閑話 魔王の独り言
「今回も世界は守られたか。」
落ちて行く人々を眺めながら、魔王は独り呟く。
浮遊島はまだ動き始めたばかり、上昇中ではあるが、魔王城の六階から浮遊島の厚みも加えると結構な距離を落下することになる。さらにその下に広がるのは冬の海である。
普通ならこんな場所から落とされて生きていられるはずがないのだが、
「まあ、あの変な聖女もいることじゃし、大丈夫じゃろう。」
魔王は結構テキトーだった。別に魔王に悪意があるわけでも、首を斬られた意趣返しをしようとしているわけでもない。
さて、首を刎ねられても動いている魔王だが、別に不死身だというわけではない。その肉体はちゃんと死んでいる。今は魔法で操って動かしているだけだった。
元々勇者と戦っていたのは、魔王の本体ではない。勇者と戦うために作られた仮初の身体、魔王が遠隔操作する人形のような物である。魔王の本体は、今も魔王城の一角で静かに眠っている。
魔王の仕事は、勇者と戦って死ぬことにある。いちいち本当に死んでいたらやっていられないのだ。
何故魔王が死ななければならないかと言えば――
「ワシが死なないと魔族が止まらんからのぉ。」
魔族は創造神が創り出した世界の最終防衛システムである。その破壊の力の前には世界を脅かす如何なる存在も消滅を免れない。
しかしその強大な力は、扱いを間違えれば世界を破壊する脅威になりかねない。
女神イシスには魔族を制御しきることも、魔族を排除あるいは無効化することもできなかった。
代わりに行ったことが、魔族の安全装置の強化であった。
魔王は女神イシスが設置した、魔族の安全装置である。
しかし、元から制御しきれなかったシステムである。安全装置の設置と言っても一筋縄ではいかなかった。
一定レベル以上の世界の危機を認識すると、魔族は嬉々として破壊活動を開始する。それは魔族の本能とでもいうべきものであり、魔王が命じたくらいでは止まらない。
これは魔族の本質であり、世界の防衛システムの根幹である。女神イシスが手を出せなかった領域であった。
そこで女神イシスは、世界の危機を感知するシステムに干渉することにした。人の手で魔王に打ち勝てる間は魔族が出動する必要はない。そのように認識させることに成功した。
逆に言えばそこまでしか修正できなかった。
魔族を止めるための条件は結構厳しい。魔王は死ななければならないし、わざと負けても認められない。魔王が手加減をしたり、自殺した場合、魔王の制御を離れた魔族が無差別な破壊活動を始める危険さえあった。
だから魔王は本気で戦い、そして殺されなければならない。
確実に負けるための小細工もいくつか施されていた。
まず、魔王が直接戦うのではなく、仮初の身体を作って戦うというのもその一つだ。
仮初の身体というのは、魔王が本当に死なないための方策でもあるのだが、仮初の身体の強さは魔王によってある程度調整できるのである。
本来の魔王の力は勇者とほぼ同等。そこに聖女のサポートが加われば勇者が負けることはまずない。だが稀に世界の危機は終わらせたが、勇者や聖女が犠牲となって亡くなっていたり、聖女でも癒せない深い傷を負っている場合もある。弱っている勇者や、勇者ですらない一般人と戦う場合に合わせて調整する必要があった。
他にも魔王と対決する期限や人数を決めたり、相手を指名したりすることも魔王の権限の範疇だった。
こうした魔王の権限を最大限に利用して、頑張って殺されているのである。
逆に本当に魔族の力が必要な場合は簡単で、期限を早めに設定して不戦勝にすればよい。緊急の場合は魔王権限で魔族の出動を命令することもできる。勇者を殺す必要もないのだ。
このように、制限は多いものの、魔王の権限を最大限に利用して魔族の行動をコントロールする。それが魔族の安全装置としての魔王の仕事であった。
「しかし、男が聖女に成るとは思わなかったのぉ。」
女神イシスですら、聖女は女性と思い込んでいたのである。優太が聖女になることを予想できる者などいるはずがなかった。
「どうせなら、次は女勇者がええのぉ。」
こればっかりは資質を持つ者次第である。ただ、今回のことで女神イシスも性別にこだわる必要が無いと理解しただろう。女勇者が現れる可能性は十分にある。また男聖女かもしれないけど。
「さて、今回やって来た者達は、エルソルディアにエルハーベスタ、エルマギカとエルフィロソフィアの者もいるのか。どの国も随分と長続きするものじゃな。」
神代に建国され、五千年続いた超長寿国である。地球にはここまで長続きした国は存在しない。魔王はこれらの国が興った時から生き続けているのだ。
「アキラ、ヨシコ、カズキ、ミズホ、ユウヤ。お前たちの子孫は、お前たちの守った人々は、今でも元気に頑張っているぞ。」
神代五聖。それは神代に女神イシスによって直接召喚された、名前も伝わっていない五人の神の使い。勇者、聖女、聖王、大魔導士、大賢者。その最初の存在にして、神代の混沌を払った英雄として語り継がれる者達。
だが、五聖と共に登場し、神代の混沌を払うのに貢献した英雄がもう一人いることを人々は知らない。
神代における六人目の召喚者、魔王。
彼はその役割の特殊性ゆえに、人々に五聖の仲間であると知られることが無かった。
そして唯一人、五千年の時を超えて生き続けてきた。
平素は死んだように眠り続け、世界の危機が起こった時に僅かばかりの時間目覚める。そして世界の危機を乗り越えた、あるいはちょっぴり失敗した人々を見守ってきたのである。
「さて、次に目覚めるのは何時頃じゃろうな?」
そして魔王は、再び永い眠りに入るのであった。
第四章はこれで終わりです。
引き続き、終章に入ります。
終章は短いです。




