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聖女無双  作者: 水無月 黒
第三章 飛蝗

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飛蝗防衛戦3

 「まずいですね、あの辺りは後方、碌な装備もない弱小国の兵がいます。」

 フィリップ王子は顔を顰めた。

 人が虫に喰われる。その可能性が急速に現実味を帯びてきた。

 「ここは俺が行こう。」

 ここで優太が立ち上がった。

 「現地の人の救援は俺がやる。軍は飛蝗がそれ以上進まないように抑えてくれ。」

 優太ならば怪我人も治療できるし、モンスター除けの結界で守ることもできる。さらに、ペリアーノ岬では今のところ優太の出番はない。これ以上の適任者はいなかった。

 「ユウタ、頼む。」

 アルベルト王子は内心ちょっぴり複雑だった。

 碌な装備も持たない弱兵を送り込む小国の中には、反エルソルディア的な国も多い。単に反エルソルディアなだけならばまだしも、勇者や聖女の命を狙う破滅的カルトの活動を容認するような国もあるのだ。

 まあ、そうだとしても、危険にさらされている人を助けないわけにはいかないのだが。

 「ああ、任せておけ!」

 優太は、現地までの道順を聞くと、必要な装備をもって走り出した。

 全力で走れば馬よりも速い優太である。これが一番早かった。

 「さて、我々は我々の仕事をしましょう。」

 フィリップ王子は、各地の軍に指示を出していった。


 リーデア海岸から少し内陸に入ったところに小さな漁村があった。リーデア村という。

 今この村の近辺は混乱の極みにあった。全く予想外の飛蝗の襲来があったからだ。

 飛蝗はまずペリアーノ岬にやって来てそこから内陸に侵入してくる。大部分の飛蝗は途中で待ち構えている兵が退治するので、ここまで来るのは散り散りになって逃れてきたごく少数のみである。

 この地を任された者達はそう聞いていた。

 しかし、実際には飛蝗は海から直接やって来た。これは誰にとっても想定外のことだった。

 皆驚いたが、それでも飛蝗と戦うためにやって来た者達である。最初は果敢に戦った。

 元々飛蝗との大規模な戦闘になることは想定していなかった場所である。飛蝗の餌となる草木を取り除くようなことはしていなかった。

 だから、草木に集って食べ始めた飛蝗を手にした武器で叩き潰して行った。ここまでは良かった。

 最初の予測通り群れからはぐれた少数の飛蝗だっだら多少効率は悪くてもこれで十分だっただろう。

 相手がただの昆虫だったら、多勢に無勢でもやらないよりはましと言えただろう。

 しかし――

 「いてっ、なんだ? みんな気を付けろ、こいつら噛みつくぞ!」

 海岸へ偵察に行った男の末路を知らないまま飛蝗との戦いが始まってしまったため、兵士達は何の対策も立てないままに飛蝗の群れの真っただ中に突っ込んでしまった。

 「た、たすけてくれ。虫に喰われる!」

 兵士の一人が血まみれになって逃げだしたところでパニックに陥った。

 彼ら小国の兵は、所詮は数合わせで派兵された者達だ。士気も練度も低かった。それどころか、数合わせのために臨時で集められ、碌な訓練も受けていない農民なども多くいた。一度パニックになると収拾がつかなかった。

 ひたすら逃げ惑う者、無人となった漁村の民家に立て籠もる者、飛蝗の集っている木に火を付けようとする者、自棄を起こしたのか飛蝗の群れに突っ込んで行って無茶苦茶に武器を振り回す者。

 彼らを率いてきた指揮官は、ちゃんとした訓練を受けた軍人だった。しかし、数合わせの派兵に有能な者を出すはずもなく、一緒になってパニックに陥っていた。

 この地には、エルハーベスタの兵士も来ていた。だが、彼等は通信具による連絡係と、他国の兵士が悪さをしないか監視するのが主な任務だった。飛蝗と正面切って戦うだけの装備も人数も揃っていなかった。

 パニック状態の他国の兵士をどうにかする権限も能力もないため、通信具で飛蝗襲来の報告と救援要請を行った後は、怪我人を引き摺り出して手当てするだけで手いっぱいだった。

 しかし、時間と共に混乱は酷くなって行った。

 しまいには、飛蝗が集っていた民家を、中に逃げ込んだ兵士ごと火をかけて燃やそうとしたところでエルハーベスタの兵士が切れた。

 民家に火を着けようとしていた兵士を殴り倒し、いまだにおたおたするだけの小国の指揮官を捕まえてひっぱたいた。

 「いつまで腑抜けている! さっさと兵を纏めて一旦引け! 体勢を立て直さないと何もできないまま死ぬぞ!」

 この一喝が功を奏した。

 エルハーベスタの一兵卒が、自国の指揮官よりもよほど頼りがいがあるように見えたのである。小国の兵士達は救いを求めて集まってきた。

 「リーデア村は一先ず放棄する! 奴らが村を喰っている間に、駐屯地に戻って体勢を整えるぞ!」

 飛蝗は近くにある食べやすいものから順に食べて行くらしく、距離を取った兵士達を追いかけてくることはなかった。少なくとも周囲の草木と村にある木製の家屋を喰い尽くすまでは襲われる恐れは少なかった。

 だが、多少の時間を稼いでも、できることは少なかった。

 「まずは怪我人の手当するんだ! 動けるやつはこっちだ、あるものを使ってバリケードを作るんだ!」

 駐屯地にあるありったけの物資を使い、さらには地面を掘って土を盛ったりもしたが、飛蝗を食い止めるには心もとない壁であった。

 「既に状況は報告してある。救援が来るまで持ちこたえるんだ!」


 村が一つ消滅した。

 村の建物は木造であり、飛蝗に喰われた結果ほとんど原形を留めていなかった。

 これだけ食べても満足することを知らない飛蝗の群れは、次なる餌を求めて移動を始めた。

 地面に生えた草を平らげながら、兵士達の祈りも虚しく、飛蝗は真直ぐに駐屯地を目指して進んでいた。

 「来たぞ、火を着けろ!」

 せっかく作ったバリケードに火を着けて燃やす。もったいないが仕方がない。食事を終えて元気いっぱいの飛蝗は、これくらいしないと止められない。そのために、バリケードには予め油を撒いていた。

 そして、ここまでやっても完全には防げない。火勢の弱いところ飛び越え、横から大きく回り込み、飛蝗は次々に侵入してくる。

 兵士達の顔に怯えが走る。

 「大丈夫だ! 数が少なければただの虫だ、落ち着いて叩き潰せばいい!」

 成り行きでそのまま指揮を執ることになってしまったエルハーベスタの兵士の号令に従い、手にした武器で飛蝗を叩き潰していく。

 武器と言っても、スコップ、モップ、ただの木の板等バラバラだ。中には木の棒に先に木切れを結わい付けただけの即席の武器もある。相手の数が少なければこれでも十分だった。

 「武器の無い奴は近くで待機、仲間が虫に喰いつかれたら、取ってやれ!」

 一匹二匹ならば、手掴みでだって対応できる。

 だが、所詮は時間稼ぎにしかならない。多くの飛蝗が襲い掛かってくればすぐに手が足りなくなるだろう。

 (それよりもこいつらの心が折れるのが先か。)

 エルハーベスタの兵士は冷静に状況を分析していた。ここの兵士達は既に恐怖を植え付けられている。心が折れるのも早いだろう。

 唯一の希望は、通信具に来た返信の一言。

 「最強の助っ人を送った。」

 (早く来てくれよ。)


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