女王討伐1
暗い横穴の中を、大介達は慎重に進んでいた。
「本当に一本道なんだな。」
飛蝗の巣穴は、曲がりくねっていたり、たまに少し大きな部屋になっている所があったりもしたが、一本道だった。
賢者ラウルによれば、女王が成長するのに従い拡張されるらしいから、広くなっている所はかつては女王の部屋だったのかもしれない。
「それに、出て行く虫ばかりで、入って来るやつは全くいない。」
「別の出入口があるとしたら、女王のいる部屋に直接つながっているのかもしれませんね。」
ぼやく大介にアラン神殿長が答えた。賢者ラウルと別れた今、一番博識なのはこの人だが、結局は憶測にすぎない。
大介達は、女王に向かってさらに奥へと進んでいく。足元は凸凹していて歩き易くはないが、巣穴は人が通るには十分な大きさを保っていた。むしろ、奥に進むにつけて大きくなっているようだ。
暗くて歩きにくい巣穴を小さな灯りを頼りに進む。念のため、飛蝗が通るような小さな横道もないかも調べているのでその歩みは遅い。
そうやって、ゆっくり進むこと一時間ほど、そいつは現れた。
「うわっ、でけぇ! こいつが女王か!?」
頭部は他の飛蝗と同様にバッタのような形だった。ただし巨大だ。人間サイズのバッタの頭である。
脚は付いているが翅はなく、そして胴体は長く長く、巣穴の奥の方へ続いていた。
胴回りが人間サイズの巨大ミミズの先端がバッタになっているような姿である。胴体がどこまで延びているのか分からないため、全長がどけだけあるのは不明だった。
大介はすかさず勇者の剣を構える。
王宮騎士団も剣を抜き、大介の左右に展開する。
「『聖なる光』!」
アラン神殿長が神聖魔法を発動する。アンデッド相手ではないので浄化する意味はなく、ただの照明として利用していた。
エルハーベスタの魔導士達も呪文を唱え始める。
――ギギギギギギギャー!!
威嚇だろうか。昆虫らしく、口から叫び声を上げるのではなく、体の何処からか音を発していた。
こうして、勇者の戦いが始まった。
賢者ラウルは巣穴から出てきた飛蝗を一匹、無造作に掴み取った。
生きた飛蝗を直接調べる。そのためだけに賢者ラウルはモンスター除けの結界の外に出ていた。とはいえ、飛蝗達は大陸に渡るために全力を注いでいるのか、賢者ラウルには見向きもしない。たまに向かってくるものがいても、優太によって祝福された鎧を着こんだ賢者ラウルには何の影響も与えなかった。
「それでは、始めるのである。」
賢者ラウルは左手に肉塊を取り出し、右手に掴んだ飛蝗をそのまま肉塊に押し付けた。
「ふむ、やはり肉でも食べるのであるな。」
飛蝗は、明らかに自分より大きな肉塊を瞬く間に食べ尽くしてしまった。あり得ない食欲である。
「さて、食べたものはいったいどこへ行ったのであろうな?」
飛蝗の姿は、肉塊を食べきる前と全く変わっていなかった。
「観測結果、出ました。」
持ち込んだ各種観測機器を駆使して飛蝗の観測を行っていた助手から声がかかった。
「なるほど、やはり女王と子は魔力的に繋がりがあるようであるな。」
助手から渡された観測結果を見ながら、賢者ラウルは考える。
「しかし、通信目的にしては魔力の流れが大きすぎるのである。そして、飛蝗が餌を喰いだしてから流れる魔力量が増大しているのである。」
そこで、賢者ラウルは手元の飛蝗に目をやる。自分よりも大きな肉を喰い尽くして腹が膨れる様子もない飛蝗を。
「以上のことから考えられることは一つである。こ奴らは食べたものを魔力に変換して直接女王に送ることができるのである。」
「そんな、まさか……」
ぶっ飛んだ結論に、助手達も俄かには信じられなかった。しかし、賢者ラウルは確信していた。
「なるほど、これならば子を遠くまで送り出せばそれだけ養分をたくさん得られるのである。」
そのまま賢者の思索は続く。
「ならば、飛蝗は女王の子と言うより一部分なのである。飛蝗が餌を食べ続ける限り、女王の体力は回復し続けるのである。これはかなり厄介なのである。」
「くっ、硬い!」
大介の一撃は、一本の脚で開け止められていた。まだ小手調べ一撃とはいえ、勇者の剣を受け止められるというのは凄い硬度だ。魔力で強化されているのかもしれない。
勇者の剣を受け止められた大介に向かって、残る五本の脚が次々に振り下ろされた。
「このっ、!」
大介はすかさず飛び退り、振り下ろされる脚を避け、あるいは勇者の剣で受け流し、危なげなく捌いていく。
「正面は勇者様に任せて、我々は側面に回る!」
勇者の剣で断ち切れない外骨格に通常の武器は通じないと見たユージン騎士団長が、王宮騎士団員に側面から胴体を狙うように指示した。
うねって体当たりを仕掛けて来る胴体を躱しながら、王宮騎士団員達は果敢に斬りつける。
「クソッ、こっちも堅い!」
一見柔らかそうな胴体部分も、かなり強靭だった。全く刃が通らないわけではないが、全力で剣を叩きつけても浅い傷しかつかなかった。
「こんなことなら、斧でも持ってくるんだった!」
王宮騎士団員の一人がぼやくが、今回狭い巣穴の中での戦闘を想定して剣しか持ってきていなかった。
大介も、六本の脚による攻撃に攻めあぐねていると、後方で魔導士達の魔法が完成した。
「勇者様! 魔法、行きます!」
大介が即座に距離を取ると、攻撃魔法が放たれた。
「「「『炎の槍』!」」」
虫系のモンスター全般の弱点である火属性で、狭い場所で味方を巻き込まないように爆発や延焼しない魔法として選んだ炎の槍が三本同時に向かう。
しかし、三本のうち二本は振り下ろされた脚に弾かれて地面に落ち、一本は突き刺さったもののダメージは少なかった。
「魔法への耐性も高いのか。」
悔しそうな魔導士達。しかも、
「もう再生してやがる!」
炎の槍が突き刺さり、体にあいた焦げた穴が見る間に塞がって行く。
「こちらも傷がすぐに塞がってしまいます!」
胴体の方を攻撃していた王宮騎士団員からも、悲鳴のような声が上がった。
「一気に倒さないとだめか。」
大介は勇者の剣に魔力の刃を纏わせる。相手に合わせて属性は火である。
そして一気に間合いを詰め、
「くっ!」
咄嗟に横に飛んだ。見ると、先ほどまで大介のいた場所の地面が溶けていた。
「酸まで吐くのかよ、蟻か!?」
――キキキキキキキー!!
