第105話:しなやす
野々村:第38話の弁当屋。
杏子:リーダー、姐さん、野々村の元パーティメンバーの一員
リーダー:杏子のパーティのリーダー。杏子の叔父。
姐さん:リーダーの妻
|野々村の知り合いの探索者:野々村と元同じパーティメンバーだった。
■杏子パーティ
3年前から活動している元社会人のパーティ。現在9層へ挑戦中。
喜多嶋杏子:
両親は探索者だったが、その両親の頼みで杏子は修一たち夫婦に預けられた。
塚原修一:
パーティのリーダー兼、タンク。武器はショートソードと大盾。冷静沈着で、なにかと暴走しやすい杏子を止める役まわりになることが多い。
塚原京子:
修一の妻。パーティ内ではアタッカー寄りのヒーラーをしている。ヒーリングの他にファイアボールも使える。姉御肌な性格であり、永井からは姐さんと呼ばれている。
永井:
旧姓|野々村の知り合いの探索者。現在も杏子のパーティで活躍中。武器はハンドアクスと鉄盾。パーティ内の役割はアタッカー。
野々村:
永井の友人、塚原達と同じ成人してから探索者に転向した。永井とは高校からの友人。現在は塚原のパーティから離脱し、個人で料理屋を経営している。
6層に着いたとたん、風音は力が尽きたかのように倒れ伏し、苦しそうに息をする。
「風音! 大丈夫か!?」(五十嵐)
風音からの返答は無い。浅い息を繰り返している。
「【ヒーリング】! だめ、全然効いていない」(織姫)
「すみません! 誰か助けてくれませんか!?」(五十嵐)
五十嵐が懸命に助けを求めるが残念ながら反応は薄い。こちらに目を向ける人はいるものの誰もが風音の状態をみると諦めたように目を背ける。
誰の目から見てももう助からないと思ったのだろう。元より探索者は自己責任だ。たとえ死にかけていても、それは本人の責任だ。
それに、たとえ死んだとしてもロストで一度は生き延びる。
助けを求めるような人間であれば、貴族でもないだろう。助けたところで見返りも期待できそうにない。
「ちょっと、どうしたの?」(杏子)
それでも声を掛けてきてくれる人がいた。杏子達のパーティだ。
「すみません……」(五十嵐)
一目見て理解した。ミーノータウロスの撃破には成功したが、きっと仲間が致命的なダメージを受けたのだろう。
「……京子さん、なんとかならない?」(杏子)
「ダンジョンカードは?」(京子)
「え、でも」(五十嵐)
探索者にとってダンジョンカードはプライバシーの塊だ。常識的に他人に見せたりはしない。
「こんなときに四の五の言ってる場合じゃないでしょ、だいたいスワイプしなければHPしか見れないでしょ」(京子)
「あ、そうか」(五十嵐)
「LPの減少が結構速いわね。いつもはどれくらいなの?」(京子)
「……」(五十嵐)
「【ヒーリングⅡ】だめよパーティメンバーのBPやLP、MPくらいは把握しておきなさい。どれくらい減っているかで、どんな状態かある程度把握できるから」(京子)
「今の……Ⅱか?」
「この層でⅡ使えるヒーラーいるのかよ」
探索者達の視線が京子に集まる。
杏子は少しだけ肩をすくめた。
「京子さん、やっぱりこういう時頼りになるね」(杏子)
「……あんまり使いたくないんだけどね」(京子)
京子は、真剣な表情でダンジョンカードを確認している。【ヒーリングⅡ】を掛けてもらったとはいえ、重体であることに変わり無い。
「じゃぁちゃんと見ててね」
「はい」
織姫はダンジョンカードを頼りにLPが減少するたびに【ヒーリング】を掛けるように指示する。
【レッサーヒーリング】ではBPしか回復しない。【ヒーリングⅡ】でなければ内臓破裂のような物理デバフには全く効果がない。
だが、逆にLPが0にならなければロストしない。つまり、【ヒーリング】を掛け続けて0に落とさなければ助けられる。
なお、内臓破裂などは、時間とともにLPの最大値も減っていくため織姫だけではロストは免れなかっただろう。
「これくらいなら、夜には安定するから、LPが0にならないように、こまめに【ヒーリング】を掛ければいいわ」
「あ、ありがとうございます!」(織姫)
「褒めるならこの子ね、多分ダメージを最小にとどめるようにしてたわね」
五十嵐達はほっと息をついた。
風音も武門の子である。なすすべなく吹き飛ばされたようで、無意識に力を抜き、衝撃のままに飛ばされたことで最低限のダメージに留めていた。
「助かりました……本当に」
「いいのよ。こういうのは慣れてるから」(京子)
そう言ってから、京子は少しだけ苦笑する。
「よかったわね」(杏子)
「さっき見ていたが【ヒーリング】を使える人がメンバーにいるんだな。F組だよな?」(塚原)
杏子や京子たちのパーティーリーダーと思わしき大きな鉄盾を持った人が話しかけてくる。
「はい。加藤いえ、友達に治療師系の称号を進められて」(五十嵐)
元々織姫は前に出て戦うタイプではないため、支援系でどんな称号がいいか加藤達(白雪)に聞いたときに勧められたのが治療師系だ。
