第104話:五十嵐VSミーノータウロス
■沼田事件:
三島家の家宝である国住を当時門下生であった沼田が盗もうとしたことに端を発した事件。
偶然現場に居合わせた風音とその兄が抵抗。風音が恐慌状態に陥り、兄を殺めてしまった。
「そういえば、あの赤毛の五十嵐だっけ? どこにいるのかしら?」(瑠璃子)
「ミーノータウロスに挑んでくるんだってさ」(皆川)
「戦うの楽しみにしてたのに、無駄足だったわね」(瑠璃子)
「死ぬわよ、彼ら」(瑠璃子)
「いくぞ」(五十嵐)
「ああ」(柳)
「大丈夫かな?」(織姫)
「大丈夫だ」(風音)
五十嵐達の前には、ミーノータウロスが鎮座していた。
「それじゃ、いくよ」(五十嵐)
「あぁ」(柳)
「私達もいくぞ」(風音)
「わかった」(織姫)
柳は最初にミーノータウロスに向けて【ファイアボール】を放つ。短い悲鳴をあげのけぞるが、すぐに体勢を立て直し、返礼とばかりに戦斧を横薙ぎに振る。
暴風かと思われる程の風切り音をさせながら、その戦斧は豪快に柳を薙いだ。しかし、それを見越して五十嵐が割り入る。
高い金属音が響いた。
「優!」(柳)
「大丈夫だ! 村田ほどじゃない!」(五十嵐)
斧が五十嵐の盾に弾かれ、上に逸れている間に、その脇をすり抜け、風音と織姫がミーノータウロスの後ろに陣取る。
(……大きい)(風音)
ミーノータウロスの背中を見上げる。一瞬風音の中の衝動が動いた気がした。
「やぁぁ!」(織姫)
ボスの厄介な所は、10%以上ダメージを与えないと突破とならない所だ。どうしてもヒーラーのような支援系の称号持ちは突破に苦労することになる。
実際何%かは知られていないが、何もしない、もしくは少し攻撃した程度では、例えボスを倒しても入口に戻されることは知られている。
五十嵐の中では織姫が一番攻撃能力が劣っている。そのため余裕のあるうちに積極的に攻撃をさせて、ダメージを稼いでおこうという算段だ。
当然攻撃しすぎたら織姫にターゲットが向いてしまうため柳と風音が援護に入る。
出だしは順調。織姫が背中から攻撃をし、風音は少し消極的に攻める。代わりに五十嵐と柳が積極的に攻撃を行い注意を引く。
「突進!」(柳)
【集中】のスキルでいち早く異変に気付いた柳が警告を上げる。ターゲットは、五十嵐だ。
「優!」(柳)
返事もせずにすぐさまバックラーを正面に、猛然と突進してくるミーノータウロスから目を放すことはなく構える。
「【バックステップ】!」
ぶつかる寸前で、右足だけを90度後ろに弧を描かせる。当然腰は足につられて横を向く。その状態でバックステップを使えば、真横に体が飛んだ。
その横をミーノータウロスの角が空を裂きながら通り過ぎていった。
加藤やミーナから聞いた【バックステップ】で横に避ける方法だ。どこでどうやって知ったかは分からないが、彼らはスキルに対する理解が深い。
悪友といった感じだが、彼らからは学ぶことが多い。
「優君!」(織姫)
織姫の声にトリップしそうだった注意をミーノータウロスに戻す。急ブレーキから旋回。すぐに五十嵐に向かって走り出そうとする。
「【ファイアボール】!」(柳)
「【スライディング】」(五十嵐)
【ファイアボール】で怯ませ、五十嵐も【スライディング】で間合いをつめて、剣を膝裏に穿つ。わずかにうなり声を上げるが、すぐに元の様子に戻る。
「さすがに硬いね」(五十嵐)
「ああ、本当に効いているか心配になるな」(柳)
それでも五十嵐達に悲壮感はない。風音達も追いつき再び包囲網を敷く。
