聖女狂想曲1
設定ミスって二話同時に掲載してしまいました。
前話が終章の第一話、「聖女の未解決問題」です。
瞬く間に数日が過ぎて行った。
さすがに一日二日で片が付く問題ではない。王家の資料を漁ったアルベルト王子はともかくとして、エルマギカもエルフィロソフィアも北方山脈の向こう側で距離がある。
通信用のマジックアイテムは一度に送ることのできるメッセージに限りがある。込み入った内容をやり取りするのには向かないのだ。実際、頻繁に連絡を取り合う用途では専用の符丁を用意していることが多い。
指示を出す賢者ラウルやアッカーマン教授はまだしも、受けた相手は難しいテーマを頑張って調査して、さらに知りえた内容を厳選して簡潔に伝える必要があるのだ。さぞや苦労したことだろう。
アラン神殿長が御伺いを立てた女神イシスにいたっては、どこにいるのかも不明で意思の疎通も難しい神様だ。黙殺されることも多いらしいが、今回は異例と言えるほどの速さで答えが返ってきたらしい。
皆ずいぶんと頑張ったらしい。
最初はアッカーマン教授の報告からだった。
「聖女の衣に関する研究は色々となされているネ。聖女が念じるだけで聖女の衣を着用できる能力についてはその限界が調べられたヨ。結果は何をしても阻害できなかったネ。」
優太にとっては絶望的な、そしておなじみの結論である。
「どれだけ距離を離しても、地下室に密封しても、器具で固定したり、魔力を遮断する処置をしても、聖女が念じれば聖女の衣は現れたのサ。どういう原理で現れるのかは謎のままだネ。」
よくもそこまで試したものだというほどに色々調べられていた。エルマギカの技術者の執念である。しかし、それでも初代大魔導士には追い付いていなかった。
「それから、聖女の衣が主となる聖女様を認識する仕組みもまだまだ不明だネ。聖女の力を検知していることは確かだろうけどネ。だから、聖女の衣が活動を停止する仕組みも分かっていないのサ。」
聖女の衣が活動を停止している状態というのは、エルソルディア王城の聖女の間で次の聖女が現れるのを待っている状態である。
「今のところ、聖女の衣が主である聖女様から離れる条件は、まず聖女様が亡くなった場合。これは確定だネ。」
これは確実だが、優太の場合は死ぬまで聖女の衣から離れられないということになる。
「次に、聖女様が聖女の力を失った場合。可能性は高いんだが、あいにくと聖女の力を失った例はないんだネ。」
勇者や聖女は世界の危機が終わってもその力を失うことはない。その力が失われるのは、勇者や聖女にあるまじき悪行に手を染めた場合、または元の世界に帰った場合と言われている。聖女に関してはどちらの前例もなかった。
「後は、新たな聖女様が現れれば、聖女の衣はそちらに移るのではないかと考えられるネ。これも確かめようがないけどネ。」
世界の危機の頻度は百年に一度程度。聖女がものすごーく長生きすれば先代聖女が存命という可能性もあるのだが、前例はないらしい。
「うーん、ちょっと保留。」
優太は死ぬ気も聖女にあるまじき悪行を行う気もないから、この中で試すことができるのは元の世界に帰って聖女でなくなることだけだった。そこに不安があるから悩んでいるのである。
世界の危機が終わったばかりなのに新たな聖女を誕生させてもらうというのも無理だろう。そもそもこの世界に素質を持つものがいなかったから優太が召喚されたのである。女神イシスに頼んでも困ってしまうだろう。
さて、次は賢者ラウルの報告が始まった。
「過去の記録を調べたのであるが、芳しくなかったのである。過去に召喚された聖女様で元の世界に帰った方はやはり一人もいなかったのである。」
この辺りは既に知っていることの確認であった。
「召喚された聖女様も、この世界で生まれた聖女様も生涯聖女の力を持ち、聖女の衣も着用することができたのである。」
聖女の衣は一生もの。アッカーマン教授の報告とも一致していた。
「一方、召喚された勇者様は元の世界に戻られた方もいるのである。その中には、勇者の鎧を念じただけで装着できる方もいたのであるが、……その顛末についてはエルソルディア王家の方が詳しいであろう。」
ここで、アルベルト王子にバトンが渡された。
「エルソルディア王家の記録でも、元の世界に戻られた聖女様はいませんでした。しかし、勇者様の中には元の世界に帰られた方もいます。その中には何時でも勇者の鎧を呼び出せる勇者様もいました。」
このあたり、賢者ラウルの報告と同じである。勇者と聖女の召喚、送還に関してはエルソルディアの管轄であり、その記録も正確であろう。
「そして、勇者様が帰還してしばらくたった後、突然勇者の鎧が行方不明になるという事件が発生しました。」
「え?」
衝撃の事実であった。勇者がいないときは王城の勇者の間に安置されている勇者の鎧がそうそう紛失する者ではない。盗難だとしても、警備厳重な王城から勇者以外には使えない勇者の鎧を盗み出す意味はほぼない。
蒐集家か研究者ならば動機はあるだろうが、それにしては勇者の剣を持っていかなかったことが不思議である。
「そしてさらに五十年ほど経った後、いつの間にか勇者の鎧は勇者の間に戻っていました。」
「……?」
ここで戻ってきているから、今も勇者の鎧が存在しているのである。それにしても、不思議な出来事であった。
「状況的に考えられることは、元の世界に戻った勇者様が勇者の鎧を装着したため城から紛失し、その後勇者様が亡くなったため戻って来たのではないかということです。」
「……つまり、勇者でなくなっても勇者の鎧を呼び出せたということか?」
「元の世界に戻っても、勇者の力は失わなかったという可能性もあるけどネ。」
「いずれにしても、世界を越えて勇者の鎧が行き来した可能性があること、そして勇者の鎧と同じアーティファクトである聖女の衣でも同じことが起こる可能性が高いのです。」
「あぁ~、安易に帰らなくてよかった。でも、どうすりゃいいんだ?」
優太は頭を抱えた。
最後にアラン神殿長からの報告である。
「女神イシスからの神託が降りました。まず、『聖女の衣は人の作ったものであるため、世界を越えた場合の影響は不明』だそうです。」
そう、聖女の衣は神具ではなくアーティファクト。神ではなく人が作ったものなのである。女神イシスの管理外のものであった。
「それからもう一つ。『希望するならば、聖女の任を解き、聖女の力を回収します。』だそうです。」
「よし、それで行こう!」
優太は即断した。
「良いのですか? 一度失った聖女の力は二度と戻りませんよ?」
アラン神殿長はもう少し慎重だ。
「どうせ世界の危機はもう終わったんだ、聖女の力は必要ないだろ?」
元から日本に帰る気だった優太にとって聖女の力は必要ないものだった。そして、世界の危機が終わればこの世界にとっても特に必要のない力なのである。
役目を終えた勇者や聖女からその力を取り上げないのは、その役目を果たした報奨のような側面があった。
しかし、今の優太にとって重要なことは、聖女の衣以外の服を着れるようになることだった。このままでは日本に帰っても就職活動にも困ることになる。
「分かりました、そのように伝えます。神託が降るまでしばらくお待ちください。」
こうして、優太は聖女を返上することに決まった。




