!」(護衛2)
「大丈夫です、相手はF組ですよ。いくら私でも後れは取りません」(廸子)
「……」
いつもは静かに護衛に従うばかりだった廸子が、今日ばかりはなぜか引かない。それほどのことが小町にあるのだろうか? 根負けした護衛がしぶしぶといった形で了承する。
部屋の中で小町と廸子は対峙した。
「それで話って何?」(小町)
「こういう事です!」(廸子)
廸子のボディブローが小町の腹に入った。
「ぐふっ…………なにすんのよ!」(小町)
一瞬呆けた小町だったが、即座に立て直した小町からもお返しのブローが飛んでくる。
「うぐっ……くっ!」
しかし、廸子の目の闘志は衰えない。まっすぐと小町を見る。小町もまた同じ闘志を宿していた。視線がしっかりと交差する。どちらも目を逸らさない。
ボディの応酬が続く。
「まだよっ!」(廸子)
「まだまだぁ!」(小町)
埒が開かないと廸子の顔狙いの拳がくる。しかし、小町もまったく同じタイミングで顔を狙っていた。腕と腕がクロスする。
その気合は、その闘志は、身長差10cmを無視して、廸子の左頬を、小町の右頬を同時に撃ち抜いた。
「「……」」
小町は廸子の拳を右頬に受け止め、時が止まったかのように呆然としていた。
廸子もまた小町の拳を左頬に留めながら、静かに小町を見ていた。
声を抑えること、動かず振動を響かせないこと。親に知られぬように喧嘩を行うための姉妹の取り決めだった。そして、最後には互いにその取り決めを忘れるまでがお約束だ。
「……廸子、廸子なの?」(小町)
「……うん」(廸子)
「本当に?」
「そうだよ。お姉ちゃん。うっ、うっ、うえええ」
2人は抱き合い静かに涙を流していた。
護衛は少し離れた階段の傍で待機している、棍棒を持って。
近くを通るF組生徒達は、公爵家の護衛を見て逃げるか、恐る恐る通り過ぎていく。
((気まずい……))