「やっ」(織姫)
「ふっ」(風音)
やや遠い所から織姫の槍がミーノータウロスの背中に浅く入る。風音も果敢に攻める。
「はぁっ」
多少突進でずれたが、再び柳がミーノータウロスの注意を引き、大振りは五十嵐が持ち前の反射神経で割り入り、バックラーで弾き隙を作る。
「そろそろか?」(五十嵐)
「ああ、もういいだろう。風音!」(柳)
「わかった!【兜割】」(風音)
刀が閃く。ミーノータウロスを頭から切り捨てようと振り下ろされる。しかし、ここに誤算があった。ミーノータウロスが急に風音を振り向き、戦斧の柄で弾いたのだ。
「なっ!」(風音)
風音は気付いていなかった、自分の踏み込みが深くなっていることに。攻撃速度が速くなっていたことに。突進をすると僅かだが全員へのヘイトが半減することに。
弾かれたことによって僅かに体勢が崩れる。ほんのわずかだが、戦闘ではそれが致命的になる。ミーノータウロスの戦斧が風音の胴へ向かって迫っていた。
「危ない!」(五十嵐)
五十嵐が風音を弾いてバックラーで防ぐが、無理な体勢で防いだため、吹き飛ばされる。
「優!」(柳)
「ヒール!」(織姫)
「大丈夫だ……!」(五十嵐)
「まずい! ステッチだ!」(柳)
ミーノータウロスが戦斧を地面に叩きつけた。【ストーンステッチ】、自身の前方に多量の石礫を飛ばすミーノータウロスのスキルだ。
五十嵐にヒールを掛けるために近寄っていた織姫、そして当然近くにいた風音がもろにダメージを受け悲鳴を上げる。
「【スライディング】!」
土煙から五十嵐が飛び出てくる。【スライディング】は文字通りサッカーのスライディングのような動作をする。
普段は相手に近づくために使うが、【ストーンステッチ】は斧を叩きつけた地点から斜め上方に向かって石礫が発生する。
つまり体勢を低くすることで被弾を抑えることができる。
「てえいっ」(五十嵐)
そのままスライディングの勢いを活かして、足へショートソードを突き刺した。ミーノータウロスが苦悶の叫び声をあげ、明確に体勢を崩した。
「あああああ!」(風音)
そこに再び風音が飛び込み、刀を振り下ろす。さらに横薙ぎ。
「はあっ」
「やあーーーーっ」
柳と織姫もすぐに剣と槍を突き刺した。
ミーノータウロスが苦しそうに悲鳴を上げた。だが、苦し紛れに振った戦斧が織姫を捉える。
「きゃぁぁぁぁ」(織姫)
「くうっ」(五十嵐)
無理に五十嵐が飛び込み防ぐ。今迄は受け流すように防いでいたが、今回は真正面から受けてしまった。バックラーが悲鳴のような音を立てて軋む。
「あああああっ」
風音が飛び、肩に飛び乗ると、刀を首筋に叩きつける。今度こそ断末魔の叫び声をあげミーノータウロスは倒れ伏した。
「やったか……?」(五十嵐)
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」(風音)
「いや、くるぞ」(柳)
ミーノータウロスから赤いオーラが立ち昇り、ゆっくりと立ち上がる。
「これが、最終形態……」(五十嵐)
「みんなっ、構えろ」(柳)
「……」(風音)
大柄な体が……あいつを思い出させる。我が家の家宝を盗もうとした男。そのせいで兄を殺す原因になった存在。
一時は美々によって抑えることに成功した。
だが、目が合ってしまった。その血走る目が風音を捉えてしまった。風音もその目を見てしまった。
「ああああ!」(風音)
純粋な防衛反応。誰もが持つ反応だ。だが、風音はそれと攻撃本能が結びついてしまっていた。
