飛蝗防衛戦2
一夜明けた。
予想通り、逆風となる夜間は飛蝗の襲来はなかった。
飛蝗がやって来たのは、日が出て風向きが海から陸へと変わってからしばらくたった後であった。その頃には魔導士も兵士達も準備万端待ち構えていて、危なげなく飛蝗を殲滅して行った。
対飛蝗の最前線、ペリアーノ岬はまだまだ余裕があった。
その戦場の後ろに作られた仮設司令部で、王族含む主要メンバーが情報の整理をしていた。
「へー、大介君達、もう女王の居場所を見つけたんだ。早ければ今日中に終わるかな?」
モンスター除けの結界を張った後は全く出番のない優太もこちらに混ざっている。
「それにしても、共喰いで活動範囲を広げていたとは思いませんでした。ペリアーノ岬に飛来した直後に倒すようにして正解でした。」
「ええ、まったく。それに、賢者ラウルに飛蝗の調査をお願いしたのも良い結果になってよかったよ。」
フィリップ王子とアルベルト王子がしみじみと語り合う。
最初の頃の飛蝗対策としては、ペリアーノ岬から餌となる草木を排除して内陸におびき寄せ、飛蝗がさらに消耗したところを叩く、という案もあった。もしもその作戦を実行していた場合、共喰いで力を付けた飛蝗が何処へ向かうか分からなかった。
賢者ラウルに調査を依頼するのもある種賭けであった。優秀な賢者は興味を引くものに出会うと他のことを忘れる傾向がある。賢者ラウルはそこまで無責任ではないが、女王探索が遅れる懸念はあった。しかし、結果としては女王の探索も順調で、有益な情報も送ってくるという上々の出来であった。
「それよりも、アタシは草木以外のものも食べるってことの方が気になるネ。これ、たぶん面倒なことになるヨ。」
「ああ、革鎧も喰われるかもしれないと言っていたやつだろう。」
その懸念があったから、優太は数多くの防具に祝福を施していた。その懸念が賢者ラウルの報告によりより現実味を帯びていた。
「それだけじゃないネ。状況的に生きた動物も喰らっているだろうネ。人間も例外じゃないだろうサ。」
アッカーマン教授は不気味なことを言い出した。
「しかし昨日の戦いでは、飛蝗に喰いつかれた者はいませんでしたよ。」
フィリップ王子の元には戦闘の状況がしっかりと報告されている。負傷者の有無や負傷時の状況などは今後の戦局を左右しかねないため委細漏らさず報告するように厳命してあった。
「あそこで戦っている連中は、聖女様に祝福された防具を着ているからネ。」
「ああ、せっかくだからモンスター除けの結界の術式を組み込んで祝福してみた。」
さりげなくとんでもないことをやってのける優太に絶句するフィリップ王子。エルハーベスタの人はまだ優太の非常識に慣れていなかった。
「しかし、そうなると装備の貧弱な小国の兵士や義勇兵は戦いに参加させない方がよさそうですね。」
この時はまだ、飛来する飛蝗との戦いには余裕があった。多少の新事実はあれども、戦況は想定の範囲内で推移していた。しかし、
「フィリップ王子! リーデア海岸に飛蝗の群れが出現しました。」
「なんだって!」
突然の報告に、司令部が騒然となった。
ペリアーノ岬では優勢に戦いを続けており、飛蝗を食い止め続けている。となれば、海側から渡って行ったとしか考えられなかった。
ここへきて予想外の事態が発生していた。
ペリアーノ岬から五キロほど東へ行った場所にあるのがリーデア海岸である。普段は小型の漁船が停泊する漁港であり、近くには小さいながら漁業で栄える漁村もあった。
しかし今は、飛蝗の襲来場所に近いということで漁船は離れた場所に退避し、漁村の住民も避難済みだった。
代わりに漁村の近くに駐留しているのが、他国から支援にやって来た軍である。
この日、朝からリーデア海岸に一人で来ていたのは、そうして他国から来た兵士の一人である。
