第108話:告白~三島風音~
「いけ……行ってくれ、俺が愛を抑えられているうちに」(赤鉄)
「は、はぁ……」
後ろの言葉はいらないのではと思いつつ車を出す。
静かに腕を組み目をつぶる赤鉄は何もしなければすでに次期西城家当主の風格を纏っていた。久しぶりに瑠璃子と会って嬉しさ爆発していることを除けばだが。
しかし、静かに進んでいた車が停止する。
「おい、どうして止まった?」
「……」
護衛が何も喋らずにロックを外すと、助手席に女性が入ってくる。
「ごめんなさいね、ちょっと買い物しすぎちゃって。丁度よかったわ」
その言葉に反して彼女は手ぶらだった。
「そのまま家にやってちょうだい」
次期当主の車であるにも関わらず彼女は我が物顔で指示を出す。
「………………」
彼女はバックミラー越しに先程の腕組みは何処へやら、両手を膝の上に置いて滝のような汗を流す赤鉄を見る。
「ま・さ・か、言い訳の一つも用意することなくここまで来るなんてないでしょう? 翡翠も久しぶりに会いたがっているし、夕食会でも開きましょうか」(久子)
西城赤鉄。言い訳は、用意していない。
* * *
「そっか。廸子も苦労してたのね」
「うん」
「背もすっかり大きくなっちゃって」
「それは昔からだよ……」
「それじゃ、もういくね」
「もういっちゃうのね」
「うん。色々とお世話になった人ができたから」
* * *
「う……」(風音)
風音が薄っすらと目を開ける。
「……ここは?」(風音)
「気が付いたかい。ここは17世紀初頭のブルガリア。あなたはところてんの修行のためにアナンタ御婆さんに弟子入りしてたのよ」
視界に入ったのはゴーグルと黒ローブに身を包んだ怪しい女性。
「……」
「みんなが駆けつけたときには、あなたはところてんまみれになって気を失っていたの。思い出した?」(白雪)
「……すまないが、今はそんな話をする気分じゃないんだ」(風音)
目が覚めるにつれ、痛みがじんわりと広がってくる。
「そうなんだ。でも私はそんな気分だからするね。いったいどうして、ところてんシャワーなんて無謀なまねしたんだい?」(白雪)
痛む体とは別の頭痛が風音を襲った。
「あ! 風音! 大丈夫?」(織姫)
「ああ、すまない心配をかけたな」(風音)
「その前に白雪ちゃん、ちょっと向こうへ行ってて」(織姫)
「は~い。うんじゃpnoに戻るね~」(白雪)
白雪はまたカードゲームをしている輪に戻っていった。
「織姫ちゃんには素直に応じるっすね」(陽子)
「実は、前世の私は寝たきりでね。そのとき世話をしてくれたのが前世の織姫ちゃん!……の母親なのだ」(白雪)
「なるほどー」(由美)
「前世ならばしょうがない」(沙耶)
「織姫といかずに母親としてるあたり、少し外してきてマスネー」(メリッサ)
なんとなく事実だろうなと前世組は察知している。しているが合わせている。
「えっ? 白雪さん、お母さんに会ったことあるの?」(織姫)
「ううん。ないよ」(白雪)
「だよね、うちのお母さん看護婦だからそうかと思っちゃった」(織姫)
「「「なんかわかるー」」」
「それで私はどうなったんだ? ミーノータウロスは!?」(風音)
「えっ、そこから覚えてないの? 宝玉を眺めてたじゃない」(織姫)
「……すまない」(風音)
織姫はミーノータウロスを倒してからのことを聞かせた。
そのあと社会人パーティの人に【ヒーリングⅡ】を掛けてもらい一命を取り留めたこと。
帰ったときになぜか公爵家の車があったこと。
そこで見送り? にきていた白雪達に会って部屋に運んでもらったこと。
楓やメリッサに手伝ってもらって一緒にヒールを掛けてもらっていたことを聞いた。
「すまないな。随分世話になったようだ」(風音)
「お礼は体で」(白雪)
「「「……」」」
「ごめん。私達は」(由美)
「ツッコミに向かない」(沙耶)
「……むう、浩平がいないとツッコミが来ないからだめだね。今の無しで」(白雪)
「じゃぁ風音ちゃんの仇で、ドロツーっす」(陽子)
「なんのリバースドロツー」(白雪)
「ごめんなさいっす。風音ちゃん、あの世で謝るっす」(陽子)
「陽子~」(伊織)
「勝手に殺すな! うぐっ」(風音)
「ほら無理しちゃだめよ」(織姫)
「ならば私が刺客となるよドロツー」(由美)
「私も忘れてもらっちゃこまるぜドロツー」(沙耶)
「はっはっは。纏めて相手になろうじゃないか!」(白雪)