「まてっ! 距離を取れ!」(柳)
しかし、柳の声は届かなかった。なけなしのBPは全て【犠牲の一撃】によって攻撃力に変えられた。全てを費やした一撃がミーノータウロスの頭へ叩き込まれるはずだった。
だが、それよりもミーノータウロスの裏拳が早かった。
「がはぁっ」
風音の体がまるで重さを忘れたように横に吹き飛ばされた。
「モ”ォ”ォ”ォオオオ」
ミーノータウロスが大きく咆哮を上げた。ビリビリと空間が振動する。
「ヒール!」
織姫が風音に向かってヒールを飛ばす。
「だめだっ!」
しかし、一歩遅くヒールが風音に着弾してしまった。それによって、全てのヘイトがリセットされた中で唯一織姫だけが、ヘイトを稼いでしまった。
ミーノータウロスのショルダータックルによって織姫も吹き飛ばされた。
「きゃぁぁぁぁ」(織姫)
「織姫! 織姫! 返事をしてくれ」(五十嵐)
尚も織姫に向かって攻撃するミーノータウロスの間に割り込み攻撃をなんとか防いでいく。柳も同様だ。ヒーラーの織姫が気絶しているためターゲットを持っていない方がポーションを飲んで回復する。
「私はまた繰り返してしまうのか……」
ゴブリンソルジャーのときは白雪達が助けてくれた、だが今回は……
せめて五十嵐達に刃を向けなかっただけ上出来か……
「風音!」(五十嵐)
(優の声が聞こえる)(風音)
「風音!」(柳)
(伸の声が聞こえる)(風音)
『風音』(???)
(兄さんの声が聞こえる……)(風音)
ミーノータウロスが戦斧を上段に振り上げ、ステッチの構えを取る。
「優! そのまま盾を構えろ!」
「わかった!」
柳を信じて盾を構える五十嵐の後ろへ回り込むと彼の盾を後ろから支える。直後に最終形態のミーノータウロスからの石礫が飛んでくる。
小さなバックラーでは心もとないが、攻められて地面に押し付けられた体勢になっていたのが幸いした。それに七森作のバックラーはミスリルが使われている。
それでもこれまでに蓄積されたダメージは小さくない。
「ぐうっ」
ほぼゼロ距離から飛んでくる石礫の威力は想像以上だ。容赦なく放たれた2発目は2人の予想をはるかに凌駕した。悲鳴を上げていた盾が絶望的な音を立てて砕け、同時に五十嵐達も吹き飛ばされる。
「うっ……」(織姫)
「まずいっ」(柳)
(兄さん……ごめんなさい、私は、私は、また間違えてしまいました)
(剣の極意は凄く簡単なんだ。ただ真っすぐに切ればいい。刀は真っすぐだろうそれと同じさ)
兄さん……
(行こう、刀は僕が支えてあげる)
意識は無い。だが、意志はある。
何も考えずに、真っすぐに、自らの体を刀とする。
間合いに捉えた。
頭が考えるより早く、体が動いていた。
大上段に構えた大鉈をただ振り下ろすだけだ。
せっかくの大技を邪魔されたミーノータウロスが怒って風音の方を向いた。その振り向きには戦斧が伴う。
だが、風音は恐れない、躱すこともなく自身も同じように刀でミーノータウロスの胴を薙いだ。
静寂。その世界は止まっていた。
ぽたり、ぽたりと刃から落ちる赤い雫だけが停止したその世界で動いていた。
戦斧は風音の手前で止まっていた。ミーノータウロスの片目を槍が貫いていた。持ち手は織姫だ。ストーンステッチの猛撃を五十嵐と柳の後ろで凌いでいたため軽傷ですんだのだ。
傷は浅い。脳には達していない。しかし、その体を止めるには充分だった。
ミーノータウロスがぐらりと傾くと、塵のように崩れ消えていった。
誰も言葉を発することはない、ただ、全員が静かに勝利の余韻に浸っていた。