大介のことを嘲笑っているのか、それとも避けられたことを悔しがっているのか。虫の感情はよく分からない。いずれにしても一筋縄ではいかない相手だった。
「ここは自分が抑えます。ダイスケ殿は隙を見て攻撃してください。」
ユージン騎士団長が背負っていた大盾を構えると、敵の真正面に立ちはだかった。重くてかさばる大盾をわざわざ持ってきたのは、彼なりに勇者の役に立つ方法を考えてきた結果だった。
この大盾も優太の祝福を受けており、強酸でも数発は耐えることができる。
ユージン騎士団長は大盾を構えたまま前へ進む。酸を受けても、脚でたたかれても、耐えてじりじりと進んで行った。引く様子の無いユージン騎士団長に業を煮やしたのか、脚を振り下ろす攻撃が激しさを増した。
「今だ!」
「『身体強化』!」
優太ほど強力ではないが、アラン神殿長の身体強化を受けて大介は飛び出した。
大盾を構えるユージン騎士団長の脇をすり抜け、しつこく脚を振り下ろすバッタのような上半身を通り抜け――
長い長い胴体の横を十メートルほど進んで止まり、大介がふり返ったところですれ違いざまの一閃の結果が現れた。
バッタのような上半身がどさりと落ちる。
――ギャアアギャギャギャギャギャギー!!
相変わらずどこから出ているのか分からない音が、悲鳴のように響き渡る。
「やった、のか? うわぁっ!」
先端を切り落とされた胴体が無茶苦茶に暴れだした。切り口から体液を撒き散らしながら奥へと引っ込んでいく。
大介は大慌てで暴れる胴体を避け、皆の元へ戻って行った。
切り落とされたバッタの上半身部分もしばらく暴れていたが、やがて動かなくなった。
奥へ引っ込んで行った胴体はもう見えなかった。
「おそらくこの先に女王の産んだ卵がある筈です。女王の完全な死亡を確認し、卵を処分すれば終わりです。」
アラン神殿長の言葉を聞いて、先ほどの胴体がとぐろを巻き、無数の卵と幼虫が蠢く光景を想像してちょっぴり腰が引ける大介。
とはいえ、行かないことには仕事が終わらない。しかし、
――ゴゴゴゴゴゴゴ
突然、不気味な地響きとと共に地面が揺れだした。
「これ、まずいんじゃないか?」
飛蝗の巣がどれくらい頑丈か分からないが、崩れれば全員生き埋めである。
「仕方がない。一時退避する。全員、急いで外へ出ろ!」
ユージン騎士団長は即断した。既にボコボコになっている大盾を捨て、ついでに切断されたバッタの上半身部分を拾って、皆を急かして脱出を開始する。
「せめて、これだけでも!」
大介は、毒弾を奥へ向かって全力で投げ込むと、踵を返して走り出した。
曲がりくねっていても一本道、だいたいの構造は分かっている。往きは一時間かけてゆっくり来た道を、全力で走って十分で戻って来た。
巣穴から出た後、全員揃っていることを確認して賢者ラウルと合流する。
「説明は後である。急いで船まで戻るのである。」
異変は巣穴の外にまで及んでいた。既に状況を把握した賢者ラウルに急かされて、ボートに乗って島を脱出し、船に戻る。
「巻き込まれる前に、急いで島から離れるのである。」
今度は船長に指示を出してさらに島から離れた。
「何がどうなっているんだ? そろそろ説明してくれよ。」
「説明するよりも、まずは見た方が早いのである。」
賢者ラウルの指さす先、先ほどまでいた島の方を全員で見る。すると、
――ドッカーン!!
爆発音とともに島の中央、ちょうど巣穴のあったあたりが吹き飛んだ。
「なんだ、ありゃ!?」
驚愕する一同。彼らがそこで見たものは……