扉が開いて小町が顔を出す。
「織姫ちゃんバイトの時間だよ」(小町)
「あ、はーい。ごめんなさい、風音ちゃんのことお願いね」(織姫)
「はいは~い。ま~見た感じもう峠は降りただろうけどね。なんのドロツー」(白雪)
「うん、一応無理しないように」(織姫)
「はいは~い。いざとなったらいやらしいことをしてでも止める、いや、いやらしいことをする!」(風音)
「自室へ連れてってくれ……」(風音)
「寝てればなにもしないと思うから……」(織姫)
そのまま小町と共に織姫は学食へと向かって行った。
「……で、風音ちゃんはいつ五十嵐君たちに言うんだい?」(白雪)
「……なんのことだ」(風音)
「私にとぼけても意味ないよ」(白雪)
「……」(風音)
「前はゴブソル、今回はミノタ、風音ちゃん大きいモンスター、いや大きい人となんかあったでしょ?」(白雪)
「……」(風音)
風音は白雪に背を向けるように寝返りを打つ。それで逃げられるわけではないというのに。
「言うなら早く言った方がいいよ。10層のボス知らないわけじゃないでしょ?」(白雪)
「……」(風音)
10.5層に待ち構えるのはタイニートロール。未熟を表すタイニーがついているのに、ミーノータウロスよりも大型のモンスターだ。
このまま挑めばどうなるかは、風音が一番よく解っているだろう。
「私はどうしたらいいと思う?」(風音)
「それを聞くのも私じゃないなー」(白雪)
「……そうだな」(風音)
「まあ、もしパーティから捨てられても私達が拾ってあげるよ」(白雪)
「優、伸」(風音)
夕食時に五十嵐達の前に風音が織姫を伴ってやってくる。
「風音、大丈夫なのか?」
「ああ、おかげでLPの減少はなくなった」
「そうか。よかった」
「すまない、唐突で悪いんだが、ちょっと話を聞いてもらえないか?」
いつになく硬い声音に、五十嵐と柳は顔を見合わせてから頷いた。
「ああ、わかった」(五十嵐)
伸も無言で頷く。
風音は一度息を吐き、深呼吸してからゆっくりと口を開いた。
「……私は、大きいモンスターを見ると正気を失うことがある」(風音)
「……バーサーク、ってやつか?」(五十嵐)
「そうだ……」
思い出すのはゴブリンソルジャーと、先のミーノータウロスの戦い。確かに両方とも最初は良かったのだが、一度ピンチになったあとは、いつもの刀の冴はなくこちらの言葉も聞こえていないようだった。
なんとなく五十嵐達が理解したのを確認すると、言葉を選ぶように、静かに続ける。
「理由は……昔の事件だ。
思い出したのは、つい最近だがな」(風音)
「ゴブリンソルジャーのときのか……あのとき明確におかしかった」(伸)
「そうだ。私の実家は道場をやっているのは、前に話したと思う。実家には……家宝の刀があった。祖父から受け継いだものだ。
駿河國百留蓮華作道明国住。ダンジョン産の鉄で打たれた刀だ」(風音)
「宝具じゃないか」(伸)
「宝具?」(織姫)
「ダンジョンから出た物、もしくは採掘された鉱石で作られた物を指す言葉だ。日本に置くことは禁止されている」(伸)
「そうだ。受け継いだのは、宝具に関する法律ができる前らしい。祖父が知り合いの探索者から託されたと聞いている。
門下生に沼田という男がいた。腕は立ったが……あまり素行が良くなかった。両親が留守をしているときに道場へと忍び込んだ」
「鉢合わせたのか……」
風音は震える手でコップを掴むと水を口に運ぶ。
「……逃げられなかったのか?」(柳)
「無理だった。向こうは成人していたし、私は小学生だった。いくら門下生の娘であっても、どうにもならなかった。
そこに兄が来て、私を庇って……戦った。とはいっても兄も中学生だ、どうにもならなかった」
風音は再び水を飲んでゆっくりと息を吐く。
「――そこから先の記憶が、途切れている。
気が付いたときには……
手には血に濡れた国住があり、沼田も、兄も……血の中に倒れていた」
沈黙が落ちる。
「……そこから再び気を失ってな。起きたときにも全てを忘れていた……兄を殺したことも……全部忘れていたんだ」
誰もすぐには言葉を返せない。
「思い出したのは、ゴブリンソルジャーにやられたときだった……」
風音は二人をまっすぐに見た。
「……以上だ。
私は……仲間を巻き込むかもしれない。
だから――判断は任せる。
三人で決めてくれ。
私は、その決定に従う」