世界の危機と戦うためにやって来た一人であるが、彼の国は貧乏な小国である。単に国土が小さいというだけでなく、政治的にも、経済的にも、軍事的にもさしたる力を持たず、周囲の国に翻弄されながらかろうじて存続している弱い国なのだった。
そんな弱小国が兵を出している理由は、形だけでも実績を作るためである。弱小国だけに、後々食糧供給を絞られるといろいろと致命的なのだ。
とはいえ、自国の精鋭を送れるほどの余裕はなかった。その国から送られたのは、彼を含めて寄せ集めの雑兵、ただの数合わせであった。だから彼の格好は、ギリギリ軍服らしきものの上に粗末な革鎧、武器は自国から持ってきた古いスコップというありさまである。
似たような小国からの援軍は他にも何か国かあり、当然エルハーベスタでもそのことはちゃんと把握している。このようなたいした戦力にならない兵士は、ちゃんと重要でない場所に配置していた。
今回の主戦場はペリアーノ岬であり、大半の飛蝗はそこで殲滅することになっていた。
ペリアーノ岬の防衛線を突破した飛蝗がいても、その周囲にはエルハーベスタやエルソルディアの精強な兵士が待ち構えている。
リーデア海岸までやって来るのは、それらの強兵が取りこぼしたごく少数の飛蝗になるはずだった。飛蝗の一匹や二匹を潰すだけなら、素人でも十分なのだ。
ベリアーノ岬の戦いに余裕のあるうちは、彼らの出番はまずない。
ただ、リーデア海岸も西南諸島に続く海に面した場所であり、時々何か異常はないかと偵察を行っていた。
もっとも、ペリアーノ岬が飛蝗の飛んでこれるぎりぎりの場所であることは事前に分かっており、偵察も形だけのものだった。
偵察任務に出たのが一人だけというのもやる気の無さを示しているだろう。偵察に出た彼にしても、半分は気晴らしだった。
「ん?」
だから、彼が違和感を覚えたのは偶然である。そして、地元の人間でなかったためにその違和感の正体に気付くことができなかった。昨日まで存在した桟橋が無くなっているという事実に。
違和感の正体が分からないまま、海岸に近付いたその時、飛蝗の群れが舞い上がった。木製の桟橋を平らげ、休息もとって元気いっぱいの飛蝗が行動を開始したのだ。
「うわぁ、なんだこれ!?」
突然の事態に男は慌てた。慌てて選択を誤った。この場合、急いで戻り異変を伝えることが正解だ。仮にも偵察任務なのだから、情報を持ち帰らなければ意味がない。
「ウオー、このっ、このっ!!」
しかし、なまじ武器を持っていたのが災いしたか、男は飛蝗の群れに突っ込んで武器を振り回していた
スコップを武器にするというのは、今回に関しては間違った選択ではない。小さな昆虫相手に剣を振り回したところでそうそう当たるものではない。しかし、面で叩けるスコップならば適当に振り回しても当たるし、まとめて押し潰すこともできる。
しかし、一人で相手にするには数が多すぎた。主戦場はあくまでペリアーノ岬であり、リーデア海岸に回ってきたのは極一部に過ぎない。それでも数千匹という数の飛蝗がいた。
「このっ、あっち行け、このっ、このっ!!」
スコップを適当に振り回すだけでも十匹や二十匹は叩き潰しているが、その程度ではまるで数が減らなかった。
「あ痛っ! 何だ、こいつら噛みついてくるのか。痛っ!」
さらに悪いことに、この飛蝗は雑食だった。男は気が付いていないが、優太に祝福されていない革鎧は既にあちらこちら喰い荒らされている。
そして、頼みの綱のスコップもぽっきりと折れてしまった。柄の部分の木材を飛蝗に喰われたのだ。
「あっ……、う、うわぁーー」
ここ至って、恐怖に駆られた男が逃げ出した。だが、それは少々遅すぎた。既に全身に飛蝗に集られており、体のあちこちから血を流していた。
しばらく走った後、男は足をもつれさせて倒れた。
「た、助けて、くれ。」
血を流し過ぎたのか、足の腱でも喰われたのか、男は立ち上がることができない。それでも手で這って逃げようともがいたが、やがて動かなくなった。
この戦いの初めての犠牲者だった。