「めずらしいな」(塚原)
「そうなんですか?」(織姫)
「……そもそもヒーラーを重要視する人が少ないのよね」(京子)
「育ちにくいからな」(塚原)
「えっ? ヒーラーって普通にパーティに1人いれるものだって聞いたのですが」(五十嵐)
「えっ? 何を言っているの?」(京子)
「えっ?」(五十嵐)
「えっ?」(京子)
(普通はそうだよな)(柳)
やっと自分の常識と一致する意見を言う人を見て柳は安堵する。加藤や白雪達の考え方は自分達と大きく異なる。話す内容も自分達が知らない情報や、未確定のことをさも事実のように語るときがある。
そのため自分が知らない間に、そういった新発見がされたのかと、自分の常識が揺らぐことが多々あるのだ。だが、真偽を確認しようとネットを探ってもそれらしき情報は出てこない。
ヒーラーについてもそうだ。ダンジョンではモンスターにとどめを刺したり、ダメージをより多く与えた者しかパラメーターが上がらない。支援職がどうしても育ちにくいことは良く知られている。
そのため、ヒーラーを育てるよりもダメージを受けないようにするのが探索者の主流な考え方だ。
京子は探索者になったときに【回復量上昇】というユニークスキルを所持していた。そのため元からヒーリングを使う機会が多かった。
杏子は、初めてミーノータウロスと戦ったときに一度ロストを経験している。
京子が必死に【ヒーリング】を掛けてくれるなか、塚原の指示を無視して意固地になった結果、野々村や永井まで危険な目に合わせてしまった。挙句、自身はロストというていたらくだ。
京子はそれを自分のせいと思い込み、治療師系の称号を取る事を願い出て塚原もそれを了承した。杏子もそれ以来大人しく塚原達のいう事を聞くようになった。
杏子は逆にそれが行き過ぎてしまい、自分の力を過信して無茶な戦いをしている人に、いらぬお節介をするようになってしまった。五十嵐達に声をかけたのもその思いからだ。
特に自分達と同じミーノータウロスと戦ったのだから余計に思うところがあったのだろう。
「それにしてもあなたたちすごいわね、F組でしょう? こんな時期なのに6層にまで到達できるなんて」(京子)
「ですが、風音が……」(五十嵐)
「そこは反省しないとね」(京子)
「はい……」(五十嵐)
後ろでは永井につつかれて、杏子が苦い顔をしながらも怒っている。
「風音も心配だし、今日はもう寮に帰ろう」(柳)
「わかった」(五十嵐)
「それじゃ、すみません」(五十嵐)
「ああ、じゃあな」(塚原)
「ええ。気を付けて」(京子)
「ありがとうございました」(織姫)
「お大事に」(杏子)
「がんばれよ」(永井)
あらためて礼をのべて、階層エレベーターに向かう。階層エレベーターが判明してから屋台の位置は邪魔にならない場所に変わっている。
「宝玉はどうする?」(柳)
「とりあえず、僕のを使おう。帰還なら小宝玉でも大丈夫みたいだし」(五十嵐)
「いいのか?」(柳)
「うん。どの道大宝玉でも使うつもりだったし」(五十嵐)
「それなら私のも使う? 2つ合わせれば大宝玉と同じ効果がでるんでしょ?」(織姫)
「でも」(五十嵐)
「とりあえず後にしよう。戻ってからでも使えるはずだ。まずは風音を」(柳)
「そうだね」(五十嵐)
織姫に風音をおぶってもらい、五十嵐が小宝玉を使って階層エレベーターに乗る。
「これが階層エレベーター」(五十嵐)
「案外狭いんだな」(柳)
「うん」(五十嵐)
一層のセーフルームを新鮮な気分で通りぬけ探索者センターの中庭に出る。
あのときと同じだ。ゴブリンソルジャーとの一戦のあと、探索者センターに戻ったときも、圧倒的な解放感に包まれてほっとした気持ちになった。
今回も同じだ。ミーノータウロスとの戦闘を終え、探索者センターの中庭に戻ったとき、やっと帰ってきたのだと実感した。
まっすぐにミーノータウロスに挑んだのだから前回よりも潜っている時間は短いはずなのだが、前回以上に長い旅をしたような感覚を味わっている。
前回は織姫も風音も倒れた。今回は風音だけだ。数で比べていい話ではないと分かっている。それでも、前よりはマシだと思ってしまう自分がいる。
そんな気持ちをくんでか、柳が話しかけてくる。
「ゆっくりやっていこう。僕達は確実に強くなっている。次はもっとうまくやれるさ」(柳)
「…………ああ、そうだな」(五十嵐)
「……うん」(織姫)
だが、寮に帰ったところで、また硬直する。
寮の前に車が2台止まっていたからだ。日本においては珍しくもないが、日華においては異常事態を意味する。日華の道路は基本的に昼間車両通行禁止である。
なのに車が2台。つまりそれが許されるだけの権力を持った貴族ということになる。そのような人がF組の寮にいる……
3人の頭の中を、白雪がダブルピースをしながらよぎっていった。




